File004 〜満点教室〜
カタカタ、カタ、カタカタカタ......。
静かな部屋の中に、キーボードを叩く音だけが響いている。
キーボードを叩くその綺麗な指は、正確に、一度も間違うことなくデスクトップ上に文字を刻んでいく。
ふと顔を上げると、もう少しで予定の時間の丁度一時間前になろうとしていた。今日は実験が入っているのだ。
「......遅いわね」
イザベル・ブランカ(Isabelle Blanca)はキーボードから指を離し、ため息を着く。そして、後ろを振り返った。
彼女の後ろの席は空っぽだ。机の上は散らかっており、ゴミ箱は書き間違えたらしい報告書の用紙がくしゃくしゃに丸められたもので溢れそうになっている。
彼女はどうやらそのデスクの主を待っているようだ。
今日は実験がひとつ入っている。その時間まで「彼」が果たして帰ってくるのか_____やはり、一人で行かせるのはまだ早かったのか。
探しに行くべきか、イザベルが悩んでいると。
ガチャ。
「あのー......」
オフィスの扉が小さく開いて、赤茶の髪色をした少年が顔を覗かせた。
「......何かしら」
イザベルの冷たい声に、少年の肩がビクッと震える。
「あーっと......実は、ですね」
彼は扉の隙間に体を滑り込ませながらオフィスの中に入ってくると、目を泳がせてごにょごにょと口を動かした。
「この前の報告書、紛失......しました......」
えへへ、と申し訳なさそうに笑う彼を見て、イザベルは目を細める。
「またやったのね?」
少年の名前はキエラ・クレイン(Kiera Crane)。B.F.星2研究員、イザベルの助手だ。
「全く、これで何度目?」
「さあ......数えてませんでした......」
彼に預ける報告書の大半は、必ずと言っていい程に消えてしまう。
報告書を上に見せて、判子を押して貰ってくるだけの簡単なお使いのはずなのだが、果たしてどんな事が彼の頭からそのお使いの内容を吹き飛ばしているというのだろう。
「ちゃんとファイルごと持って行って、落とさないように忠告はしていたはずよね?」
「えへへ、そうなんですけれど......お昼を挟んだらなんかその、忘れちゃったみたいで......」
イザベルは再びため息を着く。
「記憶が飛ぶ程美味しい昼食だったのかしら」
「美味しかったです!」
「あのね」
彼に毎度任せる自分も悪いとイザベルは心の何処かで思っているが、自分は報告書を完成させるためにオフィスを離れるわけにはいかない。
それに、早くキエラに此処での仕事に慣れて欲しいという思いも込めてお使いを頼んでいるのだ。
成功した試しは無いのだが。
「もういいわ、紛失したものは私が書くから。資料だけでも用意しておいてくれる?」
「はい、ごめんなさい......」
流石に反省はしているようだ。肩を落として、とぼとぼと自分の机に向かう彼を見届けて、イザベルは再びパソコンに向き直る。
まだ今日の分の仕事は片付いていない。それどころかひとつ仕事が増えた上、今日は実験が入っている。
今夜は徹夜を覚悟しておいた方がいいかもしれない。
少しの間作業を進めていると、
「イザベルさん、コーヒーが入りましたよ〜」
コトン、と音がしてイザベルがそちらに目を向けると、マグカップにホカホカと湯気がたつ黒い液体が入っていた。キエラがコーヒーを淹れてくれたようだ。
イザベルは作業を中断する。
「今日は他の職員さんから紹介して貰った豆を、いつものやつとブレンドしてオリジナルの味を作ってみました!」
腰に手を当てて胸を張っている彼をチラリと見上げて、イザベルはコーヒーに視線を戻す。マグカップを手に取り、口に含んだ。
香ばしい匂いが彼女の鼻孔をくすぐる。苦い香りの中にコクがある深い味わいが彼女の口いっぱいに広がった。
「......どうですか?」
ワクワクした表情でイザベルの顔を覗き込むキエラ。イザベルがもう二口目を口にする。やがて、おもむろにカップを置いた。
「......相変わらず、コーヒーを淹れるのだけは完璧なのよね」
イザベルの言葉に彼は照れたように笑い、頭をかいた。
