57「魔王は楽しみなそうです」②
魔王遠藤友也は、魔王ヴィヴィアンに挨拶すると、転移魔法で大陸の端にある海岸に移動した。
月明かりに照らされた白い砂浜にぽつんとたたずむウッドチェアに寝そべると、アイテムボックスからワインを取り出して、瓶に直接口をつけた。
ごくごく、と喉を鳴らしてワインを飲み干すと、もう二本瓶を取り出す。
一本を砂浜に置き、もう一本を自分の手に持ち、瓶と瓶を乾杯するように当てた。
「――サミュエル・シャイトくんか」
親友を殺した人間の少年。
もしやと、思っていたが、推測通り転生者の可能性が高いとわかり、胸が踊る。
「異世界に召喚された僕が、異世界に転生した彼によって親友を倒されるなんて――長く生きていると面白いこともあるね」
不思議と、千年以上前のことなのに鮮明に思い出せる。
中学校時代、嫌なことがあったその日、友也は神と出会い異世界へ旅立った。
物語のように勇者として呼び出されたわけではなく、勇者召喚に巻き込まれたなんてこともない。
ただ、結果として友也は異世界にいる。
「とくに理由がなかった異世界生活も、気づけば魔王か。友人にも、よい理解者にも恵まれて僕も幸せかな」
地球にいたときよりも充実した生活に、友也は満足していた。
両親に親孝行できなかったことだけが心残りではあるが、その分、困っている人がいれば種族問わず手を差し伸べてきた。
この世界に迷い込んだ同郷の人間を保護したことも何度もある。
すでにこの身は魔族であり、魔王だが、よい人であろうとし続けてきた。
「オークニー王国に勇者が現れたときいたときは驚いたけど、確かえっと、葉山勇人だっけ。彼は僕の嫌いなタイプだったし、好き勝手やっていたから放置だったけど、サミュエルくん――君はどうかな?」
記憶が正しければ、もうひとりオークニー王国には聖女霧島薫子がいる。
確か、その子はサミュエル・シャイトの国に移住し、宮廷魔法使いの弟子として魔法勉強に励んでいると聞いている。
「千年以上生きてきたけど、地球人は数える程度しか来なかった。その大半が、ただの迷い人だ」
アメリカ人のボブは趣味の登山中に悪天候に見舞われ、気づいたら異世界にいた。
最初こそ冒険者生活を楽しんだが、すぐに引退して商店の女性と結婚し、家庭を築いた彼は、死の間際「故郷に帰りたい」と言い残した。
台湾人のマオは、魔法の才能を発揮して人間の国の宮廷魔法使いとして三十年過ごした後に、魔族となったが、戦場で仲間を庇い亡くなった。
友也と同じ日本人の浩輔は、異世界転移に歓喜していたが、冒険者を始めたその日に、モンスターに喰われて死んだ。
彼らを含めても、十人もいない。
もちろん、友也が把握できていない可能性もあるが、長く生きて培った情報網があるため、見逃しは少ないと思っている。
そんな中、現れたのがサミュエル・シャイトだ。
最初こそノーマークだった。
当たり前だ。彼は、ただ強いだけの人間でしかないのだ。気にする必要がない。
しかし、そんな彼の名を脳裏に焼き付ける出来事があった。
――最強の魔王レプシーの死。
悲しみの末暴走し、愛していた人間を呪った優しく哀れな魔王を殺した人間。
そんな存在を無視できるはずがない。
「彼は調べれば調べるほど興味深い」
幼少期のある日、突然別人のように変わったという。
魔法の才能と、「切る」ことに特化したスキルに目覚め、ひとりでモンスターを倒し、故郷の人たちにその恩恵を分け与えることができるような異常な子供だった。
まだ十歳の少年が、モンスターと戦うような精神力があるだろうか。
モンスターを倒して得た食料を、住民達に平等に分け与えるなんてことができるだろうか。
その話を聞いたとき、もしかしたら彼は――、と期待した。
「しばらく各地を転々とした彼は、スカイ王国にふらりと現れ、宮廷魔法使いを瞬殺し、竜と戦い、レプシーを殺した。うん。普通の人間じゃないね」
ときどき、規格外の資質をもって生まれる人間はいる。
勇者などがまさにそうだ。
しかし、サミュエル・シャイトは違う。
彼は勇者じゃない。スカイ王国王家の血を引いているが、勇者ではない。
――ならば、彼は何者だ?
友也の興味は尽きない。
彼と目と目を合わせて話をしたい。
本当なら、彼の家におしかけたいくらいだった。
しかし、それをするということは、サミュエルだけではなく、周囲の人間達にも大きな迷惑をかけることとなる。
友好関係を築きたい相手に、それはできなかった。
そして、彼の力を試すチャンスが現れた。
相手は獅子族の長ボーウッド。
魔王になり損ねたとはいえ、伯爵級の実力者である。
ゾーイは三下といったが、準魔王級にもかかわらず騎士という立場に甘じているほうがおかしいのだ。
普通なら、サムはボーウッドに勝てない。
でも、サムは普通じゃない。きっと、自分たちを驚かすような結末を見せてくれるだろう。
「――ああ、とても楽しみだな。ねえ、レプシー。君が託した彼のことが気になってしょうがないよ」
敵はボーウッドだけではない。
友也はヴィヴィアンに言ったように、ボーウッドを唆していない。
だが、ボーウッドを焚きつけ、決起させた存在はいるのだ。
「さてさて、なにかと興味の尽きないサミュエル・シャイトくんが、彼らを相手にどうするのか――見守らせてもらうね」
楽しそうにそういうと、ワインを煽り、友也は目を閉じたのだった。
続刊決定いたしました!
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とはいえ、その先が不透明ゆえ、ぜひぜひ書籍をお求めになってくださいますと幸いです!
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楽しみにしていてください!




