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Black File  作者: 葱鮪命
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夜更かし

「お疲れ様でした、イザベルさん!」

「ええ、お疲れ様、キエラ」


 B.F.星5研究員イザベル・ブランカ(Isabelle Blanca)は助手のキエラに手を振った。


 今日の仕事も終わり、時計の針は夜10時を回った。イザベルは軽く明日の予定を確認し、机回りを掃除する。


 いつもは九時にはオフィスを後にするが、今日は実験があったのと、キエラが再び報告書を紛失したこともあり、それの再作成を行っていたらこれだけ遅くなってしまった。


 掃除を終わらせてイザベルもオフィスを出る。電気を消し、オフィスの扉に鍵をかけた。情報を守るためにオフィスの鍵は必ずかけておかねばならない。後で警備員の仕事も担っている研究員が交代制で施設内を巡回することになっており、その時に鍵がかかっていないと注意されるのだ。


 鍵をポケットに入れ、イザベルは自室に向かう。廊下はもう誰もいない。皆仕事を切り上げて自室に戻ったのだろう。食堂もそろそろ閉まる時間ではないだろうか。


 B.F.研究員は主に二人で一部屋の「自室」を持っている。シャワールームとトイレが備え付けてあり、ベッドが二つと机が一つ。部屋によっては簡易的なクローゼットが置かれている。


 人によってはその部屋を一人で使っているのだが、イザベルはB.F.に来てから、ルームメイトがいる状態だ。ノールズのように、助手であるラシュレイがルームメイトである、という事も珍しくはないが、イザベルはキエラとは同じ部屋で寝泊まりはしていない。基本的に男女は別になっているのだ。


 つまり、イザベルのルームメイトは女性である。


 イザベルは自室のある階へとやって来て、無数にある扉には目もくれず、ある一枚の扉の前で足を止めた。そして、特にノックすることも無く部屋の中へと入っていく。


「ただいま_____」


「イッザベルゥゥゥウっ!!!」


 扉を閉めた瞬間、イザベルは目の前が真っ暗になった。鼻腔をくすぐる甘いシャンプーの香り。ふわふわのパジャマの生地に彼女の体は包まれる。更には、首周りに圧迫感。


「リディア、苦しい」

「えー? 聞こえませーん!」


 腕の力を緩めすらしない。下手したら窒息死するな、と命の危険を感じたイザベルは彼女を力づくで押しのけた。


「い、痛い痛い!」


「じゃあ、離れて」


「どうして!? イザベルともっとお近付きになりたいのに!!」


「これ以上どう近づくのよ。疲れてるんだから、すぐ寝たいの」


「今日は夜更かしの日でしょー!!?」


「......」


 イザベルに抱きついてきたのは、彼女のルームメイトである、リディア・ベラミー(Lydia Bellamy)。B.F.星5研究員で、イザベルとノールズの同期でもある。


 橙色の髪をゴムで横に結んだ女性職員だ。イザベルとノールズと同じ歳であり、年齢的にはかなり大人ではあるのだが......。子供らしい性格が特徴で、言動もどこか幼さを感じさせる。が、これでも一応、一人の研究員を立派に育ててきた経験もあるのだ。


「今日は夜更かしデー! まさか忘れていたとは言わせないよ!! こうしてイザベルが戻ってくるのを待っていたんだから!!」


 リディアの後ろにイザベルはチラリと目をやる。そこには床に広げられたスナック菓子が見えた。ジュースも用意しているようで、カラフルなプラスチックのコップが空の状態で置いてあった。


 今日は水曜日だ。イザベルとリディアの間では、夜遅くまで起きて雑談をする一週間に一度の特別な日である。


 二人は水曜日のことを「夜更かしデー」と呼ぶ。これはB.F.に入ってすぐにリディアがイザベルに提案したもので、毎週必ず行っている。


 シャワーを浴びて寝られる準備をしてから、床に広がっているお菓子やジュースを摘みながら話をするのだ。30分程で終わることもあるが、長い日だと日付をまたいで二時間も三時間も話すことがある。


 イザベルは仕事を多く受けることもあり、すぐ寝たいと言うがリディアは絶対にそれを許さない。どう足掻いても参加させられてしまうのである。


 *****


 シャワーから出て寝る準備をしたイザベルは、床に敷かれたカーペットの上に腰を下ろした。


「今日はねえ、りんごジュースと、紅茶と、コーラがあります!! どれにしますか!」


「紅茶」


「OKー!! コップをくださいな!」


 異様にテンションが高い彼女。大抵これだけテンションが高いと今日は話したいことがたんまりとあるという合図なのだ。


 イザベルは時計をチラリと見る。そろそろ11時になりそうだ。明日は今日の実験の報告書を書かなければならないので早起きをしなければならないのだが......。寝る時間は日付をまたぐことになるだろう。


