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第三話 アレクシアとルウド

 


 少年の名は村山ユウスケ。

 年齢は17。性別は無論男。日本在住の高校生。

 家族構成は父、母、弟に自分を入れて四人。

 彼は平和で凡庸だがどこか退屈感の否めない、そんな日常生活を送っていた。



 その日もいつもと変わらない一日のはずだった。

 彼はその日、珍しく夜更かしをしていた。今流行りの『ワイバーンクエスト』なるゲームを夜通しプレイしていて………夢中になっているうちにいつの間にかうつらうつらと船を漕ぎ始め、最終的には寝落ちしてしまった、筈だ。少なくともそれが現実世界での最後の記憶であることは間違いない。



 そして次に目を覚ますと、なぜか見知らぬ世界にいた。



 その異世界で彼は──────


 生まれて初めて人が死ぬのを見た。

 生まれて初めて殺されかけた。

 生まれて初めて目を奪われる程の美少女に出会った。


そして極め付けに少年は人ではなくなり、『人狼』とかいう化け物に『変身』してしまっていた。



*****



「もうわけがわからん……」

 

 少年はその変わり果てた頭を抱えて項垂れる。

 さっきから異常なことが起こりすぎている。理解が追いつかない。

 再び水面に目をやる。

 何度見直してもそこには見知らぬ犬………もとい、狼の顔がある。

 人間だった頃の彼はこんなにもじゃもじゃしていなかった。こんな銀色の毛は生えていなかった。こんな牙は鋭くなかった。こんな肉食獣みたいな恐ろしい目はしていなかった。


 (はあ……………なんなんだよマジで)


 頭を抱えると元の体とは明らかに違う位置にある耳に手が触れる。

 人間の耳と違ってそれは自分の意思でピクピクと動かすことができた。


 (ははっ、こんな所に耳あるぞー♪スゲー♫)


「………………………はあ」


 こんな奇想天外な出来事が続けばテンションもおかしくなるのも仕方のないことだ。

 少年は何をどうして良いかまるでわからないのだから。

 そしてふとした拍子にこの異常な状況下で様々な謎が頭の中を駆け巡る。

 ここはどこなのか?

 今は何日の何時何分なのか?

 先程の凄惨な光景はなんなのか?

 自分の身に起きたことは?

 なぜ化け物に変貌しているのか?

 なぜ腹を貫かれたのに無事で生きているのか?

 この、先刻自分を助けてくれた?らしき少女は何者なのか?



 今抱えている疑問を挙げ始めるとキリがない。

 自分の気が狂ってしまったと思えた方がまだ楽だった。



「大丈夫…………か?」


 

 心配してくれているのか、黄金の少女がこちらを窺ってくる。


 (落ち着け、一旦落ち着くんだ俺)


 少年はとにかく思考を切り替えることに注力した。


 恐らくこれは夢でも幻でもない現実である、と。

 先刻の異常な光景、腹を貫かれた時の激痛、目の前の黄金の美少女、そして何より自分自身の意味不明な風貌。


 状況証拠なら揃いまくってるのだ。


 自分は自分の知る現実世界とは違う『異世界』に来てしまった。しかも体も別のものに入れ替わって。

 そう仮定して今は話を進めるしかない。

 そうして彼は漸く口を開いた。



「申し訳ありません………。記憶に少し欠落があるようで…何も…思い出せないのです…」


 まず彼は記憶喪失のフリをした。

 この世界のことを全く知り得ない自分が不自然なく振る舞うために。正直ベタで下手くそな芝居だなと自分でも思ったが。

 しかしそれ以外とるべき行動が思いつかなかったのだ。


「そ………そうか、いや無理もないあんなに酷い目にあったのだからな」


 どうやら好意的に受け取ってくれたらしい。

 黄金の少女は少年の言葉を疑うこともせず彼に憐憫の目を向けてきた。


「心的外傷を負った時記憶に混濁が見られる、という話は聞いたことがある。しかし困ったな………これじゃ何もわからないな」


 少女は少し考え込んで再び口を開く。


「とにかく今は一大事だ。君の身柄は私が保護しよう。これから私と一緒に来てもらえないだろうか?ここもまだ危険だ。とりあえず安全な場所へ避難することを最優先にしたいのだが」


「来てもらうって………どこへです?」


「我々吸血鬼の本拠地(ホーム)吸血魔城(きゅうけつまじょう)へさ」


(ん………?吸血魔城?)


