看病
B.F.職員の朝は基本的にそこまで早くはない。夜遅くまで作業があったり、資料の作成、報告書制作をしたりで12時を超えてから自室に戻る職員も少なくはなく、大抵の職員の出勤時間は朝9時などが普通である。
早い者だと7〜8時には既にオフィスにいるが、ノールズはその時間より少し遅めの9時に起きる。
ラシュレイはノールズとは逆に朝に強く、ノールズが起きるとまずベッドには居ない。たまに居る時はあるが本当に稀で、だいたい前日に日付が変わるまで作業をしていた時くらいである。
その日もノールズは9時になるかならないかくらいの辺りでむくりと起きた。そして、
「んー、ラシュレイおはよー」
と、目を擦りながら隣のベッドに声をかける。
珍しく布団が膨らんでいるので今日はいるようだ。
ただ昨日二人がベッドに潜ったのは11時と早めだった。
「ラシュレイおはよー?」
ノールズが不思議に思って布団から出てきて、彼を揺さぶる。少しして、呻き声とともに乾いた咳が聞こえてくる。
「え、ちょっと大丈夫?」
ノールズは嫌な予感がして彼の布団に手を突っ込み、顔を出させてあげる。すると、汗でびっしょりのラシュレイが出てきた。肌で感じる熱さにノールズは驚いて手を引っこめる。
「うっそ、風邪ひいたの?」
どうやら風邪の症状らしかった。
*****
計ると熱は38.2とかなり高い。食欲もないようだ。咳がひどいので、喉からの風邪らしい。
「もー、最近休んでないからだよ。単体実験も片っ端から引き受けるし......俺の助手ならそんなに無理しなくていーの」
単体実験といえば、そういえば彼は最近風邪を引いていた星4研究員のバレット・ルーカス(Barrett Lucas)と合同実験を行っていた。赤い箱以来あの面子に仲間入りすることが多くなったラシュレイだが、バレットから風邪を貰って来たのだろう。彼も喉風邪だったそうだし、納得が行く。
ノールズは薬を用意して水とともに彼のベッドの隣にあるサイドテーブルに置いてあげる。
「お昼に何か食べられるもの買ってきてあげるから、食べるんだよ。あと、薬あるからちゃんと飲んで」
「............はい"」
凄い声である。ロボットや壊れたラジオでも聞いているようだ、とノールズは思いながら、
「じゃ、ゆっくり休んで。今日は布団から出ちゃダメだよー」
と、布団をかけ直して部屋を出た。
*****
ノールズが朝食を食べるために食堂のカウンターの列に並んでいると、
「おはよう、ノールズ君」
ドワイトが朝ごはんをトレーに乗せてやって来る。
「おはようございます、ドワイトさん! ......って、今から朝食ですか?」
自分が言うのもなんだが遅すぎやしないだろうか。もう10時である。ドワイトはノールズの言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめて笑った。
「実は寝坊してしまってね。昨夜は実験で夜中まで実験室にいたんだ。カーラも今さっき起きたみたいでね」
確かに気づかなかったが、彼の後ろには小さな少女が居た。眠そうな顔をしているが、ノールズに微笑んでいる。
「それは......お疲れ様です......」
「うん、ノールズ君もね。ところで、ラシュレイ君は?」
「ああ、風邪引いたんで部屋で寝ていますよ」
「そりゃあ大変だ。大丈夫なのかい?」
「はい、寝かせておけば治ると思うんで。意外とタフですよ、彼」
ノールズが苦笑すると、ドワイトは心配げに首を捻った。
「最近の風邪は怖いからね......それに、風邪の時は寂しくなるもんだよ。今日はノールズ君が移らない程度に傍に居てあげてね」
「へ......あ、はい......わかりました」
*****
昼食時、ノールズは食堂でゼリーを買い、ラシュレイに届けることにした。
「薬ちゃんと飲んだかな......」
子供じゃあるまいし飲まないことはないだろう。そう思って自室の扉を開く。ラシュレイは相変わらずベッドの上で布団を被っていた。
「ラシュレイ、ゼリー買ってきたよ。食えそう?」
「......」
「熱測るから、ちょっと腕出してねー」
ノールズは汗で体が冷えないように彼の背中に敷いたタオルを取り替えて、体温計で彼の体温を計る。計っている間にもラシュレイはぐったりしていた。まだまだ熱は高いだろう。
「んー......39.1かあ。苦しい?」
「......」
返事はない。
「薬飲めたの偉いなあ、ラシュレイ」
いつもなら「子供じゃないです」と言って怒る彼だが今日は口すら開く気配がない。
「ゼリーでも何か口に入れてさ。ほら、食べさせてやるから」
「......」
いらないらしい。こっちも向かずに布団を被ると動かなくなってしまった。
「寝てたらすぐ治るからな」
ノールズは布団からはみ出ているラシュレイの髪に手を伸ばし、優しく撫でた。
そういえば、と思い出す。
昔、自分がまだ星1だった頃、自分もラシュレイのように高熱を出してジェイスに看病されたことがあった。その時、彼はずっと傍に居てくれた。仕事もこの部屋でしてくれた。辛くてノールズが泣き言を零すと、すぐ飛んできて頭や背中を撫でてくれた。
懐かしいな、とノールズがしんみりしていると、
「.........さ、ん......」
「......ん?」
ラシュレイがこっちに寝返りを打つ。汗で濡れた長い前髪の間から見える目が濡れている。
「......おかあ、さん」
「......!」
ノールズは呆気に取られて彼を見ていた。彼の手が布団から小さく出ている。ノールズはその手を握った。汗ばんでいるが、指先は氷のように冷たい。
「......どうしたの、ラシュレイ」
ノールズは微笑んで、空いている手で引き続き彼の頭を撫でた。ラシュレイの目が薄く開く。
「......ノールズ、さん......?」
「んー?」
「......」
彼は再び目を閉じた。すうすうと寝息が聞こえる。どうやら寝てしまったようだ。
やはり自分も此処に居てあげなければ。
ドワイトもそう言っていた。
ノールズはしばらくの間彼の手を握って、優しい笑顔で彼の頭を撫で続けていた。