第二回昇格試験
「ふんふん......ほうほう......はんはん......」
B.F.星1研究員アドニス・エルガー(Adonis Elgar)は、さっきから片足をカタカタと鳴らしていた。彼の癖である。特に、イライラしている時に現れやすい癖なのである。
「むむむ.......うんうん......はいはい......」
彼は大きな会議室に居た。周りには研究員が大勢。みんな星1か、星2の研究員である。
「ふむふむ......ほほーっ!!」
「うるっせえな!!」
思わず腕が動いた。読んでいた冊子を丸めて、前に座っていた研究員の頭を叩く。
「痛っ! 何するんだよ!」
「お前は黙るってこと知らないのかっ!」
「黙ってやってたでしょっ!」
「へえへえ、ふんふん、声に出てんだよっ!」
アドニスの前に座っているのは、同じく星1研究員のスカイラ・ブレッシン(Skylar Blethyn)。同期であり、過去に合同実験を行ったことがあるが、全く馬が合わない研究員である。
「別に良いじゃん! まだ始まってないんだからさ」
スカイラはそう言って周りを見回す。扉から次々と研究員が入って来て、自分の番号が書かれた席に着く。アドニスもスカイラも、早く会場に来ていた。自分の先輩たちが青い顔をして早く行くように言ったのである。
「くそっ、こんなやつと一緒にまた受けるなんてな。今頃、星3昇格の試験を受けているんだったのに」
アドニスはため息混じりに、丸めた冊子を元に戻す。
「僕だって、落ちる予定なかったもん! ラシュレイさんに夜遅くまで教えてもらったのは嬉しいけどねっ」
へえへえ、ふんふんが、エヘヘウフフという気味の悪い声に変わると、アドニスはいよいよ席に居られない気がしてきた。どうにかして席を変えてもらうことはできないだろうか。
「扉閉めまーす」
会場の扉が閉まった。アドニスもスカイラも、ハッとして体制を戻す。そろそろ始まるようだ。
前の背中はやっと静かになった。アドニスは小さく息をつく。
本来ならば、今日が星3の昇格試験になっているはずだったのだが。
数ヶ月前に、アドニスは星2への昇格試験に落ちてしまった。理由は、解答の記入がズレていたこと。何問か分からない問題を飛ばしたことで起こったミスだった。最後に確認をしようとしたが、最終問題に思いのほか時間を取られてしまったのだ。
完璧に受かるだろうと思っていただけに、その失態はアドニスのプライドをズタズタに傷つけた。カーラには余裕な顔を見せていたのである。が、結果発表の後は彼女の顔を見ることが億劫になったほどだ。こんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてかもしれない。
そして、プライドを傷つけられた理由は不合格だったからだけじゃない。
アドニスの前に座る研究員_____スカイラもまた、同じ試験で不合格だったのである。しかも、同じ理由だった。スカイラもまた、同じように答えの記入欄がズレていたのだ。こんな変人と同じミスをするなんて......。
アドニスは顔を覆って、大きなため息をついた。
そもそも、星2への昇格試験は、落ちる方が珍しいとされている程に簡単なものだ。噂では、かなり易しい問題で構成されていた試験だったらしい。それに落ちる。スカイラと共に。
「はあああっ......」
「アドニス、煩いよ」
「お前に言われたくねえよ」
前の椅子を乱暴に蹴飛ばした。「何するの!」と前の少年が睨みつけてくるが、無視して冊子を開いた。
会議室の前方では、試験の説明が始まっている。ほとんどは星3への昇格試験の内容である。星2への昇格をするのは、アドニスとスカイラ、そして前の試験当日の欠席してしまった数人の研究員のみなのである。
「それじゃあ次は、星2昇格試験の追試験の話をします」
マイクでそう通して言われて、アドニスは「うっ」と息が詰まった。周りの目がチラチラと刺さる。見るな、と狼のように睨みつけると、視線は離れていった。
落ちたわけではないのだ。あの日は風邪を引いて、たまたま試験日に重なってしまっただけなのだ。調子が悪かった。
周りにそう思わせようとしたが、あの中心メンバー二人の助手が試験に落ちたという噂は、B.F.全体に広まってしまったらしい。
「筆記試験は、前の試験で欠席した三人の研究員に受けて頂きます。残りの二人の研究員_____アドニスさんと、スカイラさんには、実技だけ受けて頂きます」
「ほえ?」
「実技?」
アドニスも、そしてスカイラもキョトンとしている。二人の手元の冊子は、筆記試験用の問題が書いてあるものだ。
「星1で実技?」
「報告書の書き方じゃない?」
