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Black File  作者: 葱鮪命
28/193

File018 〜とあるフォトフレーム〜

「ちょっと待ってください、先生!!!」


「何だねハロルド」


「イザベルに......イザベルに本当に単体実験をさせるおつもりですか!!?」


「だから、さっきからそう言っているだろう」


 狭いオフィスで二人の男が向き合っている。


 一人はメガネをかけた白衣の男性。髪にはところどころ白髪が混じっており、歳は60前後だろう。名前はタロン・ホフマン(Talon Hoffman)。B.F.星5研究員である。


 そして彼の前でさっきから声を荒らげる若い研究員、名前はハロルド・グリント(Harold Grint)。星4の研究員だ。


 そんな二人の間では、一人の金髪の女性が二人の話が終わるのを待っていた。


 彼女の名前はイザベル・ブランカ(Isabelle Blanca)。B.F.星2研究員だ。


 彼女はタロンの助手である。そしてハロルドはイザベルの兄弟子にあたる。


「危険過ぎます!!! 俺が単体実験デビューをしたのは星3ですよ!? イザベルはまだ星2です!!」


「だが彼女は自分から、やりたい、と言ったよ。私は彼女のやりたい事をなるべくやらせてあげたい」


「でも............!!!」


 ハロルドが必死な顔でイザベルの肩を抱き、


「もし、イザベルのこの可愛い可愛い顔に傷でもついたらっ......!!!」


「今回の実験は安全なものだ。ねえ、イザベル?」


 タロンがイザベルに優しい笑みを浮かべて問う。


「はい」

 と、イザベルが頷いた。


「でもっ......!!」


 ハロルドは言いかけて、グッと言葉を飲み込んだ。そして何を思ったか椅子に座るイザベルの前に跪くと、彼女の手を取った。


「いいね? イザベル」


 握る手に力を加えて、ハロルドは続ける。その顔は真剣そのものだ。


「単体実験を甘く見てはならないよ。これは本当だからね。単体実験はとってもとーっても危険なんだ。イザベル、君は可愛いから下心のある対象なら襲われてもおかしくない。それに華奢だから、もし捕まったら逃げ出すことは難しいだろう。だからね、もし困ったことがあればすぐに俺を呼ぶんだ。何処にいても、たとえ会議中だったとしても、誰よりも早くイザベルの元に行くから。それと_____」


「待て待てハロルド。イザベルの頭を爆発させる気かい? イザベルもそんなに真剣な顔で聞いて......」


 タロンが呆れ顔で言う。


「イザベルは大丈夫だよ、ハロルド。君なら分かるだろう?」


「そりゃ分かりますけど......!!! でも、俺にはまだイザベルに伝えきれていない思いがっ......」


「いつもの告白シーンはいらないからね。はいはい、ちょっとごめんよ」


 次にタロンがハロルドに変わってイザベルの肩をぽん、と叩いた。


「全く、困った兄弟子だよねえ」


 タロンが言うと、イザベルはハロルドを見上げた。


「ハロルドさん、心配してくださるのは嬉しいです。でも、私は大丈夫です」


「む、むう.......イザベルが言うんなら......」


 ハロルドは眉を顰めていたがまだ納得しきれていないようだった。タロンはそんな彼を置いて、イザベルに確認する。


「あんまり心配はしていないけれど、危険な時はちゃんと助けを呼ぶんだよ。時には人に頼ることも大事だからね」


「はい、先生」


「じゃあ、頑張ってね。応援しているよ」


 タロンはニコリと笑った。


 *****


 イザベルは星2にして初めての単体実験を受けることになった。タロンに言って対象を用意してもらったが、少し背伸びをしすぎてしまったかもしれない、と彼女は少しだけ不安だった。


