File049 〜11の呪い〜
時間は少し戻って、バレットとエズラはジャック・エリオットを救急隊員に任せ、三つ目の調査場所にいざ向かおうとして、二人同時に腹が鳴った。
「うう〜、飯食ったのにな」
バレットが腹を抑えて前屈みになる。
二つ目の超常現象が案外厄介で、二人は走り回ったり暴れる超常現象を押さえつけたりして、エネルギーを大きく使ったのか、空腹が戻ってきていた。昼食はさっき食べたが、サンドイッチだけになるとやはり足りなかったらしい。
「しょうがないな。どっかで昼飯もう一回食うか」
エズラも空腹であることには変わりがない。救急隊員に色々説明する上で脳みそは使ったのだ。
「何処で食う?」
「折角なら甘いもんあるところがいいな」
エズラが言うのでバレットは「甘いもんかあ」と携帯電話を取り出す。甘党のエズラでも満足できるような場所があれば、とマップアプリで検索をかけてみると、案外ヒットした。
「さすが、都会は違うなあ」
此処から徒歩二分のところにガッツリ系もデザート系もどちらも楽しめそうなカフェがあった。そこに向かうために二人は歩き出す。
「メニュー豊富だし、これならエズラも満足するだろ!」
「まあ、そうだな」
本当に徒歩二分で着いたそのカフェは、昼時のピークを過ぎて、人は疎らだった。好きな場所に座れるということでエズラとバレットは仕事の話もしやすいようにと一番端の目立たない席を選んだ。
店員がやって来てメニュー表を置いていった。広げると四ページに渡って豊富なメニューが並んでいる。
「うわあー!! うまそー!!」
B.F.ではなかなかお目にかかれない珍しい料理もあって、バレットもエズラも夢中になって目を通す。
「んー......俺、肉食いたい!!」
「俺はパンケーキがいい」
「そんじゃあ決まりな!」
バレットはポークソテー、エズラはベリーパンケーキを頼むことになった。
「すみません!」
近くを通った店員に呼びかけ、早速注文を行う。
「えーっと......じゃあポークソテーを11つ!!」
「......お前そんな食えんのか?」
指を一本立てて満面の笑みで注文を行うバレットに対して、エズラが疑いの目を向ける。
「......へ?」
「11個も食えるのかって聞いてんだよ」
「え!? 11!? 俺今11って言ったよな!?」
「11って言ってるだろ」
バレットはぽかんとした顔で立てたままの一本指を見下ろしている。そして、再び店員を見る。
「ポーターソテー、11個ください!!」
「はい、かしこまりました」
「あれえっ!!?」
今度は彼も気づいたようで、目をかっぴらいて自分の指を見ている。
「11個でよろしいですね?」
「い、いえ、11じゃなくて、11_____」
「何言ってんだお前」
「ワザとじゃないんだって!! えっと、だから......11じゃなくて、11_____あああー!!! なにこれっ!!!」
バレットは頭を抱えた。
一体何をやっているのだろう、自分の相棒は。
エズラは呆れ顔で彼を見やって、メニューを指さす。
「俺は、このベリーパンケーキ11つ......いや、その、パンケーキを、11、つ.....じゅ、う、い、つ、つ_____」
「はい、かしこまりました。以上でよろしいですか?」
「よくないです!!!」
「よくない!!」
エズラは頭を掻き毟る。何が起きているのだろう、と口の中で他の数字を言ってみようと試みるが、全て11になってしまう。
バレットも同じことをしようとしているようだが、彼も他の数字は言えないらしい。口が勝手に11の形を作ってしまうのだ。
二人は「あああー!!!」と発狂寸前だった。というか、半分発狂している状態だった。
店員がどうしたのだろう、という顔をしているので、バレットは聞いてみる。
「この席に座る人って11個以上食うんですか!?」
「いえ、あまりいませんね。でも、今朝はモーニングを食べに来た方で10個のトーストプレートを頼んでいらっしゃる方は居りましたよ」
