File045 〜手直しポスト〜
「外部調査なんて、もう行けないと思ってたのになあ!」
エレベーターの中で赤髪の研究員、星4バレット・ルーカス(Barrett Lucas)は嬉々として言った。その隣には青髪の長髪研究員のエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)が居た。
「そうだな。てっきりあの件で外に二度と出してもらえないかと思っていたな」
エズラが冷めた声で言う、「あの件」というのは数ヶ月前に遡る。
初めて外部調査に行くことになったエズラとバレット、そして星5のマーティー・ラッピン(Marty Lappin) 、星2のケーシー・キャンプス(Kasey Camps) 。
マーティーの適当すぎる性格から、彼は外部調査先から帰って先にB.F.の施設に戻ってしまった。残されたエズラがバレットとケーシーを仮施設のエレベーター前で待っており、二人はやっと戻ってきた。
施設に戻るためにエレベーターに乗り込んだ三人だったが、エレベーターの扉を閉めようとした時、知らない女性がエレベーターに乗ってきた。
女性の侵入を許してしまったエズラだが、何故かブライスに後々謝られることになったのだ。
あの事件に関しては詳細は不明のままだが、B.F.を危険な状態に陥れたという事で、自分たちは外部調査に二度と行かせて貰えないのではないかと思っていたのだ。
「あの事件は99%くらいはこっちの責任だよ」
エレベーターのボタンの傍にエレベーターを動かす銀色の長髪を持つ男性が居る。ナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)、B.F.のトップに君臨するメンバーの一人だ。
「こっちって......B.F.の責任ってことですか?」
バレットは首を傾げて彼に問う。
「まあね。彼女とは色々あったんだよ。特にブライスが」
「ブライスさんが、あんな美女と関わってるんですか......」
意外なことだな、とエズラは眉を顰める。ブライスに近しい女性で思い浮かぶのは大抵自分の先輩である。それ以外で思い浮かぶ者は居ない。
「というか、こんなに易々と外に出てもいいんですかね」
バレットが今度は不安げな顔をしてナッシュを見る。
「調査はしないとだよ」
ナッシュは肩を竦めた。
ベティの件の後で、B.F.と同じように超常現象を調べる会社である非政府組織エスペラントが動いた。
事の発端は、星5のノールズ・ミラー(Knolles Miller)を始めとした五人の研究員と連絡が絶えてしまったこと。五人はエスペラントのアジトに誘拐されてB.F.の情報をいくつか盗まれてしまった。
それからというものの、あれだけ外部調査に出たがっていた研究員たちは、調査を頼まれても良い顔をしなくなった。引き受けても前のように人数は多くなく、また一日で帰るという短期間での任務になった。
そして、圧倒的に調査の回数は減った。一週間に二度、三度行っていた外部調査だったが、今は二週間に一度あるかないかである。
「ただ、超常現象も待ってはくれない。意思があるものは何処までも行ってしまうから、時間との勝負さ。そこで今回、助っ人を呼んだわけだね」
ナッシュの目は、バレットとエズラを挟んだ反対側を向いた。
壁に寄りかかって、不服そうに正面の壁を睨みつけてだんまりを決め込んでいる橙の髪を持つ男性の研究員が居る。腕組をして、いかにも機嫌が悪そうだ。
「......」
「......」
「......何で俺なんっすか!!?」
彼は途端ナッシュを睨みつけた。
「暇そうだったじゃないか」
「でっかい仕事片付けたばっかだったんすよ!!」
「暇だろ」
「休みもロクにくれないんですか!?」
B.F.星4研究員コナー・フォレット(Connor Follett)はナッシュの元助手だ。ある事件がきっかけで、星4になってナッシュの元から離れて独立研究員として仕事をしている。
「自室に篭ってるだけじゃ体に悪いさ。ドワイトも後で合流するって言うから、飛んで喜ぶんだな」
「ふざけんじゃないっすよ!!」
ナッシュとコナーに挟まれて、エズラとバレットは完全に空気である。ナッシュとコナーの仲はあの「仲良し作戦」以降すっかり黒いモヤが晴れた感じだ。ドワイトだけでなく、ナッシュとの仲も取り戻せたという意味であの作戦は大成功であった。
「さ、いよいよ地上だ」
まだ不満げに言葉を漏らしているコナーを置いてナッシュは数字を見上げた。地上にちょうど着いて、ぽーん、と音が鳴った。扉が開くと眩しい朝の世界が四人を迎えてくれた。
「エスペラントが彷徨いている可能性がある。何かあったらすぐに連絡をしてくれ。電話は持っているね」
