コインランドリー
カゴに入っていたものをビニールのバッグに詰め、ラシュレイとコナーは最寄りのコインランドリーに向かった。
「よく溜めましたね、みたいな顔してんな」
コナーが顔を覗き込んで来て言った。図星である。何故此処まで洗濯物を貯める必要があるのだろう。一人暮らしというのは、こういうものなのだろうか。
「家なんて別にB.F.でも良いんだよ。長居しちゃ心配されるから一応帰ってるだけで」
道路には車がほとんど通らない。歩行者信号が青に変わり、二人は濡れた地面を歩いた。コインランドリーはもうすぐそこだ。
「あの......」
ランドリーには人が居るだろうからと、ラシュレイは先にこの質問をするべきだと思った。
「さっきの_____」
「さっきの、何って?」
コナーは笑った。
「何だろうな。お前、何か分かった?」
「空白の一日って書いてあったことだけは......」
「まあな。難しい論文だよな。ほんと」
会話はそこで途切れた。コインランドリーに入ったのだ。人は誰もいなかったが、二つの洗濯機が稼働していた。ラシュレイたちは一番端にある大きなものを選んだ。
「奮発して『超ふわふわコース』にしようぜ」
コナーは悪戯っぽく言うと、コインを穴に入れた。ラシュレイはそれを待ちながら、さっきの会話について考えていた。
「ほら、入れろ」
「はい」
洗濯機が大きいので、それなりの量でもきちんと洗えそうである。二人は洗濯機と向き合うようにして置かれるベンチに腰を下ろした。
「追ってるんですか、空白の一日」
誰も居ないので良いだろうと、ラシュレイは口を開く。コナーは回り始めた洗濯機をじっと見つめていた。
「まあー」
間抜けな返事である。これ以上話を続ける気は無いと遠回しに言われているような気がしたので、ラシュレイも口を閉じた。が、すぐコナーが口を開く。
「ジェイスさんに、ちゃっかり飯買うように頼んだけど......長居させたくないんだよな。飯、食うだけ食ったらすぐ帰るんだぞ」
「はい」
それはどうしてだろう、とラシュレイは考えた。やはり、あの本棚付近の書類を見られたくないからなのだろうか。彼はどうして、単体であの超常現象を追っているのだろう。
「って、俺が送り届けないといけないんだった。面倒くせえな」
「歩いても帰れます。電車もありますし」
「いいって。雨降ってきただろ」
少しの間沈黙があった。ラシュレイは他の洗濯機も見てみた。ひとつがそろそろ終わりそうだ。人が戻ってくるかもしれない。
沈黙は続いた。ラシュレイはポケットから携帯電話を取り出した。夥しい数の電話が入っていることにようやく気がついた。母から数件と、助手から数十件。
「お前の助手、ほんとキモイな」
コナーが画面を見ていたようだ。ラシュレイは沈黙が終わったことにホッとした。
「俺が戻ってこなくても帰って良いことは伝えたんですけどね」
「助手って面倒そうだな」
「まあ、それなりに」
沈黙を破ってくれたという点で良い仕事をしてくれた。ラシュレイは心の中でスカイラを褒めた。
「助手、ね」
コナーがベンチの背もたれにズルズルと背を預けて、だらしなく下がっていく。
「楽しいもんかね」
ラシュレイは返事をしなかった。する返事に迷ったというのが正しい。彼の永遠のペアは、もうこの世に居ないのだ。カーラの兄弟子である、ミゲル・イーリィ(Miguel Ely)だ。
「楽しいとは、思います」
ラシュレイが小さく答えた時、湿った風が入ってきた。いつの間にか一台の洗濯機が止まっている。入ってきたのは中年の男だった。此方を気にする素振りは見せず、黙々と洗濯物を取り出している。
彼が作業している間は、二人とも喋らなかった。やがて、もうひとつの洗濯機も止まったが、その洗濯物の主は、中年男が作業を終えて帰ってもやって来なかった。
再びコインランドリーは、コナーとラシュレイの二人だけになった。残り時間を示すデジタル数字を見ても、まだ沈黙するには早すぎる。ラシュレイは新しい話題を考えたが、彼との話題はどれも良い方向に話が進む未来が見えない。
聞きたいことは山ほどあった。
論文を読んでどうするのか。たった一人で空白の一日を追って、何をしようとしているのか。オフィスと違って、部屋があれだけ荒れているのは何故なのか。
「空白の一日ってさ」
コナーが口を開いた。
「あっちの世界とこっちの世界が融合する日なんだと」
