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Black File  作者: 葱鮪命
24/193

助手会議

「以上で今日の会議は終了だ」


 ブライスのその一言で皆の緊張が一気に解けた。


 それを感じたナッシュが心の中で苦笑する。


 ブライスの会議は相変わらず堅苦しい。もう少し砕けた言葉で話せばいいものの、彼のプライドがそれを許さないのだろう。


「やあ、ナッシュ、お疲れ様」


 会議が終わってナッシュが資料を片付けていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、眼鏡をかけた、ダークブラウンの髪色の、優しい顔の男性が立っていた。


 B.F.星5研究員のドワイト・ジェナー(Dwight Jenner)だ。彼はナッシュの同期であり、伝説の博士の一人だ。おっとりした性格が特徴で、誰にでも平等な彼は多くの研究員から慕われている。


「なんだい、ドワイト。今日は随分ご機嫌だねえ?」


 何十年も共にいるからか、彼の気分はすぐに察知できるナッシュであった。ドワイトは「気づいたかい?」とニコニコと笑っている。


 ナッシュは彼が腕に抱える資料をチラリと見た。


 彼は今日の会議で使用した資料の他にも違う資料を抱えているので、人一倍荷物が多く見える。


 それを見てナッシュは「ああ」と納得した。


「そう言えば、そろそろ助手会議の時期かあ」


 B.F.の会議は大きく分けるとなると三つだ。


 一つは毎週日曜日の夜に開かれる、その週の情報交換を目的とした会議、日曜会議。参加できるのは星5のB.F.研究員、または星4同士でペアを組んでいる研究員のどちらかである。

 ブライスが主催ということもあり、堅苦しいが、それに参加するのは、ブライスの元で何年も仕事をしてきたベテラン達だ。よってそこまでの緊張感はない。毎週開かれているために雰囲気に慣れてしまう、ということも有り得るが。


 もうひとつが超常現象の特徴や情報を調査チームで共有するミーティングや緊急会議といった、緊急時に開かれる会議などである。これは不定期開催で、参加するの研究員もそれぞれ異なるので、誰でも参加できると言えばそうである。


 最後に、助手会議。これは年に二回だけしか開かれない特別な会議だ。一言で言えば、星1から星3までの研究員が集まって現状報告をする会議、である。


 そう、星1から星3というのはまだ独立ができず、星4以上のパートナーを持つ研究員たちだ。B.F.の経験が浅い研究員がほとんどで、なかなか会議に出てくることが少ない者が参加するので、かなり新鮮な雰囲気の会議だ。


