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Black File  作者: 葱鮪命
20/193

File012 〜結婚ごっこ〜

 イザベルは溜息をつきたい衝動に駆られていた。目の前には床に膝を付いて指輪を差し出す男性研究員がいる。


 彼はノールズ・ミラー(Knolles Miller)。B.F.星5研究員であり、イザベルの同期だ。


「イザベル、やっとこの時が来たね!」

「屈辱だわ」

「ほら、指を出して!」

「嫌よ」


 はめた人が指輪を何かしらの形で取るまで、その人とまるで夫婦のような振る舞いをすると言われている超常現象、「結婚ごっこ」。


 ノールズが受け持った実験だったが、彼の助手であるラシュレイ・フェバリット(Lashley Favorite)はその実験に付き合うのを死んでも嫌だとパス。そしてイザベルに出番が回ってきたのである。


 断り続けるイザベルに対して、いつもなら泣く泣く諦めるノールズだが、今日はそんな素振りも見せない。


「ふっふっふ......今日は実験だからね!! 断れないのだよ、イザベル君!!!」


 これほど顔を輝かせる彼を見たことがあっただろうか。


 確かに、イザベルは引き受けた仕事は最後まできちんとやり通す。仕事では妥協を一切許さない、誰よりも仕事を愛する人間だ。


 しかし、これに関しては少々抵抗がある。


「どうしても私じゃないとダメなのかしら?」


「そりゃあ勿論! 何なら実験じゃなくて本気で渡すよ?」


「冗談じゃなさそうよね。あなただものね」


 イザベルは溜息をついた。


 此処を誰かに見られると、とてもとても面倒なことになると悟ったのだ。さっさと済ませてしまった方が身のためかもしれない。


「......わかったわよ」


 彼女は左手を彼の指輪に向かって差し出した。


 *****


 昼食時間、今日はとある実験で、先輩であるノールズが席を外しているので、ラシュレイはゆったりと昼ごはんを食べようとしていた_____のだが。


「どうしてノールズさんの実験に付き合わなかったんですかっ!!!!!」


 彼のゆったりしたランチタイムは何処へやら。目の前でB.F.星2研究員のキエラ・クレイン(Kiera Crane)が怒っている。


「あんな実験に俺が付き合うとでも思っていたのか?」


「だって!!!!」


 キエラが身を乗り出す。


「彼、イザベルさんを連れて行ったんですよ!!?」


「だから何」


 スパスパ物を言うラシュレイに対して、キエラは恨めしそうにサラダにザクザクとフォークを立てている。


「うぐううう......僕が、僕がその大役を引き受けたかったのにいい......」


「イザベルさんの代わりに名乗りを上げて行けばよかったろ」


「じゃなくって!! 僕がノールズさんと代わりたかったってことですよ!!」


「はあ......」


 イザベルの最愛の助手である彼は、ノールズの実験に彼女が連れていかれたことが相当ショックだったらしい。


 ヤケ酒のつもりだろうが、まだ酒が飲めない代わりに紅茶をがぶ飲みしている。そして盛大にむせていた。


「あ"ーーっ、どうしてイザベルさんなんですかあーー!!」


 キエラはイザベルを愛して止まない。だが、ラシュレイはそんな後輩の恋愛事情よりも、星4昇格のための試験に向けて頭がいっぱいだった。


 食べ終えたプレートを片付けるために立ち上がろうとする。


「さて、俺はオフィスに戻るか」

「えええ!!!! 僕のお話を聞いてくださいよ!!!」

「嫌だよ、そんなに暇じゃない」

「そんなあ!! ラシュレイさああん!!!」


 ラシュレイの白衣の袖を掴んで離さないキエラ。ノールズが居ない静かな時間を使って単体実験のまとめを進めてしまいたいのだが、とラシュレイが困っているときだった。


「え、あれって......!」

「嘘っ!!?」


 食堂内がざわついた。ラシュレイとキエラも何事かとそちらに目をやる。


 そこには、


「えっへへー、イザベル〜」

「止めなさいよ、みんな見てる」

「ええー? 見せつけてやろうよ、俺らの愛!!」

「いいわよ、見せつけなくて」


 手を繋いで食堂に入ってくるノールズとイザベルの姿があった。


「......何あれ」

「あああ!!! イザベルさああああん!!!」


 二人が食べ物を買って、此方に気付いた様子で近づいてくる。


「......どういう状況ですか」


 ラシュレイが問うと、


「結婚したんだあ!!!」

「声が大きいわよ」


 ラシュレイは二人の左手を見た。二人とも薬指にペアのリングをはめている。ノールズが実験すると言っていたあのリングだ。


