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451/2011

65「戦いに水を差されました」




「――あ?」


 サムが吹っ飛び、地面を転がるように跳ねて近くの民家の壁に突っ込み大穴を開けたと同時に、ボーウッドの右腕の肘から下が血を撒き散らしながら地面に、ごとん、と落ちた。

 この場にいる誰もが、なにが起きたのか理解できなかった。

 誰よりも、最初に気づいたのは、他ならぬボーウッドだ。


「俺のぉおおおおおおおおおおおおおおお! 俺の腕がぁああああああああああああああ!」


 ボーウッドは腕を押さえてその場に蹲る。


「――馬鹿な、私が見えなかっただと」

「ぼっちゃま、よくぞこれほど成長なさいましたね」


 サムの動きを認識できなかったゾーイが驚きの言葉を呟き、ダフネに至っては幼かったサムがよくもここまで成長したと感動を禁じ得ない様子だ。


「なにをしたぁあああああああああああああああ! 小僧ぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ボーウッドの叫びが放たれると、瓦礫を蹴り飛ばして、サムが這い出てきた。

 腕一本失ったボーウッドに対し、サムは額と口から血を流し、鼻血を垂らしていた。

 鼻血を袖で拭い、血を吐き出すと、ふらつきながら戻ってくる。


「あー、死ぬかと思った。あんた、魔力がないんだろ? 素の力でこれとか、獣人ってすげえな。恐れ入るわ」


 一撃を喰らったサムは真っ直ぐ歩けないほど足にきていた。

 それでも、楽しそうな笑みを浮かべているのは、ボーウッドが想像以上に強かったことへの歓喜だ。


「格上だとわかっていたのに、俺はあんたを侮っていたんだと思う。大馬鹿野郎だと笑ってくれ、こんな失態するなんてウルに申し訳ない」

「なにを」

「だけど、感謝もしているんだ。あんたが強くてよかった、強くて嬉しいんだ!」


 今まで、レプシーを除き、十全ではない状態で戦い勝利できた相手ばかりだった。

 強敵だったギュンターは殺すつもりがなかったし、魔法使い殺しの雨宮蔵人も、不完全な力ながらで勝利できた。

 いつだって、どこだって、周囲の被害と相手の命を気遣って本気が出せなかった。


 サムが戦って敵わないと思ったのは、ウルとレプシーだけだ。

 しかし、ウルだって訓練の範囲であり、全力ではない。

 魔王とゾーイに至っては、おそらく敗北していただろうが、場所がスカイ王国城下町だったので挑むことができなかった。

 それを言い訳にするつもりはないし、口では面倒だと言っても、なんだかんだと言ってやっぱり戦うのが好きなんだと思う。

 たとえ魔王のような実力差がありすぎて勝てない相手だろうと、どうせ戦うのなら強い相手と戦いたい。


 そして、その願いが今、ここで通じた。

 自分よりも強いボーウッド。

 しかし、まだサムだってすべてを出し切っていない。


 結局、サムも師匠によく似ていた。

 戦うのが楽しいのだ。

 強い相手に馬鹿みたいに我武者羅になって後先考えずに突っ込むのが気楽でいいのだ。


 ゆえに、口ばかりの魔王だと思っていたボーウッドが、口だけではない実力者であることが一撃でわかり、笑みを浮かべてしまう。

 さすがは伯爵級だ。

 単純な腕力だけで、力を認められただけはある。

 だけど、負けていない。

 大丈夫だ、届く、と確信した。


「俺の腕に何をした!?」

「なにって? 斬っただけだけど?」

「俺に一撃を喰らいながら、そこまでの余裕があったと言うのか!?」

「いやいや、ほぼ反射的にやっただけ。人間って、すごいね。とっさにやり返すことができるんだから」


 サムはウルの魔力を受け継ぎ、規格外の魔力を持っていた。

 しかし、大きすぎる魔力は心身共に成長しきっていないサムには負担であり、大きすぎる魔力を扱いきれなかったのだ。

 そのせいで、斬り裂くことに特化したスキルを魔法の領域まで高めた「スベテヲキリサクモノ」を十全に使うことができず、劣化版の「キリサクモノ」として使用していた。

 だが、今のサムは「スベテヲキリサクモノ」を使いこなしている。

 いや、それ以上だ。

 かつて使っていた時よりも、ウルの魔力を得たことにより、鋭く、切れ味を増し、そして速くなった。

 さらに、スキルとして解放せずとも「キリサクモノ」と同等程度の斬撃を繰り出すことが可能になっていたのだ。

 その力で、サムはボーウッドに殴られたと同時に、ほぼ反射的に彼の右腕を斬り落とした。


 サムがボーウッドの動きに対応しきれなかったように、彼も自分の攻撃がわからなかった。

 勝機は十分にある。

 にたり、と笑ったサムは、自らの右腕を手刀の形にすると、とんとん、と首を叩いた。


「次は首を切り落としてやるよ」

「……舐めるなよ、小僧っ!」

「はははははははははは! そりゃこっちの台詞だ! 楽しい喧嘩をしよう!」


 サムの啖呵は鎮まりかえっていたこの場によく響いた。


「なるほど。そうか、よくわかった。俺が貴様を侮っていたことを認めよう。貴様が人間以上の力を持っていることも認めよう。矮小な存在ではなく、相対する敵として相応しいと認識しよう!」


 ボーウッドの雰囲気が変わった。


「獅子族の長、ボーウッドだ。――行くぞ。俺の爪で切り裂いてくれる!」


 ボーウッドはなぜか魔王を名乗らなかった。

 だが、それがいい。

 魔王ではない、獅子族のボーウッドのほうがずっといい。

 サムはこれから始まる戦いに心を躍らせた。


「サミュエル・シャイトだ。斬り殺してやるよ!」


 ふたりが揃って笑った。

 刹那、示し合わしたように地面を蹴――ろうとしたその時だった。


「はい、おしまい」


 ボーウッドの胸から腕が生えた。


「――――は?」




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