外部調査 〜小ミーティング〜
「今日はえーっと、えーっと......書類が二枚で、実験はなくて......余った時間を使って報告書の書き方を練習しようかな」
手帳に書いていた、今日のやることリストを見てうんうん唸るのは、B.F.で最年少の星1研究員、カーラ・コフィ(Carla Coffey)。
伝説の博士の一人であるドワイト・ジェナー(Dwight Jenner)の助手だ。
まだまだ未熟ではあるが、一生懸命な性格で努力家の研究員である。
「最近実験がないなあ......」
カーラは首を捻って一人呟いた。
最近、明らかに実験が少ない。ドワイトに問えば、何やら重大プロジェクトを進めているとか何とか。
そして、その正体が遂に昨日、明らかになった。
それは、B.F.の外部調査。外の超常現象を調べることが出来るという、何とも思いきった制度だ。
自分は此処に入社してまだ一年も経たないが、みんながソワソワと嬉しそうなのを見て、自分も嬉しくなってしまう。
だがもちろん、参加できるのは、きっと星5や星4といった優秀な研究員だけだろう。
自分のような下っ端で、まだ完璧な仕事も出来ないような非力な研究員は、そんな大役を引き受けるには荷が重すぎる。
そう、だから今は目の前の仕事に集中することだけを考える。これが終われば、ドワイトと一緒にゆったりできる。
カーラにとって、それだけが楽しみだった。
何としてでも仕事を終わらせなくては。
カーラがそう意気込んでペンを手に取った時だった。
「カーラ、少しいいかい?」
オフィスの扉が開いて、ドワイトが顔を覗かせた。
「は、はいっ、今行きますね!」
ドサササッ!
勢いよく立って、肘を書類の山にぶつけてしまい、床に大量の書類が散らばった。声にならない悲鳴をあげるカーラに、ドワイトが優しく微笑んだ。
「急ぎじゃないから、ゆっくり行こうか」
「す、すみません......」
書類の山の片付けはドワイトの手助けもあって、そこまでかからなかった。何度も謝るカーラにドワイトは優しい笑みを向け、励ますように背中をぽん、と叩く。
「カーラにどうしても伝えたいことがあってね。二人が待っているから、行こうか」
「へ......二人、ですか......?」
訳が分からないまま、カーラはドワイトと共にオフィスを出た。
ついて行って辿り着いたのは第一会議室だった。
ドワイトが扉を開くと、カーラの目に入ったのは白衣の男性二人。
「お、どうやら来たみたいだよ? ブライス」
一人はドワイトの同期であるナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)、そして二人の同期であり、B.F.最高責任者であるブライス・カドガン(Brice Cadogan)だった。
「さ、入って」
ドワイトが突っ立っているカーラの背中を押して、部屋に入る。
カーラの心臓は爆発寸前だった。さっきから最悪の事態が頭の中をぐるぐると回っている。
まさか、自分はクビになるのだろうか?
思い出してみると確かに入社当時から様々なミスをしてきた。だが、最近は少しずつ仕事にも慣れてきて、あまり大きなミスはしなくなってきたはずだ。
クビになったら、次は何処に行けば良いのだろう。やっと見つけた、自分が安心して過ごせる場所だと言うのに_____。
カーラが泣きそうになっていると、ブライスが口を開いた。
「カーラ・コフィ。外部調査に参加する気は無いか」
彼の声が低く、部屋の隅々にまで響く。
「へ......? 外部、調査......?」
カーラは昨日の晩、日曜会議から戻ってきたドワイトにその制度のことを聞いていた。外に出て超常現象を捜査するというものだ。
それに、参加。
カーラの頭が真っ白になる。
「わ、私が......外部調査に......参加、出来るんですか!!?」
普通に考えて、外部調査は大人数で参加などできないだろう。目立つことはブライスもしないはずだ。
それに自分のような下っ端が参加出来る_____。
カーラが言葉を失っていると、
「私が推薦したんだ。仕事に一生懸命なカーラが適任なんじゃないかってね。一緒に行ってくれるかい?」
ドワイトの優しい声が頭上から降ってくる。
「よ、よろこんで!!」
ドワイトと外部調査。つまりそれは、彼と外の世界を共に歩けるということだ。
顔が赤くなっていくカーラを見て、ナッシュが面白そうにくすくすと笑っている。
「じゃあ決まりだね」
大好きな先輩と外の世界を歩けるなど、彼女にとって夢のまた夢だったのだろう。
「あ、あの、他に参加する方は......?」
「ノールズとイザベルが星5の研究員から。そして星4からはコナーを呼ぶことにしているよ」
カーラはそうですか、と呟いた。
そりゃ、二人きりなわけがない。
変な妄想をしているからミスが多いのだ、と彼女は頭を振った。
せっかく任された仕事で失敗するわけにはいかない。
「初めてのことだから研修みたいなものだよ。みんなで学びながらやっていこうね」
「はいっ! 頑張ります!」
*****
ノールズとイザベルは、第一会議室に呼ばれていた。彼らを呼んだのはブライスだ。
ノールズは怒られるのではないだろうかと情けなく、会議室に着くまでイザベルの背中に隠れていた。
「いい加減にして」
イザベルに冷たく言い放たれて、会議室に着いてようやく彼女の背中から離れる。
「だって怖いんだもん!!」
「心当たりがあるようなことしているからよ」
「してないけど!?」
