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Black File  作者: 葱鮪命
15/193

日曜会議 〜重大発表〜

 ノールズはソワソワしていた。


 彼がソワソワする時など大抵、良いドーナツが手に入ったか、イザベルと良い感じになれたとかそんな時。


 だが、今回はそうではない。


「今日は日曜だ〜」


 何度もカレンダーを見て確認する彼。


 B.F.研究員の日曜日に毎週あるものと言えば、そう、日曜会議だ。日曜会議は名前の通り日曜日に行われる会議で、その一週間であったことを報告し合う、言わば報告会や情報交換会だ。


 いつもなら、実験や報告書制作で疲れている研究員達が迎える最後の山場でもあるが、今回の会議はまた違う。


 噂によれば、ブライスから何やら重大発表をされるというのだ。悪いことではないらしいが、詳細まではまだ出回っていない。


 誰もが首を長くしてこの日を待っていた。もちろん、ノールズも例外ではない。


 報告書を纏めるのも、実験の資料を作成するのも、いつもより早く終わらせた彼は、何も知らないラシュレイにとても不審に思われていた。


「あのノールズさんがきちんと仕事を終わらすなんて......明日は槍でも降るんじゃないですか」


「うっわー、失礼なやつー」


 相変わらずノールズを敬う言動すら見せないラシュレイに、ノールズは今夜の日曜会議で重大発表がされることを伝えた。


「重大発表ですか。一体なんでしょうね」


「さあねー! でもきっと、美味しいドーナツショップをB.F.内に作ることだよ!」


「喜ぶのはノールズさんだけでしょうね」


 ラシュレイの言葉にノールズが何も言えなくなっていると、


 ピンポンパンポーン。


『ノールズ・ミラー、至急第一会議室まで来なさい』


「ほああ!!」


 B.F.内の施設内放送。この主はイザベルだ。ノールズは奇声を上げて、壁についているスピーカを見上げる。


 自分が一体何をしたというのだろう。「伸び放題」の管理はきちんと行ったはずである。仕事も今日は全て終わらせている。


 呼ばれることに心当たりがない。


「俺......何かしたっけ?」


 ノールズはラシュレイを振り返る。


「さあ、求婚の返事とかなんじゃないですか」


「えっへへえ、やっぱり? 俺もそう思ってたところなんだよねえ」


「ウザいんで早く行ってきてください」


「はい......」


 *****


 会議室にイザベルは居た。第一会議室は、九部屋ある会議室の中で最も狭い会議室だ。主にショートミーティングで使われる。


「二人きりなんて期待も高まっちゃうなあ」


 ルンルン気分で彼女に近づくと、彼女は持ってきたらしい鞄から大量の紙束を取り出して机に置いた。ドンッ、と重々しい音がして、彼女はその上に手を置く。


「キエラが紛失した報告書を書き直すのを手伝ってくれるかしら」


「......ん?」


 *****


 キエラが紛失した報告書、その数およそ数十枚。何をどうしたらそんなに紛失するというのだろう。


「......にしても、何で俺なのさ?」


 資料を見ながら報告書にペンを走らせるノールズとイザベル。


「暇でしょ」

「ぐ」


 そう、今日に限ってノールズは何もかも終わらせていたのだ。本当に今日だけ。


「夫婦の共同作業くらいケーキ入刀まで取っておこうよ〜......」

「それはあっちのファイルに入れてね」

「冷たい......」


 少しの間二人は黙々と作業をしていた。かなりの量だが、今日中に本当に終わるのだろうか。


 それにしても、


「珍しいよねえ、イザベルが誰かに仕事を手伝ってもらうなんて」


 昔から一匹狼の印象が強いイザベル。今日のように誰かに仕事を手伝ってもらうことなど本当に珍しい。


「今日だけよ。日曜会議あるし」


 イザベルがペンを止めずに言った。


「って、そうじゃん! ねえ、なんだと思う?」


「何が」


「何がって、重大発表のことだよ! ほら、噂になってるでしょ? ブライスさんが何を言い出すか......俺気になって仕方がないんだよね」


「へえ」


「いや、反応薄っ」


 ノールズがずこっと滑る。


「ちょっとは興味無いわけ!?」


「一喜一憂したところで何かが大きく変わるわけではないでしょう」


「それはわかんないじゃん! 美味しいドーナツショップが出来るかもしれないんだよ!」


「それで得をするのは貴方だけでしょうね。ブライスさんがそんなことを重大発表だと言うと思うの?」


「ちょっと! 俺にとっては重大発表だから!? ドーナツはみんな好きなんだから、皆にとっても重大発表になるでしょうが!」


「ふうん」


「冷たいっ」