 つけた相手と夫婦のような言動をするといった話だったが、自分は即断ったのを覚えている。


 取り敢えず俺じゃなくて良かった、とラシュレイは胸をなでおろした。


 しかしまあ、よく彼女があの指輪をつけてくれたものだ。キエラには言えないが、案外お似合いのカップルなのではないだろうか。


「ラシュレイ達も一緒にご飯食べる?」

「いや、俺らは別に_____」


 食べ終えたし、オフィスで仕事をしたい、という気持ちから断ろうとしていたときだった。


「食べます!!! 食べましょうよ! ねえ、ラシュレイさんっ!!?」

「ええ......」


 立ち上がりかけていたが、キエラに強制的に戻された。隣にはキエラ、目の前にはノールズとイザベル。


 つまり、二人のイチャイチャを一番近くで見せられる特等席へと座らせられた。最悪である。


「イザベル〜、お口についちゃった〜、取って取って?」


「自分で取りなさいよ、何歳なの」


 いつもの口調ながら指輪の影響なのか、しっかり行動へ移すイザベル。指輪をしていなかったら、ノールズは確実に殴られていただろう。


「ああ!! ちょ、近いです!! 各々黙って食べてくださいっ!!!」


 目の前もうるさいが、隣も隣でうるさい。


「えー? 俺イザベルと話してないと死んじゃうし......」


「んなことないですから安心してくださいっ!!」


「もうその辺にしろキエラ......みんな見てる......」


 イザベルとノールズのカップルを見ようと、食堂には人が押し寄せていた。注目されることが嫌いなラシュレイは、恥ずかしさで一刻も早くこの席を立ちたかった。


 すると、


「何事だい?」

「何かあったのかな?」


 ナッシュとドワイトが人混みを掻き分けるようにしてやって来た。その後ろにはドワイトの助手であるカーラも居る。


「あ、ナッシュさん、ドワイトさん!! 俺ら結婚しました!!」


 ノールズが大声で言うのをイザベルが「やめてよ」と止めた。


「結婚?」


 目を丸くするドワイトの隣で、ナッシュが「なるほど」と笑う。


「ドワイト、最近見つかった超常現象だよ。ペアのリング」


 ドワイトは彼らの指にちらりと目をやって、


「なるほどね。ノールズ君、研究員ファイルを見せてもらえるかい?」


「は〜い!」


 ドワイトはそれを受け取ると開いた。


 研究員ファイルは超常現象の詳細が載っているもので、研究員の必須アイテムである。


 ドワイトは一通りそれに目を通して、次に腕時計を見る。


「ふむふむ......君達、あまり浮かれすぎない程度で幸せにね」


 ファイルを返しながらドワイトは微笑んだ。


「は〜いっ」

「はい」


 そしてくるりと向きを変えると集まっていた職員たちに向かって、


「さ、持ち場に戻ろう。午後のお仕事も頑張ろうね、研究員諸君」


 と言うと集まっていた研究員達は蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。ドワイト達もじゃあね、とその場を離れていく。


 ラシュレイは、ドワイトが読んでいたファイルを手に取って中身を見てみた。そして、なるほどな、と小さく呟いた。


 次の瞬間。


「イザベル〜......へぶっ」


 ノールズがイザベルに抱きつこうとしたがそれは叶わなかった。イザベルが腕でそれを阻止したからだ。


「はあ......一時間経った?」

「へ......イザベルさん......」


 キエラが元に戻った彼女を見て目を丸くする。


 研究員ファイルに書いてあった指輪の詳細はこうだ。


『指輪の効果は着けてから一時間。もしくは喧嘩するか外すかでつけている者から対象が外れた場合、効果は無くなる。』


 イザベルはすっかり元通りのようだ。うんざりした顔でノールズに指輪を返している。


「ええー!? まだやろうよ、次は本気の結婚!」

「嫌よ、死んでも嫌」

「うう、良かったです、イザベルさ~ん......!!!」


「はあ......」


 ラシュレイは深い溜息をつく。


 何だか、どっと疲れてしまった。結局、昼休みは何も進められずに終わってしまった。


 しかし、一つだけ思ったことがある。


 研究員ファイルの、その超常現象のページに、


『大抵の人間はこの超常現象をつけても、喧嘩をしてしまい、一時間経たない内に別れてしまう』


 と書いてあった。


 だが、あの二人は喧嘩しているようにも見えなかった。


 つまり、相性が良いという事だ。まあ、口に出せばノールズが煩くなるだろうし、キエラも黙っていないだろう。


 ノールズが言う「本気の結婚」というのも、案外考えられない未来ではないのかもしれない。

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