 しかし、早く二人のような素晴らしい研究員になりたいという思いは、彼女の中に強くある。


 この実験を何としてでも成功に収め、二人の背中に追いつかなければ。


 イザベルは目の前にちょこんとある対象に目を落とした。木枠のフォトフレームだ。中に写真は入っていない。


 今回の実験は特に危険なものではないので、イザベルはオフィスで単体実験を行うことにした。タロンとハロルドは彼女のためにオフィスを空けてくれたので、今はオフィスに彼女一人である。二人は食堂で報告書作成を行うようだ。


 申し訳ないので早めに終わらせよう、と彼女は早速対象と向き合った。


 フォトフレームを観察する。


 特に変わったところはなく、何処からどう見ても普通のフォトフレームだ。

 この超常現象は一度実験されているもので、既にどんな性質を持っているかは分かっている。


 この超常現象の能力は、これに触れた人間の記憶の中にある風景を写真として映し出してくれる、というものだった。


 早速イザベルはフォトフレームに触れてみた。木の温もりを感じる、シンプルなデザインだ。


 すると、みるみるうちにフォトフレームの中に写真が浮かび上がってくる。花壇に色とりどりの花が咲き誇る、綺麗な写真だった。


「これって......」


 イザベルはこの風景をよく覚えている。

 それは、彼女の家の庭だった。


 ふと、イザベルの頭の中に家族の顔が浮かぶ。


 家族は元気にしているのだろうか。


 B.F.に入ると辞めるまで外に出ることは許されない。イザベルは、ここにやって来て約一年が経過しようとしていた。家族に会えないのは辛いが、きっと元気でいてくれているはずだ。


 そう思って、イザベルは今の風景をバインダーに実験記録として記入する。そして、再びフレームに触れたのであった。


 続いて現れたのは、彼女が幼い頃に父に連れて行ってもらった動物園だった。園の入場口の写真で、様々な親子連れが園の中に入っていこうとしている様子だ。


 母が入院して寂しい思いをしていた自分を父が元気づけようとしてくれて、連れて行ってくれた動物園だ、と彼女は思い出した。


 恐らく、当時のイザベルはまだかなり小さかった。記憶の奥底の、ほとんど消えかかっている場所から取り出した風景のようだ。


 確かに、風景を見ると少しずつ思い出していく。


 小さかったイザベルは、人の壁で檻の中が全く見えなかった。そんな時、父はそんな彼女を肩車し、見せてくれたのだ。父の肩の上からはよく見えた。そして、とても暖かった。


「......凄い」


 素直に、静かに、イザベルは言った。


 まさか、写真一枚でここまで繊細に過去の記憶が蘇ってくるとは。


 今まで自分が見てきた超常現象はそこまで多くない。しかし、こういうものもあるのだな、とイザベルは改めてこの仕事の楽しさを知ったのだった。


 イザベルはもう一度バインダーに記録を残し、時計を見上げた。時間から考えるに、次で最後だろう。


 彼女はフォトフレームに触れた。


「......?」


 三枚目の写真は、見たことも無いものだった。


 書斎のような部屋。壁を埋め尽くす無数の風景写真。デスクの上には小さな箱と、その周りにまた沢山の写真が置いてある。


 写真だらけの風景にイザベルは混乱した。自分の記憶にはこんな風景がない。家にはこんな部屋がなかったし、家族の中に特別写真が好きな人間も居なかった。


 壁や机の上の写真を注意深く見てみると、風景写真と言っても本当に様々であった。山の写真、花の写真、空や地面など。他にも家族写真らしき、人が写ったものもあった。


 イザベルはデスクの上にある箱についても気になっていた。


 手のひらに乗るサイズの、言うなればこのフォトフレームがちょうどいいサイズであろう。ラッピングがしてあったのか、赤いリボンが写真の上にくるくると丸めて置いてある。そして、その箱の奥に微かに見えるのが......


