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Black File  作者: 葱鮪命
19/193

File011 〜クローン人間〜

「んおっ!! 見て見てハンフリー!! 今日のサラダはコーン多いぜ!! いやっふう!!」


「やめろ馬鹿、こんな食堂の真ん中で」


 天井に向かって叫ぶ、黒髪を小さく後ろで纏めた研究員に対して、紺色の髪をした眼鏡の男性研究員が、赤面してそれを止めた。


 黒髪の研究員の名前はジェイス・クレイトン(Jace Clayton)。B.F.星5研究員であり、後にノールズの先輩となる男だ。

 もう一人の紺色の髪の研究員はハンフリー・プレスコット(Humphrey Prescott)。同じく星5だ。星4からジェイスとペアを組んでいる。


 ジェイスはコーンが山盛りになったサラダに興奮した様子で、席に着いてからも落ち着きがない。


「今日は命日かもしれない! もしかしてこのコーン、人を幸せにする能力を持つ超常現象なのかっ......!?」


「そんな超常現象あったら今頃世界が平和だろうな。いいから、黙ってろ」


 ハンフリーは冷たく言ってオレンジジュースのパックにストローを刺している。


「おまたせー」

「待たせた」


 二人の向かい側の席に新しく二人の男性研究員が座る。一人は髪に所々緑色を忍ばせた研究員で、もう一人は赤髪の研究員。


 赤髪の方の研究員はヴィム・フランツ(Vim Franz)。緑色の髪色の研究員はパーカー・アダムズ(Parker Adams)。


 両方ともジェイスらと同じ星5研究員だ。ヴィムとパーカーはペアを組んでおり、いつも行動を共にしている。


 四人はB.F.入社当時から仲がいい同期である。最年長はパーカーで、最年少のヴィムとは六歳差だ。


「なあなあ、聞いてくれ! 俺で食堂のパスタ、最後だってさ!! 今日はなかなかついてるよな!」


 椅子に座った瞬間ヴィムが興奮した様子で口を開いた。


「お前もかよ......」


 ヴィムの嬉しそうな顔を見てハンフリーは顔を覆う。さっきもジェイスに似たようなことを聞いたからだ。ジェイスとヴィムは何処か似ている。二人とも妙に子供じみているのだ。


「いいから食おうぜ。腹減った」


 そんなこと心底どうでもいい、と言った様子でパーカーが言う。


「はいはい、ほら、お前らもふざけてないで食えよ」


 ハンフリーがヴィムとジェイスに言う。二人はムッとした顔でハンフリーを見た。


「ふざけてない!」

「ヴィムに同じく!!!」


 食事が始まる。ジェイスはベーコンたっぷりのカルボナーラを口に運び、午後の予定を考える。


 今日は実験もなく、大きな仕事も今のところ入っていない。ハンフリーの仕事が早いので、報告書が溜まることもあまりない。


「ハンフリー、午後、何しようなー」


 ジェイスはカルボナーラを飲み込んで、隣でホットドッグをオレンジジュースで流し込んでいる相棒に問う。


「全部仕事終わったんだったか」

「うん。ハンフリー仕事早いしね」


 ジェイスはこくん、と頷く。すると、パーカーの声が聞こえてきた。


「それなら、こっちの報告書の製作を手伝ってくれよ。こちとらヴィムの子守りで、仕事まで手が回んねーんだよ」


「はあー!? 俺はそんなに迷惑かけてねーし!!」


 冗談じゃない! とでも言うようにヴィムがパーカーを睨みつける。


 ハンフリーがその様子を微笑ましく眺め、


「どうする?」


 と、ジェイスに聞いた。ジェイスは頷きながら、


「まあ、いいんじゃないかな? どうせ暇だしね。皆で早く終わらせて遊んだ方が_____」


「遊ぶ、だって?」

「あ"」


 楽しい食事の時間が一瞬にして凍り付いた。


「ジェイス、遊ぶって、なんだい?」


 ジェイスの後ろに銀髪を後ろで結んだ研究員が立っている。彼を見下ろすその目は氷のように冷たい。ジェイスは油を差していないロボットのようにギギギ、と後ろを振り返った。


