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Black File  作者: 葱鮪命
166/193

File076 〜ロマンスコールセンター〜

 目を開けばそこは花畑である。名前も分からない美女_____仮にアリスとしよう。アリスと共に自分はそこへやって来た。デート......そう、デートである。これはデートだ。デート以外の何ものでもない。


 可愛い恋人が居たもんだなあ、とバレット・ルーカス(Barrett Lucas)は頬が緩む。


「この辺りでお昼にしましょうか」


 アリスは微笑んでそう言った。バレットも「だね」と頷いて、手に持っていたピクニックシートを広げる。


「サンドイッチ作ってきたのよ」

 アリスはそう言って、持っていたバスケットを開く。そこから出てきたのは、ポテトサラダのサンドイッチ、そしてローストビーフとレタスのサンドイッチ。フルーツはオレンジとさくらんぼ。飲み物は紅茶だ。


「わあ、すげえ!!」

「いっぱい食べてね。バレットの喜ぶ顔が見たくて」

「メチャ嬉しい!!!」


 幸せである。自分は良い人を掴まえたものだ。今自分は、他人より一歩進んだところに立てたのだ。


 何ものにも変えられない優越感がバレットの心を満たしていた。


 *****


 朝早いキッチンに立つ男が居る。青髪を後ろで結び、青いエプロンをつけて野菜を刻んでいる。そして彼は時計をチラリと見た。


「そろそろ起こすか」


 そう言って彼は包丁を置き、濡れた手をエプロンで拭きながらキッチンを出た。


「おい、起きろ」


 リビングには相棒が眠っている。最近はソファーに細長いクッションを持ってきて、それに抱きつくようにして寝るのが彼の中で流行っているらしい。コアラのようにしがみついている。


 青髪の男_____エズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)は彼に声をかける。


「バレット」

「えへへへへ」

「......」


 また変な夢を見ているようである。顔が綻びているところを見る限り幸せな夢らしい。

 しかし、残念だが起きてもらわなければならない。このままでは出勤時間に間に合わないのだ。


「起きろ、朝だ」


 だいたい、家主より先に起きて朝飯の準備をする自分は何なのか。こいつがもっと自立できていたら、自分も今頃幸せな夢の中だと言うのに。


 エズラがバレットの肩を叩いた時だった。ガッ!! と手首を掴まれる。


「アリス!! それはダメ!!」

「誰がアリスだ、起きろボケッ」


 ボフッ!!


 エズラは手を振りほどき、バレットから抱き枕を取り上げる。そしてそれをバレットの顔面に力強く叩きつけた。


「んごっ!!」


 バレットが目を覚ました。そして「あれ......」と部屋を見回す。


「俺のアリスは......?」


 今にも泣きそうな顔をしてエズラを見上げた。


「知らねえよ。お前、さっさと起きねえと遅刻するぞ。今日は二度寝しても起こしてやらないからな。いよいよビクターに給料削られるぞ」


 エズラはキッチンへ戻る。バレットはそんな相棒の背中を眺めて、大きなため息をつく。もう少しで良いところまでいけたのに、まさかそれは全て夢だったというのか。


 起きたあとでこんなに虚しい気持ちにさせられるなんて、もう二度と夢など見たくない。


「それにしても可愛い子だったなあ、アリス......」


 夢なので徐々に顔は忘れていくだろうが、実際にあんなに可愛い女の子と付き合えたらどんなに素晴らしいだろう。


「おい、飯だ」


 あれがそうなればどんなに良いのだろう。


 バレットは目を擦りながら「はーい......」と立ち上がるのだった。


 *****


「なあ、エズラー」


 バレットは彼に作ってもらった野菜のサンドイッチを飲み込んだ。


「なんだよ」


 相棒はテレビに夢中だ。ノースロップに新しいケーキ屋ができるようだ。その情報を追うのに夢中なのだ。


「俺らいよいよまずいよ」

「何がだよ」

「この歳で彼女一人も居ないんだぞ」

「はあ?」


 ケーキ屋の特集が終わり、ニュースへと戻ったのでエズラは食事に集中する。サンドイッチにブラックペッパー入りのクリームチーズを塗り、かぶりついた。舌にピリピリした痛みを感じながら、紅茶を片手でピッチャーからグラスへ注ぐ。