「誕生日......」


 バースデーカードだった。小さな箱と、バースデーカード。プレゼントを開けたところなのか、それとも今から入れるところなのかは分からないが、取り敢えず誰かの誕生日が関係している風景のようだ。


「もっと寄れないかしら......」


 イザベルはこの風景が何なのかを確かめたかった。それが、この単体実験で自分に与えられた試練なのではないかと、彼女は思ったのだった。


 四回目、イザベルはフォトフレームに触れた。


 すると、フォトフレームイザベルの心を読んだかのように風景の中のデスクへと焦点を絞ってくれた。デスクがよく見えるようになり、イザベルは早速写真の観察を始める。


 箱の中身が見えた。それは、イザベルが今見ているこのフォトフレームであった。質感も色味も全て同じだ。そしてイザベルは、バースデーカードの隅に小さな文字で「妻より」と書いてあるのを発見した。


 果たして、これは誰の記憶なのだろう。


 イザベルは首を傾げた。


 写真だらけの書斎、木枠のフォトフレームが入ったプレゼントボックス、妻からのバースデーカード.......。


 イザベルは研究員ファイルを見返し、一度目の実験の情報を見て少しでも答えに近づこうとしてみた。


 一回目の実験で新しく記載された情報は、この超常現象の性質、そしてこのフォトフレームの持ち主は病気で亡くなっている、有名な写真家であった、ということだった。


 名前も載っていたので、イザベルは早速様々な文献を用いてその写真家についての情報を集めた。


「あ......」


 かなり有名な写真家だったようで、文献は沢山あった。


 その中で、イザベルが見つけた情報は、このフォトフレームが彼の妻からの誕生日プレゼントであったこと、そして、やはりあの風景は彼の書斎であったことだった。

 また、彼が持病で亡くなった日付が、彼の誕生日であったことが文献の最後に細々と記してあった。


 イザベルはあの風景の全てが分かった気がして、もう一度写真を眺めた。次はデスクのアップではなく、部屋全体を写していた三枚目の写真の状態に戻してくれた。


 デスクに散らばった写真と、開けられたばかりであろうプレゼントボックス。


 写真家であった彼はきっと、この妻からの特別なプレゼントに相応しい一枚を、無数の自分のコレクションの中から探していたのだろう。


 しかしそれは、見つけられなかった。

 彼は、亡くなってしまったのだ。


「......頑張って、ご主人が居なくなった後も一人で写真を探そうとしていたのね」


 イザベルはフォトフレームも優しく撫でた。


 タロンがよく、超常現象は人間と同じように扱うよう、ハロルドとイザベルに言うのだ。だから、イザベルも目の前の超常現象を人間のように見ていた。


 さて、これで実験は終わりである。そろそろハロルドとタロンが戻ってくる頃だ。イザベルはフォトフレームを片付けようとしてふと考えた。


「......ねえ」


 フォトフレームは触れても、もう何も映さなかった。それが、自分がこの超常現象の全ての真相に触れたということを現しているのだと、イザベルは思った。


 しかし、真相に触れたからと言ってこのまま実験を終わりにして、この子が大倉庫という暗い場所に連れていかれるのは何となくだが、違う気がした。


 そこでイザベルはひとつ、フォトフレームに提案をした。


「......嫌でなければ、幸せな写真を......あなたに入れてもいいかしら。あなたも、きっと使ってもらった方がいいでしょう?」


 イザベルが言った時だった。


 空だったフォトフレームに再び風景が映し出される。


 綺麗に咲き誇るピンク色のバラだ。イザベルの記憶ではない。生前の主人が撮ったものだろうか。


 しかし、イザベルは勿論その写真の意味もきちんと理解した。


「......いいのよ」


 ピンクのバラの花言葉は、

「感謝」「幸福」「暖かい心」だ。


 *****


「イザベル!!! 平気か!!! 指を、指を見せなさい!!! ささくれが刺さってないか!!!」


 二人が戻ってきたことによって、オフィスは賑やかさを取り戻した。


