「バレンタインデー記念です(裏)」
ギュンター・イグナーツは、自宅の厨房で、鍋いっぱいの熱々の溶けたチョコレートを睨みつけ、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「――バレンタインデーがついにきてしまったね。毎年、ウルのためにチョコレートを取り寄せていたが、彼女は帰ってこないので渡せず、リーゼやフランに食べられ続けていたが、今年はサムがいる!」
いつもなら白いスーツを着こなしているギュンターであるが、チョコが跳ねてはいけないと全裸にエプロンという厳重装備で挑んでいる。
「ああ、サム! 君の髪に近い色のチョコを取り寄せたよ! しかし、少し苦いのが難点だったね。母乳がでれば、味付けができたのだが、まだ私はそこまで至っていないのでね」
残念なことに、この場には突っ込んでくれるサムやゾーイがいないため、彼は平常運転だ。同時に、話を聞いてくれる人もいないため、少し寂しくもある。
「きっとリーゼたちは今頃きゃっきゃうふふと楽しそうにしているのだろう! しかし! 僕はあえて孤高の戦いに挑もう! 断じて誘ってもらえなかったのを悲しく思っているわけではない!」
誰かに言い訳するように、声を張り上げるギュンター。
その声に、何をしているんだと、父が様子を見にきたが、いい歳をした青年が裸エプロンなる姿をしているのを見ると、はぁぁぁぁぁ、と盛大にため息をついて去っていった。
「――しかし、これを浴びるのか。……控えめに言って、死んでしまうのでは?」
さすがのギュンターも、熱々のチョコレートを頭からかぶることに抵抗があったようだ。
「ええい! なにを躊躇う、ギュンター・イグナーツ! 異世界では、異性に愛を伝えるために誰もがやっているというではないか! 異世界人にできて、僕にできないはずがない!」
間違えまくった知識を植えられたギュンターは、全身チョコレートに挑戦しようとした。
熱々でやる必要はないのだが、彼の情報では熱々なのだから仕方がない。
「――いざ!」
鍋を掴んだギュンターだったが、
「ま、まあ、待ちたまえ」
ちょっとビビった。
「いきなり行くのはよくないね。まず、ちょっとだけ試してみよう――熱っ! 熱いぃいいいいっ! 乳首やけどしちゃうぅううううううううう!」
小匙で救ったチョコを塗ってみると、想像以上に熱かった。
「異世界ではこんなことが流行っているのかな?」
動揺を隠せないギュンターだったが、視線を感じ振り返った。
「――無様ですわね、ギュンター様!」
そこには、全身にチョコレートを塗りたくったクリーがいた。
「……まさか、貴様は全身にチョコを纏うことに成功したというのか!?」
「ギュンター様への愛ゆえ!」
ちなみに、言うまでもないが、クリーは程よく熱が覚めたチョコレートを肌に塗りたくっているので火傷など一切していない。
「ギュンター様、こんなことを言いたくはないのですが」
「なんだ?」
「ギュンター様のサム様への愛は所詮その程度のものなのです!」
「なん、だと」
「今までのギュンター様ならば、熱したチョコレートだろうと、いいえ、マグマであろうとその身に塗りたくっていたでしょう! しかし、あなたはわたくしに調教された結果、サム様への愛が薄くなってしまった!」
違う、とギュンターは動揺しながらも首を振るう。
しかし、言われてみればそうだ。
かつての自分であれば、なにも躊躇うことはなかっただろう。
大事に取っておいた初めての数々をクリーに奪われ、子供までできたギュンターは、自分がどうやら「守り」になっていたことに気づいた。
「――君のおかげで目が覚めた。このギュンター・イグナーツ! サムへの愛の前に恐れるものなどない!」
「そうですわ! それこそ、ギュンター様ですわ!」
「ママ……まさか君は、僕を叱咤してくれたのか?」
なぜだ、と困惑するギュンターに、クリーは――チョコレートで覆われていてわからないが、おそらく微笑んだ。
「わたくしはギュンター様のありのままをお慕いしています。サム様への気持ちも、ギュンター様の一部なのです!」
「……まさか、君に励まされる日がくるとは――ならばそこで見ているといい、僕のサムへの思いを、愛を!」
「ああ、そうですわ! その意気ですわ! それでこそわたくしがお慕いするギュンター・イグナーツ様ですわ!」
ギュンターは、鍋を掴むとそのまま一気に頭から熱々のチョコレートをかぶった。
そして、
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫したのだった。
しばらくして、宮廷魔法使い第一席紫・木蓮がギュンターの負った軽度の火傷を治療するために派遣されたのだった。
◆注意◆
本作に登場している変態は、訓練された変態ですので、決して真似をしないように願い致します。
また、食べ物は大事にしましょう!




