26「竜と戦います」①
「さて、最初から全力でいくよ」
空高く飛翔し、王都の上空で赤い竜を視認したサムは、魔力を全開にした。
ウルから継承したのは、魔法技術、知識だけではなく、魔力もだが、もともと多い魔力量にウルの魔力までは使いこなせることはできない。
そのための訓練も行なっているものの、まだ未熟だった。
今のサムの全力は、あくまでも自分の魔力を使った全力だった。
「お前にどんな理由があるのか知らないけど、この国には俺の大切な人たちが暮らしているんだ。踏み荒らさせるわけにはいかない」
竜の体格は宮廷を覆うほどだ。
竜の中でも、相当位が高く、長く生きている個体だと思われる。
身体を覆う鱗と、鋭い瞳は赤く、炎を司る竜であることが予想できる。
(この世界では珍しくない西洋竜タイプか)
竜のブレスの厄介さは身に染みている。
竜種のブレスは、彼らが司る属性に影響されるが、たった一撃が人間でいう魔法の最上級攻撃魔法に匹敵することが多い。
竜の下位種にあたるドラゴンでさえ、ブレスは上級魔法に匹敵しているのだ。
彼らを人間が脅威と見なすのはごく自然のことだった。
(ブレス以外にも竜は独自の魔法を使うから、手出しされる前に攻撃して叩き潰すしかない)
戦法は至ってシンプルだ。
敵よりも早く攻撃し、火力を持って倒してしまう。
失敗すれば待っているのは、死だ。
「――命を奪わせてもらうよ」
サムが竜に向かいまっすぐに飛ぶ。
まだ竜が王都の上空に入る前になんとかしたかった。
次の瞬間、竜が大きく咆哮する。
「ぐっ、鼓膜が破れそうだっ!」
サムを認識したのだ。
敵意の籠もった咆哮に吹き飛ばされてしまいそうになるが、障壁を展開することで耐え切った。
「――行くぞ。これが、俺の全力だ」
限界まで身体強化した拳で、赤竜の顔面を殴りつけた。
「ぐぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
咆哮が響き渡り、空気が震える。
殴り飛ばすには至らなかった、王都の手前で竜が翼を止め、その場に止まった。
敵意と殺意が竜の瞳からサムに届く。
血管が沸騰してしまいそうなほどの濃厚な怒りの波動に、身が竦み硬直する。
「はぁああああああああああああああああああっ!」
だが、サムは気合を込めた雄叫びを上げることで硬直を無理やり解いた。
「俺がわかるか? 俺を認識できるか? 俺が相手だ、俺がお前の敵だ!」
一度殴っているので、今更だが、ちゃんと敵と認識してもらわなければ困る。
敵意をこちらに向けることができれば、自分が戦える間は王都は守られるだろう。
挑発としてサムが手招きすると、竜が咆哮した。
完全に、サムを敵として認識したことを確信する。
次の瞬間、王都全体を結界が覆った。
「ギュンターがうまくやってくれたみたいだな」
言動は変態のそれだが、結界術だけは超一流だ。
もう少し普通なら尊敬できたのに、とウルと自分に異常な偏愛を抱くギュンターを思い浮かべて苦笑する。
彼のおかげで、少なくとも後ろを気にして戦う必要はない。
「まずは、お前を王都から引き離す。本格的に戦うのはそれからでいい」
竜は言うまでもなく格上の相手だ。
かつてウルと一緒に別の大陸で竜王と戦ったときも死にかけたが、彼女のおかげでこうして生きている。
しかし、その頼もしい師匠も今はもういない。
ひとりで天災と恐れられる竜と戦うのだから、自然と緊張が走る。
だが、不思議と恐怖はなかった。
「――水神拳」
水属性の上級魔法を両腕に展開した。
炎属性と思われる赤竜に対抗するために、水魔法を選んだのだ。
水神拳はサムが得意とする身体強化魔法と、水属性攻撃魔法を同時展開する攻撃魔法だ。
近接戦闘魔法でもあり、魔法を維持する集中力と精神力、そして魔力が必要とされる。
本来なら長い詠唱が必要な魔法だが、サムは一呼吸で展開して見せた。
「行くぞ」
サムが虚空を蹴る。
一直線に竜に向かい、飛翔する。
魔力を高め、両腕に集中させていく。
竜がブレスを吐こうと大きく顎を開くが、そう易々と攻撃を許しはしない。
サムは大きく飛翔し、竜の眼前に降り立つと、渾身の力を込めて拳を振るい、強制的にブレスを邪魔した。
「まだまだ続くぞっ! ――水神脚!」
足にも水属性の上位魔法を纏い攻撃を繰り広げる。
拳が、蹴りが、次々と竜の鱗と激突する。
もちろん竜もやられてばかりではない。
咆哮とともに鉤爪を振るい、サムを引き裂かんとしてくる。
が、巨体の割には早い一撃ではあるが、限界まで身体強化をしているサムには問題なく避けることができた。
そして、またサムの攻撃が続く。
(――くそっ、今のところは俺のほうが攻撃を当てているのに……一度も後退しない。それほど王都になにかあるのか?)
サムの攻撃によって竜の鱗が剥げ鮮血が流れている。
翼からも同様に出血し、このまま押せば勝利できるのではないかとさえ思える。
だが、竜は執拗にスカイ王国王都を目指し、どれだけ攻撃しようと決して退こうとしなかった。
なにがあっても王都に向かおうとする執念を感じさせた。
(なぜこんなに王都を目指す? この竜は王都のなにを目的にしているんだ? いや、理由なんてどうでもいい、このままじゃ俺のほうが体力的にも魔力的にも先にダウンしてしまう。なら――)
サムは、このままでは自分のほうが先に限界が訪れると判断し、次の手に移ることにした。
竜と距離を取り、上空に止まると、水神拳を解除して大きく両腕を天に掲げる。
そして、詠唱を始めた。
「――天よ、雨水の恵みをもって我に力を与えたまえ。我が願うは荒れ狂う水の力と敵をなぎ払う嵐の本流――」
限界を超えて高まった魔力のせいで、サムの頬や額から鮮血が吹き出す。
本来ならもっと長い詠唱を必要とすることで魔力消費を抑えるのだが、その短い時間が惜しいため、省略したのだ。
そのせいで身体中から魔力を奪われていく。
竜もサムが大技を使うと判断したのだろう。
大きく顎を開くと、魔法陣を幾重にも展開していく。
だが、サムの方が早かった。
「最上級魔法を食らわせてやるよ! ――雨神乃渦撃っ!」
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