第二話 銀色の狼
「………何をしている」
喧騒の夜。
夜闇よりも黒い、漆黒の黄金が厳かに佇む。
それは一見、少女の姿をしていた。
黒衣を見に纏い、爛々と輝く真紅の瞳。
月明かりに照らされた黄金の頭髪。
この世のものとは思えぬ究極の美がそこにあった。
年は少年とさして変わらないであろう。しかしその身に纏う黄金の王気が彼女がか弱い少女ではないことを見る者に知らしめていた。
彼女の凛とした姿に、敵である鎧の男たちも少年もその一瞬目を奪われる。
しかしその直後、
「あ、あ、あ…お前は…」
「どうした?」
「隊長、あの、あいつ…吸血鬼の王です!!」
「「何ッッ!?」」
鎧の男たちが一斉に青冷める。
──────瞬間、
「撤退ッッッ!!」
鎧の男たちは蜘蛛の子を散らしたように一斉に踵を返して走り出し、この場からの逃走を図った。
「………疾い、的確な判断だ。だがニンゲン如きがこの私から逃げられると思うなよ」
「《黒槍》」
彼女の口から短く唱えられた呪文。
すると彼女の右上方の虚空より黒く輝く槍が出現し、鎧の男たちに向かって射出された。
「がっ…………」
ほんの一瞬。
瞬きする間に超速で放たれた黒い槍は容易に鎧の男たちをその鎧ごと貫き、絶命に至らしめた。
朦朧とする意識の中、一連の流れを見ていた少年は
(…………何が、何やら)
目の前の出来事に圧倒されつつも遂にその意識を手放した。
*****
「・・・ハッ!!」
少年が目を覚ますとそこは真っ暗な森の中、木々の開けた小川のほとりだった。
パチパチと音がする方を見ると焚き火が焚かれている。少し肌寒い夜風が静かに炎を揺らすとその向こう側に人影があった。
「気が付いたか」
つい先刻、鎧の男たちを蹴散らした黄金の少女がそこにいた。彼女は焚き火の向こう側から少年の様子をじっと見ている。
「あっ、えっ…と、俺を……助けてくれたんですか?」
少年は恐る恐る尋ねてみる。
「ああ、気にするな。吸血鬼と人狼族の協定の範囲内だ。当然のことをしたまでだよ」
フッ…とどこか自慢気な顔つきで彼女は答えた。
しかし直後その表情に影が落ちる。
「しかしこの状況…助けることができた、とは言い難いな….」
少女はつい先ほどまで惨劇の渦中にあった集落の方へと目をやる。
「すまない………君以外の人狼族は恐らく全滅している」
「え?」
少年には、黄金の少女が口にする言葉の意味をイマイチ測りかねていた。
「ああ、それと君がお腹に受けた傷だがな、ポーションを使っておいた。まあ頑丈な人狼族だろうが大事を取って、だ。もうなんともないだろう?」
「………じんろう?」
再び怪訝な顔をする少年。
すると先ほどまで体に空いていた大穴が塞がって完璧に治癒していることに気がつく。
とりあえず、命の危機は去ったらしい。
そのことに一安心しつつも今度は湧き上がる疑問符に頭を揺さぶられる。
「え……今何と?じんろう?何のことです?」
「?」
今度は少女の方が怪訝な顔をする。何を言っているんだ?君は?とでも言うかのように。
と、ここで少年はようやく自らの体に意識を向ける。
おかしいのだ。
腕を見るとそこに肌色は見えず、謎の銀色の体毛にびっしりと覆われている。
指先の爪は鋭く尖り、体格も元の体よりもガッチリしている。
着ている服も一切馴染みのないものだった。
「なっ………???これは??」
気づけば見知らぬ土地、見知らぬ地獄に放り出され、見知らぬ敵に殺されかけ、
覚えのない美少女に命を救われる。
ようやっと一息つけたここで初めて、自分の身に起きた不可解極まる異常事態を再認識する。
「だって君はどう見ても……」
少女が少々困惑した表情で告げる。
少年はダッシュですぐそばの小川へ向かい、その水面を覗き込む。
──────月明かりに照らされたその水面には、
「我々吸血鬼の同胞の『人狼族』だろう?」
いつも見慣れた顔とは大きくかけ離れた、銀色の狼の頭部があった。