19「帰国しました」
転移魔法を潜り抜け、目を開けると、スカイ王国王都にあるウォーカー伯爵家の中庭だった。
数日ぶりだが懐かしい。
夜の国と違い、肌にまとわり付く暑さと、スカイ王国独自の匂いが帰ってきたのだと実感させてくれる。
なんだかんだと各地を転々としていたサムではあるが、ここ数ヶ月暮らした王都こそ、故郷だと思えるようになったのは、きっと愛する人たちがいるからだろう。
「――俺たちが、ここに住んでいるのも全部把握済みってわけか。怖い魔王様だ」
どうやって情報収集しているのかまでは不明だが、自分の暮らしている場所から、力まで知られているのだ。
魔王云々ではなく、遠藤友也という個人が普通に恐ろしかった。
友好関係を築けたが、敵であったらと思うだけでぞっとする。
「ふむ。先日、この国を訪れた時にはすぐに帰ってしまったが、しばらくのんびりと街を見て回らせてもらおう」
「ここが兄貴のお住まいですか。日向ぼっこするいい感じの庭があるのがいいですねぇ」
「……君たちね」
マイペースなゾーイとボーウッドにサムが肩を竦めた。
ふたりには、これから知らない国で生活するという不安がないらしい。
まず、国王と会い、報告したり、滞在許可をもらったりとすべきことは多いのだが、魔族ふたりはあまり気にしていないようだ。
「懐かしのスカイ王国へ帰ってこれて嬉しいのだけど、このまま家に帰るのはお姉さん的には駄目なのよね。まず陛下にご報告にいかないと」
「そうですね」
魔王ヴィヴィアン・クラクストンズと友好関係を築けたこと、メイド長ルイーズの結婚許可をもらったことも伝えたい。
少なくともこれで、クライドとセドリックは気が楽になるだろう。
「――では、私は奥様たちに帰国の報告をしてきますね」
「ああ、ダフネ、頼むよ。――それにしても、なにか街のほうが賑やかな気がするのは気のせいかな?」
ダフネを見送ったサムの耳には、城下町のほうから人々の楽しげな声が聞こえてくる。
もともと活気のある国だったが、これほど賑わっていただろうか、と首を傾げた。
サムの疑問に、水樹も同意する。
「そうだね。なにかお祭りでも、うーん、この時期はないはずなんだけど」
「そうよねぇ。お姉さんも心当たりがないわ」
長年この街に住んでいる水樹も、キャサリンさえも、街の賑わいに心当たりがないらしい。
「――サム! 水樹!」
なんだろう、と考えていると、ダフネを伴ってリーゼが現れた。
ゆったりとしたワンピースに身をつつんだ愛しい妻との再会に、サムは笑顔を浮かべた。
「リーゼ!」
数日ぶりだというのに、何年も離れていたような錯覚を受け、たまらず彼女の細い体を抱きしめる。
「元気だった?」
「もちろんよ。サムったら、一週間も会ってないわけじゃないのだから大げさよ」
くすくす、と笑う彼女はサムの記憶にあるままだ。
「だって、お腹に赤ちゃんがいるんだし」
「大丈夫よ。花蓮たちも、お父様たちだっているのだし。もう、サムったら心配しすぎだわ」
「そうなんですけど」
相変わらずリーゼの心配ばかりしているサムに、彼女はくすぐったそうに微笑むと、同じ大切な家族である水樹に顔を向ける。
「おかえりなさい、水樹。お疲れ様」
「うん。ただいま」
水樹は軽く手を挙げて、リーゼに応じた。
サムとの再会を喜んでいたリーゼは、ゾーイたちの視線を感じ、慌てたように夫から身体を話すと礼をした。
「これは失礼しました。キャサリン様、ご同行どうもありがとうございました」
「ふふ、どうってことないわ」
「そして、サム。こちらの方達をご紹介してちょうだい?」
「おっと、そうでした」
サムは、夫婦の再会を邪魔することなく見守ってくれていた友人たちを紹介した。
「こちらは、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ様の騎士ゾーイ・ストックウェル殿。もうひとり、伯爵位を持つボーウッド・アットラック殿だよ。ふたりとも、彼女はリーゼロッテ、俺の大切な奥さんだ」
「サムの妻、リーゼロッテ・シャイトです。夫がお世話になっています」
