14「シナトラ家へ向かいます」②
「……どういう意味ですか?」
車内の空気が若干重くなった気がした。
サムの疑問に、レイチェルがため息混じりに答えてくれる。
「あなたはご存知ないかもしれませんが、ルイーズは過去がはっきりしていませんわ」
「というと?」
「ルイーズは名のある冒険者で、それこそ今のサミュエルと変わらない年齢のころから殺伐とした生活を送っていたそうです。王宮はそんな彼女をスカウトしていたようですが、何度も断られたそうですわ」
「別にそのくらいで」
「続きはまだありますわ。数年後、ルイーズは心変わりしたように、王宮の誘いを受けました。しかし、メイドとしてです。もともと騎士、もしくは近衛兵として招きたかった王宮でしたが、本人の希望であることと、すぐれた人材が手に入るということで、彼女の希望を受け入れましたの」
初耳だった。
ルイーズが「できる」人物なのは、彼女のたたずまいでわかっていたが、王宮自らがスカウトするほどの冒険者だったとは。
(だけど、気になるのは、心変わりしてスカウトを受けたことだけど……うーん、別に戦うばかりの日々に嫌気がさしたとか、そういうことじゃないのかな?)
「ルイーズさんがメイドになった理由はご存知ですか?」
「いえ、そこまでは。しかし、不透明な過去があるのは事実なので、次期国王のお兄様のお相手に相応しくないと思いますわ。別にルイーズが嫌いではありませんが、あとでなにかあったときに困るのは当人たちですもの」
「ですよねぇ」
「ルイーズはわたくしにもよくしてくれていますわ。あとでルイーズが悲しむことはわたくしも望みませんわ……って、なんですか、そのお顔は」
「いえ、そのステラ様に嫌がらせをしていた方とは思えないなーっと」
「愛を知り心を入れ替えたのですわ! それに、セドリックお兄様はわたくしにも優しかったですもの。不幸になってほしくありませんわ!」
「あら、そうだったの?」
レイチェルとセドリックが親しかったことをステラは知らなかったようだ。
「……わたくしは他の兄弟と仲がいいわけではないですが、セドリックお兄様だけがいつもニコニコと馬鹿みたいに優しく接してくれていたのですわ」
「セドリックらしいわね」
確かに、とサムも思った。
まだ関わりは浅いが、セドリックのような竹を割ったような性格の持ち主が、誰かを嫌ったり、差別したりするような想像ができない。
「ちなみに、セドリックお兄様の婚約者がなかなか決まらないのは、母がちょっかい出しているせいですわね」
「……コーデリア様は、そのようなことをされているのですね」
リーゼが嘆息する。
サムも以前第二王妃コーデリアと会ったことはあるが、物腰の優しい第一王妃フランシスとは真逆の人だったという記憶がある。
「わたくしには弟がいますが、王にはなれません。まだ幼いというのも理由ですが、セドリックお兄様がいますので。母は、それが気に入らず、ならば、問題のある女をお兄様に嫁がせて後継者から引きずり下ろすか、もしくは言うことをきく女を送り込んで操ろうとする、みたいなことを企んでいるのですわ」
「……なんというか」
実に、王宮内で起きるドロドロとしたことの代表のような出来事だ、とサムは嫌そうな顔をした。
そもそも、スカイ王国の国王は魔王レプシーの墓守となる責務がある。
今は、魔王レプシーから解放されたが、それだって偶然が重なった結果だ。
第二王妃コーデリアが魔王レプシーの存在を知らなかった時点で、お察しである。
「しかし、不思議ですわね」
「はい?」
「わたくしと同い年のサミュエルが、あのアルバートを瞬殺し、デライト様よりも実力があるとは……のほほんとしているあなたの顔を見ていると、冗談ではないか、と思いますわ」
「アルバートは雑魚でしたけどねぇ」
「あれも、一応は王国最強でしたのに」
「火力馬鹿なだけですよ」
もう顔も思い出せない男だ。
スカイ王国最強の座に君臨していたが、その力は大したものではなかった。
火力という面では面倒ではあるが、サムにしてみたら溜めが長くて遅いだけ。魔法を使う前に、威力が弱体化したスキルで簡単に両断できたので、所詮はその程度でしかない。
「しかし、デライト様は」
「デライトさんだって、王宮の外で戦っていれば普通に勝っていたでしょうね。デライトさんは自由自在に戦うと強くて怖いんです。王宮のリングの上なんて狭い場所で戦ったから――いえ、やめましょう」
デライトはかつて宮廷魔法使いの座にいたが、アルバートによってその座を奪われている。
だからと言って、デライトが弱いわけではない。
ただ相性が悪かっただけに過ぎないのだ。
しかし、今のデライトは違う。アルバート以上の高火力を手に入れ、狭いリングの上だろうと、広野であろうと、十全に戦える力を手に入れている。
魔法使いとして単純な実力であれば、サムよりも上だろう。
(殺すつもりで戦えば勝てるけど、そんなことする理由がないからね)
現在のデライトは王国最強の称号に興味などないので、そもそも争う理由はなかった。
「話をしている間に見えてきましたね。というか、レイチェル様は本当にデライト様にアプローチするんですか?」
「アプローチではありませんわ! プロポーズするのですわ!」
「それはどちらでもいいんですけど、フラン様だっているんですよ」
「あら、フランチェスカはあなたが娶るので構わないでしょう?」
「……そういう話があることは否定しませんけど」
実際、フランをサムの嫁にという話はある。
嫁さんたちも大歓迎である以上、間違いなく、近いうちにフランが奥さんになるのだろう。
サムもフランは憎からず思っている。
長年、デライトを支え続けた献身ぶりは、尊敬さえしている。
「でしたら、なおさらデライト様が寂しくならないように、わたくしがたくさん子供を産んでさしあげなければなりません!」
「レイチェルったら、はしたないわよ」
「いいえ、お姉様! わたくしは、最低でも十人は産む予定ですわ! ああ、リーゼロッテが羨ましいわ。わたくしも早く愛する方の子供を孕みたいですのに」
うふふ、と頬を赤くしてやる気満々のレイチェルにサムの顔が引きつった。
「あの、リーゼ。この人、もう結婚する気になっているんですけど」
「……知らないわよ。あとはデライト様にお任せしましょう」
「うわ、丸投げする気満々だぁ」
「仕方がないでしょう! レイチェル様がデライト様に惚れてしまうだなんて、私だって予想できなかったもの!」
「ですよねぇ」
サムはリーゼと顔を見合わせて、大きくため息をついた。
そしてこれからデライトに苦労が訪れることを予想し、もう一度嘆息する。
「あらあら、レイチェルが生き生きしていて嬉しいですね」
ふたりと違い、ステラは孕む気満々のレイチェルに微笑んでいる。
かつては嫌がらせをしていた妹を笑顔で見守ることのできるステラの度量に、サムとリーゼは素直に感服するのだった。
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