周りもザワザワし始める。アドニスは顔が熱くなった。変な目立ち方をするのはこれ以上避けたい。そもそも実技とは何なんだ。前回の試験で合格ラインに到達しなかったのは、筆記の方である。実技の報告書の書き方に関する試験は、合格範囲に入っていたはずだ。
「二人は欄がズレていたというだけで、解答に関しては問題は無いという判断になりました。実技も、前回の試験では合格範囲内でしたが、今回は少し違う形式の実技試験を受けて頂きます」
やめろ、とアドニスは顔を覆った。何故こんな大勢の前で解答欄がズレていた失敗談を話されなければならないのだ。小さな笑い声が聞こえて、アドニスは顔が上げられなくなった。
「監督!! 僕ら、対策は何もしていませんが......!!」
スカイラがパッと手を挙げて問う。これ以上目立つことをするな、とアドニスは冊子をもう一度丸めかけた。
「はい。今後の試験に関わる実験台になって頂くことになりました。故に合格ラインは、低く設定した試験です。ボランティアのようなものですから、気を楽にして受けてくださいね」
「だって!! アドニス、良かったね!」
「うるせえ、ぶっ叩くぞ」
しかし、とアドニスは首を傾げる。カーラから、そんな話は聞いていなかった。この話、彼女も知らないのではないのだろうか。
*****
「聞きましたか? ラシュレイさん」
ラシュレイが会議室の外で助手のことを待っていると、カーラがやって来た。彼女もまた助手のことを待っていたらしい。
周りでも、室内で試験を受けている助手が心配なのか、先輩たちがソワソワと立って待っている。だが、数は受験者の人数に合わない。落ちるはずがないと考えている者は、オフィスで待っているのである。
ラシュレイもカーラもそのはずだった。二人ともそれぞれ助手が落ちたことで、プライドはズタズタに切り裂かれた後である。二度目は許されない。オフィスで呑気に仕事などできるはずがなく、足は自然と受験会場に向かってしまった。
「聞いたって?」
ラシュレイは研究員ファイルから顔を上げて、後輩を見る。少女の顔は晴れない。ラシュレイは嫌な予感を覚えた。この前の試験があまりに簡単だったから、難しく設定されたなどだろうか。噂では、全員合格も有り得るほどの難易度だったらしい_____その試験に助手は落ちたのだが。
「実は今回の試験、アドニスとスカイラさんは実技だけらしいんです」
「......」
ラシュレイの表情に気がついたらしい。カーラにもそれが伝染したようだ。顔が真っ青になっている。
「......筆記は無いのか?」
「はい......」
「スカイラが持って行ったの、筆記対策の教科書だぞ」
「私も同じものを持たせました......」
カーラは泣き出しそうになっている。たぶん、自分も同じ表情をしているだろうな、とラシュレイは思った。
「......誰に聞いたんだ?」
「ビクターさんと、ケルシーさんが話しているのをたまたま......たしかにそう言っていました」
「間違いないのか?」
「はい」
ラシュレイは大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。頭痛がする。
「実技の内容は、報告書の書き方だろうな」
「そうでもないみたいです......」
「......違うのか?」
「はい」
もう一度息を吸い込んだ。
スカイラには、それ以外の実技を想定した訓練をさせていない。星1の実技で必要とされるのは、報告書を書く能力くらいである。前の試験で筆記は駄目だったが、実技は合格ラインを越していたという話を、ケルシーから聞いていた。
ならば、と思う。何故スカイラに実技をもう一度やらせる意味があるのか。
「違う実技って言うと......」
「そこまでは聞こえなかったんです。でも、報告書の書き方に関する試験は、今回行わないと話をしていました」
「......」
息を吐く。
その時、会議室の扉が開いた。出てきたのは試験監督の星4研究員。そして、その後ろに続いているのが、
「あっ」
「あっ!!」
「あ......」
「あっ!」
四人の声が揃った。
「ラシュレイさん!!」
「カーラ......」
キラキラした顔を見せるラシュレイの助手と、げっそりした表情をしているカーラの助手だった。
*****
「それでは、これより試験を始めます」
スカイラとアドニスは別室に移動させられていた。小さな会議室で、ホワイトボードを背にした試験監督の星4研究員が、宣言する。
「先程も説明した通り、スカイラさんとアドニスさんには実技のみ受けて頂きます。理由は先程も申しました通り、解答欄のズレのみが問題だっただけで、解答は合格ラインを越していたためです」