「イザベルさんに褒めて貰えるのがこれくらいしか無いのは残念ですけれど......」
キエラはコーヒーを淹れることが研究員の中で群を抜いて上手だ。何処かのバリスタに弟子入りしたのではないかと思うほどに。
彼に初めてコーヒーを淹れて貰った時、その美味しさにイザベルは舌を巻いた。口には出さないが、研究員をするよりもどこかで喫茶店を開くべきなのではないか、と思ったほどである。
「ほんと、この能力を少しでも他の仕事に回してくれたのならいいんだけれど」
「うう......努力はします......」
イザベルは分かっていた。彼が決してワザと報告書を紛失しているわけでは無いと。
それは、彼の溢れたあのゴミ箱の中身が全て練習用の報告書の用紙であることが示していた。
彼はイザベルに見合う助手になろうと懸命に練習し続けているのだ。
影の努力家と言うべきか、そんな彼をイザベルは心の中で応援していた。口に出せば調子に乗るから、と彼女はあまり彼を褒めたりはしないのだが。
コーヒーに関しては、やはりどうしても表情と言葉に現れて出てしまうのだった。
*****
「キエラ、そろそろ実験の時間よ。準備しなさい」
午後三時。イザベルは後ろの彼に声をかける。
いつもなら昼前に実験を入れることが多いが、今回はその時間帯に実験室が空いていなかったこともあり、午後になってしまった。
相変わらず報告書を書く練習をしていた彼女の相棒が顔を上げる。
「は、はい! すぐに準備しますね_____うわああ!」
バサバサ!
ファイルが彼のデスクから落ちて中の資料が床を白一色に染めた。
「はあ、大丈夫?」
「す、すみません、すみません......!!!」
イザベルは彼を手伝い、床に散らばった資料を机に戻してあげた。
終わると、テキパキと準備を済ませてオフィスの扉を開く。
「ほら、行くわよ」
「は、はーい!」
実験室に向かいながらイザベルは、
「少しあのオフィス、綺麗に片付けるべきかもしれないわね。でないと、また誰かさんが床に撒き散らすかもしれないもの」
「あうう......」
隣のキエラはしょんぼりとしている。
彼は整理整頓が苦手なようで、机周りはファイルの山になっている。コーヒーを淹れるための用具の周りはとても綺麗だというのに......。
一体どういうことなのだろう、とイザベルは何度も思う。
オフィスは場所が少ない上に置くものが多いので、今日のような雪崩はこれからも起きる可能性が高いだろう。
「さ、切り替えていくわよ。今日はどんな実験かしら?」
「はいっ、えっと、ですね......んーと......」
キエラが慌ただしく手元のバインダーに挟んである紙を捲り始めた。
「与えられた質問に対して正答できるまで、教室の姿をした異空間に閉じ込められる超常現象......ですね」
イザベルはそうね、と頷く。
今回の超常現象は本来、他の人が受け持っていたものだった。だが、Mr.スクエアの件でその研究員が急遽実験することが出来なくなり、イザベルが引き受けたのだ。
暇とは言いきれないが、上に比べたら自分の仕事など無いに等しい、とイザベルは感じていた。
今回の超常現象_____出される問題に正答出来なければ、永遠に教室の形をした異空間に閉じ込められるというものだ。
永遠と聞くと少し怖い気もするが引き受けてしまった以上、今更引くことも出来ない。
この超常現象は、発見されてから二回ほど実験はされているが、実験に携わった職員の何人かがMr.スクエアに殺されたこともあり、半分放置された状態になっていた。
イザベルはMr.スクエアについて噂程度には聞いていた。何でも近づいた人間を残虐な方法で殺すのだそうだ。
そんな恐ろしい生物が居るのかと最初は疑ったが、此処は何処かを忘れてはならない。自分たちは今、死と隣合わせの職場で働いているのだ。
今日の実験だって、気を抜けば命を落としてしまう可能性がないわけではない。
気を引き締めていかなければ。
助手を最後まで立派に育てる_____それが私の役目なのだから。
「質問って、何なんでしょうかね!」
キエラが顔を輝かせて足を動かしている。