「ナ、ナッシュさんじゃないですか〜......やだなあ、遊ぶなんて......誰が言うんですかそんなこと!! あ、わかったあ、ハンフリーだなあ?」


「てめっ、ふざけんなよっ」


 ナッシュはにっこりと笑い、ジェイスを見下ろす。


「ジェイスは暇なようだね?」

「え」

「僕の実験に少しばかり付き合ってもらおうかな」

「え」


 ジェイスの顔が固まる。そして、助けを求めようと三人の顔を順に見る。全員が黙々と食事を進めている。決して此方を見ようとはしないようだ。


 覚えてろよ、とジェイスは唇を噛む。


「ああ、もちろん、ハンフリーもね」


 ブバアッ!!


 ハンフリーが口に含んでいたコーンスープを吹き出した。彼の前に座っていたパーカーに盛大に吹きかかる。


「げほっ、ごほっ......は、はい? 今何て......」


「ジェイスが暇なら君だって暇だろう?」

「それは......」


 ナッシュはじゃあ、と手をヒラヒラ振る。


「昼食をとったらまた戻ってくるから、準備しておくように」

「はい......」

「はーい......」


 *****


 昼食を取り終えた二人は、実験の準備をして再び食堂に戻ってきた。ナッシュと合流し、そのまま実験室へと向かう。


 ジェイスの気持ちはどんどん重くなって行く。


 今日はせっかく何も無かったというのに。まさかこんなことになるとは。


 隣を歩くハンフリーも機嫌が悪そうだ。眼鏡の奥の瞳が、「これ以上余計なことを喋ったらタダじゃ置かない」とでも言うかのように冷たい色を孕んでいる。


「あのー......な、何の実験なんでしょうか?」


 ハンフリーの目線から逃れるように、ジェイスはさっきから前を黙々と歩いているナッシュに問う。


 自分達はこれから彼の実験に付き合わされるようだが、その対象が何なのか教えて貰っていない。事前情報がないために不安になってきた。


 しかし、ナッシュはジェイスの質問に対して何も答えなかった。これにはハンフリーも不審に思ったらしく、目を細めて怪訝そうに彼の背中を見ている。


 やがて、彼はとある場所で足を止めた。


「会議室......?」

「会議室だな......」


 そこは第二会議室だった。第一会議室より少し広くしたくらいで、実験には明らかに不向きな場所だ。


 実験を会議室で行うということだろうか。だとしたら、あまり危険な超常現象ではないのだろうか。


「入るよ〜」

 ナッシュがコンコン、と扉を叩き、中に入っていく。


「失礼しまーす」

「失礼します」


 会議室にはドワイトとブライスが居た。ナッシュの後ろを着いてきた二人を見て、ドワイトが「おや」と嬉しそうに笑う。


「可愛くて頼りになる助手を二人も連れてきてくれたのかい?」


「ああ、暇らしいからね。食堂で話しているのを聞いて連れてきたんだ」


「暇......」


 ジェイスの隣でハンフリーがボソッと呟くのが聞こえた。そして物凄く睨みつけてきた。


「ご、ごめん......」

 小声でジェイスが謝る。


 確かに睨まれるのも無理ないが、自分もこうなるとは知らなかった。誰が後ろにナッシュが立っていると予想できると言うのだろう。


「まあ、人は多い方が良い実験だろうからね」


 ドワイトの言葉に、ジェイスもハンフリーも「えっ?」と声を漏らす。


 人が多い方が良い実験。物凄く時間がかかるか、物凄く危険かのどっちかだろう。


「あのー......ど、どういう実験なんでしょうか......?」


 恐る恐るジェイスが問うと、今度は答えてくれるようだ。

 ナッシュがブライスを見る。


「まあ、勿体ぶっていても仕方が無いからね。話しても構わないだろう? ブライス」


「ああ」


