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Black File  作者: 葱鮪命
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File027 〜僕は王様!〜

 ノールズとラシュレイは共に朝食をとっているところだった。食堂の壁際にあるカウンターテーブルで、二人は並んでサラダサンドを食べている。


「今日は実験あるからねー、張り切ってこー!!」


 そう、今日は実験が入っていた。しかも、合同実験である。合同実験とは他のペアと一緒に同じ実験対象を実験・調査することだ。


「実験中はそのテンション止めてくださいね」


 合同実験だと言うのに、これだけテンションが高いと相手方にも迷惑がかかるだろう、と思っているラシュレイはボソボソと言う。

 ノールズがキョトンとした顔でラシュレイの顔を覗き込んだ。


「何でー? 明るい方が楽しくない?」

「楽しくないです」

「そっかー......」


 助手の冷たさは相変わらずである。


 ノールズがしょんぼりしながら、セットのヨーグルトをスプーンで掬っていると隣の椅子が動いた。


「おはよう」

「おはようございます!」


 ノールズの同期であるイザベルとその助手のキエラだ。イザベルを見た瞬間パッとノールズの顔が輝く。


「おー、おはよう!! 今日も綺麗だよイザベル結婚しよう!!」

「やめてよ朝から」


 心底面倒くさそうな顔をしてイザベルが言った。


「ノールズさん、諦めてください!」

 ノールズとイザベルの間に座ったキエラがノールズに言う。


「むう、じゃあまた明日になったら求婚してみようっと」

「どこまでポジティブなんですか、ノールズさん」

 ラシュレイが呆れ顔で言った。


「いやあ、えへへ」

「さっさと食べたらどうなの。今日は実験入ってるんでしょう」

「あえ? 知ってたの?」

「知ってるも何も昨日自分から話していたわよ」

「そうだっけ」


 ノールズは首を傾げ、サンドイッチの最後のひとくちを口に押し込む。そしてヨーグルトの容器も空にし、よし、と立ち上がった。


「今日はどんな実験なの?」


 イザベルが去り際の彼に問う。


「実は合同実験なんだよねー、計四人でやるから、もしかしたらすごい時間がかかるものなのかも〜......」


 露骨に嫌そうな顔を浮かべるノールズ。イザベルは「ふーん」と飲み物に手を伸ばした。


「気をつけなさいね」

「え!? 心配してくれるんだね!!? イザベル!!!」

「ぎゃああ、ちょ、ノールズさん!! イザベルさんから離れてくださいよ!!」


 イザベルに抱きつこうとするノールズをキエラが全力で止める。ラシュレイはそんな光景を見ながら朝食をもそもそと頬張っていた。


 *****


「よし!! 準備万端!! 実験室行こっか、ラシュレイ!」

「はい、忘れ物しないでくださいね」


 白衣にネームプレートを着け、ゴーグルと手袋を持ったラシュレイが彼を振り返ることなく言った。


「大丈夫大丈夫!! 何年此処で働いてると思ってるのさ!!」


 ノールズは鼻を高くして腰に手を当てている。ラシュレイはそんな彼を冷ややかな目で見た。


「この前も手袋忘れていた気がしますけれどね」

「う」


 ノールズの表情が固まる。


「いや、いやいや、まさかね! 俺みたいなプロがそんなヘマするわけないじゃん? あーほら、あれだよ、記憶改変の超常現象だよきっと!!」

「そうですね」

「もうちょっと突っ込んでも良くない?!」


 ラシュレイの冷たさに自分は一日に何度泣かされるのだろう。普通は時間が経過するに連れて仲が深まっていくはずだが、自分たちの場合日に日に距離が広まっている気がしてならないノールズであった。


「ラシュレイー......もしかして俺の事嫌い?」


 ノールズは上目づかいで彼を見る。ラシュレイは動揺する気配を微塵も見せない。


「いつそんなこと言いましたか」

「!!! 好きってことか! ラシュレイ!!」


 抱きついてこようとするノールズを、ラシュレイは難なく交し、オフィスを出て扉を勢いよく閉めた。扉にノールズがぶつかる音がしたが、ラシュレイは気に留める様子もなく実験室へと一人で歩いて行ったのだった。