 そして、助手会議の進行役、主催はドワイトが務める。彼は助手たちが抱える様々な問題に対してアドバイスをしたり、先輩博士の愚痴を聞いてあげたりしているのだそうだ。


 会議の雰囲気を覚えさせたり、他の研究員との交流の場となったりするので年に二回しかないとは言えども、大事な経験の場になっている。


 ドワイトはこの時期になると、とても楽しげだ。


「うん、今回もどんな意見が飛び出るのか楽しみでね。カーラも参加するし、ラシュレイ君にも会える。それに、まだあんまり面識のないキエラ君なんかにも」


「なるほど、相変わらず面倒見がいいんだな。ブライスと人気の差をどんどんと広げているんじゃないのかい?」


「まさか。ブライスには負けるよ。彼、案外慕われているようだしね?」


 ナッシュが「そうかい?」と苦笑すると、ドワイトもクスクス楽しそうに笑った。


 今日のドワイトはすこぶる機嫌がいいな、とナッシュは思った。彼の場合、機嫌の良い悪いなんて察しが付けられないほど表に出さないことが多いのだが。


「それじゃ、行かないと。またね、ナッシュ」


「ああ、楽しみなよ、助手会議」


 ナッシュはドワイトと此処で別れた。


 *****


 ラシュレイは資料や大量の書類を整理するので忙しそうで、ノールズはなかなか声をかけられなかった。


 というのも、今夜は助手たちの、年に二回しかないビッグイベント、助手会議があるのだ。


 星3のラシュレイも勿論参加するが、星4に昇格するとこの会議は出られないので、彼にとっては最後の機会となる。


 助手会議に時間が近づくにつれて、ノールズの方がソワソワしてきてしまう。


「大丈夫? ペンケースとかメモ帳とか、重要書類とかちゃんと持った?」


 不安になって聞くノールズに対して、ラシュレイはうざったそうに目を細めた。


「子供じゃないです」


「発表する時はハキハキとね!」


「子供じゃないですってば」


 *****


 キエラはせっせと用意していた。


 彼にとっては二度目の助手会議。一回目はペーペーの新人だったので、緊張して何も頭に入ってこなかったが、今回は後輩もいる。かっこいい姿を見せなければ、と彼は意気込んでいた。


「じゃ、じゃあ、行ってきます!」


 キエラは報告書を纏めていたイザベルを振り返る。イザベルは顔を上げて優しい笑みを浮かべると片手を挙げた。


「行ってらっしゃい。頑張ってね」

「......!!!! はいっ!!!!」


 廊下に出て、パタン、と扉が閉まった。キエラは書類に顔を押し付ける。


「うわああっ......!!!」


 書類の裏の顔は真っ赤だった。


 あんな美人に送り出されるなど、自分はどれだけ幸せな研究員なんだろう。


 *****


 キエラが会議室に着くと、まだ幼さが残る研究員達が椅子に座っていた。まだドワイトが来ていないようだ。皆談笑していた。


「キエラ」


 知っている人は居ないだろうか、とキョロキョロしていると、後ろから声をかけられてキエラは振り返った。そこには黒髪の若い研究員が立っていた。


「ラシュレイさん!」


 キエラは知っている顔に会えてホッとした。

 ラシュレイは大人びているので時々忘れそうになるが、彼はまだ星3の研究員であった。


「隣に座りましょうよ、ラシュレイさん!」


「まあ......いいけど」


 席に着いてキエラは改めて周りを見回した。


「何だか二回目はあんまり緊張しません」

「慣れたんだな」


 ラシュレイは予め机に置いてある会議の資料をパラパラと捲っている。


「はい! それにしても.......今年は結構入ったんですね? あの子は.......凄く若く見えますけれど......」


 キエラの視線の先をラシュレイも追った。そこには、テーブルの端にぽつんと寂しげに座る少女がいた。


 短い黒髪に大きな赤いリボンが特徴の研究員だ。キエラには、彼女がとても幼く思えた。


 17、16_____いや、15だろうか。あれだけ若くても就職出来るのかという疑問さえ湧く。


 少女は周りの輪に入れないのか困ったように目を伏せて資料を読んでいた。その姿は何処か寂しげだ。


「彼女はドワイトさんのとこの助手だ」


 ラシュレイが資料に目を落として短く説明した。


「へ? ドワイトさんのですか?」


「ああ。今年入社してきた子だ。知らないのか?」


「うーん、こういう会議か食堂くらいでしか他の職員を見ることってありませんからね......」


 キエラは少女を観察した。


 必死に資料に目を通すその姿はちょうど一年前の自分のようだった。あの頃はまだまだ新人で仕事が出来なかったよなあ、とキエラは一人腕組してうんうんと頷く。


 まあ、彼の場合成長したかと問われれば、答えに困るところは少なくないのだが。


 本人はあまりそれに気づいていないようだ。


 やがて、職員たちのざわめきが少なくなった。ドワイトが会議室に入ってきたのだ。


 流石はB.F.設立当初からいる人だな、とキエラは思った。彼から滲み出すオーラは優しいが、それ以前に周りの職員と比べて貫禄がある。部屋に入ってきただけで部屋の空気が引き締まったような気さえ感じさせる。


 ドワイトはひとつ空いている席に資料を置いて、席に着いている職員らの顔を一通り見回した。


「うん、みんな揃っているね。優秀だ。さて、そろそろ始めるかい? じゃあ皆起立!」


 ドワイトが元気よく言った。研究員らが立ち上がる。


「これより助手会議を始めます。よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」


 会議を始める前とは思えないほど元気の良い挨拶であった。初めて参加する研究員の緊張を解すための、彼なりの手法なのだろう。

 自分も一回目でかなり助けられたな、とキエラはまた懐かしい気持ちになった。


 さて、助手会議が幕を開けた。まず大まかな流れとして軽い自己紹介から始まって、実験のアドバイスや昇格試験でのポイントなどの説明がドワイトからある。最後は質疑応答で終わるというのが一通りの助手会議の流れとなる。


