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Black File  作者: 葱鮪命
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File051 〜砂漠の鎮魂歌〜 中編-3

 コーデルは外に出て空を眺めていた。どうにかして、この異空間から皆を解放する方法。それを探すために。


 真っ赤な空は永遠と先まで続いていた。もはや空がこの色だったのではないかと勝手に脳が認識をしてしまいそうな程に、この赤色が目に焼き付いていた。


 バレット達の集落に伝わるあの歌は、もしかしたらこの異空間を抜け出すヒントなのかもしれない。前に派遣された研究員で、此処まで辿り着いたのはコーデルの他にもう一人いるとの話だったが、果たしてその人物はこの歌を知っているのだろうか。ブライスに聞いてみたいが、もう無線機は応答しなかった。


「......空に終わる、か」

 空に何かあるとすれば思い浮かぶのは雲、太陽や月だが、このエリアで見えるのは赤い空だけだ。太陽も月も見えない。ヒントがどの状況で役に立つものなのか。そもそもそれはヒントなのか。


 迷路に閉じ込められたような気分で、コーデルは髪を掻きむしった。


「コーデル」

 建物の中からリンジーが出てきた。彼女は相変わらず柔らかい笑みを浮かべている。


「お腹が空いたでしょう。お菓子でもどう?」

 リンジーがそう言って、包み紙に包まれたお菓子を手渡してきた。クッキーのようだ。コーデルは受け取って食べた。


 腹は常に空いていた。この集落だって食べ物が多いわけではないという。子供たちには腹いっぱい食べさせてやっていたが、大人は我慢を強いられていた。


「美味い」

 コーデルが言う。リンジーは「それは良かった」と笑った。綺麗な顔をしているのに、とコーデルは思った。あの光景が頭に焼き付いて彼女を見る度に強く思い出される。コーデルは彼女から目を逸らして、空を見上げた。


「何か分かった?」

「いいや、残念ながら。そっちは?」

「バレットがもう少しで起きそうなの。あなたが近くに居てくれる?」

「俺が?」


 コーデルは再び彼女を見た。今度は悲しげな笑みを浮かべていた。


「あなたの方に懐いていると思うのよ。目が覚めて目の前に私が居たら、怖がらせてしまうんじゃないかしら」


 リンジーの視線は建物の中に向けられる。ラミロが難しい顔で、コーデルが書いた歌の歌詞を読んでいる。その横で起きたホルヘとリランがラミロにメロディを伝授していた。


「アンタはバレットの母親である自覚はあるのか? あの子は何なんだ? 父親は?」


 最初に聞いた時、バレットの父親は病死したという話だった。彼女がループをしていて、何らかの形でこの異空間に入ってきた者だとしたら、彼女とバレットの関係もあやふやになってくる。


「病死したの。バレットは私の息子よ。そういう設定なの」

 リンジーが建物の中に目を向けたまま、言った。


「設定......」

「ループする度にね、私は私じゃない誰かの人生を無理やり歩まされているような錯覚になるの。これはリンジーという女性の体。記憶。私の中に他に誰かが居て、それを操っているような感覚よ」


 コーデルは息が詰まった。それに似た話を自分は知っていたからだ。それは、彼の亡き親友のアーバン・ライルズ(Irvin Ryles)を苦しめた、憑依型の超常現象にそっくりだと思った。


「操り人形にされているみたい。時々体の自由が効かなくなることだってあるわ。自分の意思に反している感じ」

「じゃあ、あの時人を殺めたのは_____」

「あれは私の意思よ」


 リンジーはキッパリと言った。目がコーデルを向いた。


「私はバレットの母親よ。この人生が何度繰り返されたかは分からないけれど、死んで、元の場所に戻される度にバレットのことが愛おしくなるわ。長い間一緒に居るから情が移ったのかしら。変な話よね。血縁関係が明白でもないのに」