 ノールズはもおー、とペンを再び動かす。


 しかし、本当に何なのだろう。


 どんなに頭を捻っても、それらしい答えは浮かんでこなかった。


 *****


 作業が終わる頃には、ノールズは腕の痛さに悶絶していた。手の指もペンのインクで黒くなっている。


 イザベルが助かったわ、とファイルに報告書を閉じていた。


「これを機に付き合わない?」

「じゃ、日曜会議でね」

「泣くよ?」


 *****


 会議室を出たノールズは、オフィスに戻る前に小腹を満たそうと食堂に寄った。食堂には相変わらず、多くの職員が居る。


 ノールズが、何を食べようかと遠目からメニューを眺めていると、


「やあ、ノールズ君」


 優しい声が後ろから聞こえてきた。間違いない、ドワイトだ。


「お疲れ様です!! ドワイトさん_____と、ナッシュさん......」


 振り返ると、ドワイトの後ろにナッシュが居た。テンションが明らかに下がっているノールズを見て、ニヤニヤと笑っている。


「おやあ、ノールズ、なんだいその顔は。僕に会えて嬉しいくせに」

「は、はい」


 ドワイト・ジェナー(Dwight Jenner)、ナッシュ・フェネリー(Nash Fennelly)は伝説の博士と呼ばれている。


 ドワイトはとても優しく、誰からも好かれる親しみやすい性格なのだが、問題は彼の隣でニヤニヤと笑っているナッシュであった。


 彼から溢れるオーラは真っ黒だ。ノールズは彼がかなり苦手である。


「こら、ナッシュ。すまない、ノールズ君。これでも今夜の発表で心が浮かれているんだよ。どうか許してやってくれないかな」


 ドワイトが苦笑いする。ノールズは目を丸くして彼を見上げた。


「発表......やっぱりナッシュさんでもワクワクするような内容なんですね!?」


「僕でもってなんだい。君をブライスの助手にするという発表だよ」


「ほあっ!!!?」


「こら、ナッシュ」


 冗談だよ、とドワイトが呆れ顔で言ったのでノールズはほっと胸を撫で下ろす。誰があんなに恐ろしい研究員の助手になろうものか。


 此処の最高責任者ブライス・カドガン(Brice Cadogan)はB.F.内で最も恐れられている存在だ。頼れる彼だが、ナッシュよりも表情は少ないので、怖い印象が強い。


 助手になるとしたらきっと、鋼の心を持ったものだろう。


「ラシュレイ君は最近見ないけれど、元気かい?」


 ドワイトが話の話題を変えた。


「はい、絶好調です!」

「そうかい、それは良かったよ」

「ところで、お二人は何をしに......?」


 ナッシュとドワイトは、手にそれぞれテイクアウト用の袋を持っている。


 此処で食べるわけでもないらしい。二人は毎日食堂の一番奥の席でブライスと共に三人で必ず食べるようにしているのだが。


「ブライスに夕食を買いに来たんだよ。今日の日曜会議の台詞を確認しているからか、オフィスを出たがらなくてね」


 ナッシュが肩を竦める。なるほど、とノールズは納得する。完璧主義の彼は失敗すら許せないのだろう。これは期待が高まる。


「私はカーラに差し入れをと思ってね」

 ドワイトが袋を顔の高さまで上げて見せる。


「カーラ?」

「新しい助手の名前だよ」


 そういえば、彼は新しい助手をとったと聞いた。まだ会ったこともないが、歳が離れている子だということはノールズも知っている。


「何だかお父さんみたいだよねえ」

 ナッシュがくすくすと笑うと、ドワイトも照れくさそうに笑った。


「娘のように思っているのは本当だからね。否定は出来ないな」


 父親と娘。


 何だか羨ましいな、とノールズは思う。


 ラシュレイとはそこまで歳も離れていないが、いつか自分にもそれくらい歳が離れた助手ができるのだろうか。


「さて、そろそろ行かないと。それじゃあまた、日曜会議で会おう。ノールズ君」


 ドワイトとナッシュが食堂の出口へと歩いていく。


「はい! 日曜会議楽しみにしています!」


 *****


 オフィスに戻ってラシュレイの仕事を手伝っていると、会議20分前になった。


「よっしゃ! 行ってくるね!」

「はい」


 オフィスを出るとイザベルの背中が見えたので、ノールズは彼女と合流した。


「いや〜、楽しみだなあ」

「期待して違かったらどうするのよ」

「その時はその時だって!」


 会議室には既に多くの研究員が集まっていた。いつもなら半分ほどしかまだ集まっていない時間なのだが。心做しか皆ソワソワした様子だ。重要発表を意識しているのだろう。


 *****


 会議が始まった。ブライスが立ち上がってマイクを手に取ったとき、会議室の雰囲気が変わったことは言うまでもない。誰もが彼の発表を今か今かと待ちわびていたのだ。穴が空くくらい彼を見つめている。