何度も言うな、とアドニス。スカイラは隣で大きく頷いている。解答欄がズレていたという強力な欠点がありながら、合格ラインに達していたことが嬉しくてたまらないらしい。羞恥心というものがコイツの中には無いのか、とアドニスは思うのだった。
「これから、お二人に受けて頂くのは簡単な情報伝達の試験と、取り調べの試験です」
「情報伝達の試験と......」
「取り調べ?」
聞いたことがない実技の課題に、アドニスもスカイラも首を傾げる。
この前の星2昇格の試験に不合格だった二人は、新しい試験の実験台にされることになった。今後のB.F.研究員に必要なスキルを見据えて、新しい実技試験の課題が考えられたのである。
「お二人とも、エントランスでの取り調べに参加したことはありますか?」
「ありますっ!!」
「俺は無いです」
スカイラが元気よく挙手する横で、アドニスは首を横に振る。
取り調べというのは、超常現象の発見に至った一般人に対して、研究員が更に詳しいことを聞くために聞き取り調査を行うことだ。主にB.F.のエントランスで行われるのである。
アドニスはまだ経験したことがなかった。カーラが貰ってくる仕事はビクターやケルシーを通したものが多く、直接一般人と話をしているところは、見たことがない。
一方で、スカイラは経験があるらしい。たしかに、前に話をしていた気がする。
ある会社の会社員が、仕事でのストレスと過労が原因で、超常現象に取り憑かれてしまった。スカイラとラシュレイがその本人に聞き取り調査をし、依頼者の仕事現場に赴いて辞職させるよう直談判したと。
それを話していたスカイラが伝えたかったことは、主に自分の先輩のカッコ良さなのだが。
交渉する際に言葉が荒くなった時は、心臓が弾けるかと思った、だとか。現象に取り憑かれて弱気になる依頼者を励ます姿に、思わずシャッターを切ってしまった、だとか。
「仕事を受ける方法は、様々ですからね。B.F.が開かれた組織になってからは、一般の方から超常現象の情報を受け取ることが増えてきました。助手をオフィスで待たせて、自分だけで聞き取り調査を行う先輩も居ます」
その説明を聞いて、カーラもそうなのだろうか、とアドニスは思った。自分がオフィスで待っている間に、エントランスで聞き取り調査を行っていたことがあるのかもしれない。仕事の話なのだろうが、自分抜きで他の奴と顔を合わせているのは、何だか癪である。
「もちろん、助手に仕事を覚えてもらおうと、一緒に聞き取り調査を行う人も居ますけれどね。ただし少数です。まだ、先輩だけで最初の仕事は行いたいと考える人が多いそうです」
星4研究員は、スカイラとアドニスにそれぞれバインダーを配った。
「ですが、此処最近、また超常現象が増えてきました。研究員の数も足りていません。助手も同じくらい仕事が出来なければ困ることが多いんです。お二人はラシュレイさんとカーラさんの助手でしたね。多くの仕事を抱えている先輩たちですから、その手伝いに回ることも少なくなったことと思います」
バインダーを見ると、二枚の紙が挟まっている。ひとつは、知っていた。アドニスが時々カーラのデスクを盗み見る時に、彼女の研究員ファイルに挟まっているものだ。聞き取り調査用の用紙である。
「つまり、僕らもラシュレイさんたちと仕事が出来るように、今から訓練するっていうことですか?」
「そういうことです。今回の試験では、依頼の聞き取り能力と、仲間内での正確な情報伝達の能力を図りたいと考えています。どちらもB.F.で働く上では必要な力です。特に前者は、超常現象がB.F.に持ってこられる際に必要になりますから、身につけておきたいスキルですよ」
依頼の聞き取り能力_____。アドニスは手元のバインダーを見つめた。B.F.にやって来るのは、何か不思議な現象に困っている者である。何に困っているのか、どのような被害があったのか、情報を受け取り、整理していく必要があるだろう。
「星1から、随分難易度の高いことやらせるんですね」
アドニスがボソリと言うと、星4の研究員は苦笑した。
「私も同じことを思っています。正直、今年度入社した人達はハードルが上がりましたね。閉鎖的だった昔のB.F.からは一転して、今は外との繋がりを第一にしています。仲間内だけで情報のやり取りをして終わり、とはならないんですよ」
*****
「ってことなの。だから、スカイラとアドニスには少しだけ実験に付き合ってもらうことにしちゃったんだー」
此処はクレッグ夫婦のオフィス。ゆったりとした椅子に腰かけて、ケルシーはノートパソコンを操作していた。
