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414/2011

28「ナンシーのその後です」①




「なんでよ! なんでうまくいかないのよ!」


 城下町の中でも、飲み屋や商館が並ぶ一角にある安アパートの一室で、ナンシーは癇癪を起こし、物を投げつけて暴れていた。

 その理由は元夫デライト・シナトラと復縁できなかったことだ。

 彼女の予定では、今頃シナトラ家に迎えられて、いずれは息子をシナトラ家の跡取りに――などという夢物語が叶っていたはずなのに、すべてレイチェルによって阻止されてしまった。


「まさか王女を手籠にしているなんて! フランもフランよ! 私を邪険にして!」


 テーブルをひっくり返し、息を荒らげる。

 部屋の壁が薄いせいで隣人が怒声を上げてきたので、物に当たるのはやめた。

 どうせ息子が帰ってくる前に片付けなければならないのは自分だ。

 暴れても胸は晴れず、問題も解決しないのなら、どうすればいいのか考えるべきだ。


「あのときは逃げてしまったけど……そうよ、王女を正室に、私を側室にすれば、向こうだって気にしないはずよ! そうなれば、私も王家の権力が使えるし、みんな幸せじゃない!」


 残念なことに、この場にはナンシーを嗜める人間はいなかった。

 もし、彼女のあまりにも都合の良い考えがフランとデライトに耳に入れば、呆れる以上に悲しむだろう。

 少なくとも、ナンシーがシナトラ家を出ていく前はこんなではなかった。

 貴族の、宮廷魔法使いの妻として問題なく振る舞い、良き妻、良き母だった。

 彼女が大きく変わったのは、シナトラ家を出て、商家に嫁いでからだった。

 王都では中堅ほどの商家ではあったが、不思議と金はあった。妻となったナンシーはその金を湯水のように使うことができ、今までしたことのなかった贅を尽くしたのだ。


「旦那様となんとかよりを戻したら、フランは金のある商家に嫁がせてしまおうかしら。魔法使いの才能のある子供を産める女を金を払ってでも欲しがる男は多いのよね」


 もともと田舎貴族の愛人の子で、華やかな貴族の世界と縁がなかったナンシーだったが、いつか自分も、自分を見下した他の兄妹のようにいい暮らしをしたいと夢見ていた。

 そんな折、宮廷魔法使いになったばかりのデライトが勤めていた店に訪れたことをきっかけに、彼に目をつけ、上司のコネを使い、デライトと縁を結んだ。

 宮廷魔法使いの妻という立場は心地よかった。しかも、王国最強の魔法使いの妻だ。周囲は夫を褒め、魔法使いの才能を見せる娘を羨んだ。

 しかし、その暮らしも終わりを告げる。


 若い魔法使いに敗北し、王国最強の座を奪われてしまった。

 それだけなら構わなかったが、宮廷魔法使いの地位を辞してしまったのだ。

 そうなれば、もう用はない。

 早々に見切りをつけたナンシーは、以前から言い寄っていた商家の長男と結婚し、子供を授かった。

 しかも、男の子だ。ナンシーは我が子と自分の未来は明かるいと思って疑わなかった。

 だが、夫は若い女に入れ込むようになり、そちらに男児が生まれると、子供もろともあっさりすてられてしまった。

 手切れ金はもらったが、今まで使えていた金を考えると、はした金だ。あっという間に使い切ってしまい、愛人の子と馬鹿にされていたときよりも貧しい生活を送ることとなってしまった。


 息子は友人を作りこの暮らしに慣れてしまったが、ナンシーは無理だった。

 彼女は、自分に価値がある、息子には華やかな未来が待っていると信じて疑っていない。

 このような貧しい暮らしなど、自分に相応しくないと、贅沢を覚えてしまったせいで変わり果てていたのだ。


 そんな折に、元夫が宮廷魔法使いに復帰した事を聞き、押しかけたのだが、結果は無残に終わった。

 しかし、ナンシーはデライトにさえ会うことができれば、なんとかなるという理由のない自信があった。


「まだやり直せる。息子の顔を見れば、旦那様だってきっと」


 デライトが自分とやり直すことなど微塵も考えていないと知らないナンシーは、どうにかして元夫と会わなければいけないと考える。

 最悪、レイチェルでもいい。

 昨日は王女殿下の顔を知らず失礼な態度をしてしまったが、そのようなミスを二度とするつもりはない。

 レイチェルに媚び諂ってでも、復縁してみせる。復縁さえしてしまえば、どうとでもなる。


「とにかく息子をシナトラ家の跡取りにして、私をすてた商家を王家の力を使って潰してやる。愛人は息子と一緒に殺してやろうかしら!」


 すでに権力を自由に使える気になっているナンシーが、身勝手な妄想に耽っていたときだった。

 隙間風が入ってくる部屋の扉を、控えめにノックする音が響いた。


「誰?」


 一瞬、息子かと思ったが、それはない。自分の家に戻ってくるのに、ノックなどしない。

 首を傾げて、扉を開けてみると、そこには「普通」の男がいた。

 本当に普通だった。

 これといって特徴のない、ごく普通の青年だ。まるで印象が残りそうもない、そんな男だった。


「あんた誰よ?」


 印象のない「普通」の男は、本当に笑っているのかわからないような笑顔を浮かべ、一礼した。


「――王宮からの遣いです」





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