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4「出発前にリーゼ様からお願いされました」




 ウルの師匠デライト・シナトラの屋敷に向かう日の朝。

 身支度を整えていると、リーゼがノックをしてから部屋の中に入ってきた。


「おはよう、サム」

「おはようございます、リーゼ様。どうかしましたか?」


 リーゼはサムに微笑むと、手を伸ばし襟を整えてくれた。

 そして、少しだけ居心地の悪そうに言葉を探す。


「えっとね、サムにお願いがあってきたの」

「なんでも言ってください。リーゼ様のためなら、俺はなんでもしますよ」

「あら。駄目よ、サム。女に何でもなんて言ったら、取り返しのつかないことになってしまうわよ……って、いつもなら言うんだけど、今日は真面目にお願いがあるの。デライト様の件よ」

「今日、会いにいきますけど、どうかしましたか?」


 サムはリーゼの言葉を待つ。

 しばらく言葉に迷っていたリーゼだったが、意を決意したのか、話し始めてくれた。


「デライト様のことを娘のフランチェスカが面倒を見ていると言ったでしょう?」

「覚えています」

「フランチェスカは私の友人なの」

「……そうだったんですか」

「あの子は、またデライト様が魔法使いとして復帰できることを望んでいるの。だから、些細なことでも構わないから、力になってあげてほしいの」

「俺になにかできることがあればいいんですけど」


 ウルの師匠が飲んだくれている現状は、サムにとっても見過ごせないものだった。

 デライト・シナトラの事情も、心情もすべて知っているわけではないが、放置できる問題ではない。

 かといって、この世界では成人もしていない自分になにができるのだろうかと不安にもなる。

 そんなサムの心配を、リーゼは否定する。


「ウル姉様の後継者であるサムなら、きっとデライト様も気になさってくださるはずよ。姉様が出奔してから、あの方のお酒の量も増えたと聞いているし、サムのことは無視できないはずよ」

「そうでしたか」

「私たちではなにもしてあげられないの。あなた任せになってしまって申し訳ないけど、お願いね、サム」

「わかりました。ウルの弟子として、お力になれるのであれば尽力します」

「――ありがとう」


 リーゼは、感謝の言葉を口にすると、サムのまだ小さい体を優しく抱きしめた。


「ちょ、リーゼ様!?」


 彼女の体温と、甘い香りが伝わり、心臓が跳ねる。

 緊張で体が硬直し、情けないほど慌ててしまう。

 リーゼに、うるさいほど暴れる心臓の鼓動が伝わってしまわないかと、内心焦った。


「ふふふ。お礼よ。サムったら私たちのためならなんでもしようとしてくれるから、かわいくてつい」

「……かわいいと言われても嬉しくありません」

「そうよね、女の子じゃないんだから。でも、そんなところがかわいくてならないの」


 年齢的には子供だが、実際に子供扱いされるのは不満だった。

 自然とサムは頬を膨らます。

 そんなサムのちょっとした仕草を見逃さなかったリーゼが、瞳を輝かせて指で頬を突く。


「や、やめてくださいってば!」

「うふふ、私のはじめての弟子だからかしら、それとも弟のように思っているからかしら。サムのことがかわいくてかわいくてしかたがないわ」

「……光栄です」

「もう、怒らないで。ごめんなさい、ちょっとサムがかわいかったからからかいたくなってしまったの。もうしないわ……多分」

「そこはちゃんと約束してくださいよ、もう」


 そんなやりとりをしていたサムとリーゼは、


「――あははは」

「ぷ、ふふふふふ」


 どちらからともなく笑い出した。

 サムはこれからウルの師匠と会うことへの緊張が、知らぬ間に解けていることに気づく。

 リーゼが友人を思う気持ちを受け、力になろうと決めた。


 ひとしきり笑い合ったふたり。

 サムはリーゼに笑顔を向ける。


「デライト様とフランチェスカ様のことは、頑張ってみます」

「ありがとう、サム。お願いね」

「はい。じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 リーゼに見送られて、屋敷の外へ待つ馬車へ乗り込んだ。

 手を振ってくれる彼女へ、サムも手を振り返す。


(不思議だな。少しだけ屋敷を離れるだけなのに、少しだけ寂しいや)


 サムはひとりで馬車の中にいる居心地の悪さを覚えながら、そんなことを思うのだった。





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