 ブライスが口を開いた。


「ナッシュ、ドワイト、俺の提案で、我々の任務がこの施設内だけでなく、外でも行えるようになった」


 ブライスはそんなことを言った。誰もが最初は、ぽかんと口を開けて彼を見ていた。そして、


「............へ......?」


 会議室が突然、大歓喜に包まれた。椅子を倒すくらいの勢いで立ち上がる職員、隣の人と抱き合う職員。


 ノールズはぼんやりとそれらを眺め、隣のイザベルを見た。彼女はただ驚く様子もなく静かに彼の言葉をメモしていた。


 任務が、外で。

 つまり、それは_____。


「外に出られるということだ」


 ブライスがまるでノールズの思考を読んでいるかのように続ける。会場は一気に静まった。誰もが彼を見つめている。目を輝かせて。


「この制度を取り入れることによって、我々の手には及ばなかった外の超常現象も調査することが出来るようになった」


 ブライスはそこで一旦区切り、小さく息を吐いた。


「また、長いこと外に出られずに皆疲れてきていただろうからな」


 再び会場が湧き上がる。


 外に、出られる。


 B.F.職員は、外に出ることだけは特に厳しく禁止されていた。国の情報を外に持っていくことと同じなのだ。


 出られるのは伝説の博士くらいで、出たいのなら条件を満たしてからB.F.職員を辞めるか、此処をクビになるしか無かった。


 ノールズは夢を見ているかのような気持ちで椅子に座っていた。ブライスの言葉はしっかりと聞き取りやすい音量で耳に入ってくるが、頭は寝起きの時のようにぼんやりしていて、言葉ひとつひとつを理解するのに時間が必要だった。


「ただ、条件はある程度付ける。此方として重要な国家機密の任務である以上、かなり慎重に動かなければ一般人に勘づかれてしまうからな」


 ブライスはその後少しだけ話を続けたが、ノールズは後半をほとんど覚えていなかった。会議はいつの間にか終わっていて、ノールズはただ会場から人が出ていくのを眺めていた。


 ブライスの話を頭の中で纏める。


 外に出て、まだ見たことも無い超常現象や、もう既に無害になって野に放たれた超常現象を調べることで、B.F.の更なる発展に繋げる。


「B.F.外部調査」と名付けられたそれは、新しくB.F.に入った調査制度となったのだ。


「外......」


 外に出るのは一体いつぶりだろう。


 自分が入社したのはもう10年ほど前のことだ。つまり10年ぶりと言っていいほど、超久々の外である。


 ブライスは最後、浮かれている職員達に向かって厳しくこう言った。


「言っておくが遊びではない。仕事の一貫として出るわけだ。気の緩みを感じたものは外に出すわけにはいかない」


 確かにそうだ。思い切ったこの判断をしたのだから、彼も慎重だ。


 でも、


「外、外......」


 外なのだ。


 ノールズはそこでようやく前のめりになっていた体をゆっくりと椅子の背もたれにつけた。


「ノールズ?」

 イザベルが彼を呼ぶ。


「いやあ、イザベル。今日は命日かな」

「何馬鹿なこと言ってるの?」


 クールなイザベルに頭を冷やされて、ノールズはようやく席を立つ準備を始める。


 そして、二人揃って会議室を出た。


「思い切ったわね、ブライスさん」

「うんっ」


 勢いよく頷くノールズを見てイザベルは怪訝そうに眉を顰めた。


「嬉しそうね」

「だって超久々の外なんだよ!? 外に出られるんだよ!?」

「まあ、そうだけれど」


 イザベルはそこまで興奮している様子ではなかった。そう言えば、発表の時も冷静にメモをとっていた。


「いやー、楽しみだね!」

「仕事なのを忘れないのよ」

「もちろん、分かってるって!」


 早くオフィスに戻りたくて、ノールズは今にも走り出しそうだった。


 ラシュレイにこのことを早く伝えてあげたい。ラシュレイはきっと驚くに違いない。


 *****


「本当にいいのかい?」


 小ミーティング用の第一会議室にて、ドワイトは確認するようにブライスに聞いた。ブライスはさっきから厳しい顔つきで資料にペンを走らせている。


「ああ、もう決めたことだ」


 彼はそれに、と付け足してペンを止める。


「これはあいつらのためではない。仕事の効率性を上げて、計画的に『あの文書』の謎を解くのに役立てるための情報集めの一貫に過ぎん」


「へえ?」


 真剣な顔でそう言い放ったブライスに対して、面白がるように笑ったのはナッシュだった。ドワイトもどうだかね、と笑い、ナッシュの耳元に口を寄せる。


「陽の光の元に部下達を出してあげるのが当の目的としか思えないんだが?」


 ナッシュも同意見なのか頷いた。


「仲間思いだよねえ。ほんと、あの鉄仮面さえ外せばもっと愛嬌のある優しい責任者になるって言うのに」


「何か言ったか?」


「いーや、何も?」


 ナッシュがにっこり笑う。


 ドワイトはしかしまあ、とブライスを見た。


 外に出るとは。ブライスも思い切った。この決断が吉と出るか、凶と出るか。それは誰にも分からないが。


 ドワイトは微笑む。


 仕事とは言え、久しぶりに羽を伸ばすことが出来るかもしれない。

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