実験の経験が少ない彼からしたら、全ての実験が楽しくて仕方がないのだろう。
イザベルは手元の資料に目を落とし、書いてあることを読み上げた。
「学問的なものから個人的なものまで様々、って書いてあるわ。ランダムに出るようだから、一概にどのジャンルとは言えないわね」
「え!! 僕わからないですよ!!? 専門的なものを問われたら、どうしましょう!」
「......そんなの知らないわよ」
個人的な質問というのは、好きな食べ物、色などだろうか。一回目の実験では、好きなジャムは何かを聞かれたそうだ。ここまで来ると面接としか思えない。
答え方、考えようによっては無数にあるのではないか、とイザベルは眉を顰める。
まずその人の好みから質問を作るなんて、記憶でも覗かれているのだろうか。
やがて二人は実験室に着いた。準備室で再度、対象の確認を行う。
「特に何も無いですよ?」
キエラは、さっきから実験室が見えるガラスの壁に張り付いていた。ガラスの向こうには何も無い。それらしいものが置いてあるなど、そんなことは一切ない。
「そりゃそうよ、異空間だもの。教室の姿になるのはその部屋に入ってからよ」
「じゃあ、この扉を開いたら教室に変身するってことですか!」
キエラが指さしたのは、実験室へ入るための扉だった。
「そういうことになるんじゃないかしら」
イザベルが頷くと、キエラが「うわー!」と顔を輝かせる。
彼にとっては、どんな超常現象も新鮮で楽しいのだろう。
真面目にやって欲しいとは思うが、楽しそうなその横顔にイザベルも自然と頬が綻ぶのだった。
*****
「行きますよイザベルさん!」
「ええ、いつでもいいわよ」
キエラがゆっくりと実験室へと続く扉を押した。
「わあ......」
キエラが声を漏らす。
そこに広がっていたのは、さっき準備室から見えた本来の実験室の姿ではなかった。木のテーブルに青い椅子というセットが横に四列、縦に五列。皆、前のホワイトボードの方向を向いて置かれていた。広さは実験室より狭い。異空間ということに間違いはなさそうだ。
「すごい、すごいです、イザベルさん! 僕の通っていた学校もこんな感じでしたよー!」
キエラは机に掛けていくと、興奮した様子でイザベルに言う。椅子に座ったり、ぺたぺたと壁の装飾を触ったりして落ち着きがない。
イザベルは扉を閉める。開けようとしても、鍵がかけられたかのようにビクともしなくなってしまった。
教室のホワイトボードには紙が貼ってある。手元の情報資料によれば、ルールの説明用紙らしい。キエラもそれに気づいたらしく、ぴょんぴょんと軽い足取りでホワイトボードへと近づいていく。
「これってルールですか?」
「ええ、そうよ」
イザベルは彼の後ろから近づく。遠目からでは分からなかったが、紙にびっしりとルールが書いてある。それなりの数だ。
キエラがイザベルを振り返る。その顔は青ざめていた。
「文字の羅列......見てるだけで気分悪いです......」
「あなた、この先此処でやっていけるの?」
イザベルは呆れて彼に言うが、彼はさっきまでの勢いはどこへやら、完全に意気消沈してしまっていた。
「どうしましょうイザベルさん......僕もう此処から出たいです......」
弱々しい声でそんなことを訴えるが、教室には完全に入ってしまった状態だ。問題を解くまで外には出られないのだ。
「取り敢えずルールを読むわよ。どっちにしろ問題は解かないと出られないんだから、ルールくらい頭にきちんと入れなさい」
「うう......」
二人はホワイトボードの紙を読み上げる。紙には以下のことが書いてあった。
『ルール1:出題は五問。二人合わせて、五問全て正解出来たらクリアとなります。
ルール2:テスト中に会話はできません。会話をした場合、カンニング行為とみなします。
ルール3:相手の答えを見るなどもカンニング行為となります。カンニング行為をした場合、直ちに指導が入ります。
ルール4:問題に対して、答えはひとつしか記入することができません。どちらかが合図を出して解答者を決めるなどして、一人がボード前のボックスに答えを記入した用紙を入れてください。