「俺らもう少しで三十だよ」

「それがどうしたんだよ」

「いや、危機感ないの!?」


 エズラはバレットに夢の話を聞いた。何やら可愛い美女と花畑でうふふ、あははと楽しくデートする夢だったらしい。お前の頭が花畑だろうが、とエズラが思うのだった。


「同期ですら結婚してるんだぜ!? 結婚だぞ!? 一軒家建ててそこで仲睦まじく暮らしてるんだってのに......俺らと来たら!! 男二人で毎朝虚しくダイニングテーブル囲んで、テレビ見ながら飯食ってるだけなんだよ!?」


 バレットはそう言って、わっ、とテーブルに突っ伏した。


「さっさと飯食えよ」

「ああ!! 俺もうこんな生活やだあ!!!」

「俺だってやだわ」


 相棒に毎朝飯を作るのが、である。


「俺可愛い子欲しいー!! できたらアリスみたいな良い子が良いー!! 料理上手くて、ピクニック一緒に行ってくれて、朝も優しく起こしてくれるし、早く会社行けとか言わないで二度寝も許してくれるアリスが良いー!!」


「アリス寛容だな」


 エズラは皿の上を淡々と片付けていく。


「だいたい、ビクターとケルシーは同じオフィスだったんだから、大体の将来が分かってただろ。運が良かったんだよ、アイツらは」

「俺らには運が無いってのか!?」

「B.F.で誰か見つければ良いだろ」

「みんなよそよそしいんだもん!!」

「上司だからな」


 中心メンバーとなったバレットとエズラは、言うなればかつてのブライスなど伝説の博士が居たあの座へと君臨した。そのために周りからは上司という扱いで見られることが増えた。更には、日々実験と報告書制作に追われるために、素敵な相手を見つける時間というものをなかなか確保できないのが現状だ。


 しかしこのままで終われるものか。


 現にカップルは誕生しているのだ。同期のビクター・クレッグ(Victor Clegg)は、ケルシー・アーネット(Kelsey Arnett)という相手をゲットしている。自分だって、少しは足を伸ばせば、きっと相手を見つけられるはず。


「新しく助手でも取る?」

「何言ってんだ急に」


 バレットは名案だと思った。オフィスという物理的に相手と近い場所に長時間居たら、少しくらい感情が動くはず。悲しいかな、恋愛経験が無い彼にとってそれが名案なのである。


「お前さ、なんでそんなに焦るんだよ。良いだろ別に。今は仕事に集中すれば」

「お前は良いよな!! もう既に純粋な恋を経験してる身なんだから!! 見ろよ俺を!! 可哀想に思ってこない!?」

「ない」


 エズラはコーヒーを入れるために立ち上がる。コーヒーメーカーはダイニングテーブルのすぐ隣に置いてある。利便性を考えて、エズラが此処に動かしたのだ。


「だいたい、コナーさんだってまだ恋人居ないだろ」

「分かんねえよ!! プライベート満喫してるかもしれないだろっ!?」

「どうだろうな」


 エズラは最近のコナーを思い出してみる。全くもってそう見えない。一昨日も日付が変わるまでオフィスに籠っていた。というか、あの先輩は恋などするのだろうか。


「あとは......ラシュレイか」

「ラシュレイは_____」


 黒髪の後輩の顔が思い浮かび、二人は閉口する。その隣に、にっこりとどす黒いオーラを纏う青髪の研究員が思い浮かんだのだ。


「まあ、もう恋人認定だなあれは」

「ラシュレイに怒られるぞお前」


 頷くバレットにエズラが言って、マグカップを片手に戻ってくる。


「カーラは?」

「ああ〜」


 バレットは視線を斜めに投げる。彼女は中心メンバーでは数少ない女性研究員である。


「手は流石に出しづらいだろ......ドワイトさんの助手だぞ」

「アドニスも居るしな」

「コナーさんの妹弟子みたいなところあるし......」

「彼処は仲良しに見えるけどな」


 カーラにはミゲルという兄弟子が居たが、それは彼女がB.F.に入る前の話。そこからはコナーがよくカーラの面倒を見ているような気がする。親友の妹弟子ともなれば、可愛いのも頷ける。


