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Black File  作者: 葱鮪命
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再会

 ラシュレイは目を開いた。暖かい光が部屋の中に満ちている。柔らかな日差しと、それに照らされて宙を舞うホコリがキラキラと輝いていて、幻想的な風景が目の前にあった。


 朝が来たらしい。


 彼はゆっくりと体を起こして、部屋の中を見回す。簡素なデスクと本棚、そして自分がいるこのベッド。それくらいしかない部屋だ。小さい頃から本さえあれば何でも良かったからか、おもちゃや他の家具はほとんど置いていない。


 ラシュレイはベッドから出て、壁にかけてある鏡の自分と目が合った。まだまだ薄暗い顔をしており、決して光が戻ってきたわけではない。だが、こうして朝目覚めて、きちんとベッドから出られるようになっただけでも、自分はきっと成長したのだろう。


 頬にある白い物体は湿布だ。そっと触れてみるが、その下の皮膚には指で触れている感覚がまるでない。これが超常現象「寄生痕」の特徴であった。


 これを見るだけで彼に励まされているように感じる。今日もしっかりやれよ、応援してるからな、と。彼の声が傍で聴こえる気がする。きっと、彼は傍にいる。そう信じて、この日を迎えたのだから。


 *****


 朝食をとるために、ラシュレイはダイニングに向かった。テレビの音が聞こえてきた。リビングのテレビがつけっぱなしになっている。どうやらキッチンに居る母親がラジオ感覚で聞くためにわざとつけているようだ。


「おはよう」


 キッチンを覗くと、柔らかい緑色のエプロンを着た母親がシンクに向かって立っていた。そんな彼女の背中に向かってラシュレイは声をかける。


「おはよう、ラシュレイ。朝ごはん出来ているわよ」


 その背中が振り返り、優しい笑顔を向けられた。


「今日はパンケーキよ。さ、冷めないうちに食べてしまって」


 母親がそう言うので、ラシュレイは頷いてダイニングの席につく。シンプルな木目の板の上に並べられたプレートの上には、甘すぎないパンケーキ、サラダ、そして牛乳が注がれたコップ。


 全て美味しい。母親の作るものが美味しくないと感じたことは無い。彼は特にこのパンケーキが好きで、特別な日の朝食は必ずと言って良いほどパンケーキなのだ。


 そう、今日は特別な日だ。


 ラシュレイはパンケーキを静かに切り分け、黙々と口に運ぶ。


 静かな朝食だった。ダイニングの周りから聞こえる音の方が大きくなる。母親が洗い物をしている音。そしてテレビから出てくるニュースキャスターの声。


「今日であのノースロップ・シティ爆破事件からちょうど三年の月日が経過しました。まだ事件については謎が多く、あの石碑の前には今日も人々が花を添えています」


 ラシュレイは食べる手を止めなかった。ただ耳だけはその声に傾けていた。


 あの日から三年。ラシュレイは21歳になっていた。


 *****


 ラシュレイにその電話が来たのは、あの日から一年が経過しようとしていたある日の晩のことだった。


 シャワーを浴びて自分の部屋で寝る用意をしていると母親から、電話が来ていると呼ばれたのだ。電話をとってみると、聞こえてきたのは懐かしい声だった。


『俺だ、ビクターだ』


 星4の先輩であるビクター・クレッグ(Victor Clegg)だ。研究員だった頃に何度か合同実験を行ったことがあり、赤い箱の訓練も彼から直々に教わった。責任感が強く、相棒のケルシーと共にしっかりしているため、ラシュレイが尊敬している先輩の一人である。


「こんばんは。どうかしましたか」


 彼と話すのはいつぶりか分からない。電話越しではあるが、声にそこまで変化は感じられなかった。


『実は話したいことがある。来月、俺の家に集まってほしい。他の奴らも呼んでいるんだが、来てくれるか?』


「それは......もしかして、B.F.のことについてですか」


 ラシュレイは自分の顔が強ばったことを自覚していた。


 自分のトラウマでもある、あの日を思い返すようなことをもう一度するとなると、自分はまたあの屍のような状態の戻ってしまうかもしれないと、怖かったのである。


 電話越しでビクターは、そうだと言った。それは優しい声だった。


『でも、きっとお前なら賛成してくれると思ったんだ。少しでも協力者が欲しい』


 ラシュレイは受話器を持ったまま考える。


 自分はまだ心の傷が癒えたばかりで、やっとあの石碑のような目に見える彼らの生きた証を残されて、心が落ち着いたのだ。毎朝、早い時間にあそこに花を手向け、家に戻ってくるという習慣もできた。


 心にもう傷は付けたくない。あんな経験はしたくない。


「B.F.を、1から作り直したいと思っているんだ」


 ビクターの声は耳元でそう言った。


 *****


 母親は今回の外出を快く許可してくれた。途中からビクターと電話を代わり、色々と話をしていた。会社の先輩と母親が電話越しとはいえ話をしているという景色が、ラシュレイには不思議に思えた。


 そして、もうそれが日常になりつつある光景なのかもしれないと再確認した。秘密だらけの会社が陽の光を浴びてしまい、こうして交わることの無い人達が交わっていく光景に、ラシュレイはどことなく虚無感を感じてしまう。


