File066 〜地を這うホクロ〜
ある日、それは起きた。
「あああああああああ!!!!」
B.F.星5研究員のラシュレイ・フェバリット(Lashley Favorite)がオフィスでいつものように仕事をしていると、横の扉が勢いよく開き、青髪の少年が部屋に飛び込んで来る。
その少年はラシュレイの助手である、星1のスカイラ・ブレッシン(Skylar Blethyn)。
彼が煩いのはいつものことなので、ラシュレイはよっぽどの事がない限り無視を貫く。今は溜まりに溜まった仕事を片付けねばならない。
スカイラの煩わしさが仕事に支障をきたしているのだが、それを理由にしてはいけないのだ。
「ラシュレイさん、ラシュレイさああん!!」
突然、視界がガッタガッタと激しく揺れる。ラシュレイは眉を顰めて画面を睨む。
「何」
「僕の......僕のお顔を見てくださいっ!!!」
見ていた文字が左から右へ流れる。椅子を回転させられたのだ。ラシュレイの視界には、強制的に助手の童顔が入ってくる。
「......何」
「はううう!!! その目、その声!!! かっこいいですっ!!」
ラシュレイはスルーして椅子を元に戻そうとするが、ガッ!! と動きを封じられた。
「なんだよ」
「見てください!! 天変地異が起きたんです!! 僕のお顔に!!」
頭の間違いではないか、とラシュレイは思いながらも彼の顔を見る。特に変わったところは無い。いつもの彼だ。
「何も無い」
「いいえっ!! あるはずです! よーく見てください!?」
顔をぐいっと引き寄せられる。ラシュレイは彼の顔をよく見た。
「......」
「......」
「......えへっ」
ポッと彼の頬が赤くなる。ラシュレイは今度こそ椅子を元の方向へ戻した。
「あああ!! ラシュレイさあん!!」
「忙しいんだから構うな」
「ちょっと待ってください!! 見て気づかないんですか!! 僕のチャーミングなホクロが無いということにっ!!」
ラシュレイは再びスカイラの顔を見る。そういえば、たしかに彼の左目の下には、小さなホクロがあったはずだ。そのホクロが無くなっている。
「此処のホクロ、朝に起きて鏡を見たら無くなってたんですよう!! ラシュレイさん知りません!?」
「知るか」
自分に顔を見て欲しくて、ファンデーションでも塗って隠したのだろう。自作自演である。
ラシュレイは顔をそむけようとしたが、
ガッ!!
再び椅子を掴まれ回転させられた。
何故か、助手の目がギラギラと輝いている。
「確かめたいことがあります!!!」
「......」
ラシュレイは嫌な予感を覚える。
「ラシュレイさんの体のホクロ、ちゃんとありますか!!? 僕が確かめますから、じっとしていてください!!」
「離れろ」
「さあ、服を脱いで!! まずは上半身のホクロからです_____うごあーっ!!!」
呼吸を荒くする助手に蹴りを入れて、ラシュレイは壁の電話に手を伸ばすのだった。
*****
「で、スカイラのホクロが無くなったと」
B.F.星5研究員のコナー・フォレット(Connor Follett)は、足元で「ひーん」と泣きながら正座をしている少年を見下ろす。
スカイラの顔を擦ったが、ファンデーションのようなものはついていないことが分かった。つまり、ホクロは本当に消えたのである。
「最初から描いていたとかはないのか?」
コナーがじとっとした目をスカイラに向ける。
「そんなことないです!! あれは僕の生まれながらのチャームポイントです!! 赤ちゃんの頃の写真を持ってきましょうか!?」
スカイラは正座したまま必死に訴える。それだけ本気で言われると、認めないわけにもいかない。
「でも、そんなことあるのかよ。ホクロが一夜で消えるなんてさ」
コナーの目はスカイラからラシュレイに移った。ラシュレイも肩を竦める。
仕事上、こういった不明な現象にはまず超常現象の可能性を疑わずにはいられない。
「まあ、取り敢えず体に害は無さそうだし、今日はそのまま過ごせ」
「あうう......ラシュレイさあん......僕のこと、チャームポイントが無くても愛してくれますか?」
スカイラが涙目でラシュレイを見上げる。
「ホクロ以外で認識してるから大丈夫だ」
「はうううっ!! 好きです!! そのまま体の隅まで愛しちゃってください!!」
