14「最強に喧嘩を売りました」⑥
「サムくん、ありがとう」
「え?」
シナトラ家の玄関で、馬車を待つサムに潤んだ瞳を向けたフランがお礼を言った。
「まさか父が、君の面倒を見るなんて言うとは思わなかったわ」
「ウルの師匠に稽古をつけていただけるのは光栄です」
「きっと父がやる気になってくれたのは、君のおかげね。久しぶりに、あんなに明るい父を見ることができたわ」
彼女の瞳から涙がこぼれる。
だが、この涙は悲しみではない。
喜びの涙だとすぐにわかった。
「ウル様を亡くしてずっと父は落ち込んでいたわ。でも、サムくんの中にウル様が残したものを見つけたのね」
「そうであればいいと思います」
「ふふ、きっとそうよ。私だって、サムくんとウル様がどこか雰囲気が似ているって思うもの」
「俺とウルがですか? うーん、自分じゃ自覚がないんですけど、似てますか?」
サムが問うと、フランは笑顔で肯いた。
「どんな相手だろうが自信を持って立ち向かうところなんて特にね。昔から、ウル様はサムくんみたいに、相手が誰だろうと物怖じせずに真正面からぶつかっていったわ」
「ウルらしいです」
「サムくんだってそうよ。普通、王国最強の宮廷魔法使いを相手に決闘なんて申し込まないわ」
「かもしれません。でも俺はあんな奴が宮廷魔法使いであることも、王国最強を名乗っていることも我慢できませんでした。それに、フラン様やデライト様に失礼なことだって」
「私たちのためにありがとう。でも、あまり無理しないでね」
「無理なんてしません。無理せず、アルバートを倒してみせますよ」
「もうっ、それが無理なのに。ねえ、サムくんは怖くないの? 私だったらアルバートと戦うのは怖いわ」
フランに尋ねられ考えてみる。
確かに王国最強の魔法使いと戦うことは、傍から見たら無謀に思えるだろう。
しかし、サムは不思議とそうは思わない。
敬愛した亡き師匠ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの実力をよく知っているからだ。
病を抱えながらも、多くの強敵に共に立ち向かい倒してきた、目指すべき存在。
彼女以上の魔法使いなんていない。
それを証明するために、すべてを受け継いだサムは最強を目指すのだ。
ゆえに、スカイ王国最強など通過点に過ぎない。
そう思うと、恐怖など浮かべてはいられない。
あのような性根の腐った男に負けることになれば、亡きウルに顔向けができない。
「怖くなんてありません。俺は、もっと強い人を知っていますから」
「ウル様ね。私もウル様の強さを知っているけど」
「まあ見ててください。俺はアルバートに勝ちます。そうすれば、もうフラン様の周りをあいつがうろつくこともないでしょうし、デライト様だって新しい一歩を踏み出すきっかけになるかもしれません」
「――っ、私たちのことをそこまで考えてくれているのね。ありがとう」
「だって、ウルの師匠デライト様とウルの妹弟子フラン様ですから。俺にとっても、大切な存在です。あなたたちのためなら、俺はどんなことだってします」
そう言うと、サムの体をフランが力強く抱きしめた。
「こんな小さい体なのに、君はとても強いのね」
「傲慢な人間だと思ってください。俺は、いずれ最強に至る人間ですから。このくらいのことじゃつまづきません。アルバートを倒し、ウルの大切な人たちの憂いを晴らしてみせます」
「――ありがとう。サムくんのこと、心から応援するわ。ウル様の愛弟子である君なら、ううん、サミュエル・シャイトなら、あんな男に負けないって信じてる」
サムもフランの体を抱きしめる。
彼女の体は細く、今まで父親を支えてきたとはとても思えない。
アルバートから言い寄られ、どれだけ不安だっただろう。
ウルの妹弟子だからだけじゃない、困っているひとりの女性を救いたかった。
そして、フランだけではなく、この場にいないデライトのこともだ。
彼はアルバートに屈辱を受けた。
しかもアルバートは、よりにもよってフランを自分の女にしようとしているのだ。
それを知ったデライトの心情は察するにあまりある。
ウルが生きていたら、決闘など待たずに殴り飛ばしに行っただろう。
サムだって今すぐそうしたい。
だが、それでは自分の気が晴れるだけだとわかっている。
公の場で、かつてアルバートがデライトにしたように、完膚なきまで叩きつづぶし、奴の全てを奪おう。
サムのすべきことは決まっていた。
「俺こそ、ありがとうございます」
応援してくれるフランに感謝の気持ちを伝え、サムは名残惜しく彼女の体から離れる。
少しだけ気恥ずかしさを覚えたまま、ふたりは言葉なく馬車を待った。
そして、馬車がシナトラ家の前に着くと、挨拶を交わして屋敷を後にした。
――そして、この日の夜。サムとアルバートの決闘が国に認められた。
一週間後、王宮で戦うことが決まったのだった。
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