 ブライスが小さく頷いた。


 *****


「クローン人間?」


 ナッシュの言葉をジェイス繰り返した。


 クローンというのはあるひとつの個体から細胞を取り出して、全く同じ性質を持つ、もうひとつの個体を作る技術全般をさす言葉だ。

 人間でもクローンを作り出すことは可能であるが、法律で禁止されており、動物や他の生き物で作られることがある。


 しかし、禁止されているはずのクローン人間が、最近見つかったらしい。


「意思もあるんだよ。恐らく、何処かの施設から逃げ出してきたんだろうね」


 ドワイトが真剣な顔で説明をする。ジェイスは眉を顰めた。


「でも、それって、その施設は違法になるじゃないですか。政府に調査の依頼をした方がいいんじゃ......」


「そうなんだけれどね」


 ナッシュが難しい顔で口に拳を当てる。


「政府は僕らがそういうものを調べる専門としているわけだし......完全に僕らが調べる方向になっているんだよ」


「はあ......」


 ジェイスが曖昧に相槌を打っていると、


「そのクローン達は徹底的に調べる必要がある」


 黙って話を聞いていたブライスが突然、口を開いた。


「違法な施設で作るということは、危険な物を持っている可能性がある。意思があろうと何だろうと油断するなよ」


 *****


「うっわ......マジのクローンだよ」


 此処は実験室前の準備室。ガラス窓の向こうに見えるのは四人の男女。男が二人、女も二人。顔はそれぞれ全く同じ。


 双子と言われれば納得しないこともないが_____。


 ブライスの話によると、彼らはとある山の山道を四人で歩いていたらしい。


 二人は同じ男、もう二人は同じ女。

 更にご丁寧に名前まであるようだ。


 男の方はニコラス・ファラー(Nicolas Farar)、女の方はソニア・クーガン(Sonia Coogan)。クローンは男女それぞれ同じ名前を名乗った。つまり同姓同名であるということだ。


 よって、クローンが増える毎に「ニコラス-2」、「ソニア-2」と名付けていくことになった。


 現段階では男女二人ずつの計四人だが、これが無限に増えることが可能だと考えると、少し気味が悪いな、とジェイスは思った。


 ナッシュ、ハンフリー、ジェイスでクローン人間が隔離されている実験室に入る。襲ってくることは無さそうだ。

 まずは会話を試みてみることになった。前々から用意されていた質問をジェイスが読み上げる。


「どこから来たか、どこに向かっていたのか覚えている?」

「覚えていない」


 ニコラスが答えた。機械のような、人間とは思えない無機質な声。ハンフリーが質問の答えを隣で記入する。


「えーっと、自分のクローンを産む時はどんな症状が現れる? 何か感じたりするの?」

「何も感じない」


 合計五つの質問が終わったが、二人の答えはどれも曖昧なもので、自分がどこから来たか、何を目的に作られたかは分からないようだった。


 また、実験では、二人から分裂したクローンは痛みに鈍く、日が経つに連れて痛みが鮮明になっていくということがわかった。本物の人間同様の痛覚が手に入るまでは三日かかった。


 *****


「これは痛いかい?」


 ナッシュ一人のニコラスの手をつねる。


「痛い」


 ニコラスが短く答えた。


「これはどうかな?」


 ナッシュがかなり強くつねる。

 ニコラスは顔を顰めた。


「とても痛い」


 二人から発せられる言葉は、やはり何となく人間味を帯びていないように感じる。ロボットのような感じだ。途切れ途切れで、辞書のような言葉を並べているようにも聞こえる。ハンフリーは、「最初からプログラミングされた言葉を話しているみたいだな」と呟いていた。