「キエラはどうかな」

 バレットは中心メンバーの最後の名前を言う。


「今のところ一番出会いがあるだろうな」


 キエラ・クレイン(Kiera Crane)は中心メンバーの一人でもあるが、同時にカフェの経営者だ。研究施設の方で週に二度、カフェを営んでいる。そこには様々な研究員が訪れるのだ。顔馴染みにもなってくれば、そこから発展がありそうなのである。


「なるほど。俺らもやろうか、カフェ」

「お前ちょっとは頭冷やせ」


 助手をとる、カフェをやる、案が全てぶっ飛んでいる。そこまでして恋人が欲しいものだろうか。たしかに毎日同じ日常は退屈ではあるが、焦らずとも自然に過ごしていれば相手の方からやって来るのではないだろうか。


「とにかく飯食えよ。今日は実験あるだろ」

「はいはい」


 エズラは、空になった自分の皿を下げるためにキッチンに戻った。ダイニングテーブルに一人残されたバレットは、黙々と皿の上を片付ける。


 目が暇なのでテレビに目をやると、


『本当に当たるんですか?』

『ええ、本当に!! 会って一週間でゴールインですよ!!』


 興奮気味に話すスーツの男が映った。マイクを持った女が『本当ですかあ?』と疑惑の眼差しを向けている。テロップには次のように書いてあった。


『将来の相手が百発百中!? 最強の恋占い師と話せる電話ボックス!!』


 バレットの目が輝いた。


「これだーーーっ!!!!」


 *****


「はあ? 何言ってんだ」


 ビクターはパソコンから顔を上げていた。


「だから!」


 バレットが同じ説明を繰り返す。


「面白そうな超常現象が見つかったからさ!! 外部調査、行ってきて良い!?」

「外部から依頼も無いのにか」

「依頼無くても調査は調査だよ!」

「前に溜まってた書類片付けたか?」

「それは......」

「この前の実験の報告書」

「うう......」

「明日の合同実験の資料、頼んでたよな」

「......」


 ずいっと目の前に手のひらが出され、「よこせ」のポーズをされる。


 そう、する仕事はたんまりあるのだ。自ずから外へ出て行って、気ままに外部調査をする時間は、無いと言っても過言では無い。


「まあまあ、そうお堅いこと言わずに」


 と、しょんぼりするバレットの肩を持つ女性が居る。同期のケルシーだ。


「私もそのニュース見たよ。電話ボックスの恋占いでしょ? 面白そうだなって思ってたの」

「やっぱり!?」


 一人仲間が増えれば心強い。バレットはケルシーに感謝し、ビクターを見る。嫁まで其方側に立たれるとは思っていなかったらしい。ビクターが口を閉じた。


「でも、条件はあるよ」

 ケルシーがそう言って、資料棚からファイルを取り出す。


「何でもするよ!!」


 バレットが頷くと、ケルシーは「よし!」と書類を引き出した。外部調査の申請用紙である。


「一日だけだよ!! そして、合同実験にすることね!」


 *****


「俺は要らないだろ」


 エズラは私服に身を包んで、バレットの横を歩かされていた。


「まあまあ、帰りに新しいスイーツのお店連れて行ってあげるから」

「......仕方ないな」


 甘いものには目がない相棒である。続いて、バレットは自分の隣を歩くもう二人を振り返る。


「付き合わせちゃって悪いな、ラシュレイ、キエラ」

「いえ」

「恋占いの電話なんて楽しみです!!」


 バレットはエズラの他にラシュレイとキエラも呼んでいた。ケルシーが出した条件というのは、今日一日だけの外部調査にすること、そして、最低三人以上の合同チームで外へ出ることだった。特に行く宛てが決まっていない、自由な外部調査は危険もつきもの。団体行動は基本中の基本だ。