「じゅう、いち......なあ、エズラ......」
バレットは嫌な予感がして相棒に声をかける。エズラも同じことを思っていた。
「あの、じゃあ、今の注文でお願いします。ポークソテー11つと、」
「パンケーキ11つ」
「はい、かしこまりました」
店員が下がっていくのを確認して、バレットは「どうすんのさこれ......」と机に突っ伏した。
「どうも変な話だな」
エズラが辺りを見回すが、誰も机に溢れんばかりの料理など乗せていない。
「朝、この席で注文した人にも同じことが起きてたっぽいね」
「みたいだな」
「これって......超常現象?」
「まあ、だろうな」
二人は同時にため息をつく。折角の昼食くらい、仕事から離れて楽しみたかったが、そういうわけにもいかない。新しい超常現象を見つければ、まずは観察するしかないのだ。
「で、原因は何だろうね?」
「俺らどっちもそうなってるな」
「じゃあ、立ってみよう」
バレットが立ち上がり、席から1m離れる。そして、「1、2、3、4......」と数字を数え始めた。やっと口の動きが自由になり、バレットは心の底から感動した。
自分が言いたいことを言えるというのは、これだけ嬉しいことなのだ。
続いて椅子に座って、さっきと同じ方法で1から順に数えてみることにする。
「11、11、11、11......」
「なってるな」
「なってるね......」
バレットは腕組をし、首を捻る。
「やっぱりこのテーブルで起きてるみたいだけど......何だろう、テーブルに問題があるのかな? それとも椅子? それとも、このメニュー表?」
バレットが今度はメニュー表を持って立ち上がり、席から離れる。その場で数を数えると問題なく数えられた。
「エズラ、数えて」
まだ席に座っているエズラに言う。
「11、11、11......ダメだな」
「メニュー表は原因ではない、と」
研究員としての仕事が始まった。昼時休憩がまさか地下でも出来そうな実験に早変わりするとは、流石はB.F.研究員である。
バレットは今度は椅子を動かした。しかし、それもメニュー表と同じで、関係は無さそうだ。最後に残ったのは_____。
「やっぱこのテーブルか」
エズラがコツン、とテーブルを叩く。
木を茶色く塗り直し、丸い円形にしたお洒落なテーブルだ。バレットがテーブルをまじまじと見てみるが、表面にニスが少し浮いているくらいで違和感は無い。だが、テーブルの裏側を覗き込んだ時だった。
「あ、これっ!!」
バレットはテーブルの板の裏側に貼られている白いシールを見つけた。赤い文字で「11」と書いてある。
「これしかないだろ、原因」
エズラも覗き込んで、ペン柄のカメラでその様子を撮影する。
「剥がすよ!」
「ああいいぞ」
バレットはシールをテーブルから勢いよく剥がした。べりっ!! と音と共にシールは綺麗に剥がれた。
「エズラ、ちょっと言ってみて」
「1、2、3、4、5、6、......」
エズラが数え始めたのは11以外の数だった。
「やった!!」
「それにしてもそのシール......何処の誰が貼ったんだろうな?」
「んー......? まあ、いいよ。捨ててくる」
バレットがシールを持って立ち上がった。
*****
「まさかこんな場所にも仕事の種があるなんてな」
エズラがウンザリ顔でテーブルを摩る。バレットも「まあ、しょうがないよ」と苦笑した。
誰かがやらなければならない仕事であり、それがこの街、いや、世界を守っているのだから目を逸らすわけにはいかないのだ。
「おまたせしました、ポークソテー11つ、三種のベリーパンケーキ11つです」
「忘れてた......」
「俺も......」
二人の前には今まで見たことの無い量の皿が並べられていく。二人が座っている席では足りないので、隣の席もくっ付けることになった。
「く、メニュー表で見た時は美味しそうだったのに!!」
バレットが恨めしげに自分の前に並ぶ11皿を見る。