抱きついてくるスカイラを引き剥がしながら、ラシュレイはコナーを見る。彼も呆れ顔で彼を見下ろしていた。
*****
さて、ラシュレイは家に帰って違和感に気づく。それは、シャワーを浴びる時であった。ふと鏡に映った自分の体を見て、何かが無いことに気づくのだ。
スカイラの言葉を意識して、彼は自分の体のホクロがある場所に鏡越しに目を向けた。
ラシュレイは鎖骨の下にホクロがある。ペンでちょん、と付けたような小さいものなので、目を凝らさなければ分からないのだが、そのホクロがたしかに無いのだ。
ラシュレイはホクロがあった場所を指で擦る。粉っぽい感覚も無く、何かに隠れているわけでもない。
ホクロなど意識して見ることが無いので、いつからか消えて無くなってしまったことも考えられる。自然に消えるホクロだってあるだろう。
ならば、他の場所のホクロはどうか。
ラシュレイは自分の太ももを見た。
彼の右足の内側には、ホクロが一つある。背中にも、たしか二つのホクロが並んであったはずだ。母が昔、目のようだと言って笑っていた記憶がある。
その他のホクロは認識していないが、今見たところ、足にあるはずのホクロは見当たらない。
「......」
これでは、自然消滅というのは考えづらい。ならば、やはり。
*****
「なるほどなー」
次の日の昼食の席で、ラシュレイは星5のバレット・ルーカス(Barrett Lucas)、そして彼のペアであるエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)に相談をしていた。
ラシュレイの隣には、先輩の腕をがっちりホールドしながらハンバーガーを頬張るスカイラが居る。
今日も、彼のホクロは行方不明だ。
「ラシュレイのホクロも無くなっていたと。そりゃ偶然にしてはできすぎてるもんな」
バレットはそう言って、ポテトにケチャップをつけた。
「俺らも見てみる?」
「そうだな」
エズラが持っていたフォークを置いて、服の間から中を見る。そして、眉を顰めた。
「......どう?」
バレットがポテトを咥えながら彼を見る。
「......無いな」
「マジ? 俺はあるよ」
バレットがほら、と手のひらを見せてくる。彼は右の手のひらの親指の付け根にホクロを持っていた。
「これが消えるかどうか、ですね」
スカイラがそう言って、ハンバーガーを再び頬張った。
「他の研究員にも聞いてみるか」
「良いんですか」
ラシュレイが食べる手を止めてバレットを見る。
彼らは仕事の量が多いはずである。ラシュレイはスカイラを助手にとったことで、彼らよりは少ない仕事を任されていた。それでも大変なのだ。
バレットが「おう!」と胸を叩く。
「後輩が困ってたら、助けるのが先輩の役割だしな!」
「めんどくさいだけだろ、ペーパーワーク」
隣でエズラは白けた顔をして、食後のデザートを口に運んだ。
*****
研究員に聞いてみると、その九割があったはずの場所からホクロが消えていることが分かった。顔や手など、目につく場所から消えていることで気がつく研究員も中には居たが、ほとんどは質問をしてから初めてホクロが無いことに気づいたらしい。
これだけの大人数の体からホクロが消えていることは、どうやら偶然ではないことが分かった。しかし、原因は何なのか。
まだホクロを持っているバレットは、「じゃあ」と提案をしてくれた。
「俺の周辺にカメラを仕掛けて、ホクロが消える瞬間を撮っていればいいんじゃね?」
「良いんですか」
生活をしているところをずっと撮られているなど、落ち着いて生活できない。
「今日はどうせ仕事終わらなくて此処に泊まるだろうし......なあ、エズラ?」
「......まあ、そうだろうな」
色々と大変らしい。彼らはいつだって仕事に追われているのだ。
「それなら、俺も泊まります。一から十まで任せてしまうのは......」
元はと言えば、自分の助手が持ってきた仕事である。ただでさえ忙しい彼らに、追加で仕事を頼むのは申し訳ない。
ラシュレイが言うと、反応したのは当然スカイラである。
「じゃあ僕もー!」
「お前はダメ」
「泊まるとしても、ラシュレイの居る部屋には入れないからな」
バレットとエズラがすかさず言った。
「ええー......」
スカイラがしゅん、と肩を落とす。
しかし、次の瞬間には顔を輝かせて、