ルール5:最終問題はランダムでどちらか一人にだけ出題されます。出された方は確実な答えをお書きください。
ルールは以上となります。』
「うう......結構多いですね......」
全て読み終えたキエラは、まだ青い顔をしている。
一方イザベルは、得た情報を手元のバインダーに記入していた。
「前の実験で『指導』については検証済みのようね」
カンニング行為をした場合は直ちに指導が入ると、ルールには書いてあった。
事前情報によれば、ペンや教科書がカンニングをした者に飛んでくるらしい。
意外と凶暴で雑な超常現象だな、とイザベルは思う。
「問題は一人しか答えられないんですか」
「ええ、このボックスに私かキエラか、どっちかが答えを入れないといけないのね」
イザベルとキエラの後ろには教壇があり、そこに白いボックスが置いてある。
「でも、イザベルさん」
キエラは不安げにイザベルを見上げる。
「ルールによると、話すのはカンニング行為なんですよね? どっちが答えを出しに行くかなんて、そんなのどうやって決めるんですか......?」
たしかに、テスト中に会話はできない。イザベルが全て問題を答えようとしたとしても、キエラにしか分からない問題があればどうしようもない。
「そうね......」
イザベルは教室を見回す。すると、一番後ろの二つ並んだ席に鉛筆と紙が置いてあることに気がついた。さっきまでは無かったが、どうやらあの席に着けということのようだ。
キエラがそれを見て何かを閃いたようだ。
「そうですよ、イザベルさん!」
「どうしたの?」
「鉛筆を転がして、音を出して合図を出すというのはどうですか?」
イザベルは目を丸くする。
「転がすって、机の上に?」
「はい、そうです! もし、相手が音を鳴らしたら、その質問に対して答えが分かっているという合図......これでどうでしょう!」
確かにその方法なら会話も必要ないし、相手のことを見る必要も無い。ルール違反にはならないし、指導も入ることはないだろう。なるほど、彼にしてはよく考えた。
「分かったわ、それで行きましょう」
二人で机に向かう。席に着けば、質問が始まる。キエラは緊張した面持ちで椅子に手を掛けている。
「僕、個人的な問題はどうにかなりそうですけど......専門的な問題は間違える自信しかないです......」
「いいわ、専門的なものは私が解くから。ただ、第五問はどっちに出るか分からないから、もしキエラに出題されたら自分で解かなくてはならないわよ」
「うう、そうですよね......」
キエラはまだ不安らしく席に着く気配はない。
「何だかB.F.の入社試験を思い出して胃がキリキリしてきました......」
「あなた、その時に蓄えた知識を使えばこれから出る問題も朝飯前じゃないの?」
「あの時の記憶なんてもう全部すっ飛んでますよ!!」
「そんなに堂々と言うものでもないと思うわ......」
二人は席に着いた。席に着いた時点で会話は禁止だ。
イザベルは机上の紙とペンを見る。
すると、放送から女性の声がした。抑揚のない、機械のような声だ。
『第一問目を始めてください』
紙を捲ると、計算問題だった。かなり複雑な公式を用いるものだが、毎日飽きるほど計算をするイザベルにとってや何ら難しいものではない。
スラスラとペンを走らせ、答えを導き出す。
隣は鉛筆すら走らせていないらしい。そもそも解く気があるのだろうか。
イザベルは鉛筆を転がした。さっき彼と決めた合図だ。
立ち上がって前のボックスまで歩いていき、その中に答えを書いた紙を入れた。
『正解です』
再びあの声が降ってくる。イザベルは席に戻った。これくらいの問題ならなんと言うことは無いが、油断は禁物だ。
席に戻ると二問目が始まった。二問目はなんと、コーヒーの淹れ方について。これは彼にとってのサービス問題だろう。案の定隣からは、ふんふんと鼻息を荒くして答えを記入している音が聞こえてくる。そして、カラン、と鉛筆が机の上を転がる音がした。
彼が答えを提出しに行く。
『正解です』
声が告げると同時に見事にイザベルに向かってピースサインを決めてきた。
