27「竜と戦います」②
サムから解き放たれた最上級魔法雨神乃渦撃は、竜の巨躯を飲み込むほどの濁流となった。
荒々しい濁流から抜け出そうとする竜が暴れるも、抵抗虚しく流されていく。
最上級攻撃魔法はただ濁流で押し流す魔法ではない。
濁流の中に飲み込まれた竜の身体を水がまるで意思を持ったかのように刃と化し襲いかかるのだ。
全身に裂傷を作り続ける、竜の叫びが空に木霊する。
なんとかして濁流から逃げ出そうともがき苦しむが、逃すわけにはいかない。
「このまま一気に王都から引き離させてもらう! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
限界を超えた魔力を放出したせいで、サムの至るところから鮮血が舞う。
そんなことなどお構いなしに、サムは魔法に魔力を込め続ける。
そして、王宮を包まんとするほどの巨体を誇る竜を、見事王都から引き離すことに成功したのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ、魔力がもうほとんど残ってないな。だけど、まだ終わっていない」
残り少ない魔力を振り絞り、王都から離れた草原に濁流ごと轟音を立てて落ちた巨竜を追いかける。
水浸しの草原の真ん中で、泥と血に塗れた竜が力なく横たわっているのを確認すると、少し離れたところに着地した。
「やっぱり殺せなかったか」
濁流で圧殺したかったが、力が足りなかったようだ。
サムは魔力が大きいことを自負しているし、強力な魔法もいくつか使える自信がある。
だが、最上級魔法のひとつを易々と使いこなせるほどではないのだ。
無論、最上級魔法を使える魔法使いなど数える程度しかいない。
「まだ実力不足か……ウルだったら、いや、竜を相手には無理かな」
最上級魔法雨神乃渦撃にスキル切り裂くものも上乗せしたかったが、できなかった。
まだ未熟な自分を恥じるばかりだ。
「聞こえているだろ? 人がいない場所を選んで、ここに落としたんだ。ここで決着をつけよう」
「――おのれ」
「話せるのか?」
竜の牙の生えそろった口から人語が放たれた。
サムは驚きはしなかった。
かつて戦った竜王も人語を流暢に話していたからだ。
竜の知能は人間よりも上をいくと聞く。ならば、人語を操ってもなにもおかしくない。
「おのれ、人間め」
竜は長い首を持ち上げ、赤い瞳でサムを睨んだ。
すると、うっすらと赤い光が巨体を包み、竜の身体が縮んでいく。
「――へぇ」
これにはサムも驚いた。
今、竜が行なっていることは――人化だ。
光の中から現れたのは、赤い髪を地面まで伸ばした、背が高く美しい女性だった。
どこかウルに似た雰囲気を持つ竜に若干の戸惑いが生まれた。
女性となった竜は、泥に塗れた赤い民族衣装を身に纏っていた。
険を宿した切れ長の瞳は赤く、整った鼻梁とすらりとした肢体。
人を超越した美しさを持っていた。
だが、そんな美しい顔を歪めて竜はサムを睨みつける。
「おのれ、人間め……この灼熱竜である我に、ここまでの痛手を負わせるとは。これほどの傷を負ったのは五百年ぶりだっ」
「それは光栄だ」
「防御に力を使いすぎたせいで、この様だが、貴様程度を殺すには問題などない。むしろ、戦いやすくなったといえる」
人型になったのは力を消費してしまったのもあるだろうが、サムと戦うのに適しているからだろう。
本来なら、竜が誇る巨体で押しつぶすこともできたのかもしれないが、サムに通用しないとわずかな攻防で把握しているはずだ。
事実、あまりダメージを与えられなかったが、竜の巨体はいい的だった。
(戦いづらくなりそうだな。俺も魔力が残り少ないし、後先考えず一気に決着をつけるしかないな)
水神拳を展開すると、身構える。
竜も細い腕を構えた。
「いくぞ!」
「こいっ、人間め!」
両者ともに地面を蹴り、激突する。
その衝撃は凄まじく、土砂と泥水を跳ね上がらせた。
サムの拳が竜の腹部を捕らえ、竜の爪がサムの腕を抉る。
どちらも疲弊したせいか、実力はほぼ互角だった。
「しゃぁああああああああああっ!」
竜が至近距離でブレスを吐く。
飛んで避けようとするも、サムの左腕が焼かれてしまう。
即座に回復魔法をかけて、なんとか動く程度に戻す。
そのまま水神拳を竜の顔面に叩き込むと、彼女の牙が折れて宙を舞う。
「死ねっ、人間っ!」
魔力が込められた貫手が槍のごとく放たれる。
紙一重で避けることができたが、衣服が破れ腹が剥き出しになった。
少しでもかすっていれば鮮血を撒き散らしていただろう。
竜の手首を掴み、渾身の力を込めた。
ごきっ、と音が響き、彼女の骨を砕いた感触がサムの手に伝わってくる。
「――――っ」
サムはさらに拳を振るい、竜の顔を何度も殴打する。
が、硬い。
肌が切れ、鮮血が舞おうと、決定打になっていない。
サムは舌打ちすると、拳を繰り返し当てていく。
竜の鱗が硬いことはわかっている。
ならば、決定打になるまで何度も攻撃するだけだ。
しかし、竜も黙ってやられてはいない。
折れていない方の腕を再び貫手として放った。
二度目の貫手は一度目よりも早く鋭く、避け切れない。
「――ちっ」
舌打ちしたサムは、これからくる激痛に耐えるべく奥歯を食いしばった。
次の瞬間、竜の指が肩を貫く。
「がぁああああああああああああああああっ!」
食いしばっていた奥歯が離れ、絶叫が飛び出た。
あろうことか、竜は貫いた肩に炎を流し込もうとしたのだ。
とっさに彼女を蹴り飛ばし、距離を置く。
「――なんで、こんな泥仕合をしているんだろうな。嫌になる。けど、俺は竜と戦えている! 俺の魔法が、攻撃が、竜に通じているんだ!」
サムは痛む肩を押さえて歓喜する。
ウルと共に過ごした四年間が無駄ではなかったと証明されたのだ。
魔法などまともに使えなかった子供が、今ではこうして竜と戦えるほど強くなかった。
すべてウルのおかげだ。
サムは心から亡き師匠に感謝した。
「さあ、仕切り直しだ。俺はまだ戦える。魔力も体力もまだある!」
「……なにを笑っている」
「なに?」
竜に言われ、サムは自分が笑っていることに気づいた。
認めよう。
サムは、国の危機に、自らの命さえ投げ打って戦っているこの状況を楽しんでいるのだ。
だが、竜はそんなサムを気に入らないらしい。
「そんなにおかしいか? だが、我はなにもおかしくない! いや、貴様たちに人間には我が滑稽に映るのか? 我が子を攫われ、必死に取り戻そうとする母親が、それほどおかしいか!」
「――なんだって?」
昂っていた感情の中の理性が、聞き逃せない言葉を拾った。
「待て、どういうことだ?」
サムの問いかけを無視して、竜は咆哮を上げて突進してくる。
水神拳で迎え撃つサムだが、どうしても彼女に問わずにいられなかった。
「待ってくれ! お前は、どうしてスカイ王国に、王都に来たんだ?」
「なにを抜け抜けと! 貴様ら人間に奪われた愛しい我が子を取り戻すためだっ!」
竜の言葉に、サムは振り上げた拳を放つことができずに硬直した。
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