54「自称婚約者の変人が来ました」②
「誰があたしの兄だって言うのよ! あんたは赤の他人じゃない!」
あからさまに嫌そうな顔をするエリカに、ギュンターは前髪をかきあげて肩を竦めた。
「つれないね。僕は幼い頃から君のことをよく知っているんだ。兄のようなものじゃないか。それに、僕は彼女と結婚するんだから、必然と兄になることに変わりはないよ」
「――っ、あんた、まさかまだ知らないの?」
「なにをだい?」
「……ウルお姉様は亡くなったわ」
エリカは幼なじみともいえる青年に、姉の死を伝えた。
だが、ギュンターは悲しむこともなく、むしろ憤りの表情を浮かべた。
「そのことだよ」
「え? なによ?」
「今日はそのことを確かめたくて来たんだ。僕の最愛のウルリーケが亡くなったなどという嘘を言って君たち家族に取り入った、彼女の弟子を名乗る不届き者がいるんだろう?」
「ギュンター、お姉様は本当に」
「確か、名前はサミュエルと言ったかな」
姉の死を信じていないと思われる青年に、エリカは言葉に詰まる。
幼い頃から兄面をする鬱陶しい人間ではあるが、心の底から嫌っているわけではない。
そんなギュンターに姉の死を受け入れてもらうにはどうするべきなのか、と内心首を傾げた。
「サムよ。サミュエル・シャイトよ。あと、サムは嘘なんかついていないわ。お姉様は本当に亡くなったのよ」
エリカだって信じたくないが、亡骸をこの目で見て、葬儀も行った。
今さら姉の死をなかったことなんてできるはずがない。
「そう! そのサミュエル君だ! ウルリーケの弟子を名乗る愚か者だ! なぜおじ様たちは、どこの馬の骨だかわからない子供にウルの魔法名を名乗らせることを許しているのかな?」
「サムは、お姉様が見つけて育てた唯一の後継者だからよ」
「ほう。意外だね。君はもっと感情的にその少年のことを否定すると思っていたよ。他ならぬ、ウルリーケの後継者を目指していた君ならね」
ギュンターの言葉に、苦いものを思い出すようにエリカが顔を歪める。
青年の予想通り、エリカはサムを認めずすでに暴走済みだ。
もっとも、その結果彼と和解することができたのだが。
「否定も嫉妬ももうとっくにしたわよ。その上で、サムをお姉様の後継者として認めたのよ」
「ほう」
「ていうか、あんたはウルお姉様の訃報を聞いたわりには来るのが遅かったわね。その日に飛んでくると思ってたわ」
「それは手厳しい。実を言うと、ウルリーケが亡くなったなどという妄言を聞いたときに驚きのあまり失神してしまってね、今朝目を覚ましたばかりなんだよ」
「……一週間近く気を失うとか、どれだけ脳がお姉様の死を処理できなかったのよ」
「僕も馬鹿さ。あのウルリーケが死ぬわけがない。殺す方法が見つからない。そんな彼女が亡くなったなんて、一瞬でも信じてしまったことが恥ずかしいよ」
「――ギュンター」
目の前の青年は、姉の死を受け入れたのではない。
認めなかったのだと気づいた。
それは実に悲しいことだ。
「さあ、ウルリーケに会わせてもらおう」
「だから、いないわよ! もう葬儀も行ったんだから!」
「――ならば! そのサミュエル君と言う少年に会わせてもらおう! 彼が本当に後継者というのなら、ウルのすべてを受け継いでいるのなら、僕には会う資格がある」
「なにを勝手に」
「それに興味深くもあるんだよ。シスコンエリカがウルリーケの後継者として認めるほどの少年か……八つ裂きにしてやろうと思っていたけど、君と会話して気が変わった。本当にウルが亡くなったと言うのなら、後継者という彼に会わせてもらおう」
「あんたみたいな危険人物をサムに会わせるわけないでしょ! なにをするつもりよ!」
姉に執着しているギュンターをサムに会わせるのは危険だと思った。
姉の死を受け入れていないギュンターと、受け入れ前に進んでいるサムが会えば、なにかしらの問題が起きることは間違いないとエリカでもわかる。
「だけど、彼はきっと僕に会いたいはずだ。彼が本当にウルリーケの後継者であり弟子であるのなら。なんせ、僕はウルリーケの婚約者だからね」
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