 *****


「んもー、素直じゃないんだから」


 ラシュレイが閉じた扉にぶつかったのか、ノールズの赤くなった鼻がそれを物語っている。


「朝から何なんですかほんと。無駄な体力使いたくないんですけど」

「そんなこと言っちゃってー、俺の事好きで好きで堪らないくせに」

「今嫌いになりました」

「そんな!?」


 そんな会話をしているうちに二人は今日実験を行う予定の実験室へと辿り着いた。準備室に入ると、既に今日の合同実験を行うペアが待っていた。


「ノールズさん、ラシュレイ君、おはようございます」

「おはようございまーす!」


 今日一緒に合同実験を行うのは星5研究員のモイセス・グルーバー(Moises Gruber)とその助手の星4研究員のレヴィ・メープル(Levi Maple)である。モイセスはノールズよりも歳上だが、ノールズよりも後にB.F.に入ってきた研究員だ。そのため経験数はノールズの方が上である。だからか、モイセスはノールズに敬語を、逆にノールズはモイセスに砕けた口調で話す。


 二人が今日の実験の流れの確認をしている間、ラシュレイは二人をぼんやりと観察していた。


 すると、何だか視線を感じた。ラシュレイは其方を見る。モイセスの助手であるレヴィが、モイセスの影から恐る恐るといった感じで自分を見ていた。ラシュレイはそれが気まずく、何か気をそらせるものは無いだろうか、と自分の研究員ファイルに目を落としていた。


「じゃ、今日はこんな感じかな?」


 ノールズが流れの確認を終えて、自分の研究員ファイルをパタンと閉じた。


「はい、分かりました。ほら、レヴィ、挨拶は?」


 モイセスが自分の後ろに隠れてばかりのレヴィを前に出した。レヴィはノールズとラシュレイに向かって小さく頭を下げると、再び恥ずかしそうにモイセスの後ろへと引っ込んで行った。


「まったく......すみません、こいつ凄いシャイなんです.......オフィスではうるさい程に喋るんですけど、ほんと、なんなんですかね......」


 モイセスが申し訳なさそうに言うと、ノールズもうんうんと頷いてラシュレイの頭に手をやった。


「まあ、俺のとこも酷いもんだよー。無愛想なのを治す超常現象でも見つかればいいんだけどなあ」


 頭の手がぐしゃぐしゃと黒髪を乱暴に撫でたのでラシュレイは思いっきりノールズの足を踏みつけた。声にならない悲鳴をあげるノールズを見て、モイセスが「なるほど」と苦笑する。


「じゃあ、今日はよろしくお願いしますね、ノールズさん、ラシュレイ君」

「は、はーい.....」

「はい」


 *****


 実験はまず対象をじっくり観察するところから始まった。実験室の中央には白い台が置いてありその上には宝石が鏤められた王冠が鎮座していた。


「綺麗な王冠だなー」


 ノールズ達は王冠を観察する。かなり古いもののようだが、それを感じさせないほどにキラキラと輝いている。


「もう今は滅びてしまってないのですが、昔大いに栄えた国があったそうです。そこにあった城の跡地から見つかったものなんだとか」


 モイセスが研究員ファイルを取り出して淡々と説明をする。


「へえ? 凄い古いものなんだね? そんな昔のものだったとしたら、良い感じの値段で売れそうじゃん」

「危ないからここに持ってこられたのに何を言い出すんですか」


 頭の中のそろばんを弾くノールズを見てラシュレイは呆れ顔だ。


「いいじゃん、夢見るくらい!」

「実験中です。真面目にやってください」

「はいはい」


 二人のやり取りを穏やかな顔で見守りながら、モイセスは王冠の観察を続ける。金色の台座に多くの宝石が散りばめられている。どれも大粒で、ノールズの言うようにかなりの値段で売れそうだが、そんな宝石たちの中でも一際輝くのは中央の台座に鎮座する青色の綺麗な宝石だった。空よりも深い、海に近いくらいの青色が特徴的で、他の宝石よりも一回りも二回りも大きいからか、かなり目を引く。