「でも、母親なんだろ」

「......そうよ」

「じゃあ、愛して当然だな」


 コーデルが笑う。彼女に久しぶりに向けた笑みだった。リンジーはじっとコーデルを見つめていた。


「バレットが起きたよ」

 ラミロが建物から出てきて二人に言った。


「バレット!」

 コーデルはすぐ飛んでいった。バレットはベッドの上でぼんやりとしていた。


「おい、大丈夫か!」

 コーデルは彼の手を握り、反対で赤い髪を撫でた。彼は視界にコーデルを捉えると、小さく笑って頷いた。


「バレット!」

 ホルヘとリランも彼のベッドの傍に寄って嬉しそうに彼を呼んだ。


「まだ寝ていていいからね。水を持ってくる。君は此処に居て」

 ラミロはコーデルの肩に手を置いて、ベッドから離れて行った。


「此処は......?」

「アンタを助けてくれた人が新しい集落に連れてきてくれたんだ。苦しいのに待たせちゃってごめんな」

「ううん、大丈夫」


 バレットはコーデルから、ホルヘとリランに目をやった。


「バレット、具合悪い?」

「大丈夫? お腹痛くない?」

「大丈夫、ありがとう」


 バレットが二人に手を伸ばして頭にぽんぽん、と手を置く。コーデルはその様子を微笑ましく思いながら、リンジーを探した。彼女は入口からその様子を眺めていた。彼女の顔にも安堵の表情が浮かんでいたが、彼女は一歩も建物に入ろうとはしないようだ。コーデルが手招きしても彼女は首を横に振った。


「コーデル、俺らもう安心? 逃げきれた?」

「そうだな、甲冑は居なくなった。此処は安全だ」

「良かった」


 バレットが再び目を閉じた。また眠るのだろう。そっとしておいてあげよう、とコーデルもその場を離れる。


「ホルヘ、リラン、こっちにおいで」

 リンジーが二人を手招きした。


「あっちで遊びましょう。バレットをまだ寝かせておいてあげましょうね」

「うん!! リンジー、コーデルに教えてもらった遊びやろ!」

「狼のやつだよね! 面白いんだよ!」


 三人が建物を離れていくのを見届けて、コーデルはバレットが眠るベッドの傍でラミロを待った。


「寝ちゃった?」

 ラミロが水を持って戻ってくる。


「ああ、此処が安全地帯って分かったら」

「そうなんだ」


 ラミロの表情が冴えない。どうかしたのか、問おうとしたところで、彼の方が先に口を開いた。


「リンジー達の集落の歌、少し分かったんだ」

「本当か?」


 コーデルは思わず声を大きくしたが、バレットが眠っているのを思い出して口を閉じた。


「もちろん、憶測でしかないから期待させすぎるのも申し訳がないんだけど」

「いや、今は何でもいい。どんなことが分かったんだ?」

「歌詞を見せながら説明するよ」


 座って、とラミロは椅子を差し出してきた。コーデルが腰掛けると、彼も横にもう一つ同じものを持ってきて座った。手にはコーデルが書いた紙がある。細かい文字がところどころに書き足されていた。


「この、地に始まり空に終わるというのが少し気になったけど、これはやっぱり君の案が正しいと思う」

「空にヒントがあるっていうことか?」

「そう。君が砂丘のてっぺんで倒れていた時に、空に何かが浮かんでいるのを見たんだろう」


 コーデルはそうだ、と頷いた。


 バレットが具合悪くなり、オアシスや集落を求めて砂丘の頂上に登った時、自分も限界が来ていたために気を失ってしまった。だが、意識が途切れる直前に、何か大きなものが向こうの空に浮かんでいるのを見たような気がしたのだ。今思えば、意識が朦朧としている中で見る一種の幻覚にも思われるが、何かの情報になるのではないかとコーデルはラミロとリンジーに伝えていた。


「その浮かんでいる物体は恐らく、飛行船だ」

「飛行船?」


 コーデルの声が裏返った。どうして砂漠に飛行船があるのだろう。また新たなエリアの敵なのか。


「それがこの世界のゴールなんじゃないかと思う」

「待て待て、飛行船って......確かに空に浮かんではいたけどさ、証拠はあるのか? 何で飛行船が......」

「この世界で理由なんて考えていたら何も解決しないよ」


 ラミロが吐き出すように言った。全くその通りだと思ったが、納得はしない。だが、あれこれ考えて理由がつかないのは超常現象のよくある例なのだ。今まで出会ってきたものは大体が理由なんて付けようにも付けられないものばかりだった。


「飛行船に向かえばきっと終わりは来るんだ。僕らが目指すべきは飛行船なんだよ」


 ラミロがコーデルを見つめて、はっきりと言った。


「......飛行船が現れるのは一体いつなんだ」

「分からない。君の情報が鍵となるよ。ただ、この集落で飛行船を見たって言う人は大勢いる。遠くの空にぽっかり浮かんでいるっていう目撃情報が沢山ある。でも、それも前の人生の話だ。皆の記憶から消えているから、情報としては薄っぺらいね」


 コーデルは「飛行船」と口の中で繰り返す。あれが飛行船。あれに乗り込めばいいのだろうか。誰が乗り込めばいいんだ。皆乗れるものなのか?