「今日の実験時間、終了五分前です」


 ストップウォッチを持ったジェイスがそう言った。


 実験時間は分単位で決められているので、実験を行う際はストップウォッチが必須アイテムだ。ジェイスの言葉に、ナッシュがニコラスから手を離した。


「ふむ。よし、じゃあ終わろうか。二人ともありがとう。痛い思いをさせてしまってごめんね」


 三人は実験室から出て、準備室で実験のまとめを行った。


「痛覚がはっきりしてきたな」


 ナッシュがハンフリーの持つバインダーを見て言った。


 今日の実験対象は、二人から更に分裂した「ニコラス-3」と「ソニア-3」だった。そのため、今実験室には計六人のクローンが居ることになる。


「場所も狭くなるし、実験室も空けないといけないね。ブライスに頼んでセーフティールームを一部屋解放してもらおうか」


 セーフティールームとは害がなく、尚且つ意思のある超常現象に与えられる部屋だ。一部屋一部屋が広いので、クローンが増えたとしてもきっと余裕があるはずだ。


「クローンを造るなんて、そんな施設あったこと、全く知りませんでした」

 ジェイスは、部屋の中で何やら会話をしている彼らを見て言った。


「知らなくて当然さ。表に出ていたら大騒ぎだよ。にしても、あんなの作って何しようとしていたんだか......知りたくもないけれど」


 ナッシュは実験室の中をチラリと見て、「さあ、ブライスに報告だ」と準備室から出ていく。ジェイスとハンフリーもその後に着いて行った。


 *****


 ニコラスとソニアがB.F.の施設にやって来て一週間程経過したときだった。二人を調べていく上で、とある組織の存在が明らかになっていったのだ。


「非政府組織エスペラント......」


 ジェイスが言うとブライスがそうだ、と頷く。


「我々B.F.が地上の超常現象を調査する組織だとすれば、そいつらは空と言ったところだな」


「空......宇宙とか、ですか?」


 ハンフリーが問う。


「ああ、そうだ」


 ジェイスもハンフリーも目を見開く。まさか、自分達の他にも超常現象を調べている団体がいたとは。しかも非政府で、調べる対象は宇宙。確かにB.F.では宇宙に関する超常現象はこれまであまり調査されていない。


 ソニアやニコラスのようなクローンを造った理由も気になるところだ。宇宙を調べることに何か関係があったのだろうか。


「ライバル会社と言ったところかな?」

「そんな甘いもので片付けられないよ......」


 おふざけを入れるナッシュに対して、たまたま合流していたドワイトが眉を顰めた。


「そのクローン達はそこの組織の施設からやって来たというんだね?」


「ああ、二人が見つかったあの山は、長いこと人を入れていないそうだ。そんな施設があっても誰も気づかないだろうな」


 ブライスの言葉に首を傾げたのはハンフリーだった。


「じゃあ、ニコラスやソニアを見つけたのは誰なんですか?」


「たまたま山の近くを歩いていた一般人だ。記憶処理を施したからもう覚えていないだろうが、彼の話によるとその山をひとつ持っていた地主がかなり前に死んでしまって、山は放置されたままだったそうだ。そこである人間がその山を買い取ったそうだがそこから先の詳細はよくわからないようだった」


「じゃあ、その新しく山を買った人間が怪しいと」


 ジェイスが腕組をする。


「まあ、その人が誰かに貸しているという可能性も考えられなくはないね」


 ドワイトが頷いた。


 非政府で個人的に研究している施設、ということになる。


 ジェイスもハンフリーもあまりいい予感はしなかった。


 第一、自分達B.F.職員が調べる、このような不可思議な現象達は、一般からしたらオカルトと呼ばれる現実味のない作り物である。勿論実在はしているが、やはり一般には信じて貰えないことが多い。


 B.F.は政府が公認していることもあって何とでも言えるが、その非政府組織は傍から見れば、ただのオカルト集団だ。

 更にはクローン人間を造り出すという危険なこともしている。


「その組織についてもう少し詳しく知れたらいいんですけれど......」


 ジェイスは言った。

 そんな危険な組織、放っておいたら次は何を造るかわかったものではない。ニコラスやソニアが害のない者と分かってもやはり禁止されているものを造って、それが外に出ていること自体危ないことだ。


 ジェイスの言葉にドワイトが唸る。


「うーん......何しろ隠れてクローン人間なんかを造る輩だからね。近づいて調べるにも命の危険を感じるな」


「組織のことは一旦置いておく。政府に実験の結果を報告して、我々は溜まっている他の仕事を片付けねばならん」


 ブライスが会議室の机の上に散らばっていた資料を掻き集めて相変わらず厳しい顔でそう言った。


 *****


 クローン人間は驚いたことに、B.F.の実験で使われることが決定した。まず普通なら許されないことだ。禁止されているクローン人間を使っての実験など前代未聞だ。


 しかし、B.F.で働く全ての者の隣にある死を少しでも遠ざけることが出来るのではないかという政府の提案でもあった。つまり、クローンという半永久的な命を使うことで、死ぬ研究員が少なくなるのではないかという提案を政府がしたのだ。


