32「竜の子供を取り戻します」③
ゴードン侯爵家の屋敷は、王宮からそう遠くない貴族街の一角にあった。
大きな敷地と、手入れの行き届いた庭。三階建ての住まいは、さすが爵位の上の貴族が暮らしているだけある。
サムとギュンター、そして灼熱竜が真っ直ぐにゴードン侯爵家に歩いていくと、槍を構えた門番たちが、待ったをかけた。
「待て! ここをどなたのお屋敷と心得る!」
「出入りだ、この野郎!」
基本的に、ゴードン侯爵家に関わる人間はすべて敵として倒すと決めていたので、躊躇なく身体強化した拳で殴りつけて沈黙させる。
そのまま屋敷の門を蹴り壊して、サムを先頭に三人は敷地に侵入した。
「賊だ! 賊が現れたぞ! であえっ、であえっ!」
「時代劇かっての!」
門を音を立てて破壊したせいで、侯爵家の私兵が集まってくる。
完全武装で、だ。
「なんでお前ら、そんなに戦う気満々なんだよ? もしかして、主人になにかを守れって言われているのか?」
「賊に話すことなどないわ!」
兵士が一直線に突っ込んでくる。
賊とみなされているため、問答無用で剣を振り下ろされた。
しかし、程度はあまりにも低いため、避けるまでもない。
身体強化した拳を放ち、迫りくる剣を砕いてそのまま兵士を殴り飛ばした。
「はい、次」
剣士であるならリーゼ以上の実力者が現れない限り負ける気はしない。
それ以前に、兵士たちも貴重な情報源なので殺すわけにもいかなかった。
「待ちたまえ、サム。僕も手伝おう」
「戦えるのかよ?」
「対人戦なら結界術でも戦いようがあるんだよ。ほら、見てごらん」
ギュンターが指を鳴らすと、武器を構える兵士たちの顔を結界が覆う。
すると、何事かと目を丸くしていた兵士たちが、口をぱくぱくさせて何かを求めるように手を伸ばし、続いて地面に倒れてのたうち回る。
「なにをしたんだよ?」
「ふっ。簡単なことさ。結界で、空気を遮断した。彼らは呼吸ができないで苦しんでいるだけだよ」
「えぐっ!」
爽やかな笑顔を浮かべて、実にえげつないことを平然で行うギュンターについサムが叫んだ。
その間にも兵士たちはもがき苦しみ、動かなくなる。
「おっと、殺してしまうわけにはいかないからね」
再びギュンターが指を鳴らすと、結界が解除された。
サムはまだ意識を保っていたひとりの兵士を見つけると、襟首を掴んで持ち上げる。
「おい、この屋敷に竜の子供がいるだろ? どこだ?」
「し、知らない! 私は、旦那様に屋敷に誰一人として部外者を入れるなと言われているだけだ」
「本当か?」
「本当だ!」
「嘘だったらわかっているんだろうな?」
「う、嘘じゃない! ただ、旦那様はあの建物によく出入りしている。私たちは近づくことも許されていない!」
兵士が指さしたのは、屋敷の裏手にある建物だった。
ざっと見る限り、一階建のそう大きくない建物だ。
(馬でも飼っているのかと思ったけど、うーん、怪しいな)
「情報どうも、じゃあ、しばらく寝ていろ」
兵士の腹部を殴って気絶させる。
「ずいぶんと広い敷地だ。住まいの他に別の建物もあるなんて、さすが侯爵家だな」
「サム! 僕の家はもっと広いぞ! おっと、そういえば伝え忘れていたが、君の部屋を用意したよ」
「すんな!」
竜の子供を救いにきたというのに、平常運転のギュンターにサムは呆れる。
一方、出番がなかった灼熱竜は、眉間にシワを寄せて敷地内を見回していた。
「なあ、あの建物が怪しいんだけど、子供たちの居場所はまだわからないか?」
「向こうだ。匂いが近くなっている。あそこから子供たちの匂いと魔力を確かに感じる」
彼女が指さしたのは、兵士から聞き出した情報の建物だった。
(ま、そうだよな。自分が住んでいる屋敷に子供とはいえ竜を隠しておくなんてリスクが高いだろうし。そうなると外だよな)
もっと別の場所に隠されている可能性もないわけではなかったが、灼熱竜が匂いと魔力を感じ取った以上、子供たちはここにいるのだろう。
「行こうぜ」
「うむ」
竜が頷き、子供たちを助けるべく足を進めた時だった。
「お待ちなさい!」
甲高い怒声とともに、きらびやかなドレスを身に纏った女性が現れた。
「誰だ、おばさん?」
「――おばっ……賊風情が好き勝手しているようだけど、もう終わりよ。わたくしの家に、このゴードン侯爵家に無断で立ち入ったことを後悔させてあげるわ!」
厚化粧の女性は四十代半ばほどだった。
羽のついた扇子を手に持ち、サムたちを睨んでいる彼女の背後には兵士と魔法使いと思われる人間がぞろぞろ控えている。
(ちょっと時間をかけすぎたか。だけど、この程度の奴ら敵じゃない。さくっとぶっ飛ばして早く子供たちを助けよう)
サムが拳を握り、地面を蹴ろうとすると、肩を掴む者がいた。
灼熱竜だ。
「我にも戦わせろ。この苛立ちをぶつけたい」
「……殺すなよ」
「わかっている!」
短く返事をした彼女は、次の瞬間姿を消した。
否、目にも留まらぬ速さで移動しているのだ。
サムでさえ、目で追うのがやっとだ。
本性である竜の姿では完全なパワータイプだったが、人化するとこうも戦い方が変わるのか、と感心してしまう。
一分も経たずに、侯爵家夫人が連れてきた兵士たちが沈黙した。
死んではいないが、死んでいないだけだ。
四肢を砕かれ呻くものから、胸を陥没させて虫の息で倒れているものさえいる。
竜を相手にして無事に済んだ人間はひとりとしていなかった。
「え? は? え?」
夫人は何が起きたか理解できていない。
気がついたら、味方が全滅していることにただ目を白黒させるだけだった。
「……この程度の輩を殴り飛ばしただけでは逆に鬱憤が溜まる」
苛立ちが増したような顔で竜が、サムの隣に戻ってきた。
敵対した兵士たちに同情はしない。
悪事を働くような貴族に仕えているのが悪いのだ。
竜と戦い殺されなかっただけでも感謝してほしいくらいだ。
「で、あんたもアルバートとゴードン侯爵が魔物や竜を違法に売買しているのに関わっている、でいいんだよな?」
サムの質問に、青い顔をしていた侯爵夫人は唇をつりあげ、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
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