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Black File  作者: 葱鮪命
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月末会議

 研究員たちは昼休みを挟み、それぞれのオフィスに戻ったり、実験室に戻ったりしている。


 B.F.星2研究員のカーラ・コフィ(Carla Coffey)も食堂からオフィスに戻っているところだった。ただ、彼女の場合昼食は自分のオフィスで食べるつもりなのか、手には紙袋を抱えている。


 此処での生活にも慣れたものである。最初は右も左も分からなかった彼女だが、共に仕事をする先輩を見つけたことで心を休める場所を手に入れたのだ。


 さて、彼女の足はオフィスに向かう途中で止まってしまった。ふと廊下にある掲示板に目を止めたのだ。


 この施設の廊下の壁には掲示板がある場所が四箇所ほどあり、そこには研究室の空き具合が記された紙や、この前の日曜会議で決まった大まかなことなどが記してある紙がある。他にも様々な用紙が貼ってあり、目に飛び込んでくる情報量は多い。

 ただ、カーラの身長からして上の方のものは視界に入らず、下のあまり目立たない部分の方が目に入ってくる。


 そこにカーラはある紙を見つけた。


『月末会議のご案内!!』


「月末会議......?」

 カーラは思わず口に出す。そんな会議は聞いたことが無かったのだ。


 主にB.F.にある会議は三つ。


 まず毎週日曜日に開かれる日曜会議。これはカーラはまだ参加ができない。この会議原則は星4と星5だけの参加なのだ。


 二つ目に助手会議。これは星1から星3までの研究員が参加することができる会議。カーラは一度目を既に経験しており、主催がドワイトなのでいじられて終わった思い出がある。


 最後に実験などのミーティングである。これは不定期開催で、実験が入ればいつでも誰でも参加できるので、カーラも何度か参加したことがある。


 はて、この月末会議というのは一体どの会議に入るのだろうか。


 紙を見てみると、


『文字通り月末に行われる会議です。これを見た人は是非月の最終日に第四会議室に行ってみてね!!』


 可愛らしい手書きの文字である。第四会議室。そこそこ大きな会議室だ。見た感じだと特に星の指定はない。自分でも参加できるということだろうか。


 カーラは止めていた足を動かし始める。こうなればやはり聞くのは自分の先輩である。


 *****


「ドワイトさん、戻りました」


 カーラがオフィスの扉を開くと、ドワイトがキーボードを打っていた。「おかえり」と言われるが少し素っ気ない。それは彼が集中している合図だ。カーラはそれを知っているので静かに自分のデスクに行く。買ってきたものを用意しながら彼の仕事が終わるのを待つのだ。


 カーラはコーヒーを用意しながらドワイトの横顔をちらりと見てみた。ディスクを睨むその横顔はカーラの心を簡単に射抜いてしまう。いつもは柔らかい表情をしている彼だが仕事の時は目つきも変わるのだ。


「よし、お昼にしようか」

 カーラを振り返るその顔は柔らかいものだった。


「はいっ」

 カーラは頷いて、満タンになったマグカップを持って席に戻った。


 *****


「月末会議のことかい?」


 ドワイトはスープをかき混ぜながらカーラの問いに答えてくれた。


「あのポスターを見てくれたんだね。そうだよ、毎月最終日にある会議なんだ」


「どんなことを話し合うんですか?」


「ブライスが国のお偉いさんに資料を届けるために定期的に外に出ていることは知っているね?」


「はい」


 カーラは頷く。ブライスはB.F.の研究員らの研究成果や新たな情報の提出に、定期的に外に出ては国の偉い人のもとに行くと、カーラは何度もドワイトやナッシュに聞かされてきたのだ。


「その時にね、彼は研究員らのために買い物もしてくるんだよ。その時に買うものを決める会議なんだ」


「買うものって......例えば日用品とか、ですか?」


「ああ、そうさ。シャンプーとか、石鹸、紙やペン......他にもマンガ本や雑誌を買ってきて欲しいと頼む子もいるね」


「それを会議で決めるんですか?」


 カーラは何だか想像がつかない。


「うん、そうだよ。B.F.は政府の人間が定期的に食べ物や日用品を送ってきてくれているんだけど......それだけでは満足いかない研究員も居たからね。ブライスとナッシュ、私で会議を開いてみたら案外人が集まったのさ。まあ、それは10年も前の話になってしまうから、今は落ち着いてしまって、会議に出る子はほとんど居ないんだけれどね」