 まずは自己紹介からだ。ドワイトから始まり、時計回りに軽い自己紹介を済ませていく。名前と自分の階級を言うだけだが、3、40人の人間が居るので名前を覚えることなどほとんど不可能と言っていい。キエラも覚えて最初の二、三人だけである。


 隣に座るラシュレイなら一度聞いたことは忘れなそうだな、と思ってチラリと見てみたが覚える云々、そもそも其方を向く気すらないのか資料を熟読していた。


 ドワイトの助手と言われている少女も自己紹介を終えた。彼女の名前はカーラ・コフィ(Carla Coffey)というらしい。


 初々しさを感じさせる彼女を見ながら、キエラは、ドワイトさんも随分と歳の離れた助手を取ったものだなあ、と思っていた。自分とイザベルも10近くは離れているのだが。カーラ達の場合は20、30では聞かないだろう。


 続いて、実験の際のアドバイスへと入る。実験する時に気をつけることや、対象の見方など。主にこれらの情報は単体実験で大切になってくることである。


 キエラはまだ単体実験をするには未熟すぎるので、イザベルの元でもう少し修行が必要であった。ちなみに、隣のラシュレイはもう単体実験を始めている。星4昇格のためだろうが、彼の場合そこまで心配はいらないだろう。


 会議は順調に進み、昇格試験のアドバイス、やがて全体の質疑応答となった。


 ラシュレイはまるで俺の時間だ、とでも言うかのように何度も何度も手を上げる。ここぞとばかりに主張してくる彼に対してキエラは苦笑した。


 流石は仕事熱心である。


 ドワイトは嬉しそうに、ひとつひとつの質問に対して大事そうに答えていた。


 そして、いよいよ最後の項目となった。実は、普通なら此処で会議は終了である。会議の進め方を示したプリントにも最後は質疑応答で終わっている。


 しかし、此処からがこの会議の本当の目的と言っていい。ドワイトは、では、と資料をとんとんと整えながらニヤッといたずらっぽい笑みを浮かべた。


「先輩自慢大会、行ってみよー!!!」


 いよっ、待ってましたー!! とキエラは心の中で叫んだ。


 星2、3の研究員がぱちぱちと拍手する中、星1で初めて会議に参加する研究員らはキョトンとした顔をしている。それに混じって星3であるラシュレイもうんざりした顔をしていた。


 助手会議のラストを飾るは先輩自慢大会。これはドワイトがブライスには内緒に勝手に企画したもののようだ。


 その名の通り自分の先輩をただただ自慢する大会である。キエラの場合はイザベルを、ラシュレイの場合はノールズと、自分の先輩の自慢出来るところを挙手制であげていくというものだ。


 イザベルの自慢できるところなどありすぎて困るキエラに対してラシュレイは良い所などほとんどない、と毎度発表を拒んでいた。


「さて、最初は誰かな?」

「はい、はいっ!!!」


 キエラは天井を突く勢いで挙手をし、アピールをした。


「じゃあ、キエラ君!」

「はい!!!」


 キエラは立ち上がり、目をつぶってコホン、と咳払いをする。頭で纏めきれているかはわからないが、とにかく彼女の魅力をここに居る全ての研究員に伝えなければ!! と彼はかっ、と目を開いた。


「僕の先輩博士イザベル・ブランカさんです!!美人で秀才で、クールなところがとっても愛おしくて......あ、今日もこの会議に僕を見送る時に『頑張ってね』って言ってくれたんですよ!!」