 ハロルドがイザベルの指を凝視する横で、タロンがイザベルににこりと笑いかける。


「どうだった? 実験は」


「学ぶものが沢山ありました。貴重な時間をありがとうございます」


「いいんだよ。イザベルのそう言う一生懸命なところが私もハロルドも好きだからね。少しずつ慣れていけばいいさ、単体実験はね」


 タロンが優しくイザベルの頭に手を置いた。


「はい。あの、タロン先生、ハロルドさん......一つ、お願いがあるのですが」


 イザベルは机に置いてあるフォトフレームを手に取った。


「写真を撮りたいんです。三人で」


「写真だって!!!?」


 ハロルドが目を丸くしてイザベルを見る。そして、顔を輝かせ始めた。


「イザベルと写真を撮れるなんて光栄だ!! 先生、構いませんよね!!?」


「うん、いいよ。カメラは......確か私のデスクに入っていたはずだな。ちょっと待ってくれ」


 タロンが自分のデスクからデジタルカメラを取り出した。実験で彼がよく資料に載せる写真を撮るために使うものだ。


 タロンはそれを少し操作し、


「うん、動くね。場所は此処でいいのかな?」


 と、イザベルを振り返った。


「はい」


「よし、準備は出来たよ。さ、並ぼう」


 タロンがカメラをセットしてイザベルをハロルドと挟むようにして並んだ。イザベルは少し不安だった。


 これで、フォトフレームは喜んでくれるといいのだが。


 少なくとも、これが彼女の当時の一番の「幸せ」であった。


 *****


 イザベルは一人、オフィスで報告書を書いていた。ふと顔を上げると、デスクの上を飾る唯一の小物に目が行く。


 あの時のフォトフレームだ。あれからもう少しで10年になるが、フォトフレームはずっと彼女の机の上に置かれ続けている。


 イザベルはそれに手を伸ばし、そっと引き寄せた。ハロルドとタロンに挟まれるようにしてイザベルが立っている。表情が固いイザベルに対して、両脇の二人は満面の笑みだった。


 あれから随分長い時間が経つが、自分が未熟者なのには変わりない。二人のような素晴らしい研究員にはまだなれていない。


 だが、いつか二人に会えたら胸を張って会えるくらいにはなっていたい。


 枠を外し、イザベルは写真を外に出した。そして、気づいた。


 写真で影になっていた部分に、小さく、「ありがとう」と書かれている。


 イザベルの字でも、ハロルドのでもタロンのでもない。長い年月そこにあったのか、擦り切れて読みにくくなっていたが、初めて見た頃にはなかったものだ。


 フォトフレームの主人が、いや、もしくはこのフォトフレームが、喜んでくれたのだろうか。


 イザベルは微笑んだ。


 すると、


「おはようございまーす」


 キエラが部屋に入ってきた。


「おはよう、キエラ」


 イザベルは写真をフォトフレームに戻しながら挨拶を返す。

 キエラはそれに気づいてはいないようで、イザベルに朝の一杯を淹れようとコーヒー豆を抱えて、オフィスの奥で何やらガサゴソと作業をしている。


「今日は実験がありましたよね?」


 篭った声が聞こえてきた。


「それは明日よ」

「えっ!」


 キエラはコーヒーメーカーに入れようとしていたコーヒー豆を床に落としそうになっていた。


「うう......そうなんですね......僕、早起きしようと頑張ったんですけれど......」


「昨日言ったはずなんだけれど......聞いていなかったのね?」


「ううう......すみません.......」


 項垂れるキエラの背中にイザベルは、ねえ、と声をかける。


「今から、二人で写真を撮らない?」


「へ......? 写真ですか?」


「ええ、そうよ」


 キエラは首を傾げる。


「いいですけど......どうして?」


「さあ、どうしてかしらね」


 イザベルはいたずらっぽく笑って、立ち上がった。フォトフレームを後ろ手に撫でながら。

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