 ドワイトは懐かしそうに目を細める。


「でも、今でも開催はされているんですよね」

 カーラはチキンサラダにドレッシングをかけながら問う。


「そうなんだよ。今日は29日だから......明日あるね。明日は予定もないし、参加してみるかい? 実は私ももう半年近く参加していないんだ」


「い、行ってみたいです......!!」

 カーラは頷く。ドワイトとは最近仕事の都合上共にいる時間が短かったのだ。少しでも彼と共に居られるのならばカーラは会議であろうが参加したかった。


「わかった。欲しいものを決めておくといいよ。結構激しい会議だから、しっかりご飯は食べないとね」


 ドワイトはカーラに微笑んだ。


 はて、激しいとは......?


 カーラは首を傾げつつ、ドレッシングをかけたサラダをパリパリと頬張った。


 *****


 次の日、カーラとドワイトはオフィスを出た。会議は20時から。最終日に日曜会議がある日は前日に変わるそうだ。


「少しは参加する人が増えているといいんだけど......」


「そんなに少ないんですか?」


「そうなんだよ。ポスターを見つけてくれる人も少ないしねえ。結構楽しい会議だとは思うんだけれど......人が多くなったらなったでブライスが困ってしまうかもね」


 ドワイトはそう言ってくすくす笑った。


 どんな会議なのだろう、とカーラは気になって昨日は少し寝るのに時間がかかってしまった。ドワイトと参加出来るということの方が大きいかもしれないが。


 やがて第四会議室に着いた。ドワイトが扉を開けてくれる。カーラは会議室に入った。


 第四会議室はそこそこ人が入る大きさの会議室だ。九部屋ある会議室の中では小さい方だが、30人は入るくらいの広さである。その会議室の机を囲んでいたのは十人弱の男女だった。その中にカーラの知っている顔もいる。


「おや、カーラ」

 その一人がカーラに微笑む。ドワイトの同期であるナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)だ。カーラは「こんばんは......」と挨拶をする。


「わ〜、カーラちゃん!」

 席を立って走ってくる女性がいる。橙色の髪を持つ、元気いっぱいの研究員だ。彼女はリディア・ベラミー(Lydia Bellamy)。表裏のない性格で、カーラは彼女に妹のように慕われていた。


「こんばんは、リディアさん」

「良かった〜、カーラちゃんも戦力になってくれると助かるよ〜!」

「戦力......?」


 カーラが首を傾げる後ろでドワイトはナッシュと話していた。


「ブライスは何処だい?」


「実験が長引いたから少し遅れるんだってさ。そろそろ来るとは思うんだけれど」


「そう言えば、少しだけ参加者が増えたね」


「少しだけだよ。君がいないと会議が終わらないんだから。参加してくれよ」


「ごめんごめん、最近は少し忙しくてね。気をつけるよ」


 そんな会話をしていると、扉が開いた。入ってきたのは黒髪の男性。B.F.の最高責任者、ドワイトとナッシュの同期でもあるブライス・カドガン(Brice Cadogan)だ。


「やあ、ブライス」


「ドワイトか。久々に参加するな」


「うん。今回はカーラも一緒なんだ」


「そうか。リディア、カーラを困らすのは止めるんだぞ」


「え、ちょっとブライスさん!! どういう意味です!?」


 カーラの手を握っていたリディアがブライスを軽く睨みつける。だが、彼女の表情は嬉しそうだった。カーラは彼女がブライスに思いを寄せていることを風の噂で聞いている。10年前後の片思いだと聞くが、ずっと同じ人を思い続けるのは凄いことだ。


「会議を始める。全員席につけ」


 ブライスは定位置についたようだ。カーラは何処に行ったらいいのか分からなかったが、リディアがカーラの手を引いてくれた。ドワイトもそれについて行く。伝説の博士はどうやらブライスだけが定位置に座るようだ。ナッシュは皆から離れた場所を選んでいる。


「これより月末会議を始める。この会議は俺が国への届け物をする際に、職員らが不足している物品の購入をするため、何を買うかを決める会議だ。意見のあるものは手を挙げて発言しろ」


 ブライスの声が部屋の隅々まで響く。皆真剣な顔をしている。カーラはドキドキしながら話を聞いていた。


「では、まず_____」


「はい!! はいはいはいはいはああああいい!!!!!」

「はい!! ブライスさん!! はい!!! はい!!!!」


 突然の声にカーラがびく、と肩を竦める。カーラの横に座っていたリディアが次の瞬間には立っていた。そして、反対側の席に座っている男の研究員も同じく椅子から腰を上げている。両者天井に指先を向けて挙手をしていた。


