42「はじまりのダンジョンです」①
「んんーっ、体が痛いなぁ」
三時間も馬車の中にいたので、体の至る所が痛くなってしまった。
サムは腕を高く上げ、背筋を伸ばしながら、周囲を伺う。
いかにも冒険者という格好をした人たちや、どこかの学園の制服に身を包む生徒と思われる少年少女がいる。
誰もが目を輝かせて、ダンジョンへ挑もうとしているのだ。
(ここがスカイ王国のダンジョンか)
ダンジョンといっても、おそらく地下に潜るタイプなのだろう。
入り口らしきものは見つからない。
代わりに、いくつかの建物が目に入る。
きっとそのどれかがダンジョンの入り口なのだと推測する。
「どう? ここが、はじまりのダンジョンよ」
「はじまりのダンジョン?」
「そ。上層部が初心者向けなのよ。弱いけどいい素材が取れる人気モンスターばかりが生息してるから、冒険者は大喜び。経験を積むにはちょうどいいから、騎士、魔法使い、学園の生徒たちが挑戦しやすいの」
「へぇ」
「あんた、そんなことも知らないの?」
「ダンジョンに挑んだことはありますけど、別の国ばかりでしたから。スカイ王国では初めてです」
「ふうん。どうせ姉様のおかげで無事だったんでしょうけど、もうウル姉様はいないわ。あんたの実力でどこまでいけるのか確かめさせてもらうよわよ」
そう言いながら、エリカは馬車から荷物を下ろし、装備を身につけていく。
サムはほっとした。
リーゼとはなにも準備をしないで狩りに向かったが、エリカは最低限の準備をちゃんとしていたようだ。
リーゼの実力は手合わせをして嫌というほど知っていたので、あまり心配はしていなかった。
だが、エリカは違う。
そこそこの魔力を感じるので、魔法使いとして強い部類に入るのだろうが、実際に彼女の実力を知っているわけではない。
そんなエリカとダンジョンに挑むのだ、準備をしていない状態ではごめんだった。
サム自身、あまり準備ができていないが、もともとウルと世界中を旅していたときのアイテムボックスをそのまま継承しているので、道具や食料はちゃんと入っている。
先日の狩り以降、荷物確認もちゃんとしてあるので不安はない。
だが、できるなら、このダンジョンのことをしっかり調べ、下準備をしてから挑みたかった。
「ところで、エリカ様」
「なによ」
「ダンジョンに挑むのは今更なのでいいんですけど、どこを目指せば俺を認めてくれるんですか?」
「そうね……初心者向けなのは地下十五階までだから、それよりも下を当然目指してもらうわね」
「どのくらい深いんですか?」
「わからないわ?」
「まだ到達者がいないんですね」
到達者とは、ダンジョンの最深部に到達した者を指す言葉であり、攻略者とも言われる。
最初の到達者、攻略者は、ダンジョンを管理する組織に名前が残り、高額の懸賞金がもらえることが多い。
なによりも、周囲からの尊敬を集めることができる。
ダンジョンを攻略できる人間は多くとも、最初に最深部に到達できる人間はダンジョンの数よりも少ないのが現状だ。
まだ攻略されていないダンジョンもあるし、見つかっていないダンジョンだってある。
冒険者の多くは、富と名声を得るためにダンジョンに挑むのだ。
「上層部こそ初心者向けだけど、中層部後半から下層部にかけては熟練の冒険者でも気を抜けば簡単に死んでしまうほど危険度は高いのよ」
「へえ」
それは実に楽しみである。
幾度となくダンジョンに挑んだサムではあるが、毎度決まって死ぬ思いをした。
その甲斐あって、今まで攻略できなかったダンジョンはない。
しかし、どのダンジョンもすでに最初の到達者がいるので、あくまでも攻略する手段がいくつかある状態での挑戦だった。
それでも危険があったのだが、このはじまりのダンジョンは未だ攻略者がいない。
冒険者として、これほど胸躍ることはない。
「別にダンジョン攻略をしろなんて無理を言うつもりはないわよ。でも、せめて下層部に到達できるくらいの実力は示してほしいわね。ウル姉様は、散歩感覚で下層部に行くことがあったから、後継者を名乗りたいのなら同じくらいの実力は、最低限見せてもらうわよ」
「いいでしょう。望むところです」
「え?」
「さあ、いきましょう! わくわくしてきましたよ!」
サムの楽しそうな顔に、エリカが面食らったように目を見開く。
「ちょ、あんた、私の話を聞いてなかったの? 下層部は死者も平気で出るのよ!」
「もちろん聞いていましたよ。でも、それがダンジョンじゃないですか。すごく楽しみです!」
「楽しみ、ですって?」
「はい。俺は、この世界の果てまで見て回りたいんです。誰もまだ到達したことのない、はじまりのダンジョンの最深部 なんて、ものすっごく見てみたいじゃないですか!」
「――っ、言うじゃない。あんたが口先だけじゃないことを祈っているわ」
サムのやる気に反して、面白くなさそうに眉を釣り上げたエリカ。
ふたりは、ダンジョンに挑むべく、足を進めるのだった。
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