ラシュレイとカーラは、助手たちの特殊な試験の概要について知るために、夫婦のオフィスを尋ねたのだ。ビクターは他の試験の監督として部屋に居なかったが、身重のケルシーはオフィスで仕事をしていた。
新しいB.F.に変わって、一般人と関わる機会が増えたB.F.研究員。本来ならば星2昇格の実技試験は、報告書の書き方が主であった。しかし、今のB.F.では人から情報を聞き出して記録する能力がプラスで必要となってくる。
ラシュレイは、体から不自然な音が出るようになってしまった一般人の対応をした時のことを思い出していた。エントランスで、聞き取り調査を行った時のことだ。
スカイラには聞き取りに同席させたが、依頼者に矢継ぎ早な質問を投げかけて困らせていた光景を見ている。あのような聞き取り調査では、依頼者の信頼も得られない。
確かに、低い星から培っていて損は無いスキルである。だが、それを突然自分の助手で試されるのもなかなかだ。カーラも動揺していた。
「どうしてもあの二人じゃないとダメだったんでしょうか......?」
控えめに問うカーラに対し、ケルシーは「うん」と頷く。
「中心メンバーの助手ってことで、私達も目に届きやすい範囲に居るから、試験の経過観察にはうってつけなんだよ。それに、突然大人数でやっちゃうと目を通すのも大変だし......特別な条件に当てはまる二人がピッタリだったんだ」
「なるほど......」
「それに、ある程度聞き取り調査に慣れている子だと、必要な能力がどれなのか図りづらいしね。アドニスもスカイラも、まだほとんど経験が無いでしょ? これからB.F.に入ってくる子の基準を満たしているんだよ」
たしかに、スカイラはあれ以来、聞き取り調査を経験していない。あまりに酷い有様だったので、練習する機会を設けるか真剣に考えていたところだったのだ。
「試験って言っても、二人には突然のことになっちゃったし、協力って形でお願いするから心配しないで。カーラとラシュレイに黙っていたのも、あの二人に情報が行かないようにしてただけなんだ。意地悪じゃないんだよ」
ケルシーがそう言って微笑み、ラシュレイもカーラも安心した。取り敢えず、星2昇格は確定したということだ。
オフィスを後にして、カーラとラシュレイは廊下を歩いていた。
「何だか、私たちの頃と随分変わりましたね」
「そうだな」
「考えてもいませんでした。聞き取り調査に必要なスキルのこと」
カーラはアドニスを聞き取り調査に参加させたことがないらしい。聞き取り調査をする時は自分だけがエントランスに行き、貰ってきた仕事をアドニスと共有するのだとか。聞き取り調査は先輩の仕事であると勘違いしていたのだ。
「いつかは旅立って行くんですから、きちんとした研究員に育てないといけないですもんね」
カーラの言葉に、ラシュレイは頷いた。そして、将来を考えるのだった。スカイラが旅立つ時。星4になって、独立が可能になった時、彼はどうするだろう。
自分の時は_____先輩から離れる選択は全くもってしなかった。彼から離れるなど、考えたこともなかったのだ。
あの調子ならば、スカイラもそうなるだろうか。案外、彼を連れていくような人間が現れたりして。バレットやエズラのように、星4同士でペアを組むことだって可能なのだから。
「ふふ、寂しいですよね。この想像するの」
カーラが此方を向いて笑っていた。ラシュレイは我に返って「別に......」と首を横に振る。
スカイラが来てから、あの静かなオフィスは一瞬にして消えた。またあの静けさが戻るなら。戻るなら_____。
「......そうだな」
ラシュレイは訂正した。少しだけ笑って、カーラを見る。
「寂しいな」
*****
「では、始めてください」
此処はエントランス。スカイラはバインダーを持ち上げ、目の前に座っている星4研究員を見る。
「ええっと......こんにちは! 今日はどのような理由で此方においでになりましたか?」
スカイラはにっこりと笑みを浮かべて、彼に問う。
「実は、あることに悩まされていて......最近、不思議な夢を見るんです」
「夢ですか! どのような夢ですか?」
「大きな黒い影がずっと追ってくる夢です......一ヶ月前から、ほぼ毎日見ます。起きたら汗がぐしょぐしょで、呼吸も荒くて......正直、寝た気がしません」
星4研究員は役者だった。身体を震わせ、辛そうに喋る演技は、本当に困ってB.F.に助けを求めに来た依頼者のようである。スカイラは「なるほどお」とペンを握った。紙にいくつか情報を入れて、欄を埋めていく。
「ええっと......昨日もその夢を見ましたか?」
「はい。昨日は長いトンネルで永遠と追いかけられる夢でしたね」