「マーティー・ラッピン(Marty Lappin)」

「っしゃっ!!」

「えーっ!! 何でですかブライスさん!!!」


 どうやらマーティーという研究員に発言権が渡ったようだ。ガッツポーズを決めるマーティーの向かい側でリディアは不満そうにブライスを見る。


「マーティーの方がコンマ1秒早かった」

「嘘ですよ!! 私の方が早かったです!!」

「まあまあ、リディア」


 リディアが悔しそうに言うのでドワイトはリディアを宥める。


「ではマーティー、何が欲しいんだ」


「漫画っす!!」


「却下」


「ええええ、何でですか!?」


「この前買ってきただろ」


「あれは3巻ですよ!? 最新巻まであと14巻もあるのにっ!!!」


「漫画は高いからまとめて買うって言ったろ」


「でも今回のは特典付きですよ!! 俺それ欲しいですー!!」


「ナッシュにでもねだれ」


「何で僕の名前を出すのさ」


 退屈そうにしていたナッシュがブライスを見る。


「漫画なら他の研究員が持ってるのを貸し借りしろ、って言ってるじゃないか」


 ナッシュがマーティーに呆れ顔を向けて言うが、マーティーは納得いかない様子で、恨めしげに二人を見る。


「だから特典が......」


「それはまた別の機会にするんだな」


「ええ〜、それじゃあ他の漫画がいいです!!」


 めげずにマーティーは他の手を打つらしい。


「だからほかの研究員に借りろ」


 ブライスは譲らない。二人の間に火花が散るのをカーラはハラハラと見守っていた。しかし、案外マーティーの方が折れたようだ。ふっとブライスから目線をそらすと、悲しげなトーンで、


「あ〜あ......俺って友達居ないからな〜......漫画を貸してくれるような友達がな〜......ブライスさんなら俺の事分かってくれると思ってんだけどな〜......分かりました、漫画は今度にします。わがままを聞いてくれてありがとうございます_____」


「分かったから泣きそうな顔するな。どの漫画が欲しいんだ」


 どうやら彼の作戦だったらしい。ブライスはため息をついてメモ帳とペンを取り出す。マーティーの顔がぱっと輝いて、嬉しそうに漫画の題名をあげていく。かなりの量で、ブライスがだんだん険しい顔になっていく。


「リディアさんは何が欲しいんですか?」

 ブライスがマーティーの漫画をメモしている間にカーラは隣のリディアに問う。


「シャンプーとリンス!」

 リディアはニコッと笑って答える。


「最近新しいの出たって言うんで、試してみたくて!」

「なるほど......」


 一体その情報は何処から仕入れるというのだろうか。

 それにしても皆案外好きなものを頼むようだ。


 こんな会議があるんだな、とカーラは感心していた。


「次」

 ブライスがメモをし終わったのか、ペンを置いて周りを見回した。手をすかさず挙げたのはリディアである。


「リディア・ベラミー」

「はい!! シャンプーとリンス!!」

「この前買ったのがあるだろう」

「新作が出ました!!」

「どれも同じだ」

「違いますよ!!」

「違うよ!!」


 リディアの声が他の誰かと重なった。ナッシュだ。今まで話し合いに参加する気がないのか少し離れた席で暇そうにしていた彼だが、リディアと同じく前のめりになっている。


「ブライス、君は分かってないよ。どれも同じだなんて、それは素人の言葉だね」


「ええ、ええ、本当です!! ナッシュさんの言う通りです!! 匂いやサラサラ具合が全く違うんですよ!?」


「この前買ったやつも良かったけど、新作は話題になっているって話だったね、リディア」


「本当にそうです! 今回のは過去のものとは桁違いのサラサラ感を出すって!! 匂いも五種類です!! 匂いによって値段は違いますけどね! ブライスさんには分からないんですよ!! 髪の大事さが!!!」


「髪にもっと気を使うべきだよ、君は」


 二人に責められてブライスは面倒くさそうに目を細めている。


「じゃあ一応聞くが、一体いくらのを買うつもりなんだ?」

「5000です!!」

「却下」

「ええ!! 5000ですよ!? マーティーのより安いですよ!?」

「漫画いくら分にするつもりだお前は」


 ブライスがため息をついてペンを握る。リディアは「よしっ!!」とガッツポーズを決めてナッシュを見る。ナッシュも満足しているらしく頷いている。


 その後も他の研究員はブライスに欲しいものをあげていった。お菓子、部屋着、小説_____。


 極端に高いものでない限りブライスは買ってくれるようだ。


「まるでお父さんと子供たちって感じだね」


 ドワイトがカーラの横で小声で言った。確かに、仕事で出張に行く父親とそのお土産を頼む子供の構図である。ブライスはきちんと慕われているのだ。カーラはブライスの意外な一面を見たような気がした。


