39「お迎えです」①
魔王ヴィヴィアンとの会談当日の朝。
サムと水樹は、王都を囲う壁の外にいた。
サムは宮廷魔法使いとして青いコートを羽織った正装に身を包み、水樹は普段と同じ紺色の袴姿だが、振袖がいつもと違い白地に紫の柄が入った二尺袖で、足元は網紐のブーツを履いている姿は、まるで大正時代の女学生のようだ。
迎えが来るらしいのだが、当日の迎えで会談に間に合うのか疑問だった。
記憶が確かなら、魔王たちがスカイ王国王都に現れたのも、大陸西側から数日かかっていたはずだ。
「サムちゃん、水樹ちゃん、しばらくの間よろしくねぇ」
もうひとりの同行者が、太い声で挨拶をしてくれたので、サムと水樹も礼をする。
筋肉質の巨漢がふんだんにフリルをあしらったピンクの魔法少女衣装を身につけ、魔法ステッキを片手にくねんくねんする仕草は、サムの眼球と脳に大きな衝撃を与えた。
「お、お久しぶりです、ドミニク様」
「やーねー、キャサリンって呼んでったらっ」
宮廷魔法少女ドミニク・キャサリン・ジョンストン。
なぜか宮廷魔法使いの中で、魔法少女という役職にいる理解不能の人物だ。
宮廷魔法使いだけが許されるスカイ王国の国色ともいえる青を身につけることをせず、ピンク色の魔法少女衣装はかなり印象に残る。
しかも、四十代後半の二メートル近いがっちりした体格の持ち主なのだ。ついでに、剃り上げた頭がきらりと反射して、後光さえ見える。
「やあ、キャサリン殿。こちらこそよろしくお願いね」
物理的にも、心的にも一定の距離を保つサムに対し、水樹はとてもフレンドリーだ。
不思議なことに、この魔法少女に扮したおっさんは、女性陣たちからまるで実姉のように慕われている。
(相変わらず、この人に警戒心を抱かないどころか、ありのままを平然と受け入れている奥さんたちに戦慄を隠せないんですけど)
水樹たちだけではなく、キャサリンはスカイ王国の女性たちからの信頼が厚い。
ときには悩める女性たちの相談なども行っているそうだ。
他にも、孤児院の経営、生活に困る人や苦学生の援助など幅広く活動している。
人物的にはとても尊敬できる人なのだが、どうしても魔法少女の格好が受け入れられずにいた。
(俺の器が小さいのか……それとも、この世界がおかしいのか)
一方で、サムだけではなく、ギュンターやジョナサン、そしてクライドからは警戒の対象である。
本人はまったく気にしておらず、気さくな近所のお姉さんのように接してくるのが逆に怖いのだった。
「それにしても、魔王ヴィヴィアンと会う当日に迎えがくるって間に合うんですかね?」
最悪サムは飛んでいくことができるが、水樹やキャサリンはそうもいかない。
それ以前に、たとえ飛べても他国の領域を勝手に飛んでいいのかという問題も出てくる。特に、魔族の領土に関しての知識はないのだ。不審者と勘違いされて攻撃でもされたらたまったものではない。
「それは大丈夫みたいよ」
「なにかご存知なんですか?」
「さ、サム! サム! 上を見て!」
「上?」
余裕のあるキャサリンに訪ねていると、水樹が驚いたようにサムの腕を引っ張った。
彼女に言われるまま上に視線を向けると、
「――はぁあああああああああああああああああ!?」
翼の生えた白馬が馬車を引き、空を駆けていた。
「まあ、天馬なんて珍しいわ!」
「僕、初めて見るよ!」
「俺も初めてですけど、天馬なんて存在したんだ」
アリシアから借りた書籍の中に登場したのは覚えているが、まさか実在する生物だとは思いもしなかった。
(天馬なんて、最高にファンタジーじゃないか! ……でも、結局俺ってまだこの世界をちゃんと知らないんだなって痛感したよ)
ウルと各地を転々として、この世界を知った気になっていたのが恥ずかしい。
「キャサリンさんは天馬をご存知なんですか?」
「知識としてならね。天の馬と書いて天馬と呼ぶのだけど、生態はよくわかっていないのよね。直接的な害は与えてこないからモンスター扱いこそしていないのだけど、昔、捕まえて飼い慣らそうとした人間が、調教できずに蹴り殺されたなんて物騒な話を聞いたことがあるわ」
「なにそれ天馬怖い」
近づいてくる天馬を見ていて気付いたのだが、一般的な馬よりも体格がいい。
大きな馬車を一頭で引いてくる力や、悠々と空を駆ける姿といい、とてもじゃないが人間が御せるような存在ではないと思えた。
「うわー! もしかして天馬の引く馬車に乗せてもらえるのかな? ことみにも見せたかったなぁ!」
水樹は子供のように大はしゃぎで新鮮だった。
妹のことみは病弱なため、ベッドの上で過ごすことが多い。そのため、たくさんの本を読み、天馬のことも知っているのだろう。
天馬が音もなく空を駆け、翼を広げる姿を眺めていると、馬車がサムたちの前に静かに着地した。
天馬が大きく鳴き到着を告げると、馬車の中から見知った少女が現れた。
「久しいな、サミュエル・シャイト」
魔王ヴィヴィアンのもとへ案内してくれるのは、長い銀髪を揺らし、濃い青色の鎧を身につけた騎士ゾーイだった。
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