119話 会得
クニアキに前向きに検討を。と言われていたイカラシの元へ行くこととなった。家臣になるのか。それとも
西の街道
イカラシが経営している寺子屋にて
イカラシ「ホマレダ様。本来なら伺わなくてはならないところをようこそお越しくださいました。寺子屋の経営権のお話でしょうか」
クニアキより前向きに検討と聞いていた。
ツネタロウ「話には聞いていましたがその後いかがでしたでしょうか」
イカラシ「仕官されてはと言われましたが、今の生活に不満がないのですよ。浪人してるとはいえ簡単な読み書きや計算くらいでラクさせてもらってます。生活にゆとりはございませんが、しばらくはこのままでもいいのかなと」
ツネタロウ「それも人生ですね。武家は武士でなければならないということはないと思います。浪人生活が気に入ったのであればそれもまた良いでしょう」
イカラシ「まさかそのようなお答えが返ってくるとは思ってもみませんでしたよ」
ツネタロウ「では、仕官するつもりはしばらくないということですね。お聞きしたいのですが、この寺子屋での最も多く稼げた月はどれくらいですか?」
イカラシ「そうですね。実入りという意味ですよね。ちょっと待ってくださいね」
巻物に記していたのを探し見る。
イカラシ「師走で千二百二十文でした。師走の交流戦をしたことで人気が出たんですよ。それで一気に集まりましてね。うまい酒が飲めました。ありがたかったですね」
ツネタロウ「それはよかった。普段は?」
イカラシ「普段は、大家と一緒に飲むんでね。あまりいい酒とは言えないのですが、贅沢はいえませんからな。ハハハハハ」
ツネタロウ「では、実入りが最も少なかったのはどうですか?」
イカラシ「えーっと。葉月ですかね。二百二十五文の赤字でした。始めたばかりなので仕方なかったのかなとは思いますが」
ツネタロウ「はじめは苦労するものですね。私も最近身をもって知りました。では、その次にどうですか?」
イカラシ「そうですか。神無月ですね。四百四十文の黒字ですね。縮小してようやく黒字にできました。想像してるよりも難しいものですね」
ツネタロウ「試行錯誤しながらですからね。どう縮小させたのですか?」
イカラシ「文字は、外の砂の上で書くようにしたんです。枝などを使って」
ツネタロウ「そしたら簡単に消せますね」
イカラシ「そうなんです。それまでは、古紙を譲り受けたりしてたのですが、タダとはさすがにいかず。まだいくらか暖かい神無月なら外で文字を書かせればと思ったんですよ」
ツネタロウ「発想の転換ですね。大変すばらしい。そのやり方真似させてもらいます」
イカラシ「何言ってるんです。今でも充分黒字でしょ。なにを真似るんです」
青空勉学のことを話し、地面に書いて覚えるというのもありだと感じたことを説明した。
イカラシ「そんなことを考えてたんですか?思いもよらないことをお考えになられるんですね。たしかに、外で勉学をするのであれば、材料は限りなく少なくしたほうがよいでしょう。文字に慣れるまでは、地面に書くほうがよさそうですね」
ツネタロウ「なるほど。では、イカラシ様。師範代としてこの寺子屋で指導していただけないでしょうか。月千三百文支払います。家賃はいただきません。ここに住んでもらったままで結構です。それでいかがでしょうか」
驚く。仕官しないのであれば無理にでも奪い退去させられるかと思っていた。まさか、師範代として約束された給金がいただけるとは思ってもなかった。家賃もそのまま住んでもよいと言われるとは。
ツネタロウ「ちなみに、お家賃はいくらですか?」
イカラシ「酒飲み友達の大家に負けてもらって四百二十文にしてもらってます。元ですか?元は五百文だと聞いてます」
ツネタロウ「大家さんにお願いしてもらえませんでしょうか。できればそのままの金額で引き継ぎたいと」
イカラシ「それはもちろん。構いません。本当に良いのですか?私なんぞで」
ツネタロウ「もちろんです。経験者がいると捗ります。ただし、経営権は譲っていただくことになりますが。それでも良ければ」
イカラシ「このままの生活で良いのはうれしいですな」
