File021 〜永遠廊下〜
今日は日曜日、日曜会議がある日である。ノールズはほぼ徹夜明けの頭で会議室まで歩いていた。
「あーーー......早くベッドで寝たいよー......」
彼の目の下には濃い隈ができており、足取りも覚束ず、まるでゾンビのようだ。
彼は数日前から、研究員の数が足りずに回ってきた仕事を片付けており、その膨大な仕事量に睡眠時間がいつもの三分の一ほどしか取れていないのだ。
期限が迫っているものも少なくないので、今日も大量の書類に追われる中で眠るのだろうと思うと、彼の足は重かった。
会議の内容も頭に入って来ずに眠ってしまうに違いない。
今日はブライスに指名で怒られるだろう。
彼は会議中、自分が話しているときに眠っている人間を必ず起こすという事を徹底しており、ノールズも何度かマイクを通して声をかけられたことがある。
日曜会議の面子はあまり変わらないので、ノールズ自身あまり気にしてはいないのだが。隣に座るイザベルは、皆の視線が集まる範囲に居るので、後で彼女にも怒られるのだ。
ノールズは会議室がある階に着き、日曜会議が開かれる会議室へと歩いていった。
「......ん?」
歩いていった。
「.......んんん?」
歩いていった......。
「は、え!? どうなってんだよこれ!!!??」
歩いているのに、一向に会議室に辿り着く気配がない。歩いても歩いても会議室までの距離が全く縮まらないのだ。
「うわあああ!!! 何この悪夢!!! 誰かっ......誰か助けてくださあああい!!!」
ノールズはこのままでは行けないと思い、走り出した。しかし、やはり距離は縮まらない。
徹夜明けのこの体にこれ以上負担はかけたくないというのに......。
まさか、自分は死んでしまうのか。疲れすぎて、こんな夢まで見てしまっているのか。ならば、早く覚めてくれ。ラシュレイか誰かが、どうか起こしてくれないだろうか_____。
その時、
「ノールズ君?」
廊下の反対側からナッシュとドワイトが歩いてきた。廊下を走り続けるノールズを不思議そうな目で見ている。
「あああ!!! 助けてください! なんか、歩いても歩いても距離が縮まらなくて!!!」
言っていて自分は一体何を言っているんだろう、とノールズは思いつつ、彼は走るのを止めなかった。案の定ドワイトとナッシュはキョトンとしていて、その場に立っている。
やはり二人までの距離も縮まらない。まるでランニングマシンに乗っているような気分だ。疲れている思考では、「乗っている」というよりかは「乗せられている」という感じに近いのだが。
「超常現象かい?」
ナッシュが走り続けるノールズを、まるで奇妙なものを見るような目で見ている。
「取り敢えず、私たちが近づいてみようか」
距離が縮まらない、という性質だけは理解したドワイトがノールズに向かって歩いてくる。すると、すんなり距離は縮まったのだ。ノールズも自然と走るのを止める。
「あ、あれ......?」
一体今までのは何だったのか。ノールズの口から間の抜けた声が出る。
「ふむ......もしかしたら、永遠廊下の超常現象かもしれないね」
ドワイトがくるっと辺りを見回し、頷きながら言った。
「永遠廊下......?」
初めて聞く名前にノールズは首を傾げる。
「うん、一人でいる時に現れやすいんだよ。いつまで歩いても特定の場所に辿り着けないんだ。よくこの廊下に現れるんだけれど......今日は君がターゲットになっちゃったんだね」
「そ、そんなものが......」
B.F.に現れる超常現象はかなり多い。ノールズが把握しているのはほんの一部だけのようだ。
「もし巻き込まれた場合は、反対側から人が近づいていけばいいんだけれど」
「僕らが居なかったら永遠に廊下を歩き続けていたかもねえ?」
ナッシュが意地悪く笑ったのを見てノールズの顔が真っ青になった。
「ひいいい!!! ありがとうございます、ドワイトさん!!!!」
「いやいや、いいんだよ。イタズラ好きな子なんだ。一人で歩くのは極力避けた方がいいかもしれないね」
「うう......はい......」
今回はたまたま会議室前の廊下という、人通りが多い場所での出現だったからまだ良かったものの、あれがもし、人気のない場所で現れでもしたら......。
ノールズは考えたくもなかった。
*****
またもや翌週。
「ああああ!!! 何でええ!!!」
ノールズは超常現象に捕まっていた。もしかしなくても永遠廊下である。
「ド、ド、ドワイトさあああん!!」
「えっ!! あれ!? 今週もやられたのかい!?」
運良くドワイトとナッシュが反対側から此方に向かってきているところだった。ドワイトは慌てて走ってきて、ノールズの手を引く。後ろからやって来たナッシュが腹を抱えて笑っていた。
「ふーむ......気に入られたのかもしれないね」
ドワイトが真面目な顔で言った。
「ええっ、困りますよ!!!」
毎度毎度助けられてはドワイトに迷惑がかかる。自分はこの超常現象に、この廊下をもう歩くなと言われているのだろうか。
そんなに悪いことをしただろうか、とノールズは過去を思い返す。
確かに食べ歩きやら、イザベルに絡むやらで色々なことをしてきたが......。
どっちにしろ、この廊下は一人で歩くことが出来なくなってしまった。
これから歩く時は、イザベルやラシュレイを連れて来るしかないようだ。
疲れている時は地獄だが、ポジティブに考えれば、ダイエットにはいいかもな、とノールズは思いながら、会議室へと入ったのだった。