15「家族たちは心配です」①
「お父様っ! サムがアルバート・フレイジュ様と決闘するとはどういうことですか!」
ジョナサンの執務室に、リーゼが飛び込んできたのは夜も遅い時間だった。
娘は薄い化粧と寝巻き姿だが、うっすらと汗をかいている。
サムが屋敷で生活するようになってから、無防備な姿を極力見せなくなったリーゼにしては珍しい。それだけ慌てて来たのだろう。
サムがデライトとフランの親子と出会い、宮廷魔法使いアルバートに喧嘩を売ったことは、すでにウォーカー伯爵家に伝わっていた。
だが、まさか、日が変わらない内に決闘が承認されてしまうとは思いもしなかった。
「お前も聞いたようだな。私も王族派の仲間から使い魔を経由して先ほど連絡をもらったところだ。正式な通達は明日のようだがな」
「サムはこのことを?」
「まだ知らない。明日、落ち着いた場で伝えようと思っている」
「……そうでしたか」
ジョナサンは大きくため息を吐く。
スカイ王国最強の魔法使いに喧嘩を売ったと聞かされたときは、なんの冗談かと思ったが、こうして決闘が国に認められたのなら本当なのだ。
できれば間違いであってほしかったと思う。
おそらくリーゼも同じ気持ちだろう。
「おじさま! サムがアルバートと決闘するとはどういうことですか!」
「……ギュンター。君はまだ屋敷にいたのか」
パジャマ姿で執務室に飛び込んできた公爵の跡取りであり、宮廷魔法使い第五席にいるギュンター・イグナーツ。
おそらく彼は客間を勝手に使っているのだろう。
記憶が正しければ、いろいろ私物も持ち込んでいるので、きっと自分の部屋のように思っているのかもしれない。
「いましたとも! 妻として、サムとデライト殿のことを案じていましたから。先ほど、サムの部屋を尋ね、叩き出されたところに家の者が情報を持って来たので驚きました」
「君もめげないな。まあ、いい。リーゼもギュンターもまず落ち着いて座りなさい」
興奮気味のふたりをソファーに座らせ、メイドを呼んでお茶を用意させようとする。
「あ、僕はワインのほうがいいです」
「私も。お父様の秘蔵のワインが本棚に隠してあることは知っているので、そちらをいただきたいですわ」
「……グレイスに隠れてこっそり買った高価なヴィンテージなんだがね。まあ、いいだろう。その代わり、内緒にしておくように」
本棚の奥から楽しみに取っておいたワインに渋々手を伸ばし、グラスと共にテーブルに並べる。
コルクを開けると、芳醇な香りが鼻を刺激する。
娘たちほどではないが、昂っていた感情が静まっていくのを感じる。
グラスにワインを注ぐ。
乾杯はしなかった。
する気分ではないからだ。
「おじさまの美味しいワインに舌鼓を打ちたいところですが、それよりもサムのことです。まさかあのアルバートと決闘を国が許可するなんて思いもしませんでした」
「同感だ」
事のはじまりは、サムがアルバートに決闘を申し込んだのがきっかけだ。
アルバートの性格を知っているジョナサンとギュンターは、奴がサムの挑発を受けることは容易に想像できた。
しかし、国がふたりの決闘を正式に許可するとは予想できなかったのだ。
できることなら、話が流れてほしいとジョナサンは内心思っていた。
「サムに聞いたところ、どうやらアルバート様がフランに言い寄っていたのを止めて、そこから決闘に発展してしまったそうですが」
「……何度聞いても、なぜ決闘になってしまったのか理解に苦しむ」
サム曰く、アルバートの人柄が宮廷魔法使いにも、スカイ王国最強にも相応しくなかったから、奪おうと思ったらしい。
気持ちはわかる。
だが、実際に行動する前に、ちょっと考えてほしかった。
サムが強いことは知っているが、王国最強を相手にできるのか、と心配でならないのだ。
宮廷魔法使い五席のギュンターに敗北を認めさせているのだから、サムの魔法の腕が相当のものであることはわかっているつもりだ。
それでも、最強に挑むのはいささか早計ではないかと、考えてしまう。
「決闘うんぬんはさておき、サムがフランチェスカ殿を守ったのはいい判断だと思うよ。奴の女癖の悪さは有名だからね。宮廷魔法使いの中でも、あれだけの問題児はいないよ」
問題児に問題児と言われるのだ、アルバートもそうとう好き放題やっているのだろう。
「聞けば、他にいじめのようなこともしているそうですね。なぜあのような方が、デライト様に代わって王国最強になんて……嘆かわしいわ」
「それは単純にアルバートが強いからさ」
「ギュンターに言われなくても、そんなことはわかっているわ!」
リーゼがギュンターを睨みつけた。
頭ではわかっていても、感情では理解したくないのだ。
酒に溺れる前のデライト・シナトラは実力も、人格も、王国最強の魔法使いに相応しかった。
人望もあったし、弱き者の味方であった。
民からも好かれていたことは、リーゼもよく知っている。
そんなデライトを、友人であるフランはとても誇りに思っていたことも、だ。
「わかっていても、納得はできないのよ!」
「僕もあの男は嫌いだよ。だが、王国最強は魔法の強さが一番だからね」
「ギュンターほどの結界術の使い手でも、アルバートを強いと認めるのか」
ジョナサンの言葉にギュンターが端正な顔立ちを歪め頷いた。
「認めたくありませんがね。もちろん、僕の結界を破らせることはしませんでしたが、戦力を求めるなら宮廷魔法使いの中でもアルバートが一番ですよ。僕は戦いに関しては非力ですからね」
あくまでもギュンターは防御に特化しており、攻撃は得意としていない。
無論、宮廷魔法使いとして戦場に派遣される以上、戦闘手段はいくつか持っている。
だが、単純な火力では、アルバートを大きく下回ってしまう。
「なぜ国王様も決闘をお認めになったのかしら。しかも、こんなにも早くに?」
「貴族派の連中が勢揃いで決闘に賛成したらしい。ただ、どうやら国王様にもなにかしらの思惑があるようだ」
「だからって、一週間で戦いの準備ができるとは思いませんわ!」
たとえ国王の判断だろうと、あまりにも急に決まった決闘に、リーゼはどうしても納得がいかなかった。
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