 まずバレットが最初に誘ったのはエズラ。相棒ならば連れていかないわけはない。彼も彼で他の仕事があったようだが、スイーツに釣られてノコノコとついてきた。


 続いてキエラ。彼はカフェを経営しながらの研究員生活で、実験数や外部調査の経験が少ないため、こういう機会には積極的に参加させるべきだとバレットは思ったのだった。

 また、彼の恋愛事情も気になる。チェックしておいて、カフェに可愛い子が来ないか聞かなければ、という下心もあった。


 ラシュレイは此処最近、例の助手のおかげで疲れ気味だったので外へ出すことに決めた。助手の扱い方は慣れてきたようだが、毎日同じ空間に居るのは大変だろう。バレットなら一時間も耐えられない。彼は本当によくやっている。

 また、彼はキエラと仲が良かった。キエラが寂しい思いをしないように、一緒に居させるのが良いと判断したのだ。


「ラシュレイとキエラはその噂知ってるか?」

「ニュースで流れているやつですよね」


 キエラは知っているらしい。雑誌でも取り上げる場所は取り上げているそうで、巷では密かに人気を博しているようだ。


「恋占いって、具体的にどんなものなんですか」


 ラシュレイが問う。バレットが「えっと」と朝、朝食の席で必死にメモしたものをポケットから取り出した。


「恋に落ちるまでの大体の時間、相手のざっくりした特徴、何処に行けば会えるか、最初はどんな会い方をするか、付き合う確率、別れる確率、その他諸々......」


「なんか胡散臭いな」


 エズラが眉を顰める。


「適当なこと言ってるだけのイタズラなんじゃないのか」

「でも凄い確率で当たるらしいんだよ!」


 バレットは、今朝テレビで見たことを事細かに三人に伝えた。


 テレビに映っていた男性は、今の妻と会う日時、そして妻の容姿や、第一子の出産予定日まで当てられたそうだ。


「それって、まだ奥さんと会っていない段階で当てられたってことですか?」

 キエラが目を丸くして問う。バレットは「そうなんだよ!」と頷いた。


「人によってはそこまで詳しく教えてもらえるんだってさ! 俺らもどうなるか聞いてみようぜ!」

「死ぬ間際まで出会いすら無かったりしてな」

「そんなこと言ってると本当にそうなるんだからな、エズラ!!」


 バレットは何処か冷めた物言いの相棒に、ベッと舌を出した。


 *****


「コレか?」

「うん、そうみたい」


 ノースロップにある公衆電話の一つ目に、四人はやって来た。バス停の横に設置された電話ボックスである。公衆電話など、携帯電話が発達したこの時代に使う人間は少ないだろう。バレットは使い方を知らないので調べたくらいだ。

 意外にも扱い方を心得ているのはラシュレイだった。


「まあ、外で寝泊まりしていた頃は使っていたので」


 彼はケロリとした顔をしている。壮絶な過去を持っていることは各々知っているが、こういう点で役に立つ過去なのだ。


「じゃあ、ラシュレイからお手本見せてもらおうかな」


「良いですけど......」


 ラシュレイは電話ボックスの中に入る。他の三人は外で待機することにした。


 今回、これがB.F.の真面目な調査として選ばれた理由は、イタズラでも何でもない、超常現象だからだ。未来をきちんと当てるという点でその異質性はよく分かるが、それ以外にも普通の電話と異なる点は存在する。