「でもB.F.にお泊まりしては良いんですよね!? 僕もそのホクロ泥棒探ししたいです!!」
と挙手をする。
ラシュレイは返事に迷ったが、これが超常現象だとしたら、研究員としてのスキルがアップするチャンスかもしれない。自分で持ってきた仕事を自分で片付ける大変さというのも、彼に知ってもらいたいのだ。
「すみません、目は離さないようにするので、スカイラも泊まらせて良いですか」
ラシュレイが言うと、バレットもエズラも「まあ」と顔を見合わせる。
「むしろ、お前の方が心配だけどな......」
「大丈夫なのか......」
よっぽど心配されているらしい。ラシュレイも気持ちは同じだ。スカイラだけは顔を輝かせ、ラシュレイの片腕をがっちりホールドしていた。
*****
「で、俺が呼ばれたわけ?」
コナーが腕組をし、仮眠室のベッドにどっかり腰を下ろしている。既に寝巻きに着替えており、その傍らには三脚に乗せられたカメラがある。
彼もまた、その体にまだホクロを保っている者の一人であった。
「はい。コナーさんはスカイラと一緒に寝てもらって......」
バレットが隣のベッドを見た。そこにはスカイラが居る。既に自分のフィールドを作り上げる気なのか、さっきから息を荒くしてベッドメイキングを行っていた。
ラシュレイの顔写真の柄の枕カバー、ラシュレイがプリントされた抱き枕、ラシュレイそっくりの人形、ラシュレイの顔が付いた置時計_____ゾッとするベッドメイキングが繰り広げられ、コナーは顔を顰めている。
「俺、コイツの隣で寝んの? マジで?」
コナーがバレット、エズラを見上げた。ラシュレイはあまりの光景に席を外したところである。
「まあ......一応、監視役ということで」
「もう本人が具合悪くなってる時点で監視も何も無いだろ」
「そうですね......」
ラシュレイは「自分グッズ」を見て吐き気を覚えたらしい。覚束無い足取りでトイレに行ったが、その途中よろけて何度も壁に激突していた。
さて、今回ホクロ泥棒の正体を掴むため、ラシュレイ、バレット、エズラ、スカイラ、そしてコナーの五人は、B.F.の仮眠室を借りて一晩を明かすことになった。
この五人の中で、今のところホクロ泥棒の被害を受けていないのは、バレットとコナーだ。
用意した部屋は二つで、一部屋をバレット、エズラ、ラシュレイで使うことになった。もう一部屋は、コナーとスカイラ。
コナーはスカイラの監視役としての役割も持つが、最も重要なのはホクロ泥棒の犯人を探すことである。
まだホクロ泥棒の被害を受けていないバレットとコナーのベッドの傍らにカメラを仕掛け、もし可視化できる超常現象だった場合、その様子をチェックできるようにするのだ。
「まあ、取り敢えずカメラに写ってりゃ何でも良いんだな」
コナーが三脚を掴んでカメラを引き寄せ、眠っている自分が写るように位置を調整した。
「はい。すみません、何か......」
主にスカイラの方を見ながら、エズラはコナーに謝った。
「いや、良いよ。この感じ久々だしな」
コナーが笑って部屋を見回した。ベッドが二つあるだけの簡素な部屋だが、懐かしさを感じるのは今のこの作戦全体を通して言っているのだ。
B.F.での寝泊まり。それは、よっぽど仕事が溜まって帰れない時を除いて、あの事件以来無かったことだ。
ルームメイトはスカイラという少年に置き換えられてしまったが、コナーはこの懐かしさに心の何処かでワクワクしていたのだった。
「ありがとうございます。俺らは隣の部屋に居るので......」
「おう、何かあったら呼んだら良いんだな」
「はい」
「分かった。おやすみ」
「おやすみなさい」
バレットとエズラが部屋から出て行く。コナーは扉が閉まり、隣の存在を見た。ベッドメイキングは終わったようだ。ムフー、と満足気な様子で鼻息を荒くしている。
「終わったのか?」
「はいっ! 完璧な配置だと思いませんか!?」
そう言われて、コナーは彼のベッドの上をまじまじと見た。ラシュレイグッズは所狭しと並べられていた。枕カバーまでラシュレイの顔であるが、果たして、あれで良い夢は見られるのだろうか。
「......ノーコメントで」
「あ、極めつけはこれですー!」