第三問目、B.F.の歴史についてだった。入社試験にもあった問題だが、キエラは覚えていないようだ。イザベルはこれも特に難題には思えず、スラスラと回答を記入していく。
『正解です』
第四問目。
『キエラとイザベルがチームを組んでどのくらい経過したかを答えよ』
イザベルの手が止まる。
果て、どのくらいだっただろう。
彼女の頭に彼と初めて出会った日の風景が浮かぶ。
まだ一年は経過していないだろう。
B.F.に入るとカレンダーを見る習慣もほとんど無くなる。時計さえあれば何とかなる。
一年が経過したか、していないか、イザベルは自信がなかった。
キエラと共にしてきた時間は、ノールズや他の同期と比べて少ない。だが、まさかこんなことを問われるとは。迂闊だった。どれだけ自分が後輩との時間に気を配っていないのか。
ただ、それは隣のキエラも同じようでさっきから彼の鉛筆は動かない。このままでは永遠にここから出ることは出来なくなってしまう。
イザベルは鉛筆を拾い、答えを記入した。あまり勘に頼るのは好ましくないのだが、答えない限り物事は何も進まない。
イザベルは立ち上がる。キエラが此方を向く気配がしたが、自分も自信があるわけではない。答えをボックスに入れた。
『正解です』
ホッと胸を撫で下ろす。
後輩の前で間違えるのは、先輩としてのプライドが傷つけられそうだった。
『第五問目、最終問題です』
声が告げる。ルールによれば第五問目はイザベルかキエラのどちらかに出題される。
いくら待っても出題はされないので、きっとキエラに出されたのだろう。専門的な知識を使うものでなければいいのだが......。
イザベルがハラハラして待っていると、カラン、と鉛筆が転がった。
別に最後の問題はどちらか一方に出題されるのだから転がす必要は無いのだが。
答えを記入する時間が随分と長い。作文か何かなのだろうか。
やがて答えを提出するために、キエラが立ち上がった。その顔はコーヒーの問題を解いたときよりもキラキラと輝いていて、自信に満ち溢れているように見えた。
イザベルは首を傾げる。
そんなに簡単な問題だったのだろうか。第五問目と言うのなら、最も難しいものなのではないかと思っていたのだが。
キエラが答えをボックスに投入した瞬間、
『正解です。全問クリアです。おめでとうございます』
機械のような女性の声は淡々とそう告げた。
それを聞いたキエラは、ボックスの前でガッツポーズを決めた。
「やりました! イザベルさんっ!!」
「ええ、どうやらそのようね」
イザベルは頷く。鍵も開いただろう。
部屋を出る前に、イザベルは実験の一部始終を手元のバインダーに記入する。
キエラはその間暇なのだろう、教室を歩き回っていた。
「報酬とかは無いんですかね?」
「一回目も二回目の実験でも貰えなかったそうだから、今回もないんじゃないかしら」
「むう、僕結構頑張ったんですけれどね?」
キエラが不満げに頬を膨らませている。イザベルはバインダーから顔を上げる。
「そう言えば、最後の問題って一体なんだったの?」
「ええ〜、言えませんよ〜」
壁に貼ってあるポスターを眺めていたキエラが振り返り、恥ずかしげに言った。
「でもあなたが教えてくれないと報告書が書けないのよ」
「嫌ですよ〜、秘密です! 報告書は適当に書いておいてください!」
「嘘は書けないわよ。上に提出するものなんだから」
イザベルが首を横に振ると、キエラはうーん、と首を傾げる。
「じゃあ......僕が書きますよ」
「あら、自分から受け持つなんて。明日は雪でも降るのかしら。紛失しない?」
悪戯っぽくイザベルが言うと、キエラは頬が破裂しそうになるくらいにパンパンに膨らませた。
「むう、失礼ですね! 今回は大丈夫ですよ!!」
「本当かしら。さ、此処から出ましょうか」
「ええ〜! 少しは信用してくださいよ〜!!」
立ち上がるイザベルの背中をキエラは慌てて追いかけた。
*****
キエラはペンを握りしめていた。拙い文字が並ぶ紙の上には、
『第五問目:今、あなたが尊敬する人とその理由を述べよ』
と、書いてあった。
キエラは続ける。
『解答:イザベル・ブランカ。理由は_____』