 そもそも、どうやってその恋占い師と話すことができるのか。


 それには、特別な電話のかけ方が必要だった。


「受話器を取って、」


 バレットはラシュレイが受話器を取ったのを見た。


「ピーチ、たんぽぽ、ライラック、クロッカスにバラの花」


 同じ呪文を、ラシュレイが唱えたらしい。ハッとした顔をして、此方を見た。


「繋がったみたいだな」

「すげえ、噂通り!」

「何て言われるんでしょうね!」


 三人はボックスの中にいるラシュレイを眺めていた。


 *****


『お電話ありがとうございます!』


 電話の向こうから女性の声がした。若くはないが、歳もそこまで行っているようには思えない声だ。


 コインも入れていない上に、ボタンも打っていないが、繋がるのはたしかに奇妙だ。これはたしかに超常現象のようだ。


 ラシュレイは「えっと」と、取り敢えずこの外部調査の趣旨に沿うような質問を引っ張り出した。


「恋占いをしていただけると聞いて」

『はい、勿論でございます! では、十秒目を閉じてください』

「はい」


 ラシュレイは言われた通り目を閉じる。外でバレットたちがソワソワしている姿が一瞬見えた。繋がったことに興奮しているようだ。


 電話の向こうで女性は黙った。空気の音だけが聞こえる。そして、きっかり十秒経って、声がした。


『はっきり見えました。あなたの素敵な御相手が!』

「そうですか。どんな方ですか」

『実はもう、あたなの近くにいらっしゃいますよ!』


 ラシュレイは眉を顰めて、ボックスの外を見た。バレットが顔を輝かせ、エズラは興味深そうに此方を見ている。キエラもまたワクワクした様子で中を覗いていた。


「どんな人ですか」


 ラシュレイは質問を続ける。


『元気いっぱいの子犬のようなチャーミングさを持っている方です!』


 ラシュレイはキエラを見る。まさかな、と肩を竦め、「他には」と、新しい特徴を求めた。


『ふんふん......その方はあなたに夢中! 気になって夜も眠れないようですよ!』


 キエラが欠伸をしたのが見えた。ラシュレイは「他」と更なる特徴を聞き出す。


『青髪の方です!!』


「......ありがとうございました」


 がちゃん。


「どうだった!?」


 ラシュレイが外に出ると、バレットがすぐに近づいてきた。ラシュレイは答えに困った。


「信じたくないですが、当たっているかもしれないです」

「うわあ!! すげえ!! どんな人!?」

「......時期に分かるそうです」

「楽しみじゃん!!」


 バレットがバンバンと肩を叩いてくる。ラシュレイは心の底から、この外部調査に参加したことを後悔したのだった。


 *****


 次なる電話ボックスにやって来た。噂では、同じ電話ボックスで恋占いをできるのは、一日一回らしい。


「じゃあ、今度はキエラな!」

「分かりました!」


 ラシュレイで上手く行ったと確信しているキエラは、嬉しそうに電話ボックスの中に入っていく。


「カフェに可愛い子は来るみたいだけど......やっぱり心は動かないみたいだなー」


 電話ボックスに入って受話器を取ったキエラを眺めながら、バレットは言う。


 キエラの経営するカフェには様々な研究員が来る。女性研究員も少なくないようだが、キエラの心を動かすような存在は居ないらしい。無意識のうちにイザベルを思っているのだろう。たしかに彼女は絶世の美女だった。