 少年はその単語に聞き覚えがあるような気がした。

 が、それを不要な思考と判断して切り捨てる。

 

(余計なことをゴチャゴチャ考えるのはよそう。とにかく今はこの女に従う他に選択肢はないだろうし)


「………わかりました、是非お供させていただきます。正直今のところ何が何やら……わからないことが多くて」


「そうだな。吸血魔城へ着いたら今起こっていることを私の知る限り、全て君に話そう」


 そう言って彼女は焚き火の炎を消して移動の準備を始め出した。

 一先ずこの先の目処が立ったことに安堵する少年。

 しかし直ぐにあることに気がつく。

 先刻から普通に会話をしているこの謎の美少女。

 彼女は一体どこの誰なのか彼は全く知らない。


「あの……そういえばあなたは一体……………」

 

 『誰なんですか?』と続くはずだった台詞は途中で途切れた。

 仮にも命の恩人?なのだから、いきなり『あんた誰?』と尋ねるのは失礼かもしれない、というよくわからない謎の配慮が彼の言葉を遮った。


 すると彼女は少年の意思を悟ってか、ふと物憂気な表情を浮かべた後にニコリと微笑み、


「そうか、自己紹介がまだだったな」


そう言って漆黒のドレスをバサリと靡かせて颯爽と告げた。


「私は魔族を束ねる十一人のロードが一角、吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)『アレクシア』だ。気軽に『アレク様』と呼ぶが良い」


「は、はい………アレク様」


(『ロード』って王様……いや女王様だったのか。しかもヴァンパイア?魔族?なんなんだよマジで……)


 だいぶ芝居がかった自己紹介だなと少年は感じた。

 どうでもいいことだけれど。

 

 王様ということは要するにアレクシアは偉い人?なのだろう。偉い人に対しては怒りを買わないよう、腰を低くしておくが吉である。


「して、君は?私は君のことは何と呼べばいい?」


「あ、はい俺はむら…」


 と、少年は自分の本名を言いかけてやめた。

 本能的に本名は不味いと思ったからだ。

 ここは明らかに現代日本とは違う場所だから。

 なんかそれっぽい名前を適当に言っておくことにした。


「ルウド……….『ルウド』とお呼びください、アレク様」


 咄嗟に出てきた『ルウド』という名は彼が今やってるゲームの主人公につけている名前だ。

 ちなみに彼はちょっとかっこいいと思ってこの名前をつけた。


「ふっ………承知した。よろしくなルウド」


 (『ふっ』でなんだ?馬鹿にされたわけじゃないよな?変な名前だったか?大丈夫だよな?)


 少しモヤモヤしたものがあったが今そんなことを気にしている余裕はないと思い、話を前へ進める。


「はい、ではその…….アレク様、よろしくお願い致します」


「うむ。では早速ここを立つぞ、支度せよルウド」


「承知いたしました」


 黄金の髪を靡かせ、優雅に身を翻す吸血鬼の王と名乗る少女。


 

 こうして兎にも角にも賽は投げられた。

 奇妙な世界、奇妙な体、奇妙な少女。

 わからないことだらけだが今はとにかく進むしか道はない。

 曰く、情報とは偉い人の元に集まるという。

 より多くの情報を集めて、まずはこの世界がなんなのかを知らなければならない。

 このアレク………吸血鬼の王についていけば何かわかるだろうか。

 ここが違う世界なら、元の世界への帰還方法も。


 そして少年は前へ進むため、立ち上がる。



こうして少年ルウド(人狼)と吸血鬼の王(ヴァンパイアロード)アレクシアとの旅は始まりを告げたのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。 続き楽しみにしてます。
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