コナーの話を聞かず、スカイラは枕を捲った。枕の下には、ラミネート加工されたラシュレイの写真。白衣の姿のラシュレイが写っている。入社後に撮ったものだろう。本人が許可したわけはないのだろうが。
「これ、良い夢が見られるんですよー......えへへ」
そう言って写真に頬擦りするスカイラに「そうか」と言葉を投げ、コナーは立ち上がる。壁のスイッチに手をかけた。
「じゃあ、そろそろ寝るからな」
「はいっ! あ、コナーさんもラシュレイさんグッズ要りますか!?」
「要らねえ」
朝起きた時に色々と誤解されそうだ。
「そうですかあ......寂しくなったらいつでも言って下さいね!」
スカイラは布団をかけて、横になる。コナーはそれを見て電気を最小限の明るさまで落とすのだった。
*****
遠くで物音がする。それは、布を引きずるような音を立てていた。
コナーは眠気と戦いながら、その音の正体を布団の中で考える。そして、ハッとした。自分は今、ある超常現象を調査するために会社に泊まっているのだ。
一気に目が覚め、体を起こそうとしたが_____彼はその行為を留まった。超常現象に警戒されないことが一番だ。此方が自然な状態であるとき、彼らがどのような行動を起こすかが、研究員としてまず見るべきポイントだ。
コナーは布団の中でじっと待つ。物音はコナーのベッドの真隣で収まった。やはり、狙いは自分なのだ。まだ体にホクロを保っている自分である。
コナーは目を閉じたまま、その時を待つ。すると、体が部分的に熱を持つのを感じた。熱いというわけではない。じんわりと暖かいのである。
そして、それはコナーの体にあるホクロの部分なのだった。右足のふくらはぎや、首の後ろ、腹......ホクロがあるところが部分的にじんわりとした熱を発するのだ。
その温かさは、体感で五秒ほどだった。やがていつも通りの感覚になり、それに続いて再び物音がした。
この部屋にある扉は一つ。壁を透けるような能力や、ワープする能力が無ければ、物体として扉から出て行く可能性がある。コナーは耳を澄ませた。
扉が開く音はしない。それどころか、物音は扉とは反対の壁の方へ向かうと消えてしまった。
コナーはそこでようやく目を開く。体を起こすが、部屋には誰も居ないようだ。隣のベッドではスカイラが眠っている。
コナーは電気をつけて、カメラの映像を確認した。赤外線カメラなので、暗闇の中でも映像はしっかりと撮れていた。時間を合わすと、今の現象が起こった場面が画面に映る。
黒い影が、床を這っている。それは人の形をしているようだが、魚のように床を泳いでいるように見えた。
人型の影は、扉の下に開いている微妙な隙間からこの部屋に入ってきたらしい。床と一体しているのが気になるが、わざわざ部屋の中に入ってくる時に扉を潜るということは、実体がある超常現象と考えて良さそうだ。
コナーはさらに画面を注視した。
黒い影は床を這い、やがてコナーが眠るベッドの傍らにやってきた。布を引きずるような物音は、コナーのベッドの横で消えたのだ。この影は、音を出しながら移動するのだろう。
コナーはその時を待った。
「......!」
画面の中で、虫のように何かが動いた。影が波打っているのだ。その波は、その影を立体的な人型に作り出した。黒い物質で構成された人間である。それは、コナーに向かって手を伸ばした。ちょうど、コナーが体のあちこちに感じた謎の温度と同じくらいの時間帯である。
コナーは自分の服を捲りあげて腹を見る。そこにホクロは_____無かった。
つまり、この瞬間だ。
運良く目が覚めたのは、影が微妙な音を出して近づいてきたからだ。ほとんど無音であったがために、きっと他の人は気づかないのだ。熟睡しているならば、尚更。
「......」
コナーはさらに動画を進めた。まだ、この超常現象が部屋から出ていく瞬間を見ていない。
映像を見ていると、立体型の影は再び床と一体化した。そして、扉とは反対の方向へ床を這って行く。壁まで到達すると、それは床から壁に移動し、今度は壁を這い始めた。何処かへと向かっていくが、カメラはそこまで追えていないらしい。
コナーはカメラから顔を上げ、影が消えたであろう方向を見た。コナーがちょうど眠っている時に足を向けているところが、その壁に当たるようだ。
すると、コナーはあることに気づいた。
この部屋の天井の隅に、ダクトへの入口がある。空気を入れ替えるためのもので、銀色の網がかけられている。どうやら、あの中に消えていったらしい。
