第一話 命の危機
─────殺戮。
圧倒的なまでの殺戮がそこにはあった。
夜の静謐を邪悪な喧騒が切り裂く。
いくつもの人影が入り乱れ、血飛沫が舞う。
刃を交える金属音。
空気を切り裂くような悲鳴。
獣の咆哮。
煌々と燃え、崩れ落ちる家屋。
そして辺りを漂う、濃厚な死の匂い。
化け物と人とが入り乱れ、そこには正に地獄と形容するに相応しい光景が広がっていた。
「なんなんだこれは…」
理解が追いつかない。
少年はその場でただ呆然とその光景を眺めることしかできなかった。
目の前で行われているのは自身の知る日常から一番遠い所にあるような、紛うことなき殺し合い。
まるで画面越しに映画の世界を見ているかのような俯瞰的感覚に陥る。
(どこだここは。なんだこの状況は。何一つ理解ができない。さっきまで俺は自分の部屋にいた、はず…。???夢?夢かこれ?)
夢ならばどれほど良かったことだろう。今目の前で実際に起きていることは間違いなく本物であり、視覚、聴覚、嗅覚を始めとした五感がそれを雄弁に物語る。
しかしそんなこと理解できるハズもなく、
「ここにもいたぞォォォォ!!」
鎧を見に纏った男の1人が声を上げる。
目と目がバッチリ合う。自分が目をつけられたと少年が自覚するまでにたっぷり数秒の時間を要した。
その声につられ、似通った格好の男たちが3、4人集まってくる。
そこで漸く少年は自分に殺意が向いたことに気がつく。
(何がなんだかわからない…が、とにかく…ヤバい、ここはヤバい!!)
瞬時に踵を返し、暗闇の中を連中とは反対の方向へと走り出す。
しかし体が思うように動かない。
何故かうまく走れないのだ。まるで自分の体が自分のものでないかのように。
「なんだこれっ…ハァハァ……夢にしちゃ趣味が悪すぎるっっ!!」
戦場となった集落?から森の中へ逃げ込もうとしたその直後。
ズグンッッと今までの人生で味わったことのない衝撃が体に走る。
「ガッッッッ、、!!」
鎧の男の一人が放った槍が少年の腰部に命中し、背中側からへその辺りまでをぶち抜いた。
少年は無様にその場に倒れ伏してしまう。
(ぐっ………がぁ………な、、これ………息が………でき………)
痛いなどという感覚を遥か彼方に超越する感覚。
しかし少年の体は死にはしなかった。気絶し意識を失うこともなかった。
鎧の男たちは自分たちの勝利を確信し、緩やかな足取りで少年にトドメを刺すべく近づいてくる。
「や………やめ………」
少年は自らの死を圧倒的なリアリティでもって感じ取っていた。
死。
普段の生活からは想像もつかないもの。
それはテレビの中、ニュースの世界でしか耳にすることのないリアルな『死』。
自分の人生において遥先に訪れることだと勝手に思い込んでいたもの。
その氷のように冷たい恐怖が少年の身に否応なく襲いかかってくる。
トドメとばかりに振り下ろされる剣。
しかし、その刹那、
ギィンという謎の金属音。
それとともに鎧の男の剣があらぬ方向へ弾かれる。
よって少年の命が奪われることはなかった。
「…………何をしている」
シャラン、と鈴の音が聞こえた気がした。
少年は気力を振り絞り、凛とした声のする方へ視線を投げかける。
瞬間、腹の痛みすら忘れ、その人物に見入ってしまった。なぜなら──────
──────そこに、漆黒の黄金が立っていた。