「サファイア......ですかね?」

 モイセスが青い宝石を指さす。サファイアと言えば綺麗な青色が特徴だが、青色の宝石と言って思い浮かぶのはそれくらいしか無かった。ノールズも首を傾げた。


「さあ、宝石は専門外だしなあ。ラシュレイ、分かる?」

「自分も分かりません」

 ラシュレイも首を横に振っている。


「そうだよなあ、何だろうね。意味があるかは分からないけど......青い宝石が沢山取れる国だったとか、かな?」


「この王冠が見つかった国を調べてみましょうか」


 モイセスが研究員ファイルから資料を取りだした。束になっていて、捲っていくとこの王冠が見つかった場所を上から見た地図が載っていた。


「うーん、この辺りですかね」

 海と山に挟まれた一点をモイセスは地図上で示した。


「へえー、山脈走ってるし、宝石はとれそうだね」

「あの......その場所って海が近いんでしたよね」


 今の今まで黙り込んでいたレヴィが口を開いた。


「ああ、そうだよ」

 モイセスが頷く。


「海と宝石、何か関係があるの?」

「はい......えっと、その宝石の名前は多分、色味から考えるにベニトアイトだと思われます」

「ベニ......?」

「ベニトアイトです。非常に希少価値が高い宝石のひとつで、唯一それが産出される鉱山が今は既に閉山しているので、世界に存在する数は限られているという珍しいものなんです」


 ポカン、と周りが口を開けて彼の話に聞き入っている。レヴィは俯き気味に続けた。


「ベニトアイトは希少価値が高いだけでなく、ダイヤモンドに匹敵する分散率なんです。えっと、分散率っていうのは、光が色々な色にわかれる現象のことです......。ベニトアイトでそれだけ大きいのは、まだ世界で発見されてはいないと思いますけれど......」


 レヴィがチラリと王冠にくっついている青い宝石を見やった。そこでモイセスがようやく口を開く。


「驚いたなレヴィ。お前は、宝石学者か何かだったっけか......?」


「小さい頃から宝石やキラキラしたものによく惹かれてきたので......。蓄えてきた知識がまさか此処で試されるとは思いませんでしたが......」


「それでも凄いよ!」

 ノールズが顔を輝かせてレヴィに言った。


「つまりこの王冠に着いている宝石はそのベニ何とかってやつなんだね!?」


「はい......僕の目が正しければ......の話ですが......」


 みんなに注目されて恥ずかしいのか、レヴィはすぐにモイセスの後ろに隠れるようにノールズとラシュレイの視界から姿を消してしまった。


「古い国からそんな希少価値が高い宝石が見つかるなんて......すごいね!」


 ノールズは改めて王冠をまじまじと見た。


 確かに他の宝石に比べて何倍も綺麗だ。光を受けて七色に輝いている。青い宝石だが、光の当たりようによっては、ワインレッドのような色にも見えた。昔の加工技術がここまで優れているものなのだろうか、とノールズは疑問に思った。


「あの......これは僕の単純な推測に過ぎないのですが......」


 モイセスの後ろからレヴィがひょこっと顔を覗かせる。


「その王冠が見つかった国の周りではベニトアイトは産出しません。近くに海があったので、大航海時代などに海賊、または山賊などの手に渡ってその国にやってきたんではないかと思います......。ただ、宝石自体サファイアと混合されていたそうなので、ベニトアイトという宝石が出てきたのは最近の話なんです......」


「じゃあ、昔の人はサファイアだと思ってこの宝石をつけていたと?」

 モイセスがレヴィを振り返る。


「はい、最近の加工技術にもなれば、これよりもっと綺麗なカットが可能だと思います......」


「へえー、これでも十分綺麗に見えるけどなあ......」


 ノールズが言うと、モイセスも頷いた。


「そうですね。技術的にかなり高い国だったのかもしれませんね」


 *****


 大きさを確認したり、王冠に触れたりして観察を続けていると、ノールズがソワソワした様子で王冠を手に持った。かなりずっしりしている。が、彼は顔をキラキラさせてそれを見ていた。