「うーん......」
隣のベッドで、スカイラがむくりと起きた。目を擦り、ぼんやりとしている。
「あれー? もう朝ですか?」
「まだ夜中」
コナーは答えて、スカイラにホクロがあった場所を見せた。スカイラが目を丸くして「あ!!」と声を上げる。
「コナーさん、ホクロ盗まれてるじゃないですかっ!!」
「おう、何とか犯人っぽいのはカメラに映っていたんだけどな......扉から部屋に入ってきて、壁を這ってあのダクトに消えていったみたいだな」
扉からダクトを順に辿るコナーの指先を追いかけ、スカイラは「追いましょうよ!!」と強く言った。
「まあ、そうだな。ダクトはこの階の部屋には全部に繋がってるし......もしかしたら、バレットたちの部屋にも行ってるかもしれない」
「バレットさんの部屋ですねっ!!」
寝起きだと言うのにスカイラの顔が輝いていた。
「お前はあいつらの部屋に入るなよ」
「ええっ!! 何でですかあ!」
「察しろ」
あのベッドの上を支配する彼が怯える様子が目に浮かぶコナーであった。
*****
コナーは廊下に出た。廊下は薄暗い。歩けるほどの明かりはついているが、その明るさは最小限に抑えられている。
コナーが廊下に出ると、スカイラもついてきた。
「わあ、何だか夜の冒険って感じでワクワクします......!!」
コナーは隣の部屋に向かった。ノックをすると、物音がしてやがて扉が開く。寝ぼけた顔のエズラが出てきた。髪も解いているので、黙っていると女子のようだ。
「なんですか」
「や、お前の相棒、ホクロあるか確認したくてな。ちょっと良いか?」
「はい」
コナーは部屋に入った。
この部屋のベッドは二段である。それが二つあるので、最大四人まで寝泊まりすることが可能だ。物音にラシュレイが起きたらしい。
「どうかしましたか」
「ちょっとな。俺のホクロが取られた。バレットのホクロを見たいんだけど......」
パチ、と部屋の電気が明るくなった。バレットは二段ベッドの下でうつ伏せになってすやすや眠っている。この物音と明るさにも気づかないほど熟睡しているようだ。
「起こします?」
「そうだな。おい、バレット」
コナーはバレットを揺するが、バレットはいびきをかいて全く起きる気配が無い。
「こいつのホクロって何処にあるんだっけ」
「たしか、右の手のひらですね」
ラシュレイが答え、バレットの手を見ようとするが、彼は見事にその手を腹の下に隠しているのだった。手を引っ張り出そうとするが、ガードが固い。
「どんな寝相だよ。おい、お前起きろよ」
「バレットさん、起きてください」
コナーがさらに体を揺すると、突然彼の足が布団を蹴って三人の顔目掛けて飛んできた。すかさず三人は頭を下げる。ぶん、と空気を切る音がして全員一瞬死を悟るのだった。
「......こいつ起きてるんじゃねえの?」
「バレットの寝相はなかなかって、過去にこいつと同室のやつが言ってた気がします」
エズラが言う。
「マジか......もう力ずくで良いや。ラシュレイ、ちょっと反対側に回れ。こいつ、ひっくり返すぞ」
「はい」
ラシュレイがバレットの眠るベッドに上る間、エズラはカメラの映像を確認しているようだ。
「何か写ってるか?」
場所を決めながら、コナーはエズラに問う。正直、バレットをひっくり返すよりもまず其方を確認した方が効率が良かったと気づいたのだった。
「電池が切れてます」
「......はあ、仕方ないな」
コナーはバレットを支える。ラシュレイがぐっと彼を持ち上げ、彼の手を見た。
「あるか?」
「あります」
どうやら、まだバレットのホクロは無事らしい。
「まあ、まだ無事なら、もしかしたら犯人を誘き寄せる囮になるかもしれないな_____うおお!!」
バレットの腕がぶんっ!とコナーの頬を掠める。
「腹踏むぞ、お前っ!!」
「一応寝てるだけなので、やめといた方が」
ラシュレイに宥められ、コナーはバレットを睨む。此処まで起きないとなれば、ホクロを取られても分かるはずがない。
「仕方ない、とりあえず俺らだけで犯人を追うしか_____」
突然、廊下で悲鳴が聞こえた。それはスカイラのものであった。
