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456/2015

70「事後処理です」②




 ゾーイやダフネはもちろん、動けない獣人たちまですべてが膝を着きヴィヴィアンを迎えた。

 サム、水樹とキャサリンも慌てて膝を折る。


「こんばんは。どうぞ、楽にして」


 ゾーイたちは言葉通りに立ち上がるも、獣人たちは動けない。

 無理もない。

 一度は歯向かおうとした相手であると同時に、普段なら顔を見ることさえできない雲の上の存在なのだから。


 ヴィヴィアンはナイトドレスを揺らしながら、倒れて血を流し、荒い呼吸を繰り返すボーウッドの傍に、静かに寄り添った。


「お久しぶりね、ボーウッド」

「……ヴィヴィアン……クラクストンズ……様」


 息も絶え絶えに魔王の名を呼んだボーウッドに、それ以上しゃべる必要はないと人差し指を口にそっと当てる。


「彼の腕は?」

「は。ここにございます」


 ダフネの手にはボーウッドの右腕があった。

 ヴィヴィアンが手招きをすると、ダフネが素早く腕を運ぶ。

 小さな手で獅子の腕を持ち上げると、ヴィヴィアンはボーウッドに告げた。


「今回は許してあげる。サミュエル殿に感謝なさい。彼が貴方を助けようと言ったから、私も助けようと思ったのよ」

「…………」

「もう魔王なんてつまらないものになりたがっちゃ駄目よ」


 魔王を「つまらないもの」と言ったヴィヴィアンに、ボーウッドを含めた誰もが驚いた顔をした。

 ヴィヴィアン・クラクストンズ――長年魔王の座に君臨する彼女の言葉だからこそ、その意味を深く考えさせられるものとなった。


「お、俺は」

「生きなさい。誇り高い貴方には恥ずべきことかもしれないけど、生きなさい」


 ボーウッドがなにを口にしようとしたのか察したヴィヴィアンが、彼の言葉を遮る。

 ある意味、ボーウッドにとって、魔王を名乗りながら人間に腕を斬り落とされ、最後には仲間に裏切られる。それでも生きなければならないことは死ぬより辛いことなのかもしれない。


「サミュエル殿の最初の一撃で、勝てないとわかっていたでしょう?」

「――はい」

「いい子ね」


 ヴィヴィアンは母が子にするように、ボーウッドの鬣を優しく撫でた。

 続いて、右の掌を指で切り裂く。

 鮮血が流れ落ちると、彼女はその血をボーウッドの腕の切断面に、彼の穴が開いた胸へと垂らしていく。


「吸血鬼になるわけじゃないから安心して。私の血には強い治癒効果があるの。もっとも、私でなければ、私の血で誰かを癒すことはできないのだけど」


 彼女の言葉通り、血を与えられた傷口が血煙を立てて見る見る再生するように癒えていく。

 これには見守っていた獣人たちから、驚きと尊敬、そして畏怖のどよめきが湧く。

 ゾーイやダフネは彼女の能力を知っていたのか、平然としているが、サムたちスカイ王国の面々は驚愕を隠せない。


(もうなんでもありだな、魔王)


 魔王レプシーの再生能力もずるいと思うほど凄かったが、こうして回復魔法も治療薬も必要とせず、己の血液だけで他者を癒してしまう力も相当厄介だ。


「……ヴィヴィアン様……俺は」

「赤ん坊の頃から知っている貴方のことを殺さないでよかったわ」


 心底安堵した様子のヴィヴィアンに、ボーウッドの瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれていく。

 怪我が癒えたボーウッドは、母のような大きな存在に抱きしめられ、泣き続けた。


 一頻り泣き続けたボーウッドが、涙を止めると、鼻をすすりながらヴィヴィアンから離れる。

 そして、ことの成り行きを見守っていたサムの前に膝をついた。


「――はい?」


 なぜ彼が自分に膝をついたのか理解できないサムが戸惑った声を出すと、ボーウッドは大きく息を吸って、大声で宣言した。


「俺の負けだ! 勝者であるあなたに、忠誠を! 誓おう!」

「お気持ちだけで結構ですー」




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