 キエラはラシュレイと同じ段取りで電話をかけた。繋がったらしい。頭のアホ毛がピョインと天井を向いた。わかりやすい。


「どんな相手かなー」

「イザベルさんって言われたりしてな」

「亡くなった人の名前は出すのかなあ」


 それも含めての調査である。興味深い結果が聞けそうだ。


 キエラは頷きながら耳を傾けていた。話はラシュレイの時よりも長い。じっくりと聞いているらしい。


 やがて、五分するかしないかで、彼は電話ボックスから出てきた。


「どうだった!?」

 すかさず走り寄るバレット。


「ええっと」

 キエラは何処か恥ずかしそうに頬をかく。


「もうちょっとで出会いがあるみたいです。今は自分の仕事を精一杯やって、それから先は相手次第で進展があるんだとか......」

「めちゃくちゃそれっぽい!!」


 バレットが頬を紅潮させて叫ぶ。


「具体的な名前は聞かなかったのか?」

「楽しみが終わるので、名前まで聞く方は少ないそうです。僕もそうしました」

「それが良いかもしれないな」


 エズラが頷き、次の電話ボックスの場所を調べた。


「次は銀行の前だな。行くか」

「俺なんて言われるんだろ、楽しみー!!」


 何処か元気になったエズラの足取りと、最初から元気なバレットの足取り。ラシュレイとキエラはその後ろをついて行った。


 *****


「じゃあ、エズラ!」

「おう」


 エズラは、前二人が期待のできる結果を持って帰ってきたことで、ソワソワした様子で三つ目の電話ボックスに入っていった。


 中は少し埃っぽい。使う人も少ないからか、定期的に掃除もされていないのだろう。エズラは受話器を取った。バレットに教わった呪文を唱える。


「ピーチ、たんぽぽ、ライラック、クロッカスにバラの花」


 すると、


『お電話ありがとうございます!』


 繋がった。エズラは外の三人に親指を立てる。


「すみません、恋占いをしていると聞いて」

『はい! では、十秒目を閉じてください』

「分かりました」


 エズラは目を閉じた。


 朝のバレットの話に全く興味が無かった彼だが、実際に恋占いをしてもらうとなると興味が無いわけではない。

 認めたくないが、好きになった人というのは過去に一人居るのみで、彼女は故人だ。キエラに聞けばイザベルの話はされなかったというし、故人は話題にあがらないのかもしれない。


 それもそうだよな、と思っていると、女性の声がした。


『ううーん』


 何だか考えているようだ。目を開いたエズラは「どうですか」と聞いてみる。すると、


『すみません、見えません』

「はい?」

『いえ......その、なんと言ったら良いのかしら......ええっと......そうねえ、見えないんです。こんなこと初めて。此処まで見当たらない人が居るのかしら』


 電話の向こう側は困惑しているようだ。エズラも勿論そうだ。


「えっと、それってつまり......俺の相手がこの世に一人も居ないということですか」

『そうなりますね。残念ながら......』


 エズラはポカンと口を開ける。噂ではそんな人間居なかった。皆、幸せな結果を教えて貰ってハッピーになっていたのだから。自分だけが例外なんてこと、有り得るのか。有り得て欲しくない。


「もう一度できませんか」

『そうですね。何かの間違いかもしれませんからね』


 エズラはもう一度目を閉じた。視界の端に映ったバレットたちも、何かイレギュラーなことがことが起こっていると察したらしい。エズラは悟られたくなくて、なるべく平生を装っていた。


 しかし、


『ううん、ダメですね。何も見えません。真っ白、真っ黒、真っ平らです』

「......人じゃなくても良いです」


 ほとんど縋るように言う。


 バレットをバカにしていた自分だが、今全力で謝るか、顔も見たくないと思った。自分の将来にラブロマンスは1ミリも見込めないというのか。


『犬も猫もハムスターも皆ダメみたい......強いて言うなら、美味しいご飯と相性が良いみたいですよ』


 そんなの誰だって良いに決まってる。


 エズラはガックリと肩を落として「ありがとうございました」と電話を切った。超常現象ですら悩ませる自分の将来性の無さに絶望していた。


「な、何かあったのか?」

「何て言われたんです!?」

「聞くな、察しろ......」


 エズラは外に出て、とぼとぼ歩き出した。次の電話ボックスに向かわなければ。


 *****


「あれ!? 無い!!」


 バレットは電話ボックスを探しまくったが、ノースロップのある電話ボックスは三つだけのようだ。他は既に撤去されてしまったようで、更新されていない街の地図に載っていたのは幻だったのである。


