38「同行者は水樹です」
数日後に控える、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズとの会談に向けて、奥さんたちと食堂で今後の話をしていた。
すでに一日を終えて、夕食も済んだ。
それぞれ、お茶や、ワイン、茶菓子に口を付けていた。
「同行者は誰にするのか決めたのかしら?」
最近、生まれてくる子供のために編み物を始めたリーゼが、代表してサムに問いかけた。
「はい。水樹についてきてほしいと思っています」
「え? 僕?」
驚いた顔をするのは、お茶を飲んでいた水樹だ。
「いいですか?」
「もちろんだよ! 魔族の人たちや国に興味があったんだよ!」
子供のように瞳を輝かす水樹にサムは思わず、笑みが漏れる。
しかし、不満を持つ者もいた。
花蓮だ。
「ぶーぶー」
抗議すると言わんばかりに、花蓮が頬を膨らませていた。
「花蓮にはみんなを守っていて欲しいんです」
「むぅ」
絶対、口にはできないが、強い相手を見ると挑まずにいられない花蓮を、魔王の前になど連れていけなかった。
結婚してから落ち着いてはいるが、生来強者を好む花蓮が強い魔族たちを前にして、我慢ができるかという心配もあった。
普段からマイペースだが、意外と物事をちゃんと考えている彼女なら、大きな問題を起こさないはずだ。
どちらかと言うと、言葉通りみんなのために残って欲しいという気持ちが強かった。
花蓮は人の気配に敏感だ。
戦闘者ゆえか、生来そういう体質なのか不明だが、異物を敏感に察知できる彼女ほど守ることに向いていると考えている。
「リーゼは身重ですし、ステラ様だって危険がある魔王領に連れて行けません。アリシアも学校がありますし、フランさんだってデライトさんとレイチェル様のことがあるので遠出はしないほうがいいでしょう」
リーゼを連れて行くのは論外だ。
過保護にしているからではなく、なにかあったら身重の彼女自身に関わる。
ステラは、王女の立場上、友好関係を築けなかった場合を考えると連れて行けない。
フランは、レイチェルとデライトの件が落ち着くまで、父の傍にいたほうがいいだろう。
論外なのはアリシアだ。彼女を連れて行って、万が一のことがあったら、子竜たちが黙っていない。そうなると大事だ。しかも、魔王側にも竜がいるので大変なことになること間違い無い。
そういうわけで、自衛ができ、気遣いのできる水樹を選んだのだ。
「ぶー。わかっているけど、水樹ばかりずるい。今度埋め合わせして」
「もちろんです。帰ってきたら埋め合わせさせてください。もちろん、リーゼたちも」
「ふふふ、楽しみにしているわ」
「わたくしもです!」
「サム様と水樹の無事を祈っています」
「私は父の傍にいさせてくれるのは助かるけど、サムくんと水樹ちゃんはくれぐれも気をつけてね」
奥さんたちの了承をもらったので、ほっとする。
(本音を言っちゃうと、水樹だってリスクに晒したくないんだけど、過保護な扱いをするのは失礼だし)
水樹と花蓮、リーゼの実力は相当のものだと知っている。
スカイ王国内なら上から数えたほうが早い実力者だろう。
だが、相手は人間ではなく魔族だ。
魔王レプシーの力をよく知るサムだからこそ、万が一を考えると不安ばかり覚えてしまう。
ウルでさえ勝てないと力の差を覚えたレプシーは、全盛期の三割ほどの力だった。
先日、邂逅した魔王ダグラスと、魔王エヴァンジェリンの力は底が見えなかった。
魔王ヴィヴィアンの騎士を名乗ったゾーイもまた、サムよりも強かった。
(情けない話だけど、仮に彼女たちを魔王領に連れて行ってなにかあったら、守りきれる自信がない。そして、彼女たちが魔族と戦って無事に帰ってくるとも思えない)
すべての魔族を知るわけではないが、少なくともサムの知る魔族は強すぎた。
ゆえに、水樹だけを連れて行くことにしたのだ。
正直なところ、水樹と花蓮のどちらを同行者に選ぶか迷った。みずきは雨宮流の師範代を務めるほどの実力を持つ剣士であり、花蓮も徒手空拳なら優れているし回復魔法も使える。
悩みに悩んだサムに、タイミングを見計ったかのように水樹の父雨宮蔵人から手紙を受けとった。
サムの義父にもなった蔵人からは、水樹の見聞を広めるために、魔王領へ連れて行って欲しいと言う旨だった。
蔵人は自身が若くして武者修行をしたように、水樹にもスカイ王国内だけでは経験できないことを体験して欲しいと願っていた。
危険が伴うことを承知しているようだが、いずれ自身の後継者となる水樹にたくさんの経験を積んでもらいたいようだ。
「さて、サムと水樹が魔王と会うのも心配だけど、私たちは妻として家族として無事に帰ってくることを信じているわ。でもね、問題は新婚の夫婦が離れ離れになってしまうことよ」
「はい?」
リーゼの言葉に、思わずサムは変な声を出した。
よく見れば、奥さんたちもリーゼと同意見なのか頷いている。
「だからね、サム」
リーゼが、
「出発するまでの間」
ステラが、
「わたくしたちのことを」
アリシアが、
「たくさん可愛がってね」
フランが、
「いえーい」
花蓮が、艶の込められた瞳でサムを見た。
「あはははは、サムも大変だねぇ。僕はついていけるけど、もちろん平等に可愛がってほしいかな」
水樹までもそんなことを言うので、サムは、
「が、頑張ります」
と返事をするだけで精一杯だった。
この日から、有言実行のごとく、サムはとても頑張ったのだった。
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