 まだ心の穴が塞がりきらない。


 まだ、彼らを思ってしまう。


 *****


 約束当日、時間になるまで集合場所となった空港の中を歩いていると、ラシュレイはふと、知っている顔を見かけたような気がした。気がしただけで人違いかもしれない。


 振り返って確かめようとすると、相手も振り返っていた。赤毛の、丸い顔の少年だ。ラシュレイは思わず彼の名前を呼ぼうとしたが_____、


「ラシュレイさんっ!!!!」


 大声で呼ばれた上に、がばっ!! と抱きつかれた。


「え、え!? ラシュレイさんですか!!? ラシュレイさんですよねっ!!?」


 それはよく知っている後輩の声だった。


 ラシュレイはそこでようやく、「キエラ」と名前を呼んだ。


 キエラ・クレイン(Kiera Crane)。Black Fileで仲良くしていた後輩だ。


「人違いだったら怖かったんです......うう、良かったあ」

「確認してから抱きつけ」


 彼を離すと、彼は泣き出していた。


 さすがに冷たくしすぎたか。ノールズさんじゃないしな、と反省したが、どうやらそういう理由で泣いているわけではないらしい。


「もお......あの日から全然会っていないから、もしかしたらもう二度と会えないのかもって思っていたんですから!」


 彼が鼻を赤くして笑った。


「良かった、また会えましたね」


 ぎゅっと手を握られ、ラシュレイは小さく「そうだな」と返す。懐かしい体温だ。


 私服で会う彼はやはり不思議な感じだった。子供らしさが少し抜けたかと思ったが、くしゃくしゃにして笑う顔や、高い声が変わっていない。


「ビクターさんに呼ばれたんです。僕、ほとんどお話したことがないので戸惑ったんですけれど......きっとラシュレイさんも来ると信じて、遥々やって来ました!」


 ふふん、と得意げに言うが、ラシュレイはそうか、と適当にあしらう。


「あれからどうですか? 何か変わったことはありました?」


「特にない。キエラは?」


「僕はですね......身長が伸びましたよ!!」


「そうか」


 二人は空港の入口付近までやって来た。たしか、この辺が待ち合わせ場所だったはずだ。ビクターの姿を探していると、


「あれ!!」


 一人の女性が此方に向かって走ってくる。それはラシュレイの先輩の一人であるケルシー・アーネット(Kelsey Arnett)だった。


「久しぶり〜! 元気にしてた?」

「はい、まあ......」

「そっかそっか〜! 元気なら良いんだよ!!」


 ケルシーはニコニコと笑って、頷く。この感じも懐かしい。


「ケルシーさん、ビクターさんは......」

「今来るよ!」


 キエラの問いにケルシーはパッと後ろを振り返った。呆れ顔で近づいてくる男性が居る。ビクター・クレッグ(Victor Clegg)だ。


「先に行くなよ。迷子になるぞ」

「だって遅いんだもん!!」


 ラシュレイは気づいた。二人の指に光る金色のリング_____。


「あ、エズラ、バレット!!」


 ケルシーが続いて向いたのは、ラシュレイらとは反対側だ。其方から、赤い髪の男性と青い髪の男性が歩いてくる。


「おっ!! みんな居るじゃん!」


 赤い髪の男性バレット・ルーカス(Barrett Lucas)が早足でやって来た。後ろからエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)もついてくる。


「ラシュレイとキエラは久々だな〜。元気?」

「はい」

「元気です!」


 良かった、とバレットが笑った。彼らも変わっていないな、とラシュレイは思った。


「さてと......どうする? もう移動しようか」


 ケルシーがビクターを振り返った。


「そうだな。早く集まるに超したことはないな。外に車停めてあるから、行くぞ。はぐれるなよ」

「はーい」


 ビクターとケルシーを先頭に、ラシュレイたちは後をついていく。ゴロゴロとキャリーケースを転がしていると、バレットが横にやって来た。


「いやー、ほんとに久々。お前私服似合うなー。大人っぽいから?」

「はあ」

「つか、キエラは変わってないな!」

「身長は伸びたんですけど......」


 変わったとしても1cmだろう。それほど変わっているようには見えない。

 と、伝えたいが泣き出すと面倒なので、ラシュレイは黙っておいた。


「あの、ケルシーさんとビクターさんって」


 ラシュレイは前を歩く二人を見る。肩を並べて話をしている様子は、何だか前よりも仲が良さそうに見えた。


「なー。びっくりだよなー。結婚したんだぜ、あいつら」


 バレットが頷く。


 やはりあの指輪はそういうことらしい。なるほど、ありえない話ではない。


「俺らは定期的に連絡を取っていたんだ。二ヶ月前くらいだったか?」

「そんくらい」


 エズラも話に混ざってきた。


「いいですね、ペアで結婚」


 キエラはそう言って、前を見つめている。


「ま、俺らにも良い人は現れるよなー! な、エズラ!」

「お前はまず私生活見直せ。俺に朝飯作らせんな」


 二人は前よりも一段と仲が深まっていたようだ。

 話を聞く限り、近くに引っ越してきてお互いの生活に影響を与えまくっている、ということだった。


 案外、自分が家に籠っている間に世間は変わり続けていたのだな、とラシュレイはしみじみ思った。

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