ラシュレイはチラリとコナーを見る。だらしない座り方をして、もう尻がベンチの腰掛部分からはみ出しそうだった。よって彼の顔はラシュレイの位置から全く見えない。
「どう思う?」
「......どう、とは」
「会いたい人、居んじゃねえの」
また湿った風が吹いてきた。今度は若い女性だった。チラリと視線を投げてきたが、ラシュレイもコナーも自分の洗濯機を見つめていた。
空白の一日の性質。それは、ほとんど分かっていない。研究員たちにも公に伝えられていたこととしては、天国らしき世界が現実世界と一緒になっている、不思議な世界が見られること。その世界は24時間だけ現れて、その24時間が終われば世界は再び普通の世界に戻る。その間の記憶は綺麗さっぱり吹き飛んで、人によっては言語障害を引き起こす。と、そういったものである。
そもそも誰も見たことがないのだから、実在する超常現象なのかも怪しいところである。
その超常現象の存在があれだけ大きな会社と、そして敵対する会社を生み出したのは事実であるが。
「あの論文には、何が書いてあったんですか?」
「さあ、知らね。俺もお手上げ寸前なんだよ。だいたい、夢見るような人間が作り出した空想だとすれば、それ真面目に追ったとして永遠に答えに辿り着くわけないんだから」
「じゃあ、存在しないんでしょうか」
「どうだろな。あったら、会いたい人居るのか?」
「......」
ラシュレイは頷く。コナーが笑った。
「俺も」
女性が全ての洗濯物を取り出し終えたらしい。コインランドリーから出て行くと、残り時間が一桁になった。
「案外早いもんだな。ジェイスさん、飯買ってくれたかな」
「どうでしょう」
「ジェイスさんって、面倒くさい人だよな」
コナーは椅子に座り直した。
「面倒事に首突っ込むの大好きでさ、取り敢えず相手のどこかに関わってないと死ぬみたいな」
「分かる気がします」
「流石はノールズさんを育てた人だよな」
「......はい」
それからは会話が無かった。洗濯終了の音が響くまで、ラシュレイはずっと、洗濯機の中で回る黄色いパーカーを目で追いかけていた。
*****
「すっげー!!! ふっかふかー!!」
家に帰ってくると、ジェイスはリビングから出てきた。ラシュレイとコナーが持っていたビニールバッグを覗き込むなり、それに飛び込んでいく。
「せっかく綺麗にしたんだから、汚さないでくださいよ」
「なんだよコナー!! ちゃんとシャワー浴びました!!」
ジェイスはコナーを睨み、ラシュレイには笑みを浮かべた。
「シャワー浴びておいでラシュレイ!! シャワーは流石に汚く仕様がないらしいからさ!」
「出てきます? 今すぐ」
*****
確かに、シャワーは綺麗だった。洗濯物の量を見ても、きちんと浴びているようだ。
洗った服に身を包んで、ラシュレイはリビングに戻った。テーブルにピザの箱が置いてある。どうやらジェイスが行ったのはスーパーではなく、ピザチェーン店らしい。
「コナーってば、電子レンジも汚いじゃん!! ダメだよー、爆発したものそのままにしちゃ」
「じゃあ、拭いといてください」
「っかー!! 生意気なやつ!」
その割には楽しそうに掃除をしているジェイスが居る。コナーはピザを食べながらラシュレイを手招きする。ラシュレイは椅子に腰かけてピザを手に取った。
「コナーさ、洗濯機くらいは直した方が良いんじゃないかなあ。水漏れしてたところカビ生えてたよ」
「いつかやるっすよ」
「いつかって、いつだよ!」
電子レンジを拭き終えたジェイスがやって来て、三人は遅めの夕食をとった。ピザは瞬く間に無くなり、買ってきたサラダもチキンも全て消えた。
食べ終わるなりジェイスが簡単に部屋の掃除をしたいと言ったので、ラシュレイも手伝った。コナーは手伝う気は無いようで、邪魔にならないように本棚を背に立っていた。
「こんなもんかなー」
ジェイスがゴミの袋の口を縛って立ち上がり、部屋をぐるりと見回した。細かい点に目を瞑れば、前と比べて綺麗になっただろう。
「ちゃんとゴミは捨てるんだよ、コナー。俺ら、また見に来るからね」
「飯奢ってくれるなら、来ても良いですけどね。ゴミ掃除もこうしてしてくれるし」
「自分でしろー!」
帰ろう、とジェイスに言われて、ラシュレイは玄関に向かう。コナーもついてきた。既に夜中の12時を回っていた。