部屋の外に飛び出すと、スカイラが床にへばりついている。彼の下には、じたばたと藻掻く黒い影。暗いのでよく見えないが、それはあのカメラに映っていたホクロ泥棒で間違いないようだった。
「捕まえたのか!」
「は、はいっ!! でもコイツ、平べったいからすぐ抜けられそうで......」
スカイラが床にへばりついて言う。
「電気、つけますか」
エズラが廊下の電気をつけに行く。
「ラシュレイ、お前は俺らの部屋からカメラ持ってきてくれ」
「分かりました」
ラシュレイもすぐに動き出す。
パッと廊下の明かりがつく。スカイラの下に居たのは、黒い影_____ではなく、ホクロで構成された人型の平面体だった。
「きっも!」
スカイラが離れる。その隙を見て逃げようとする彼を、コナーは足で踏んで阻止した。
「馬鹿! 逃がしてどうすんだ!!」
「あ、そっか......」
スカイラは彼の上に乗り、しゃがみこむ。ホクロの集合体ということもあって、トライポフォビアには地獄絵図に見えるだろう。
「うわー......これ、今まで盗んできたホクロなんですかね......?」
「そうみたいだな。この量はすごいな」
ホクロで構成された平面体は暴れるのを止めて、今はじっと二人の足に固定されている。そこに、電気をつけてきたエズラと、カメラを持ってきたラシュレイが戻ってきた。
「これが、カメラに映っていたホクロ泥棒ですか」
ラシュレイがカメラを構えながらコナーに問う。
「みたいだなー......おいお前、ホクロはきちんと元の人に返すつもりだろうな」
平面体の首らしき場所が動く。首を横に振っているのだろう。返す気は無いようだ。
「はあ? ホクロが無くなって困る人が居るかって言われれば、まあ首を傾げたいところだが......一応、返しておけ」
「そうだそうだ!」
スカイラが同意する。彼はチャームポイントが消えることが許せないようだ。
「ホクロなんか、そんな大量に持ってどうするんだよ。ほら、良いから返せ」
コナーがホクロ泥棒に手を差し出したその時。
ぶわっ!!
「!?」
全員が目を見張った。今まで人型だったホクロが、突然その原型を留めなくなったのである。例えるなら、今まで磁石のみで互いに引き合っていたホクロが、磁石の力が解けてバラバラになってしまったような感じである。
「何だ!?」
「もしかしたら、現象が消滅したのかもしれませんね」
エズラがバラバラになったホクロたちに軽く息を吹いた。ホクロは簡単に飛ばされる。
「いや、でもこれ......どうするんだよ」
「さあ......元の人のところに戻すのは、俺らでやれってことでしょうかね」
「面倒くさいの域を超えてるだろ、これ。ていうか、誰がどれだよ」
現象は消失したようだ。コナーの言葉が聞いたのか、それとも踏まれて嫌だったのか、詳しいことは不明である。
ただ、この大量のホクロをどうしたら良いのか。
持ち主に返すということをしてくれるような、親切な現象ではないらしい。
コナーが頭を搔いていると、突然スカイラが「あーっ!」としゃがみ込んだ。そして、ホクロの中から一粒を摘み上げてラシュレイに差し出している。
「ラシュレイさんの、太もものホクロ見つけましたー!!」
「......」
一応、持ち主に返すまではできそうである。
*****
その後、ホクロはスカイラの脅威の観察眼によって持ち主の元に戻された。持ち主はそれが自分のホクロであることすら分からないようだったが、気持ち悪がりながらも受け取ってくれたのでありがたい。
さて、こうして片付いたかと思われていたこの事件。
少し前、ある地域で、畑になっていた大量の葡萄が忽然と姿を消したらしい。畑の主は警察へ届けを出したそうだが、犯人は見つかっていないという。
また他の場所では、住宅街の家々が突然姿を消したのだとか。全く同じ外観の家が集まった住宅街だったそうで、今はぽっかりと穴が空いたように空き地が広がっているのだとか。一夜にして一軒残らず消えてしまったので、地元の住人は気味悪がっているのだという。
そして数日前、巷である都市伝説が浮上するようになった。
街を歩いていたら、全身が葡萄で構成された人間を見た_____。
そのほか、夜に遠くで音がして起きると、山よりも大きな巨人が外を歩いているのだという。その巨人はよく見ると、体が家の集合体で構成されているのだとか_____。
B.F.がそれに気づくのは、まだもう少し後の話。