「それは怖い!! 影が追ってきているっていうのは、視覚でわかるんですか?」
「いえ、感覚です。何度も同じような夢を見ていると、夢の中でふと、いつもの夢だと気づくんです。だから振り返らずとも、例の影が追ってきていることは分かるんです」
「なるほどお」
スカイラは、うんうん頷いた。情報を整理しようと試みたが、星4の研究員が口にすることはある程度整理されていた。此処から更に想像を巡らせて、超常現象の特徴を絞り込んでいく必要がある。のだが、
「では、これを元に此方で調べてみますね! 本日はありがとうございました!」
ものの五分で試験は終わった。スカイラが強制的に終わらせたのであるが。星4研究員は、顔を戻し、「バインダーの一枚目を回収します」と手を出した。スカイラは紙を取って彼に渡す。
「いやー、聞き取り調査って難しいですね! ラシュレイさんがやっていた時は、あんなに時間がかかったのに!」
スカイラも短いという自覚はあるそうだ。星4研究員は紙に目を落としている。そして、
「スカイラさん。この超常現象ですが、どうやったら解決出来ると思いますか?」
「ほえ?」
突然の質問に、スカイラは目を丸くする。まだ試験が続いているのだろうか。だが、今目の前に居るのはあの依頼者ではなく、試験監督の星4研究員だ。
「どうやったら、ですか?」
「はい。想像してみてください。悪夢に魘される依頼者......そもそも、どのような現象が考えられるのでしょう?」
「うーんと......悪夢を見せる超常現象ですかね?」
「そうですね。悪夢自体が超常現象なのか、悪夢を見せる何かが存在しているのか、様々な可能性が考えられます」
星4研究員は、赤いペンを紙に走らせ始めた。スカイラが書いた文字量を遥かに超える文字量で、欄が埋められていく。
「例えば、仮に悪夢を見せる超常現象だったとしましょう。この場合、原因を考えるとしたらどのようなものを思い浮かべますか? 複数個挙げてみましょう」
「えーっと......」
スカイラは首を傾げる。
超常現象は何かの条件で発生するものが多い。例外はあるが、スカイラがラシュレイと共に見た超常現象は、何か発生条件があった。歩くオノマトペと化したあの会社員に取り憑いていた超常現象は、ストレスが原因だったのだ。
「ストレス、あとは睡眠環境とか、ですかね? 枕とか、シーツとか......?」
自分のベッド周りを思い浮かべながら、スカイラはそれらの単語を口にする。良いですね、と星4研究員。
「もし、睡眠環境が変わったことが原因にあると考えるならば、次のような質問が思い浮かびませんか?」
星4研究員は、スカイラを真っ直ぐ見る。
「最近、ベッド周りで買い換えたものや、壊れてしまったものはありますか?」
スカイラは頷く。そういう質問からならば、超常現象の原因を特定しやすいだろう。
「ベッド周りでなくても、家の事や、家族のこと、スカイラさんが言ったストレスも良いですね。考えつく原因をある程度出して、依頼者に質問してみるんです。情報を引き出せば引き出すほど、答えは近づくと思います」
「難しいですね......僕、短い時間で切り上げちゃいました」
スカイラが言うと、星4研究員は頷いた。
「スカイラさんの先程の聞き取りだと、相手は超常現象の大まかな想像すら出来ないです。あれではただのアンケートです」
「あう......」
「でも、夢の中で追いかけてくる影を視覚で判断したかどうかについて聞いてきたのは、正直驚きでした」
研究員は、スカイラがメモした一部に丸をつけた。
「依頼者の夢の中での行動や、状況を聞き出すのも、良いことです。視点はいくつあっても良いですからね」
パッとスカイラの顔が輝いた。
「では、これで最初の試験を終わります。紙はこちらで預かりますね。まだアドニスさんが終わっていないので、終わりまでは此処で待っていてください」
「はいっ!! ありがとうございました!!」
星4研究員が立ち上がって席を後にし、スカイラは周りを見回す。試験会場となっているのは、実際のエントランスだ。と言っても、試験を受けているのはスカイラとアドニスだけなので、他のテーブルでは実際の聞き取り調査が行われている。
アドニスは少し離れた席で、別の研究員に試験されていた。緊張しているのか、会話らしい会話になっていないらしい。スカイラが眺めていると、気づかれたのか物凄い形相で睨んできた。終わったことを恨めしく思っているようだ。「アドニスさん」と注意されて、ハッと顔を戻している。
スカイラはアドニスから目を逸らすと、近くで実際に行われている聞き取り調査の会話に耳を傾け始めた。