100話 帰還
急性アルコール中毒から無事切り抜けオヤマに向けて出立する。
-翌朝-
顔を洗いサッパリし朝食を頂く。
お膳を廊下に出し部屋を出る。
ヤソスケが部屋に向かっていたらしく途中の廊下で出会う。
ヤソスケ「お発ちになられますか。この度は、何もできず御不快な思いをさせてしまいました。心よりお詫びいたします」
ツネタロウ「そのようなことはありません。お陰でまた一段回大人になれたのです。この経験は今後必ず役に立ちます。宿の方々には助けられました。またエドに行く際には寄らせていただきたく思います。空いてる部屋で結構です。事前に手紙でお知らせしますのでよろしくお願いします」
丁寧に言われてしまい、返す言葉も無く頭を下げる事しか出来ない。
ツネタロウ「次回こそはお支払いしますからね。受け取ってくださいね」
往復計4泊すべて無料で宿泊した。そして、離れの部屋に宿泊させてもらうなど特別待遇で無料ということに、胸を痛めていたツネタロウ。
ツネタロウたちが出る頃には、宿の者たちが出てきてお見送りをした。
気恥ずかしい思いの中オヤマへと向かう。
しばらく歩みを進めこれまでのことがウソのように何も起きず何も関与せずひたすらにオヤマを目指す。物語上なにか起きた方が良いのではあるが、それらを無視してでもオヤマに向かいたい一心で突き進む。なにがツネタロウたちをそうさせてしまったのか。
昼過ぎコガを通過しようとしたとき、事件は起きる。
スリが発生したようだ。ツネタロウはすぐにクニアキの背負子を受け取り向かわせる。
ようやく、物語上の出来事が発生した。スリ犯。
クニアキは素早く捕らえ野次馬たちから紐をいただき締めあげるとその場を切り上げツネタロウの元へ帰る。
ツネタロウ「ご苦労様でした。では行きましょう」
コガの町を去る。
陽が傾く夕方頃ようやくオヤマに到着。真っ先に、手習道場へ向かった。
手習道場は閉まっている。いつもならこれくらいならまだ開いているのだが。どうしたものかと思いつつもめしやに向かう。
まだ仕込み中ではあるが、覗き込むとヘイロクひとりで準備している。嫌な予感がしたがそれでも入る。
ツネタロウ「邪魔するよ」
振り向くヘイロク。姿を見て飛び出す。
ヘイロク「お戻りになられましたか。お疲れ様です。まだ仕込み中なので食事はありませんが、ひとまずお水をお持ちしますね。おまちください」
いつものヘイロクだ。だがいつもいるはずの主人がいない。水を持ってくる。
ツネタロウ「不躾で申し訳ないが、主人はどうした」
ヘイロク「父ですか?ちょっと疲れたのか奥で横になってます」
ツネタロウ「泡吹いたと聞いたのだが」
ヘイロク「それは。。そうですね。よくわかりませんが寝込んでます」
質問を替えよう。
ツネタロウ「お父上は、なにか口にしてから泡吹いたのでは?」
驚く。
ヘイロク「なぜそれを!?」
ツネタロウ「きちんと説明しなかったのが悪い。すまない。お父上は、預かってもらった芋の内の茶色い方のジャガタライモのじゃなかろうか」
ヘイロク「そうです。その芋です」
ツネタロウ「そうだったか。すまない。説明不足だったな。ジャガタライモをひとつ持ってきてもらえるか。そうだ。このジャガタライモのこの窪んだ所は芽でな、この芽を確実に取らなければいけないのだ。煮ても焼いてもその芽の毒は取れんのだよ。なぜ伝え忘れたのか。本当に申し訳ない」
ヘイロク「毒。。ですか」
ツネタロウ「そうだ。毒なんだ。しばらく芋を放置してたら芽が出て茎と葉が出て来る。食べるには、この毒を取らなければならない。その毒の事を伝え忘れていたのが腹立たしい。お父上にお会いしてもよろしいだろうか」
ヘイロクひとりでは抱えきれないほどの情報量に震える。
ヘイロク「申し訳ありませんが、今日のところはこれにてお帰り願えないでしょうか」
大事な父を亡くしかけたのである。正常な思考ではいられなくなったのだろう。言われるがままに店を出る。
苦しい気持ちのまま空は赤く染まる。ひとまず家に戻ろう。
途中、チヨの家も見えたが今は荷物を置きたい。
家に戻る途中、元畑だったところに風呂用の基礎が出来ている。あともう少しで風呂が出来上がるのだろう。楽しみだ。屋敷に戻ると素振りをしているヨシヒサがいた。ヨシヒサの父は町方で勤めている武家の子。今年から手習道場に通うようになった。まだ幼く10歳ではあるが、父のような立派な町方になり取り締まるのだと意気込む。チヨの警護兼送迎は今日で2回目。ツネタロウたちを見て近寄る。