「同感だな......こんなに食ったら病気になるぞ」
エズラも額に汗を滲ませ、パンケーキを睨みつけている。
「でも、注文したからには食べないと!!」
「ああ、作った人にも悪いしな」
エズラとバレットはフォークとナイフを構えて、22枚の皿を空っぽにすることに心を燃やした。
*****
二時間後。
「うぷ......もう、もうむり」
「バカ、まだ、まだ入るだろ......」
二人は自分の体重よりも重くなったのではないかと思うほどの胃袋の重さと、口の中にある全く変わらないその味に限界を迎えていた。いや、一時間前にもう限界はとっくに超えていたのだ。
いくら腹が減っていたバレットも、いくら甘いものが好きなエズラも、11人前というのには流石に無理があったらしい。
二人の皿は七つが空っぽになっていた。残りは四つ。たかが四つ、されど四つ。
「エズラ、俺の胃袋が爆発したら三つ目の調査先、一人で行くことになるけど大丈夫......?」
「そんなのお前だけに言えたことじゃねえよ......」
二人はぜえぜえ言いながら次の皿に手を伸ばそうと、した時だった。
「ママ、あのお兄ちゃん食べてるパンケーキ美味しそうー」
隣の席に座った四人家族の末っ子らしい子供がエズラの前にあるプレートを指さして言った。
「よかったら、食ってください!! お代はいらないんで!!」
エズラがすかさず立ち上がって家族にプレートを差し出した。
「でも......良いんですか?」
母親が困った顔をしてエズラに問う。
「はい! 美味すぎるんで、ぜひ!!」
「エズラずりい!!!」
バレットがエズラを睨みつける。
「お前も早くどうにかしろ! このままだと次のとこ行けないだろうが!」
「そうだけど......」
バレットは周りを見回すが昼時も過ぎた今、肉を求める人など居ない。
「肉食いたい人!!」
通りを歩く人に柵の内側から声をかけてみるが、足を止める人がいない。
「なんでえ......」
バレットがへなへなと椅子に座り直した時だった。
「お、お肉タダで貰えるんですか?」
柵の向こう側からバレットの前の皿を眺める女性が居た。女性は四匹の犬を連れていた。大小様々だが、大きな犬種が二匹も居る。彼らもまた肉を見ている。
「あ、もう腹一杯で......」
「是非ください!! この子達お肉大好きなんですよ!!」
「それなら!!」
バレットが突き出すが、エズラに止められる。
「人用に作られたもん犬に食べさせるわけにいかないだろ。腹壊しちまう」
「じゃあどうすんだよ!」
「他に方法探すしかないだろ、持ち帰るとか......」
「うう、そうか......」
「あの、私大家族なので貰えるなら貰いますよ。そこのお兄さんの言う通り、犬たちにはあげません。実は今夜親戚が集まってパーティーがあって......この子達はいちばん大きい子以外私の犬じゃないんですよ」
「そうだったんですか!! じゃあ親戚の皆さんで!!」
「俺のも!!」
「はい、頂きますね!」
二人は店から持ち帰り用の箱を貰い、料理をそれに詰めて女性に手渡した。
「ありがとうございます、美味しく頂きます!」
「はい!! 味は美味かったんで!!」
量は失敗したけど、と付け足したが、彼女は犬を引き連れて行ってしまった。
「一件落着だな」
エズラが重たい腹を擦りながら席に戻る。あとは片付けも済ませて出るだけだ。支払いは箱を貰う時に女性も半分払ってくれて、済んでいる。二人は片付けて店を出た。
「やっぱ助け合いって大事だよなあ」
「それは俺も思った」
「犬撫でたかったなー......」
「そうだな」
二人は少し日が傾いた街を歩いていった。
*****
店の外の丸テーブルに若い夫婦が座った。妻の方はパスタを頼んだ。夫の方はステーキだ。
「12個ください!! ......え......?」
テーブルの裏に、シールが浮かび上がる。そのシールには赤い文字で「12」と書かれていた。