 もしその憶測が違うなら_____。


「頼む、君の力が必要だ。信じてくれ。もう、僕らも限界なんだ」

 ラミロがコーデルを祈るように見つめる。


 何十年も同じ時を繰り返す辛さをコーデルは知らない。だが、慕っている誰かが死んで、またそれを繰り返し見させられるというのは苦痛だろう。自分が彼らの立場なら、バレットが何度も死んでは生き返り、また殺される人生を歩むことにどんな思いを募らせるだろう。


「......条件がある。何があっても、あいつだけは守ってくれるか」

 コーデルはベッドで寝息を立てているバレットを見た。


「皆を助けたいのは俺だってそうだ。だけど、今此処に来る途中で何十人が死んでるんだ。全員を生かしておくっていうのは_____弱音吐いて悪いけど、多分無理だ」

「それは承知の上だよ。此処のエリアが最も難関なんだ」


 ラミロは大きく頷いた。


「分かった。バレットは皆で守るよ。飛行船に彼だけでも乗せよう。それが大きな一歩に繋がるかもしれないんだ」


 *****


 このエリアの敵というのは、コーデルが考える何倍も残酷だった。


「火炎放射器を持った人間......」


 集落の広場に、コーデルを中心にして人が集まった。その中の何人かはリンジーとラミロと同じ、この世界のループを認識している者だ。彼らの話を聞く限り、このエリアの難関の理由というのは、火炎放射器を持った人間が襲ってくることであるという。


「この村の滞在は二日が限度だ。それを過ぎると突然何処からともなく襲ってくるんだ。この先のエリアは穴ぼこだらけで、そこに身を隠しながら飛行船に向かうと行った感じになるかな」

 そう説明するのは、アルマンドという男だった。癖のある金髪が特徴で、死ぬ前の記憶を受け継ぐ、ループを認識している者の一人だった。


「飛行船か......確かに時々見かけたが、まさかあれがゴールだなんて考えてすら居なかったな」

 誰かが興味深そうにそう言った。


「まだ完全にそうだと決まったわけではないよ。これでダメなら、生き返ってまた考え直さないとならない。記憶は受け継がれるから、それはありがたいけれど」

 口を開いたのはラミロだ。


「二日しかこの集落に居られないんだな」

 コーデルは確認する。自分が此処に来て少なくとも一日は経過した。赤い空によって時刻が分からないので時間には気を配る必要がある。


「そう。タイムリミットは君が来た時に始まった。前の研究員の時もそうだった。外から来た人が此処に辿り着くと、タイマーが動き出すんだろう」

「穴ぼこの地帯はどのくらい続くんだ?」

「分からない。その先に更に何かあるのかも。皆、そこで死んでしまうからね」


 コーデルは唸った。せめてバレットだけでも飛行船に乗せてあげたいが、それは未知の土地を駆け抜ける必要がある。火炎放射器を持った人間がどれほど凶暴か、まだいまいちピンと来ない。


「集落の人にまずは話をして、此処から避難させないと。なるべく大人数居た方が敵の威力も分散しやすいだろう」

「でも、説得するのも時間がかかるぞ。この世界がループしていることを話すということ自体、飲み込める奴はよっぽど適応能力の優れている奴だ」


 アルマンドが言った。コーデルもそれはよく理解していた。リンジーの集落の人間に説得させる時、少しばかりいざこざがあったのが最たる例だ。あの時はリンジーの力を借りながら説得したが、今回は更に大人数を説得させる必要がある。


「一度で上手くいく勝算はない。説明は行うけど、それでも頑なに此処を離れようとする意思がない人は置いていく。今までの経験上、着いていかないと言ったのは記憶で六人だ。説得に時間が掛かればかかるほど、成功の可能性は遠退いていく」


 ラミロの言葉に人々は「それもそうだな」と頷いた。彼は何度も似た説明をしてきたのだろう。目の奥にある光が人よりも強く、そしてはっきりと話す。今此処に集められた全員が彼の言葉に頷いたのだ。もちろんコーデルも反対の余地はない。