「これって被ってもいいのかな」

「何が起こるか分からないので、なんとも言えませんけど......」


 モイセスが首を傾げて、ノールズの手の中にある王冠を見た。


「そっかー......うーん......」


 ノールズが残念そうに王冠を台に戻そうとしている後ろでラシュレイがボソリと、


「まあ、被りたいなら被っといたらいいんじゃないですか。ノールズさんが王冠を被る姿なんて最初で最後でしょうから」


「い、いやいや分かんないじゃん!!?」


「まあ、超常現象と言う体で運ばれてきた物なんで自己責任でしょうけれどね」


「うう......そう言われると少し迷うなあ......」


 ノールズが王冠を手にしてうんうん唸っていると、


「博士......」

 レヴィがモイセスの白衣の袖を引っ張った。


「ん? どうしたレヴィ?」

「もう12時なんですが......お腹が空きました......」

「ああ、もうそんな時間だったか」


 モイセスが腕時計に目をやる。確かにそろそろ12時になる。実験終了時間まで残り30分を切っていた。


「食堂で何か買ってきましょうか」


 と、ラシュレイが動き出す。


「そうだね、そうしよう。申し訳ないけれどラシュレイ君、この子をお願いしてもいいかな。もう一人助っ人を呼んで、二人が昼食を買っている間に実験は済ませておくよ」


 モイセスがレヴィの背中を押してラシュレイの方へと近づける。


「分かりました」

「あ、ありがとうございます......」


 二人は部屋を出ていく。


 モイセスはそれを見届けて早速、準備室にある電話で助っ人を呼んだ。


「誰を呼ぶんですか?」

 ノールズが、準備室から戻ってきた彼に問う。


「ああ、マーティー・ラッピン(Marty Lappin)です。暇でしょうからね」


 モイセスは苦笑した。


 マーティー・ラッピンはB.F.星5研究員だ。星1から星2まで、星4のときのモイセスとペアを組んでいたようだ。色々な博士の元を転々としているようで、昔はイザベルにも助手志願をしていたが、ことごとく断られていたことをノールズは知っている。


 *****


 少ししてマーティーが実験室に姿を表した。金髪は地毛を染めたものらしく、白衣のポケットに手を突っ込んでヘラヘラとした顔で実験室へと入ってくる。


「どうしたんすかあ、モイセスさん。俺に助けを求めるなんて珍しい」


「人手が足りないから、助っ人として呼んだんだよ。何かあった時のためにね」


「うええ......止めてくださいよ、おっかないなあ」


 マーティーは露骨に嫌そうな顔をしたが、ノールズが持っている王冠を見て「おおー」と目を丸くした。


「何ですか、これ。今回の実験対象?」

「そうだよ。今からノールズさんがこれを被るから、私たちはそれを見守るんだ」

「はあ、なるほど」


 マーティーが頷いたのを見てモイセスは「では」とノールズを振り返る。


「ノールズさん、被ってもらってもいいですか?」

「はーい、了解!」


 ノールズが王冠をカポッと自分の頭に乗せる。


「おお、ずっしりしてる! 結構重いんだなー!」

 彼は興奮した様子で王冠をぺたぺたと触った。そして、ポーズを取って二人を振り返る。


「どう? 似合う? 似合う?」

「すっげーかっこいいっすね!! 次俺被りたいです、モイセスさん!!」

「待って待って、記録をとらないと。ノールズさん何か変わったことはありますか?」


 モイセスが記録用紙とペンを用意して彼に問う。


「うーん、特に今のところはないかな〜......あれ?」


 突然、ノールズの体がぐらりと傾いた。彼は何とかバランスを取ろうと足で踏み止まるが、力が体に入らず、そのまま床に膝を付くようにして座り込んでしまう。


「ノールズさん!?」

「大丈夫すか!!?」


 *****


 ラシュレイとレヴィは食堂で昼食をテイクアウトしていた。列に並んでいる最中、両者口を開かないこともあり、気まずい沈黙が降りている。ラシュレイもレヴィも話すことが苦手で、会話が弾まないのだ。