ただ、怒られるとしたとして隣にイザベルが居るのはおかしい。彼女のような優秀な研究員が、何故自分と一緒にいるのか。
イザベルの存在もあって、怒られることはないと思うが、どっちにしろノールズはビクビクしていた。
「ほら、入るわよ」
「待って! まだ心の準備が......!!!」
彼女が扉を開けようとするのをノールズは止めようとするが彼女は無視して扉を開いた。
ひい、と目をつぶるノールズの耳に飛び込んできたのは、
「お久しぶりっす!!」
元気で弾んだ少年のような声だった。
イザベルもノールズもその声を聞いたことがある。ノールズは恐る恐る目を開いた。
第一会議室の小さな部屋の中央に置かれた机。その奥で、橙髪の若い研究員が此方を見て大きく手を振っていた。
「コナー......?」
コナー・フォレット(Connor Follett)。B.F.星4研究員だ。
彼はナッシュの元助手であり、今は独立して誰ともペアを組んでいない、単体で行動している珍しい研究員の一人であった。
人懐っこい性格から、ノールズは彼を可愛がっている。
扉を開ければブライスが居ると完全に思い込んでいたノールズは、拍子抜けした。
「はあー、良かったー。心臓バクバクだったんだよねー」
イザベルが彼の隣に座り、その隣にノールズが並んで座った。
「廊下の会話、丸聞こえでしたよ?」
「おお、マジか」
中にブライスが居たのなら間違いなく怒られていただろう。
「そんで、どうして俺ら呼ばれたの?」
ノールズはコナーに問う。
そう、自分たちはブライスに呼ばれてここに来たのだ。自分もイザベルも、勿論何も知らない。
しかし、コナーは目を見開いて「えっ!?」と声を上げる。
「お二方も知らないんっすか!? イザベルさんあたりなら知ってると思ってたんすけど......」
「知らないわよ」
イザベルが首を横に振る。どうやらコナーも何故、自分が此処に呼ばれたかは分からないようだ。
「まあ、此処に呼ばれたんだから同じ話をされるとは思うんだけど......」
ブライスはまだ現れない。大人しく待つしかなさそうだ。
それにしてもー、とコナーがイザベルを見る。
「イザベルさん、今日も綺麗っすねえ」
それを聞いて反応したのはノールズだった。
「でっしょー!? さすがは俺の自慢の嫁!!」
「黙らないと口縫うわよ」
「うわはー、さすがイザベルさん。相変わらず言うことは怖いっすね」
「照れ隠しもその辺にして、そろそろ本当の気持ちを打ち明けてくれてもいいのにねー!!」
イザベルは、コナーとノールズに挟まれてうんざりしていた。煩いのが二人になった。突っ込むのも面倒になった彼女は扉を見る。
早くブライスが来てくれれば、この二人も口を閉ざすだろう。
イザベルがそう思ったその時。
「実験が長引いていた」
扉が開いて、ブライスが部屋に入ってきた。
「ごめんねー」
「げっ!!!?」
それに続いたのはナッシュだ。それを見て今まで余裕の表情を浮かべていたコナーの顔が引き攣った。
「な、何しに......!?」
コナーは椅子から立ち上がると扉から最も遠い壁に背をつけている。まるで映画のワンシーンのようだ。
「ふふ、驚いた? いやー、ブライス一人でも良かったんだけどね。懐かしい顔を見たくて」
「いっつも日曜会議で会ってるじゃないっすか!!」
「見かけるだけじゃないか。話そうとすると逃げるだろう? だから、こういう君が逃げられないチャンスを狙ってみたんだ」
「さ、最悪だ......」
にっこりと闇のオーラ全開で微笑むナッシュを見て、コナーが顔を覆った。
さっきまでの威勢は何処かへと行ってしまったらしい。
肩を落として椅子に戻ってきた。
ブライスとナッシュも三人の前に腰掛ける。
「お前らに集まってもらったのは、外部調査に参加してもらいたいからだ」
「うええ!!? マジっすか!!!?」
椅子に着いて早々コナーが身を乗り出す。イザベルが落ち着きなさい、と彼の首根っこを掴んで後ろに引き戻した。
「俺らが外部調査を? そんな大役引き受けちゃっていいんですか?」
ノールズが問う。
「星4以上の研究員を何人か連れていくことにしたからな。それに選ばれた者に、今此処に集まってもらっている。今回は第一回目ということもあるから俺らも着いていくが」
ブライスが淡々と喋る。コナーがおずおずと手を挙げた。
「えっと......『俺ら』、というのは......」
コナーの視線がナッシュに向かう。ナッシュがにっこりと笑った。
「勿論、僕もだよ?」
「ヒェッ」
話を聞くと、残りのメンバーにはドワイトの助手であるカーラが入っているという。
それを聞いたコナーの顔色が少しだけ変わったことに気づいたのは、ナッシュとブライスだけだった。
ノールズはまだ会ったことがない彼女にやっと会う機会が巡ってきて、更に外部調査の日が楽しみになってきたのだった。
その日は大まかな情報を聞かされて解散となり、ノールズはオフィスに戻ってラシュレイに早速伝えた。
「へえ、外部調査に参加することになったんですか」
1ミリも興味が無さげな助手が言う。
「いいでしょー? 羨ましい? やっぱり俺が優秀な研究員だから選ばれちゃったのかなー?」
「帰ってこなくてもいいですよ」
「ごめんなさい」
ノールズは調査にコナーも参加することを教えた。
ラシュレイは嫌な顔をした。彼が苦手らしい。確かにラシュレイが得意ではなさそうな人ではあるが、それを言えばノールズはどうなのだろうか。
「折角の地上だし楽しんできちゃおうーっと」
「羽目を外すし過ぎないでくださいね」
「はーい」