「さて、あとはカーラ・コフィだな。お前は何が欲しいんだ?」


 ブライスの目が自分を向いてカーラは思わず「えっ!」と声を漏らす。


 自分の欲しいもの......そう言えば、全然考えていなかった。


「買ってもらいなよ、カーラちゃん! ブライスさん、お金持ちだよ〜?」

 リディアが悪い顔をしている。カーラは困ってドワイトを見上げた。彼は微笑んでいる。


「何か欲しいものはあるのかい?」

「えっと......」


 カーラは考えてみる。シャンプーもリンスも、漫画も部屋着も別に今欲しいわけではない。思えば欲しいものなど最初からなかった。ドワイトと一緒にこの会議に来るというのが当の目的だったと言えなくもないので、いざ欲しいものと言われると困ってしまう。


「......髪飾り、とかですかね」

「髪飾り?」

 リディアが聞き返す。


 自分でも何故それを口に出したのかは分からない。だが、研究員になってファッションというものに疎くなってしまった。小さい頃は頭につけるピンやゴムを選ぶのが楽しかったのだ。今カーラの頭には赤いリボンがついている。唯一カーラが今持っている髪飾りであった。


「髪飾りか」

 ブライスは腕を組んで考えている。リディアがカーラの耳元に口を寄せた。


「カーラちゃん、言っておくけどブライスさんはファッションセンス皆無だよ。ナッシュさんに頼んだ方がよっぽど良い買い物してくれるよ」


「聞こえてるぞリディア」


 ブライスがリディアを睨む。カーラは「えっと......」と再びドワイトを見る。ドワイトは「そうだなあ」と首を傾げて、


「外部調査に行く機会でもあれば一緒に買いに行くっていうのはどうだい? 自分の好きなものを選べるじゃないか」


「わあ、いいですね、それ!! カーラちゃん、ドワイトさんとデートだよ!」

「デート......」


 リディアの言葉にカーラの頬が赤くなる。ドワイトはブライスを見る。ブライスは肩を竦めた。


「まあ、時間があれば考えよう。カーラもそれでいいのか?」

「は、はい」

「じゃあ、これで今回の会議は終了だな。次はもう少し欲しいものを限定しろ。破産する」


 ブライスはマーティーとリディアを軽く睨んで会議を閉めた。


 *****


「楽しかったかい?」


 オフィスに戻りながらドワイトはカーラに問う。カーラは「はい」と頷いた。いつもの固い雰囲気の会議とは全く違う、新鮮な会議だった。


「それは良かった。ブライスはね、ああやって研究員の皆が地下での生活を少しでも豊かにできるように頑張っているんだよ」


 ドワイトは廊下の奥の方を見ながら優しい声で話す。


「色んな子を見てきた彼だから、無理をしてでも楽しい思いをして欲しいんだね」


「......ブライスさんは、何か欲しいものはないんでしょうか」


 カーラの言葉にドワイトは目を丸くして振り返る。


「ブライスの欲しいもの?」

「はい......ブライスさんにも、何かプレゼントできたら......」

「ふむ......そうだねえ」


 ドワイトは目を細めた。そして、


「今度、皆で外に出てみようか?」

「え......?」

「ブライスは仕事以外で外に行こうとすることはないからね。彼から仕事を取り上げて外に出したら、一体何をするんだろう」


 ドワイトは顔を輝かせている。楽しい実験でも始めるような顔だ。


「皆って......」

「全員は外に出せないけれど......お楽しみ会なんて名前でやったら、案外ブライスは楽しんでくれるかもね。参加する人は抽選なんてどうだろう」


 ドワイトのこういう考えが思いついた時の顔は今まで見たことがないほど輝いていた。助手会議のラストを飾る「先輩自慢大会」を思いついた時の彼も、きっとこんな顔をしていたんだろうな、とカーラは考えて思わず笑みがこぼれた。


「いいかもしれませんね」


 この会社の先輩はどうしてこうも愛らしい一面を持っているのだろう。


 カーラは思いながら、想像を膨らませて楽しそうに語るドワイトの話に耳を傾けていた。

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