 たった一日任された外部調査なのだ。今日出来なくてどうするか。


「と、隣町ならあるよな!? 行こうぜ!!」

「今行っていたら日が暮れますよ」

「そ、そうですよ! 夜になっちゃいます!」


 駅の方へ走り出そうとするバレットを、ラシュレイとキエラ止める。エズラは放心状態でそれを見ているだけだ。


「何で俺はダメなんだよー!! この調査持ってきたの俺だぞ!! どうして一番意欲のある本人が現象に触れないんだよー!!!」

「バ、バレットさん、お静かに!」

「みんな見てます」


 バレットは暴れるが、ラシュレイとキエラに押さえつけられて何も出来ない。空は赤くなってきたので、そろそろB.F.に戻らなければならない時間である。


「うわああん、嫌だ嫌だー!!!」


 明日行こうとしたって、明後日行こうとしたって、たんまり溜まった仕事の山が待っているのだ。次に電話ボックスに入ることが出来るのは、一体いつになるのやら。


 駄々を捏ねるバレットを、ラシュレイとキエラは無理やりB.F.に引き摺っていき、その後ろを魂が抜けたエズラがよろよろと歩いていくのだった。


 *****


 そんな外部調査の次の日。バレットは当然仕事に追われることになり、ビクターの怖い目の下でパソコンを叩いて一日が始まった。


 キエラはカフェのカウンターでコーヒーをゴリゴリと挽きながら、客たちと他愛のない話で盛り上がる。


 ラシュレイは電話ボックスに言われたことを決して助手に話さないようにしていたが、ストーカー気質の彼にはすぐにバレた。ラシュレイが書いていた報告書が見つかったのだ。


「えええっ!! これって僕じゃないですか!!」

「なわけないだろ」

「でも、結果はそう言っていますよ!?」

「言ってない。返せ」


 断固認めない。そんなことあってたまるか。


 ラシュレイは報告書を無理やり彼の手から奪い取り、これ以上詮索されないように、それをビクターのオフィスに届けた。オフィスではバレットが半泣きで仕事をさせられていた。


「今日一日、変なことできないように此処で仕事しろ」

「ひーん!! ラシュレイ助けてええっ!!」


 なかなかに可哀想な図だった。


 そう言えば、ラシュレイは首を傾げる。


 今日一日、エズラの姿を見ていない。

 バレットに聞くと、「ああ」と彼は答えた。


「何か、今日は有給取って休むんだって」


 その頃、ノースロップのあるレストランにて。


「三番テーブル、キノコのパスタ!」

「七番テーブル、スープ出ていません!!」


 有名なフレンチレストランである。バレットたちが超巨大な異空間を調査した、例の場所だ。

 そこは今日も忙しい。有名人も足を運ぶ人気店なのだ。


「ジャミソン、四番テーブルにデザート出してきて!!」

「は、はい!!」


 若いシェフ・ジャミソンは命令通りすぐに動き出す。既に出来上がっているデザートは七皿。全て違う種類のものであり、驚くべきことにこれは全て同じテーブルからのオーダーである。


「えっと、四番テーブル、四番テーブル」


 ジャミソンが台車に乗せてデザートを運んだ先は四番テーブル。そこには一人の男性が座っている。既に空になった皿が複数枚置いてあり、ジャミソンは彼のブラックホール並の胃袋に驚かされていた。


「エ、エズラさあん......どうしました? 失恋ですか......?」


 その四番テーブルの客はエズラ・マクギニス。此処二時間ほど、同じ席でデザートを頼み続けては、その腹に落とし込んでいるのだ。泣きながら。


「うるせえ、聞くな」


 エズラはジャミソンが持ってきたプリンをひったくるようにして取り上げ、口につるんと滑らせた。見事なケーキもフォークで二口、大きなパイも三口で消える。他の客も彼の食べっぷりに見とれ、そして何があったのかと一通りの話題にしてから料理に手を出すのだった。


「エズラさんもケルシーさんが好きだったんですね......」


 全くの勘違いをするジャミソンが同情の涙を流すと、いよいよよく分からない風景になって来る。


「美味しいですか、エズラさん」

「美味い......」


 食べ物は裏切らない。


 あの恋占いが言っていた通り、美味い食べ物は自分と相性が良いのだとエズラは思い知らされたのだった。そして、今の仕事からシェフにジョブチェンジすることを、強く強く望むのだった。

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