ヨシヒサ「先生方お帰りになられたのですね。お荷物お持ちします」
比較的軽いクニアキの背負子を渡す。そのまま屋敷の中へ運ぶ。
ヨシヒサ「殿がお戻りになられました!」
ツネタロウには、どこか懐かしい響きだ。もう忘れかけていた丁稚の頃の記憶。手代さんと買い付けに行き帰るとまだ若い丁稚が大きな声で「お戻りに」と声を掛ける。
その声を頼りに、奥の部屋からトラとシマが出て来る。
無事の帰りに喜ぶ母のトラ。妹のシマは、飛びつき泣きじゃくる。
なぜ、シマが泣きじゃくるのか分からない。
ツネタロウ「どうした。なぜ泣いてるのだ?」
シマ「ぶじでよかった。ぶじでぇ」
ツネタロウ「そうか、泣いてくれるのだな。シマは本当に可愛い妹だ」
シマは、これまで兄から可愛いと言われたことが無くさらに大きな声で泣く。
慌てたツネタロウは、シマにお土産の可愛らしい下駄と巾着を手渡す。受け取ったシマはこれまで兄に貰ったことが無く、それでいて可愛いお土産に涙が止まらない。兄のことをポカポカと殴る。
ツネタロウ「痛い、痛いよ。シマ。どうしたんだい?」
母トラは、首をひねる
トラ「シマはね、ずーっと心配してたんだよ。それなのに。まさかチヨさんのところへ渡してきたのでは無いだろうね」
ツネタロウ「いえ?まだ伺ってませんが」
トラ「なら良いのです」
息子の鈍感力にお手上げではあるが、親が教えるようなことでもないとして放置している。その間もシマはポコポコと叩いて泣く。しばらくすると泣き疲れて眠ってしまう。下駄と巾着を握りしめて。
トラにも土産を渡そうとするが
トラ「一息ついただろう。暗くなる前にチヨさんの所へ行っておいで。ね?」
言われるがままに、チヨの家へ向かう。一応、土産を布にくるみ手にして。
ツネタロウ「失礼。ホマレダです」
ガタガタと音を立ててチヨが出て来る。
チヨ「ツネタロウ様」
ツネタロウ「ん?様?どうしたの?おチヨさん」
しばらく離れていたことで、気づいたチヨは、自分の中だけツネタロウの事を様付けで呼んでいたため咄嗟のことで様付けで呼んでしまう。だが、出立の日に一度呼んでいたのだが、その時は、個人的な思いではなかった。つい、心の声がポロっと出てしまったのだろう。
耳が熱くなり次第に顔まで熱くなる。着物でソっと隠す。
ツネタロウ「戻りました。お疲れになったでしょう。明日はどうかゆっくりとお休みください」
チヨ「そんな!ツネタロウ先生の方がよほどお疲れでしょう。明日はゆっくりと昼頃にでもお越しくださっては」
ツネタロウ「そうも行かないので、明日お迎えに上がりますよ。ひとりでよく頑張ってくださいました。お詫びと言っては何ですが、お土産をお持ちしましたので良ければ受け取っていただけませんか?」
布から出したのは、生地。濃紺の木綿の生地。長さは4尺。これからの季節には丁度良い生地。針と糸を一緒にして手渡す。
ツネタロウ「どのようにでもお使いください」
チヨ「このような立派な生地をいただきありがとうございます」
ツネタロウ「師範になられたお祝いも兼ねてます。また、月の半分ほど空けてしまいご苦労されたことでしょう。その労いも含めてます。申し訳ない。まだ余裕が無いもので」
クニアキ《そこまで言わなくても》
チヨは胸に抱きしめ喜ぶ。生地で顔を隠す。
ツネタロウ「ではまた明日の朝いつものところで」
顔が見えてないのもあり話が続かないと思い帰宅する。
ツネタロウ「針が刺さらなければ良いのですが。大丈夫でしょうか」
クニアキは無言。
クニアキ《そういう事じゃないんですがね》
問題山積ではあるが、ひとまず無事にオヤマに戻ることが出来多くの人たちを喜ばせることが出来た。
【あとがき】
胸糞悪いシーンがありましたが、ああいう部分をどこかで入れたかったんですよね。最初は、運んだコウキが言わなかったからと言い訳しようと考えてましたが、コウキにも言ってないのでこのやりとりが長引くのも面倒だと思い、辞めときました。ごめんねヘイロク。
実際、ジャガイモの毒で死ぬ人がいたそうで、観賞用として重宝されたようです。
チヨちゃんの喜んでるシーンが先の胸糞を払しょくしてくれることを願います。
チヨちゃんかわいいわー
次回は、水曜日の予定です。
そういえば、100話だったんですよね。特別なことも無く通過します。
他の人はどうしてるんだろう。
またみてね