リーゼがお辞儀をすると、ゾーイがまず口を開いた。
「ゾーイ・ストックウェルだ。紹介されたようにヴィヴィアン・クラクストンズ様の騎士をしている。しばらくこの国に滞在する予定だ。よろしく頼む」
「ゾーイ様ですね。よろしくお願い致します」
「いや、ゾーイでいい。水樹とは友人になった。サムの妻であり、水樹の幼なじみだと聞いている。ならば、私にとって友人だ。気楽に接して欲しい」
ゾーイの優しげな笑顔に、リーゼも微笑んだ。
「では、ゾーイと呼ばせてもらうわね。私のこともリーゼと呼んでちょうだい」
「うむ、リーゼ」
リーゼとゾーイは握手を交わした。
仲良くしてくれることはいいことだ、とサムもにっこり。
「そして、そちらの――獣人様でいいのよね?」
獣人を初めて見るのだろう。
やや戸惑い気味に声を掛けたリーゼに、ボーウッドが恭しく膝をついた。
「へい、姉貴」
「あ、姉貴?」
「俺はサム兄貴の第一の舎弟ボーウッド・アットラックと申します」
「舎弟、ですか?」
「へい! 兄貴と戦い、そのお強さに感服した次第です。俺のことは弟分だと思って可愛がってくださると嬉しいです!」
「……サム? あなた、魔王様と会談に向かったはずなのに、どうして舎弟ができているのかしら?」
なにをしたの? という顔をされ、サムは肩を竦めた。
「さぁ。なぜでしょうねぇ」
サムとしても、ボーウッドが舎弟になったのは想定外だったので未だ困惑気味だ。
「ボーウッド様」
「いえ、ボーウッドとお呼びくだせぇ、姉貴」
「……あの、先ほどから姉貴って……はぁ。では、ボーウッドさん」
「どうかボーウッドと」
「ボーウッド」
「へい!」
「サムの弟分であれば、私たちの大切な家族です。どうぞ、屋敷に滞在なさってください。ただ、この国では獣人がいないので、嫌な思いもするかもしれませんが」
「覚悟の上で来ました。お世話になります!」
ボーウッドの力強い言葉に、リーゼは笑みを浮かべて彼と握手をした。
リーゼが獣人に対しても、変わらず接してくれることに感謝した。
水樹もそうだが、懐の深い女性たちだと感服する。
「ゾーイ、あなたはお住まいは?」
「そういえば、決めてなかったな」
「あら、じゃあ、お姉さんの家にくる?」
「――嫌だ!」
「そんなに力を入れて言わなくてもいいじゃないのよぉ」
キャサリンに誘われたゾーイは、目をくわっ、と広げて拒絶の言葉を吐き出した。
気持ちはわからないでもないが、とサムも苦笑する。
キャサリンはお気に入りのゾーイを家族に紹介したかったらしく不満顔だ。
「では、ゾーイもこちらの屋敷に滞在なさってください」
「いいのか?」
「ええ、住人が多く賑やかですが、ぜひどうぞ」
「感謝する」
その前に、滞在許可をもらわないといけないがな、とゾーイが呟いたので、サムが「そういえば」とリーゼに尋ねた。
「他のみんなはどうしていますか?」
出迎えてくれたリーゼ以外に誰も顔を見せないことをサムは疑問に思った。
いつもなら花蓮が我先に飛んできて、アリシアとステラが一緒に後から付いてくる。
最近家族となったフランだって、甲斐甲斐しく出迎えをしてくれるタイプだ。
さらに、子竜たちの気配もないのが不思議だった。
「花蓮、ステラ様、アリシア、フランは子竜たちを連れて劇場のお手伝いに行っているわ」
「――劇場、ですか?」
そんなものあったっけ、とサムは首を傾げる。
「私もこれからお父様とお母様と一緒に向かうつもりだったの」
「いえ、あの、待ってください。どうして急に劇場なんですか?」
サムの問いかけに、リーゼは「ああ、そうだったわね」と思い出したように言った。
「あなたたちがいないこの数日で、イグナーツ公爵家が始めた舞台が王都で大流行しているの」
「はぁ?」
「今ではギュンターは王都一の舞台女優よ」
「――俺がいない間に、あいつになにがあったんだ!?」
サムの叫びに、リーゼは悪戯っ子のように微笑むのだった。
書籍1巻好評発売中です!
2巻も発売決定です! コミカライズも進行中ですので、何卒よろしくお願い致します!