 ラミロの方が経験は上であり、従うなら彼の言葉の方が有利な状況を作れる。とにかくバレットを守りたい。今のコーデルにあるのはそれだけだ。


「じゃあ二時間後、この集落を出よう。着いて来るか来ないかは相手に任せて、僕らはなるべく広くの人に事実を伝えるんだ。コーデル」

「は、はい」


 彼に逞しさに耳を真剣に傾けていたのでコーデルは我に返った。


「君は子供たちをリンジーと見ていてくれ。此処は集落に昔から居る僕らの方が説得に時間がかからないと思うんだ」

「わかった」

「それじゃあ二時間後、此処で会おう」


 ラミロが立ち上がって、声高々にそう言った。


 *****


 コーデルはリンジーが居る最初の建物に戻った。彼女は絵本をホルヘとリランに読み聞かせていた。バレットもベッドの上で熱心に絵本を読んでいた。


「ただいま」

 コーデルが言うと、全員がパッと此方を向いた。


「コーデル! あのね、この本面白いよ!」

 ホルヘが足をパタパタさせながら言った。


「ラミロが持ってきてくれたんだよ!」

「そうか、良かったな」


 二人の頭に手を置いて、コーデルはリンジーを見る。彼女はコーデルと目が合うと、微笑んだ。


「話し合いは進んだ?」

「ああ、二時間以内に集落の人を納得させることになった」

「そう、間に合うといいわね」

「ああ」


 コーデルは今度はバレットの元に向かった。バレットが読んでいるのは、空を飛ぶ鳥の話だった。


「面白いか?」

「うん」

 集中しているのかそんな呆気ない返事だった。だが彼の顔はキラキラと輝いている。ページを捲る手が早い。コーデルは一緒に絵本を覗き込んだ。


「鳥が旅をする話なんだよ。いっぱい空が出てくるよ」

 リランが遠くから言った。コーデルが「そうかそうか」と頷く横でバレットは本を閉じた。


「俺、この本欲しい」

「え? でもそれはラミロのでしょう」

 リンジーが目を丸くして、音読を止めた。


「でも、欲しい」

「ラミロにお願いしてみないとな」

 コーデルがバレットの頭を撫でる。バレットは「うん」と頷いた。


 この先、逃げる中で退屈な時があるかもしれない。娯楽を持っていくのは良いことだろう。


 バレットの髪を撫でながらコーデルは思う。


 この先に待ち受けることがどれほど苦しいことでも、自分はこの子を守ってあげられるだろうか。

 そもそもどうしてこんなにこの子に固執しているのか。助手と同名なだけで、人違いに決まっているのに。こんなに愛おしくなるのはどうしてなんだ。


「バレット、お腹空いた」

「ん? ああ、飯食おうな。リンジー、キッチンは勝手に使ってもいいのか?」

「ええ、大丈夫って言っていたわ」

「じゃあ何か作ってやるからな。ホルヘとリランも食うだろ?」

「食べる!!」

「俺も食べるー!!」


 コーデルは立ち上がった。


「単純すぎるよなあ」

「え?」

「何でもない。スープ作ってやるよ」


 *****


 二時間後、再び集まったコーデル達は情報を共有した。


「とりあえず、40人の人は確実に逃げる。反対の人は居たか?」

「オースティンさんとローハンさんは逃げないってさ。パロマはもう少し時間が欲しいって」

「時間が欲しいって......もう時間は無いのに」

「逃げないってことだろう。とにかく、逃げると分かった人の分だけでも準備をしないと。もう時間が無い。すぐに逃げる用意をしよう」

「食べ物はあるだけ持っていこう」

「水も必要だ」


 話し合いが進んでいく。コーデルはまだ見たことがない敵を頭に思い浮かべていた。


 火炎放射器を持っているということは、燃やされてしまうのだろうか。溶ける肌がどんな痛みをもたらすのか分からない。泣き叫ぶ人々の声を聞くのか、もしくは自分がそうなるのか。


「コーデル、僕の家のキッチンにある食べ物をリンジーと一緒に袋に詰めて。子供たちが退屈しないように玩具も」


 ラミロはそれだけ言って、他の人の場所へと行ってしまった。彼は周りから強い信頼を得ているらしい。コーデルが最初の方に苦戦した、人を納得させるということが彼はとても上手い。