 この案は政府でも、そしてB.F.でも意見が分かれた。クローンと言えども彼らには命がある。普通の人間同様扱うべきである、と。


 どちらかと言うと、ジェイスも反対派であったが、多数決で決まったのはクローンを使用すること。ただ、少数派の意見も取り入れられ、本当に危険な実験の時だけ彼らを使う、という約束をされた。


 それからというものの、ニコラスとソニアは実験に備えてか次々に分裂していき、最終的に大きなセーフティールームの一部屋が埋まる形となった。


 *****


「自分の意思で分裂はできるようだけど......増えたねえ」


 ナッシュが苦笑する。


「そうですね......」


 ジェイスも頷いた。


 今では指10本では足りないほどに増えているが、彼らは食べ物も飲み物も必要としないのでただただ場所だけが問題であった。


 ただ、分裂したばかりだと体調を崩す個体もいたために体調管理は必須だ。


 これがまた大変な作業である。


 どの個体が分裂したやつなのかを見分けたり、探したり、兎に角最初の何十倍もの時間がかかった。


 セーフティールームから出る頃には、ジェイスもハンフリーもナッシュもげっそりとしていた。


 しかし、あれだけの大人数になって分かったことがある。


 彼らは仲間と手を繋ぐことが多い。時には丸く大きな円を作って遊んでいることもある。


「単に実験に使われるからとかじゃなくて、仲間が欲しいから分裂しているんですかね」


 ハンフリーが、楽しげにくるくる回るクローン達を見てナッシュに聞いた。


「どうだろうね。最初に山道で見つかった四人も手を繋いでいたって話だから......仲間意識が強いっていうのは否定出来ないかもしれないな」


 確かに、実験で実際に彼らのクローンを使うと彼らは数日元気がなかったという結果も出ている。それから、仲間が連れて行かれようとすると、連れて行こうとする研究員に襲いかかることも珍しくなかった。


 扉の先に行って帰ってこなかった仲間が心配なのだろうか。


 *****


 ある日の事だった。


「ジェイスさん」

「はい?」


 一人のソニアが、他の個体の体調をチェックしていたジェイスの袖を軽く引っ張った。


「私達は、まだ必要ですか?」

「......え......?」

「まだ、必要ですか?」


 ソニアの瞳が揺れているように、ジェイスには見えた。何と言っていいのか分からず、彼は曖昧な顔を作った。


「......どうして?」


「仲間に叫び声が、いつにも増して強いからです」


「......!」


 確かに、この日は危険な超常現象を調査するために何人かのクローンを実験に連れて行っていた。


 クローン達は頭の中で別個体と意思疎通をしているのかもしれない。だとしたら、今も仲間の悲鳴が頭に響いているのだろうか。


 何とも言えない気持ちになっているジェイスに対して、ソニアは小さく、


「私達はこの為に造られたわけではない」


 と、言ったがジェイスは気づいていなかった。


「どうか、私達にもう手を出さないでいただけますか」


「ソニア_____」


 確かに、ニコラスも数日前から研究員達に口を利かない日が続いている。


 ジェイスは頷いた。

「うん、分かった」


 後日、ジェイスはブライスにそのことを告げた。ブライスは実験でのクローンの使用を廃止した。


 心做しか彼らの表情はその日から和らいだという。


 *****


 そしてまた違う日、ジェイスとハンフリーで彼らの居るセーフティールームへと向かうと、


「!?」


 クローンは、ソニアとニコラスのたった二人だけになっていたのだ。


「え、ええ!? 他の個体はどうしたの!?」


 ジェイスが問うと、ソニアが口を開いた。


「ひとつにまとめました」


 ニコラスとソニアは手を繋ぐ。


「これでいいんです」


 二人の表情は人間のように生き生きとしているように見えた。


 それから、二人が自分達のクローンを新しく造ることはなくなった。


 今はB.F.職員として、普通の人間のように、働いているんだとか。

ヴィムの髪色は緑、パーカーは赤と表記していましたが、逆でした!! 訂正しました。(2021.10.9)

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