 だいたい、昼食をテイクアウトするくらい一人で十分だというのに、何故モイセスはレヴィを自分に託したのか。


 ラシュレイは心の中で密かにモイセスを恨んだ。


「...........あの.............ラシュレイさん............」


 隣でモジモジしているレヴィ。体を縮こませて、声も意識しなければ聞こえないほどに小さい。


「さっきの宝石......何だか嫌な予感がしませんか......?」

「嫌な予感?」


 ラシュレイが怪訝に思って聞き返すと、はい、と小さな返事が返ってきた。


「あの王冠があった国が何故滅びたと思います? どうして、あの王冠がまるで忘れられたかのように国の跡地に残されていたのか......」


 ラシュレイは目を細めて彼を見る。


「......その国が見つかったのって、いつの話なんだ?」

「もう50年以上前になると思います......。あの地域に人が入ったのはそれくらいです」

「50年......。でも、あの超常現象は最近見つかったものなんだろ」

「はい......」


 ラシュレイは難しい顔をして俯いた。


「だとしたら、誰かが意図的に王冠を王国の跡地に置いていったみたいに聞こえるな」

「はい......あんなに価値がありそうなもの、50年も前に見つかっていたはずなのに、誰も持ち帰ろうとはしなかった。それって......変、じゃないですか」


 レヴィは何だか青い顔で列の先頭の方を見ている。昼食をとりに研究員で混雑している食堂。最も混む昼の時間。列はまだまだ長かった。


 ラシュレイは何かを決心したように頷いた。


「......レヴィ、昼食は後だ。すぐに実験室に戻る」

「は、はいっ......!」


 二人は列から抜けて、小走りで来た道を戻り始めた。


 *****


 実験室の扉を開けて二人は絶句した。そこには王冠を被ったノールズと、ノールズの隣に跪く二人の男性の姿があった。一人はモイセス、もう一人はマーティーだ。


「ノールズさん?」

「博士!!」


 レヴィがモイセスに走り寄ろうとしたその時。


「レヴィ!!」


 モイセスが動いて腕を素早く横に振ったのだ。レヴィにその拳が当たることはなく、それはラシュレイの咄嗟の防御のおかげで免れた。ラシュレイは腕で彼の攻撃を受けて、痛そうに顔を顰めた。


「ラシュレイさん!」

「いい、平気」


 助け起こそうとするレヴィの手を振り払うようにラシュレイは立ち上がる。その時、ノールズが口を開いた。


「お前らも俺の下僕になりたいか? それならば、俺の前に跪け!!」


 ノールズはまるで演技をする役者のように大袈裟に腕を広げてそう言った。ラシュレイはちらりと彼の王冠を見る。様子がおかしいのはあの王冠のせいのようだ。周りの二人もそうである。ノールズに向かって跪いている様子は、王に向かって忠誠を誓っている兵士のようだ。


「誰があなたの下僕になんかなりますか」


 ラシュレイがそういうと、レヴィが「ラシュレイさん!」と慌てて彼の手を掴んだ。勿論、刺激しない方が危険が少ないだろうことはラシュレイも分かっている。だが、これはあくまで実験である。自分たちは研究員だ。今正常な研究員はこの部屋の中でラシュレイとレヴィしかいない。実験の記録をとるためにも、やるだけのことはやらなければ。