 コーデルは少し群衆から離れて、久しぶりに腰につけた無線機に手を伸ばした。すると、


『コーデル』


 突然、無線機から自分の名前が聞こえてきた。それは、ブライスの声だった。


「ブライスさん!?」

 コーデルは急いで応答をした。今まで全く繋がらなかったのに、思いつきで電源を入れてみるものだ。


「聞こえます!?」

『ああ、聞こえる。だが、やはりかなり聞こえづらいな。もうすぐ完全に繋がらなくなってしまうかもしれん』

「じゃあ、伝えておかないといけないことが沢山あります」


 コーデルは頭で話すことをまとめる。今まで起こったこと、これから起きること。簡単に、だが確実に彼が報告書に残せるように伝える。ブライスはすぐにメモをしてくれて、今後の状況についても把握してくれた。


『そうか、火炎放射器の敵が居るエリアを抜けるんだな』

「はい。もしかしたら命を落とすかもしれません。でも、バレットを守りたいんです」


 コーデルは確実に誰にも声が聞こえないであろう場所にやってきた。遠くに見える砂丘を見つめながら、言葉を紡ぐ。


「ブライスさん、そっちのバレットは元気です? あと、デビットさんも」

『ああ。バレットには、コーデルが長期の実験に出たことを伝えている。あいつは素直すぎてそれを完全に信じきっている。無事に戻ってきていると信じている』


 ブライスは少しだけ間を置いた。


『もちろん、俺もだ』


 コーデルは頷いた。ブライスにはそれが分からないと分かっていながら。


「死ぬ気なんかないですよ。デビットさんには戻るよう伝えているんです。肉でも食って待っとけって言ってください。太らない程度に」

『......そうだな。伝えよう』


 コーデルは他に何を話そう、と目を閉じた。

 遠くで集落の人間は慌ただしく逃げる準備をしている音が聞こえてくる。布が擦れる音、食器が当たる音、リヤカーや、そりを引く音。それに何かを乗せる音。


『赤いボタンは、録音用のボタンだ。何かあれば、それに』

 先にブライスが口を開いた。確かに、赤いボタンがあった。


「じゃあ、何か歌でも入れますよ。バレットの子守唄にでも使ってやって欲しいですね」

 コーデルは笑って、自分の足元に目を落とした。


「......本当は、アーバンのことで罪を償うために来たんです。殺人は重い罪でしょ?」

 砂は冷たかった。赤い空によって太陽の光が遮断されたので、砂漠の土から熱が奪われているのだ。


「バレットが、ずっと俺の事をまっすぐ見てくれるのが辛くなったんです。罪人に憧れるなんて、ダメじゃないですか。それに、あんな可愛い助手貰ったら、天国のアーバンに怒られちゃう」


 コーデルは笑った。


「自分だけ幸せじゃ、不公平じゃないですか」


 誰かが近づいてきても、コーデルは気づかなかった。無線機を強く握りしめた。


「あっち行ってからかっこいい顔できるように、覚悟は決めてきたんですよ。実は。戻れるなんて、最初から思ってないんですよ、俺」


 コーデルは服の裾が重くなったのを感じて驚いて目を其方にやった。バレットが居た。手にはあの本があった。


「本、ラミロがくれた」

 彼は嬉しげに本を見せてくれた。青い空に雲が浮かんでいる表紙だった。鳥がその空に羽ばたいている。綺麗な青色だった。ちょうど、自分とバレットがまとっている布のような青色だ。


「良かったじゃんか」

 コーデルが微笑むと、バレットも「ん」と頷いた。そして、無線機を見る。


「繋がった?」

「んー、いや、繋がってない」


 コーデルは無線を切った。もう二度と繋がらないだろうな、と思った。ブライスには伝えたかったことは伝えられたので、後悔はない。


「独り言?」

「ああ、そうそう。影と話してた」

「影と?」


 バレットが笑う。そして自分の影を見つめて「やっほー」と手を振った。コーデルも真似て「調子はどうだ?」と影に聞いた。バレットが腹を抱えて笑った。


「コーデルは面白い遊びたくさん知ってるね」

「ああ、そうだぞ。遊び大臣だからな」

「遊び大臣!」

「遊び博士だ」

「博士ー!」


 コーデルはバレットと手を繋いだ。そして、集落に戻っていく。赤い空の下、二人の影は仲良く並んでいた。

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