「持ってます」
バレットは腰に着けたポーチから電話を取り出して見せる。エズラも同じものを持っていた。
「よし、じゃあ解散だよ。バレットとエズラ、僕とコナー。集合は夕方五時に仮施設のエレベーター前」
「はい!」
「行ってきます」
バレットとエズラは歩き出した。まず向かうのは一つ目の超常現象だ。
*****
「天気も良くて調査日和だなー!」
青空には雲ひとつない。太陽の光が暖かく、バレットは着ていたカーディガンを途中で脱いだほどだ。
「あんまり大きな声で言うなよ」
エズラがバレットを軽く睨む。
自分たちがどれだけのリスクを背負って外に出ているのか、真面目な彼は常に慎重だ。いつ誰が聞いているか分からないので、B.F.のことは外で話すのも恐ろしい。今エスペラントが狙っているかもしれないのだ。
周囲を警戒しながらエズラは歩いていた。
「心配しなくたって大丈夫だってば。ちょっとは肩の力抜いていこうぜ? 電話だって預かってるんだし」
「ノールズさん達だって電話は持ってただろ」
「まあ、そっか」
バレットは軽く周りを見回した。
こう見ると誰でも怪しく見えてくる。背負っているカバンに銃を忍ばせているかもしれない。胸ポケットに入れているペンが実は盗聴器になっているかもしれない。
考えれば考えるほど疑心暗鬼になっていく。前はもう少し気軽に街を歩けていたが、あの事件があってからすっかり気持ちも沈んでしまった。
「で、最初の場所は何処だっけ?」
「西区の銀行前のポスト。何でも、出した手紙の内容が明らかに書き換えられるらしい」
今回の外部調査で二人が任された超常現象は全部で三つ。昼飯は挟むが集合時間まではきちんと間に合うくらいのもので、その一つ目がノースロップ・シティ西区にある銀行の前に設置されたポストであった。
そのポストに投函された手紙は相手の元に届くと、送り主が送った内容とは異なったものに書き換えられているらしい。それによって送り主と受け取り手の情報の混乱が生じているとの情報がB.F.に入ったのだ。
今回二人が行うことは、B.F.宛に手紙を投函してその内容がどう書き換えられているかを調べるというものだった。今日はそのポストを探し出して手紙を投函するだけなので、一つ目の調査としては簡単に終わるだろう。
「迷惑な超常現象だよな。手紙の内容を勝手に書き換えられるなんて」
エズラは相変わらず道行く人を睨みつけるようにして歩いていた。彼の眼光の鋭さによって、目のあった人は次々に気まずそうに視線を下げている。
「だなー。手紙、誰に書いた?」
バレットはエズラが背負っている鞄をちらりを見やる。二人はそれぞれB.F.宛に手紙を書いたが、内容は自由とのことだったのでバレットは自分を星4まで育ててくれた恩師宛に書いた。読まれても恥ずかしくないような中身にはしたつもりだが、今考えるとやはり少し恥ずかしさが込み上げてくる。
「誰でもいいだろうが」
周りに向けていた目をそのまま向けられたのでなかなかの迫力がある。何年もの付き合いならその鋭い眼光も慣れたものだ。
バレットはニヤニヤ笑って、
「自分の先輩だな?」
と肘でつついた。案の定彼は更に睨みをきかせてきた。バレットの横を通り過ぎようとしていた男性がちょうどエズラと目が合ったのか「ひっ!!」と飛び上がっている。今なら眼光だけで人を殺せてしまいそうだな、とバレットはそれ以上追求しないようにした。
「そろそろじゃない?」
バレットは西区の看板を見つけた。大通りの入口に大きな建物が見えた。近未来的なデザインの、背の高い建物がこの西区の銀行だ。銀行の前の通りに並ぶ青い物体が目的のポスト。
エズラとバレットは、鞄からそれぞれ書いた手紙を取り出して宛先を再度確認すると、それを投函した。
「大丈夫かなー。ちょっとおっかないなあ」
バレットは投函したポストを不安げに見つめている。自分の先輩だが、かなり怖い性格なので怒らせるような内容に書き換えられていないといいのだが。何とか良い方向に書き換えられていますように、と願う隣でエズラも少し不安げだった。
「まあ、気持ちは届くよ」
バレットがぽんと、相棒の肩を叩くと「あ?」と睨みつけられた。近くを通った女性が持つリードに繋がれて散歩していた犬の尻尾の尾が内側に丸まるのを見て、人間を超えた恐ろしさを兼ね備えた相棒は、超常現象にもなり得る存在ではないだろうか、とバレットは興味深く思っていた。
「はいはい、エズラ君次行くよー」
「お前、本当に後で覚えてろよ」
二人は銀行の前から離れて行った。その後も何人かがポストに手紙を投函したが、噂を知っている人は多いのか、いつもよりも投函しようとする人は少なかった。