「はい、どうぞー!」


 リディアが紅茶が入ったコップを差し出してくるので、イザベルはそれを受け取る。


「それで、今日は何の話から始まるのかしら?」


「実はねえ......私もついに外部調査に派遣されることになったんだよー!!」


 リディアは腰に手を当てて、得意げに言った。


「へえ」


「イザベルはノールズ達と行ってきたんでしょ!? どうどう? ノールズと進展はあった?」


「あのね、遊びで外に出ているわけじゃないのよ。それに、リディアは私とノールズをどういう関係にしたいのよ」


「そりゃあ、恋人でしょ!! イザベルとノールズってお似合いなカップルだと思うんだけどなあ」


 リディアがニヤニヤ笑って、スナック菓子の袋を開けた。


「ノールズに何の感情も抱いていないわよ」


 イザベルもリディアに倣って違うお菓子の袋に手を伸ばす。


「えー。まあ、ノールズは何処か抜けてて、惚れっぽくて、一度絡まれると面倒で、変態っぽい一面が無くはないけど!」


 凄い言われようである。


 リディアとイザベルとノールズの付き合いは10年近くになるので、かなり言い合っても平気なようだ。イザベルも止める気がなく、静かにお菓子を摘んでいる。


「でも、ちゃんと助手思いだよねえ」

「まあ、そうね」


 ノールズが溺愛している彼の助手、ラシュレイ・フェバリット(Lashley Favorite)。すっかり彼に懐いて、仲が良い様子が伺える。


「いいよねえ、助手」

 リディアが言った。


 リディアは少し前まで助手が居た。今は星4研究員のエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)である。彼は、同期であるバレット・ルーカス(Barrett Lucas)とペアを組んでいるため、リディアの元から独立した。

 それなりに仲は良かったが、エズラがくっついて来るリディアを嫌がって独立する道を選んだらしい。何となくわかる気がするイザベルだった。


「もう一人とればいいじゃない」

 イザベルが提案すると、リディアは人差し指を立てて「チッチッチッ」と指を振る。


「分かってないなあ、イザベルさん。エズラ以上の助手がこの世に居ると思うかい?」


「それは、そうだけれど......。助手は比べるものでもないでしょう。だいたい、人それぞれのステータスってものがあるんだから」


「うーん、そうなんだけどねえ。私が他の子をとっちゃったらエズラが嫉妬するかもしれないでしょ?」


「そうかしら」


「え!! そうだよ!!」


 首を傾げるイザベルにリディアはぎょっとした顔を向けた。


「エズラはクールで感情を表に出さないだけだって!! きっと裏では私のこと大好きで、今にでも助手に戻りたいなあ、って思ってるんじゃないかなあ」


「......多分ないわね」


「えええ!!! そこは共感してくれるところだよ!!? リディアちゃん悲しい!!」


 リディアはしくしくと泣くフリをする。イザベルはそれを涼しい顔で見ながら、紅茶をすすっていた。


「そう言えば、話を戻すけれど外部調査は誰と行くのよ。伝説の博士じゃない限り、誰かとペアを組むんでしょう」


「えっへへー」


「何その顔」


 イザベルの問いに対してリディアは、泣くフリを止めて満面の笑みでイザベルを見てきた。まるで、よくぞ聞いてくれた、とでも言うかのようである。


「聞いて驚かないでね!! 実はねえ、ブライスさんと一緒なんだー!!」


「へえ、良かったじゃない」


 リディアがブライスに密かに思いを寄せていることを、イザベルはずっと前から知っている。イザベルが彼女と初めて会った時、彼女は「あの人かっこいいんだあ」と楽しそうに話してきたのだ。それからというものの、リディアは彼にアタックするべく、研究員として沢山活躍し、更には放送委員という役割まで引き受けている。


 放送委員とは、日曜会議の開催場所や緊急会議の集合などを放送で呼びかける係のことである。大抵の放送は彼女が担当している。放送委員の役割は放送をするだけではなく、日曜会議の司会や新入社員研修の司会などとかなり多い。


 何故それがブライスへのアタックに繋がるのかと言うと、大抵の放送内容はブライス本人から伝えられるからである。リディアはブライスと話す機会を自ら掴みに行ったのだ。そして、ブライスという人間を好きになってから10年。リディアのブライスへの熱い思いは全く覚める気配を見せていなかった。


「ブライスさんとペアだよ!? 夢みたいだよねえ!!」


 リディアにとっては、きっととてつもなく幸せなことに違いない。これが普通の研究員となると物凄く嫌だろう。ノールズなんて顔に出そうだ。


「相変わらず熱意が凄いわね」


「ふふふー、私はずっと恋する乙女だからね!」


 もう少しでそんなことも言えなくなるような歳なのだが、イザベルは黙っていた。


 彼女は勿論、ブライスにベティという存在がいることも知っている。寧ろベティのことは尊敬しており、昔はブライスに見合う女性になるための研究として彼女の後ろをコソコソとついて行っていたことがあったくらいである。


 親友の恋は応援したいが、ライバルがライバルなので彼女の恋は叶うかどうか。だが、きっと明日も明後日も諦めを知らずにアタックし続けるのだろうな、とイザベルは思う。


 新しいスナック菓子の袋を開けながらイザベルは新しい話題を始めた彼女の話に耳を傾ける。夜はゆっくりと更けていくのであった。

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