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Black File  作者: 葱鮪命
53/193

File030 〜スライムパーティー〜

「えー! 何この楽しそうな超常現象!!」


 小さなミーティングルームにて、星4のB.F.研究員ジェイス・クレイトン(Jace Clayton)は思わずそんな声を上げた。彼は同期のパーカー・アダムズ(Parker Adams)の研究員ファイルを漁って、とある資料を取り出したのだ。


「何、人の私物勝手に漁ってんだお前」

 同じく同期のハンフリー・プレスコット(Humphrey Prescott)が呆れ顔でジェイスに言う。


「スライムを吹き出すホースだってー!!」

「話を聞け」


 ジェイスがパーカーの研究員ファイルから取り出した資料には、七色に染色されたホースの写真と、その説明文が載っていた。何やらスライムを噴射するホースが見つかったようだ。


「ああ、それね! 俺とパーカーで今度実験するんだー!」


 そう言って話に入ってきたのは同じく同期で、このメンバーの中で最も年少の研究員、ヴィム・フランツ(Vim Franz)だ。


「えー、いいなー」

「何だよジェイス、一緒にやるか?」


 ガチャ、と扉が開いて顔を覗かせたのはパーカーだった。彼はトイレに行っていたが、済ませて戻ってきたらしい。


「いいのー!?」

「もう実験する場所も人も決まってるんだろ」


 顔を輝かせるジェイスに対して、ハンフリーはあまり乗り気ではないようだ。


「まあ、いいんじゃねーの? ブライスさんには俺が申請書出しておくし。何せこの実験、掃除に時間かかりそうだしなー」


 パーカーが苦笑して椅子にかける。


 実験は片付けまで。星1から耳にタコができるほど聞いてきた言葉だった。掃除が面倒な超常現象は人が多い方がいいので、パーカーはジェイスにもハンフリーにも手伝って欲しいようだ。


「まあ、そういうなら......」


 ハンフリーが頷くと、ジェイスは「やったー」と子供のように喜んで、顔を輝かせて資料に目を通している。


 最近は面白いこともなかったので、こういう実験ができるのは素直にありがたい。


 ヴィムとジェイスが顔を寄せて資料を読むのを、ハンフリーとパーカーは微笑ましげに眺めていた。


 *****


「うわー!! すげー!!」


 第三実験室にて、その超常現象の実験は行われることになった。準備室から見えるのは、床に横たわる巨大な虹色のホースだ。どこに繋がっているのやら、その先は壁に埋まっていたが、あんな場所に元々穴などない。壁に寄生する超常現象なのだろうか。


 ハンフリーとパーカーが準備室からホースを観察していると、待ちきれなくなったのか、ヴィムとジェイスが扉を勢いよく開けて実験室の中へと飛び込んで行った。


「あ!! バカ!」


「おい、まだ早いぞ!」


 まだじっくり観察もしていないというのに、何の危機感も持たずに実験室に飛び込んでいく二人を慌てて止めようと、ハンフリーとパーカーが動き出す。


「うわあぁぁぁああっ!!!」


 次の瞬間、二人の悲鳴が聞こえてきた。見てみると、ホースの先端から二人に向かって七色の液体が勢いよく噴出されているところだった。いや、液体ではない。あれはスライムである。二人はそれを正面から受けて、体全体で受け止めている。みるみるうちの二人の体が七色のスライムに埋まっていく。


「おい、ヴィム!!」

「ジェイス!!」


 ハンフリーとパーカーが二人が居た位置に駆け寄る。そこにはスライムの山ができていた。


 そして、次の瞬間。


「ぶっは!!!」


 ヴィムとジェイスが勢いよく顔を出した。その顔にはスライムの破片がぺたぺたとくっついている。


「あっははは!! 楽しい!!!」


 二人ともくすぐったいのか腹を抱えて笑い転げている。


「あーあー、ったくお前らなあ......掃除が面倒くさくなっちまうだろうがぁぁあ!!?」


 楽しそうな二人を見て自分も楽しくなってきてしまったのか、パーカーが二人に抱きついてスライムに倒れ込む。べちゃ、と音がして、三人分の笑い声が実験室に響き渡った。


 これは、確かに掃除が大変な超常現象である。


 ハンフリーがスライム塗れになる三人を呆れ顔で見下ろしていると、


「やっべ!! ハンフリー、伏せろ!!」


 パーカーがハンフリーに言う。


「は? なんで_____」


 怪訝な顔でハンフリーがホースを振り返った時だった。

 びたん!! と大きな音がしてハンフリーは壁まで吹き飛ばされた。


「うがっ」

 体に強い衝撃を受けたと思ったが、体全体がスライムに包まれて全く痛くない。ハンフリーはホースの先が自分に向いているのを見て呆れ顔でため息をつき、ずり落ちたメガネを指で押し上げた。