 ラシュレイの発言にノールズはムッ、とした顔をした。


「気に入らないヤツめ。殺してやる。俺に逆らう者は皆死刑だ!! おい、お前ら、そこの二人を殺せ、そして、此処に我々の王国を作り上げよう!!」


「ノールズ様の仰せの通りに」


 二人が同時にそう言ったかと思うと、突然、ラシュレイとレヴィに向かって襲いかかってきた。


「ひ......!! 博士、やめてください!! 目を覚まして......!!」


「レヴィ、準備室に逃げろ!」


 ラシュレイは彼を準備室に続く扉に誘導しながら、襲ってくる二人の攻撃を何とか対処していた。しかし、一対二では力負けでどうにもならない。


「そうだ! 愚民どもに思い知らせてやれ!! 我々の力を!!」


 ノールズの言葉に二人の攻撃はさらに激しさを増す。レヴィは何とか準備室に辿り着いたが、ラシュレイは二人に行く手を阻まれた上、攻撃されているので逃げる術もない。


「ノールズさん、いい加減にしないと怒りますよ」


 ラシュレイがノールズを睨むが、ノールズは気づいていないようだ。いつもならこれで、


『ああああ、ごめん!! ごめんってば、嫌いにならないでえええっ!!』


 と、泣きついてくるはずなのだが.......。


 やはりそうはいかない。彼らを変えた要因の一つ_____というか、それしかないが、やはりあの王冠で間違いないようだ。


 どんな超常現象かは分からないが、恐らくあの王冠はノールズに憑依し、悪さをしているのだろう。そして、その近くの人間にも効果が現れる。


 見た感じ、モイセスとマーティーは二人とも、ノールズの手下役と言ったところだろうか。


「......レヴィ、頼みがある」


 ラシュレイは動きづらいため白衣を脱ぎ捨てて、恐る恐る扉の向こうから顔を覗かせているレヴィに言う。


「俺がこの人たちを引き付けておくから、誰か助けを呼んでこい」

「え......でも、一人は危険ですよ......!!」

「別に三人くらい平気だ。実験室も広いし、赤い箱で訓練もしてきた」


 ラシュレイは白衣で隠れていたズボンのベルトにぶら下がるガンポケットを軽く叩く。レヴィがサッと顔を青くする。


「モイセスさんには......」

「当てないから早く行け」


 こくこくとレヴィは頷くと、扉の向こうから姿を消した。


 ラシュレイは改めて目の前の三人に向き合う。決して格好つけようとしてあんなことを言ったわけではない。現に自分らではどうにもならないから助けを呼ぶのだ。取り敢えず自分は時間を稼ぐだけ。余裕がありそうならば、この状態も実験記録としてしっかりと自分の目に焼き付けておかねば。


 さっきレヴィを守った際にモイセスから攻撃を受けたが、本人たちがあの王冠の影響で変わったのは気持ちだけで、技術的な戦闘力は特に変わっていないようだ。そのうちスタミナ切れでどちらかが先に倒れるだろう。


 問題は_____。


 ラシュレイは二人の攻撃を避けながら、ノールズをチラリと見た。楽しげにニタニタ笑っているのが腹立たしい。自分の助手が二人の手下に襲われているのがそんなに楽しいのだろうか。


「後で覚えてろよ......」


 どうせあの王冠は自分から被ったのだろう。そして、ああなった。自分はしっかり彼に忠告もしたし、後で痛い目を見ても自業自得ということだ。


「お前ら、もっともっとそいつを苦しめろ!!」

「はっ」


 二人の攻撃が一気に飛んでくる。後ろに素早く飛びながらラシュレイは交わした。まさか実験室でこんな激しい運動をすることになるとは思っていなかった。赤い箱でビクターらに訓練を積んでもらった成果が今存分の味わえている。あまり息が上がらないのも体力がついている証拠だろう。


「何してるんだよ」

 ノールズが、実験室を素早く動き回る二人を見て、苛立たそうに言った。


「さっさと倒してしまえよ、そんなネズミなど」


 ネズミ_____。


 ラシュレイのイライラが頂点に達しようとしていた時だった。


「そこまでだ」

「おやおや、皆して喧嘩かい?」


 この場の雰囲気にそぐわないのんびりした声と、その場の空気をビリビリと震わすような低い声が聞こえてきた。


「ラシュレイさん、連れてきました!」


 レヴィが部屋に入ってくる。彼の後ろから部屋に入ってきたのは、ブライス、ナッシュ、そしてイザベルだった。


「これまた随分と派手に暴れているな」


 ブライスは脱ぎ捨てられたラシュレイの白衣と、モイセス、マーティーが肩で息をしているのを見て呆れ顔で呟いた。


「何とかなりますか......?」


 泣きそうな顔でレヴィがブライスを見上げると、ああ、とブライスは頷く。


「ラシュレイ、イザベル。モイセスとマーティーを抑えつけろ」


「はい」

「分かりました」


 二人はそれぞれ持ち場につく。ラシュレイはモイセスを、イザベルはマーティーを。


 ラシュレイはともかく、イザベルは華奢な体をしているが、しっかりマーティーの動きを止めている。彼女もまた赤い箱で経験を積んできた研究員だ。


 そのため、一人に対して、それがたとえ自分よりも大きな男性だったとしても、動きを留まらせることなど何ら難しいことではない。


「それで、どうするんだいブライス」


 ナッシュはまるで映画でも観ているかのようにリラックスしていて、余裕綽々の表情をしていた。一方でブライスは相変わらずの厳しい顔でノールズを見つめていた。いや、正確にはノールズの頭の上を占領するあの王冠を見つめていた。


「早急に済ます。簡単な事だ」


 ブライスは背中に何かを背負っている。そして、彼はそれを手に持った。それは長銃だった。しかし、今度はラシュレイが声を上げた。


「まさか......殺すんですか......?」


 モイセスを押さえつけながらラシュレイは混乱していた。いや、まさかな、と自分の言い聞かせるが、ブライスが構える銃の先にはノールズが居る。


「待ってください、ブライスさん......!!」


 レヴィもまずいと思ったのか止めようとするが、それをナッシュに制されている。


 イザベルはマーティーを抑えながらじっとブライスを見つめていただけだった。


 やがて、ブライスは銃のロックを外した。かちゃん、と音が響く。そして、耳をつんざく銃声が、室内の空気を震わせた。


「ノールズさん!!」


 王冠が床に転がる。ノールズは驚いたような顔で突っ立っていて、何が起こったか分からないようだった。しかしすぐに膝から崩れ落ちるのを、マーティーを既に床に寝かせていたイザベルが支える。


