54「面倒事が始まったようです」②
「魔王を倒したということはそういうことだ」
ゾーイの鋭い言葉に、サムは大きく息を吐く。
「別に、レプシーを倒したことに後悔はしていないけどさ」
「していたらこの場で殺していたぞ」
「だよねぇ」
魔王レプシーとは相入れなかった。
彼の戦う理由が、サムの守るものが、そしてそれぞれの立場が違った。
同じ魔王のヴィヴィアンと一緒にお茶を飲めるのに、レプシーと同じことができなかったのが残念でならないが、嘆いていても過去は変わらない。
なによりも、同じ場面を繰り返したとしても、サムは躊躇うことなくレプシーを殺しただろう。
「でも、困ったわね。どうしようかしら」
「私が参りましょう。ボーウッド程度ならば、何人いようと殺し尽くしてみせましょう」
「……そうね。ゾーイに任せてしまうのが一番かもね」
悲しそうな表情を浮かべ、ヴィヴィアンが決断する。
もしかすると、彼女は新たな魔王を名乗るボーウッドを殺したくないのかもしれない。
ヴィヴィアンなりに、ボーウッドなる獅子族に思うこともあるのだろう。
とても優しい人だと思う。
レプシーのように、魔王とは思えない。
しかし、ヴィヴィアンは上に立つ存在として、覚悟を決めた顔をした。
「――そこで、僕から提案ですが。彼にボーウッドを倒してもらったらどうでしょうか?」
ヴィヴィアンが口を開くよりも早く、ここにはいない少年の声が響いた。
サムたちが咄嗟に周囲を見渡すが、声の主と思える誰かは部屋の中にいない。
(気配も魔力もなにも感じない……声だけを飛ばしているのか? おいおい、どうやったらそんな器用なことができるんだよ)
現在のサムでは逆立ちしても真似できないことをしてのけた声の主に、驚きと、嫉妬が湧き上がる。
ヴィヴィアンとゾーイ、そしてダフネは声の主に覚えがあるのか、さほど驚いた様子は見せなかった。
「友也?」
「無粋な奴め。乙女の部屋に、魔法で声だけ飛ばすとは!」
ヴィヴィアンが声の主の名前を呼び、ゾーイが不躾な登場に憤りを覚え立ち上がった。
少年の声は、悪びれることなく、部屋に声を響かせる。
「あはははは、失礼しますね、ヴィヴィアン。騎士ゾーイもそんなに怒らないでもらえると助かるかな。僕が人前に気軽に出ることができない理由は知っているでしょう?」
「ふん」
「それに、僕が彼らの前に現れたせいで問題が起きたら、外交問題だし、なによりも彼に申し訳ない」
「――ちっ。勝手にしろ」
ゾーイが舌打ちをして、椅子に腰を下ろす。
声の主とゾーイのやりとりを理解できたわけではないが、少なくともこの場に見えない誰かが現れることができない理由があるらしい。
そして、ゾーイもヴィヴィアンもそのことをわかっているので、この場に出てこいとは言わないようだ。
「友也様」
「やあ、ダフネ。さっきぶりだね」
ダフネが親しげな声音で、声の主と思われる名を呼ぶ。
何度か出ている魔王の名前が友也だったので、同一人物だろうとは思う。
「先ほどはお世話になりました。ですが、少々聞き逃せない言葉がありましたので、口を挟ませていただきます」
「うん。なにかな?」
「――ぼっちゃまに戦えとおっしゃいましたか?」
濃密な殺気が言葉と一緒にダフネから解き放たれる。
「――っ」
姉のように、ときには母のように優しく笑顔ばかりを浮かべていたダフネが、死を連想させるほどの殺気を放つことにサムは驚愕する。
同時に、彼女から立ち上がる魔力などから、少なくとも自分の数段階上に立つ実力者であることがわかった。
「あ、あははは、ダフネさんがこんなに『できる』とは思わなかったよ」
「おそらくお姉さんたちじゃ束になっても勝てないわねぇ」
驚いたのはサムだけではなく、水樹とキャサリンもそうだ。
とくに水樹は、サムを介してダフネと交流があるため、驚きも大きいようだ。
無理もない。
今のダフネは、サムたちが知るダフネとはまるで別人のようだ。
ダフネ・ロマックは、優しく、穏やかで、気遣いのできる女性だ。そして、なによりも大切な家族である。
最近、エルフだったことや、割と変態だったことが明らかになったが、それで変わるような関係ではない。
それでも、今のダフネには、否応なく『恐怖』を覚えてしまいそうだった。
しかし、彼女の殺気が放たれた理由が、サムの身を案じたからであることは、この場にいる誰もがわかっている。
だからこそ、サムはダフネから放たれる殺気に負けるものか、と奥歯を強く噛み締めた。
「うん。僕は彼に戦ってほしいと言ったよ」
「――それを私が許すとお思いですか?」
「過保護だね。うん、それはいいと思う。彼は子供だし、雛鳥だ。君が大切にしておきたい気持ちもわからなくはない」
「ならば!」
「だけどね、それは彼にとってよくないよ。つまり――黙っていろ」
声音こそ穏やかだが、有無を言わさぬ声が押しつぶさんとする圧迫感とともに降ってくる。
ダフネはたまらず、その場に膝をついてしまう。
サム、水樹とキャサリンも、降り注ぐ圧力に息が止まりかけた。
「おっと失礼しました」
しかし、軽い声と共に、すぐに解放された。
肩で息をするサムが、膝をついたまま動けずにいるダフネに駆けよろうと席を立った瞬間。
「はじめまして、サミュエル・シャイト殿」
姿を見せぬ魔王の声が、サムに向かったのだった。
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