 今思い出しても蕩けそうになる表情だ、とキエラは思う。


「僕はイザベルさんの元で助手が出来て毎日幸せです!! 多分、この会社で一番!!」


 キラキラと顔を輝かせて熱弁するキエラをラシュレイは呆れ顔、ドワイトはとても微笑ましげに見ていた。


「なるほど、イザベル君かあ。彼女も毎日こんなに素敵な助手君がそばに居てくれて幸せだろうねえ」

「えへへ」


 キエラは照れ笑いを浮かべて頭を搔いた。


 今はまだ未熟者の自分だが、いつか絶対に彼女と釣り合うくらいの完璧な研究員になってやる! と、キエラは心の中で誓い、すとん、と椅子に腰を下ろした。


 キエラに続いてその後も、他の研究員らが恥ずかしそうに手を挙げては自分の先輩の自慢をしていった。皆楽しく助手として働けているようだ。ドワイトはそんな彼らの話に耳を傾けて一言二言コメントをしていった。


 やがて、ほとんどの研究員の発表が終わり、ラシュレイとカーラがまだ発表していないという状況が出来上がった。


「ラシュレイ君は何かあるかな?」

「はあ.......」


 まさか名指しをされるとは思っておらず、ラシュレイは資料から顔を上げた。ドワイトと目が合う。純粋で何処までも見透かすようなキラキラした目を向けられ、ラシュレイは困った。


 彼は星1から今日この日までこの先輩自慢大会で挙手などしたことがなかった。ドワイトはラシュレイが今日でこの会議に参加できるのが最後だということも考慮して、思い出作りという意味も込めて指名をしたのだろう。


 正直、とても迷惑である、とラシュレイは心の中で彼に言った。


 さて、指名されたからには自分も何か言わなければならない。


 ノールズの自慢するところ。尊敬する場所がないとは言えない。現に自分は彼の助手になるという決心をして、彼の元でこうして助手として働いているのだ。


 頭の中であれこれ考えを巡らせて黙りこくるラシュレイを、ドワイトは微笑んで見守っていた。


 無愛想で、人前で発表などほとんどしない人間から、どんな言葉が飛び出てくるのか、気になってしょうがない、というような顔をしていた。


「そうですね」


 ラシュレイは資料でとんとん、と机を軽く叩いて、角を揃えながら、


「......家族よりかは大事な人、ですかね」

「おお!?」


 ドワイトが変な声を出した。彼は満面の笑みである。


「それから?」

「......それから?」


 ラシュレイはこれ以上はない、というか勘弁してくれ、とでも言うように首を横に振った。


「なるほどねえ。ふふ、そっかそっか」


 ドワイトは満足そうに何度も何度も頷く。


「ありがとう、ラシュレイ君。きっとノールズ君も君のような助手をとれて喜んでいるに違いないよ」

「はあ......どうも」


 続いて彼の目は縮こまったカーラに向けられた。


「君の相棒はどうかな?」

「へ!!?」


 カーラは顔を真っ赤にして彼を見る。まさか、本人に向かって自慢できる場所を言うことになるとは。


 カーラは慌てて言葉を考える。


「あ、あわ、えっと......此処では言いきれないくらい、たくさん......あります」


 彼女は耳まで真っ赤にして俯いた。


「そうか、それはいいね。本人もそれを聞いたらきっと喜ぶと思うよ。是非、オフィスに戻ったら聞かせてあげてくれ」

「はい......えっ!?」


 カーラは顔を上げたが、ドワイトはさて、と終わりの挨拶をするために立ち上がった。


「これで助手会議は終わりです! お疲れ様でした!」


 その顔は今日一番幸せそうだった。


 *****


「一種の拷問だな」


 ラシュレイがどっと疲れた様子でそう呟いたので、キエラは苦笑した。


「でも、ちゃんと発表したじゃないですか」

「名指しされたからだ」

「家族よりかは、大切......なるほど、勉強になります」

「やめろ」


 メモをしようとするキエラの腕を、ラシュレイは顔を真っ赤にして掴んで止めた。


「でも、そうなんですよね?」

「......まあ......ノールズさんの近くは心地いいし......それは、否定しない......」


 最後の方はほとんど聞き取れなかったが、ラシュレイがノールズを慕っている気持ちは十分に伝わってきた。本人の前でもっとそういう事を言えばいいものの、やはりそれは恥ずかしいのだろう。


 二人はオフィスに向かう。大好きな先輩の元に。彼らの「おかえりなさい」を聞くために。

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