「終わりだ」


 銃口を天井に向けたブライスがボソッと呟いた。確かにラシュレイの腕の中にいたモイセスも、イザベルの腕の中にいて、今は床に寝かされているマーティーも、さっきの殺伐とした表情ではなく、穏やかな顔をして眠っている。


「頭じゃなくて、王冠の宝石を撃ち抜いた、と」


 床に転がった王冠をナッシュが拾い上げた。


「当たり前だ。部下の頭を撃ち抜く奴が居るか」


 ブライスは銃を背中に背負い、王冠をナッシュから受け取る。


「それって......」

 モイセスの様子を近くで伺っていたレヴィが控えめにブライスに問う。ブライスは、ああ、と頷いた。


「大昔の王が被っていたものだな。別名、【災いの冠】。この真ん中の青い宝石を身につけたものは己の欲望に耐えられなくなる。誰もがこの宝石の美しさに惹かれて手に入れようと殺し合い、犠牲になった」


「じゃ、じゃあ、ノールズさんも......」

 レヴィがチラリとノールズを見る。彼はイザベルの膝の上で気を失っていた。怪我をしている様子はない。表情も穏やかだ。


「完全に支配されてはいなかったようだな。宝石は砕けたから、もう心配はいらないだろう」


 ブライスはそう言いながら王冠を自分の頭に乗せた。実験室と準備室を隔てるガラスに映った自分の姿を振り返る。


「あらあら、随分威厳のある王様だこと」

 ナッシュがクスクスと可笑しそうに笑った。


「......似合わんな」


 ブライスが王冠を外し、ナッシュの頭に被せて実験室を出ていく。ナッシュもそれに続いた。


「片付けまでするのが実験だ。俺らはオフィスに戻る」


「は、はい、お忙しい中ありがとうございました!」

「ありがとうございました」


 レヴィが頭を下げたのを見てラシュレイも頭を下げる。やがて二人が実験室を出ていったのを見届けて、レヴィは小さなため息をついた。


「怖い王冠でしたね......」


 砕かれて散った青い宝石の破片を見て、レヴィはぶるっ、と震えた。


「実験なのは分かるけれど、何でもかんでも試さない事ね。まずは情報集めが肝心なんだから。......ほんと、怪我がなくて良かったわ、二人とも」


 イザベルは急いで実験室まで飛んできたのだろう、髪が少し乱れていた。


「ノールズは思いのままに行動するような人だから、変なことをしようとしていたら、全力で止めなさいね」


「はあ......」


 どうやら助手である自分に向けられている言葉のようだ。


 確かに彼は変なことを急にし出すし、危なっかしいところがある先輩ではある。それは分かりきっていたことだったのだが.......今回はモイセスも居たということもあり、完全に油断していた。


 考えてみれば、モイセスはノールズより圧倒的年上ではあるが、B.F.での経験歴はノールズの方が断然上である。


「気をつけます」


 やはり同僚だからこそ気づく点も、理解出来る点も沢山あるのだろう。星4になって自分は浮かれすぎていたのだろうか、とラシュレイは密かに反省した。


 そして、あの完璧な彼の同僚以上に、ノールズの理解者であり、一番の助手になりたいと思ったのだった。


 *****


「ううーん......」


 ノールズが薄目を開いた。


「あれ......俺......」

「ノールズさん!」

「起きたわね」


 レヴィとイザベルがホッとした表情を浮かべる。ラシュレイも少しだけ安心した。元に戻っている。


「あれ......俺......あれっ......!」

 ラシュレイはノールズに歩み寄る。


「あれっ......あっれれー!!!?」

「......何」

「どうしたんです」


「イザベルの、イザベルの膝枕ぁぁああっ!!!!」

「......」

「......」


 頭にはイザベルの拳を、腹にはラシュレイのキックを受けたノールズだった。

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