ツネタロウ「それと、師範代ですが、ひと月だけ研鑽を積んでもらいます。交流戦をしたあの手習道場で現在の道場主であるチヨ師範に教わっていただきます。研鑽期間中もお給金は出ますので安心してください」
イカラシ「ですが、その間こちらはどうされるのですか?」
ツネタロウ「こちらは、手習西道場として名称を改め、郎郎団に派遣してもらいます。なので、初日だけはこちらで子供たちに説明してください。なるべく全員を集めるようにお願いします」
イカラシ「郎郎団とは?」
郎郎団のことを説明。
イカラシ「良いですな。そのような働き方もあるのですな」
ツネタロウ「副団長は、ここを出たショウジがやってます。なかなかの好青年ですね彼は。まとめる力もありますが、なによりも快活です。良い人材です」
イカラシ「おお!なんと。ショウジがですか。大したものです。場の空気を見る力があり、もし私に仕官が決まればここをショウジに任せようかと考えていたほどです。立派になりましたな」
ツネタロウ「師走の交流戦で私も彼の周りを楽しませる力を見て以来気になっていたのですよ。立派に勤め上げてくれるに違いありません」
イカラシ「それが郎郎団なのですね。面白いことをお考えになられる」
ツネタロウ「私はきっかけにすぎません。団長・副団長がうまくやってくれてます」
イカラシ「それで研鑽とはどのようなことをするのでしょう」
ツネタロウ「当手習道場の師範代に求められることは、学問学術を知ろうとする意欲のある者でそれを伝えるために努力を惜しまない者が師範代として必要不可欠となります。己がわかっているから他もできるだろう。という思い込みのある者は師範代に向きません。教えるために努力する者ならすべての人は師範代になれるということになります。それを踏まえた上で、帳簿の作成や書物の複製、皆食を作り指導ができるようになることが求められます。皆食と仮眠の重要性を理解している必要もあります。身分に分け隔てることなく指導できる者が師範代として働くことができます」
イカラシ「それら出来るようになるまで研鑽するのですね」
ツネタロウ「そうです。イカラシ様ならすぐに慣れることでしょう。期待してます。また、師範代として働いている途中、仕官先が見つかることもあるでしょう。その時はすぐに私までに知らせてください。めでたいことですからね。皆で支援したく思います」
イカラシ「なんと。そのようなことまで。懐の深さに感服する思いです。お若。失礼。いえ、年齢や家格だけではなく、生まれ持った懐の深さとその度量の広さなのでしょう。マサズミ様が気に入るのも無理もないですな。そしてこの私も奇遇だったとはいえ、大変面白いお方と出会うことができた。なんともツイてます。よい巡り合わせです」
ツネタロウ「では、引き受けていただけるのですね」
イカラシ「はい。今後ともよろしくお願いしたします。粉骨砕身お勤めさせていただきます」
こうして、イカラシヒロハルという浪人者を師範代として、西の街道沿いにある寺子屋を手習西道場として引き受けることとなった。
のちに、店子だったイカラシの手引きにより大家は家賃を三百八十文にて貸すこととなった。大家は、イカラシをとても気に入っていたのとこれまでと同じように接することができる、ということから家賃をさらに引き下げることが出来た。大家は「ホマレダ様のご家臣になられるなら、今までのようなお付き合いができなくなるため家賃を割高にしようかと考えていた」と語る。たまたまではあったが、運のよい出来事となった。
【知って得するとイイネ!用語解説】
店子
たなこと読む。店や長屋の賃貸などを店と呼ぶ。その借りてる人を店の子として、店子と呼ぶ。
現在でも店子と呼ぶ人はいるにはいる。私が部屋を借りてるときに大家さんから店子さんと呼ばれていました。ただ、ほとんどが通じにくいため使う人は少ないと思われます。
作中で、大家と記しておりますが、時代として言えば「大店」が正しいのですが、そこまでの関係性や意味合いが異なるため、現代風に大家と書いています。
例1)うちの店子さんが見た目ヤンキーなのに、毎月滞らすことなく支払ってくれるんですよ
例2)うちの店子さんが男同士で住むなんて言うもんだから不動産屋立会いの下お会いしましたよ
例2は、もう一つの連載での一例です。よかったらそっちもみてね。




