40「ジュラ公爵と娘のお話です」②
「反抗期なのかしら?」
「お母様!? わたくしのお話を聞いていましたか!?」
オフェーリアは泣きたくなった。
公爵家当主として優秀な母だが、普段の母はマイペースだ。
亡き父はそんな母が大好きで、子犬のように母の行動に一喜一憂していたが、娘としてはよくこうも公私の切り替えができるものだと感心する。
「いろいろ言いたいことはありますが、一番の疑問にお答えください」
「いいわ」
「なぜ、サミュエル・シャイトの子供をお母様が産むという選択肢がまず出てくるのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ――そこからなのね」
「ええ! そこからなのですわ!」
なんだそんなことか、みたいに母が肩を竦め、ようやく話が通じたと思って安堵したオフェーリアにはっきりイーディスは告げた。
「――運命だからよ」
「意味がわかりませんわ!」
「……私はかつて、ロイグ・アイル・スカイと婚約していたわ」
「存じていますわ。亡きお母様の婚約者であらせられる王子殿下のご子息がサミュエル・シャイトだということも」
「運命でしょう?」
「途中を端折らないでください! なにを、どう、思ったから運命だと感じたのか説明をして欲しいのです!」
貴族派貴族を恐怖と権力で押さえつけているイーディス・ジュラの口から、「運命」なんて言葉が出てくる日がくるとは思わなかった。
会ってもいないのに、サミュエル・シャイトが母をおかしくした、とオフェーリアは筋違いだとわかっていても恨めしく思うのをやめられない。
「オフェーリアならわかってくれると思っていたのに、残念ね」
「なぜわたくしが理解するなど」
「あなたの愛読している書物に、まさに私とサミュエル・シャイトのような関係があったでしょう?」
「創作と現実を一緒にしないでくださいませ! お母様は仮にも公爵家の当主なのですよ! そんな夢見る乙女みたいなことを、今時誰も言いませんわ!」
「そんなに怒鳴ってばかりいると喉を痛めるわ。落ち着きなさい」
「お母様が落ち着かせてくれないのですが……いえ、もういいです。わかりませんが、わかりました。とにかく、お母様はサミュエル・シャイトに亡きロイグ殿下の代わりに責任を取れとおっしゃりたいのですね?」
「違うわ」
「違うのですか!?」
「ロイグはロイグ、息子は息子じゃない。そんなかわいそうなことを考えもしなかったわ。オフェーリア、あなたって意地悪なのね」
「わたくしが非難されているのですか!?」
オフェーリアは本格的に頭痛を覚えて、目眩までしてきた。
とにかく母がサミュエル・シャイトにご執心であることだけはわかった。
「ならば、もうお母様だけお嫁にいけばいいではないですか。お父様だって、お母様が自分の亡きあとに恋愛しても怒るどころか喜ぶでしょう。お母様の幸せだけを気にしていましたから」
「あの人は、あなたたちのこともちゃんと気にしていたわ」
「そのことに関して疑っていませんわ。それ以上に、お母様を気にしていたのですわ」
良くも悪くも父は、母が幸せなら自分も幸せな人だった。
ロイグ殿下が出奔し、婚約を一方的に破棄される形になった母のもとに毎日通い、口説き落とすのではなく、相手にするのが面倒だから貴族の義務を果たすために結婚してあげる、と妥協させることに成功したが、それだけで大喜びだったという。
そんな父を、祖父は悪いと思ったのか、とても可愛がった。実の娘よりも可愛がっているのではないかと、孫のオフェーリアが見ても思えたほどだ。
母が父を、家族としてでも愛し、子供も生まれ、幸せだったのはわずかな時間だった。
また愛する人を失い、母がなにを思うのか、オフェーリアには察するにあまりある。
だから、母がサミュエル・シャイトと結婚し、子供を作ろうと、幸せになれるのならそれでいいのだ。
しかし、自分をおまけみたいに巻き込むのをやめてほしい。
「ところで、お母様」
「なに?」
「わたくし疑問なのですが、お母様が嫁にいくのも子を産むのもご自由にと言いたいのですが、そもそもサミュエル・シャイトがお母様を受け入れるでしょうか?」
口にするのはとても怖いのではっきり言えないが、サミュエル・シャイトが十四歳であることに対して、母は三十代後半だ。
年齢が離れすぎている。
母親とそう歳の変わらない相手を、女性として、妻として見ることができるかどうか、いささか不安が残るのだ。
「その可能性はあるわね。だから、その場合はオフェーリアの出番よ。子供を産めないのは残念だけれど、孫でも私は満足よ。理想なのは、ふたりで嫁ぎたいわね」
「……い、妹を頭数に入れないだけ良識があると喜べばいいのか、それ以前の問題だと嘆けばいいのかわたくしにはわかりませんわ」
まだ十歳の妹がサムの嫁候補として送り出されないだけマシだと思うオフェーリアは、自分の感覚がそろそろ麻痺してきた自覚をした。
サムが熟女好きで、年下の自分に興味がありませんように、とオフェーリアは天に祈った。
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