「こりゃ面白いな」

 そして、スライムから抜け出し、ホースを引き寄せる。


「何すんのー?」

 スライムの上に寝転がってちぎって遊んでいたヴィムが不思議そうな顔をしてハンフリーを見る。


 ホースはひとりでに動くのをやめて、ハンフリーが触るとたちまち大人しくなった。そして、ハンフリーはホースの先をスライムの上にいる三人へと向ける。彼の顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいた。


「うわああ!!!!」

 大量のスライムが部屋を色とりどりに染め上げた。


 *****


「うわあー、やっべえ、これ超楽しいー!!!!」


 ヴィムがホースの先端を天井に向ける。出てきたスライムは雨のように四人に降りかかる。七色の固形物の中で四人はかつてないほど笑い転げた。掃除のことなど、もはや誰も考えていないようだ。


「こっちにもくれー!!」

 ジェイスが準備室と実験室を隔てる扉付近でヴィムに向かって大きく手を振っている。ヴィムがホースの先をジェイスに向ける。


 その時だった。


「あ、待てヴィム!!」

 何やら顔を真っ青にしたパーカーがヴィムを止めようとしたが、


「え? 何?」

 彼が持つホースの先からスライムが勢いよく噴出したのと、ジェイスの後ろにある扉が開いたのはほぼ同時だった。


「君たち、実験時間はとっくに過ぎているんだけど_____」


 入ってきたのはナッシュだった。


「ああああああああ!!!!!」


 四人の絶叫が実験室内にこだました。


 *****


「ねえ」


「はい」


「ねえ」


「......はい」


「どうして僕がこんな状態になっているんだか、誰か説明できる人は居るかい?」


「......」


 四人は正座して床に座っていた。全員が俯いている。彼らの前には星5研究員であり、この会社のトップである伝説の博士の一人、ナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)が体の所々に色とりどりのスライムを貼り付けて四人に静かな怒りを向けていた。


「そして、どうしてこんなに部屋が汚れているんだろう。ちゃんと掃除のことを考えて実験を行っていたのかい?」


「......」


「それどころかちゃんと実験をしていたんだろうね? 遊んでいたのではなく」


「......」


「何とか言ったらどうだい、パーカー」


「え、俺っすか」


 パーカーがぎょっとした様子で顔を上げる。恐ろしい眼光を向けられてパーカーはびくりと肩を震わせる。


「えっと、あー、実験していたつもりなんですけど、なんかー、ハンフリーが戦犯っつーか」


 チラリとパーカーが隣のハンフリーに目を向ける。ハンフリーがギクリとした様子で目を泳がせる。


「いや、俺は......」

 ハンフリーの目は隣のヴィムに向く。


「ヴィムが部屋をスライムまみれにしてみたいって言い出すもんなので、止めつつホースを渡したんですけど......」


 ヴィムが「えっ」と目を見開いてハンフリーを見る。そして慌てて言い訳を考える。


「あー、んー、そのー、えっと......俺はジェイスがこっちにホース向けてって言ったから扉の方にホースを向けたんです! そしたらその先にたまたまナッシュさんが居て......な、ジェイス!!」


 ヴィムが冷や汗ダラダラで隣のジェイスに笑いかける。


「まあ、悪いのはこの超常現象の実験を引き受けて、俺らも巻き添えにしたパーカーってことで」


 キリッとした顔でジェイスがナッシュを見上げる。一番端から「おいっ」と声が聞こえてきたが聞こえないふりをしておいた。


「ふーん」

 ナッシュが舐めるように四人に目線を送る。そして、


「全員報告書十枚ずつ提出!!!」

「え!? 十枚!!?」


 聞いた事が無いくらい大きな数字に四人の目が飛び出でる。ナッシュが目を細めた。


「あんなに実験時間があったんだからさぞかし難しい超常現象だったんだろうねえ? だったら十枚くらいなんてことないだろう??」


「......」


 十枚。一枚ですら書くのが大変だと言うのに、十枚。徹夜どころでは済まないだろうとジェイスは想像してブルブルと震える。


「十枚はやりすぎですよ......せめて五枚とか......」


 パーカーがそう言って祈るようにナッシュを見るが、彼は冷たい目を向けただけだった。しかし、「ああ、それなら」とこの世の何よりも恐ろしい笑みを浮かべて、


「一ヶ月間ブライスとペアになってみるかい?? それとも僕がいいかな??」

「あ、今すぐ書いてきます」


 四人は綺麗に口を揃えてそう言った。


 *****


 その数日後、ブライスの元に40枚の報告書が届いた。山のように積み重なった報告書を見てブライスは顔色を一切変えずに一枚を手に取り、目を通す。


 そして、運んできてぜえぜえと息を上げているパーカーに向かって一言。


「内容が薄いな」


 冷酷という言葉はこういう人間にとても良く似合う、とパーカーは膝から崩れ落ちながらそう思ったのだった。

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