75「エピローグ」②
ウルが女神と交わした契約は、彼女の管理する世界に転生することだった。
当初、ウルは女神の提案に即答できず悩んだのだが、神が出した条件を受けて承諾した。
――その条件とは、期間限定であるが生き返ること。
最初こそ、生き返ることに魅力を感じなかった。なぜなら、ウルは後悔せず生きたからだ。もちろん、思い残すこともあったが、ちゃんと自分の生きたいように生きた。
しかし、神に見せられたサムと家族の現在を知ったことで、ウルは契約を選んだ。
ウルは、家族に別れの言葉を直接言えなかったことを心残りにしていた。なによりも、愛弟子のサムが、自分の託した魔法と魔力のせいで本来の力を使えずに弱体化していることも気がかりだった。
時間をかければ、いずれサム自身で力を取り戻すことができていたのだろうが、弟子の不調はウルのせいだった。
ウルは、死の間際にサムにすべてを託す継承魔法を使ったが、その魔法が完璧ではなかったのだ。
弟子の貴重な時間を不完全で過ごさせるわけにはいかないと、ウルは契約することを承諾し、復活を果たしたのだ。
契約した記憶を失うことになったのは誤算だったが、結果的には自分のすべきことを全部終えることができた。
サムの結婚式まで参加できたのだから、もう思い残すことはない。
ウルは晴れ晴れした顔で、新たな世界に挑むことができる。
「お願いします。では、あなたには私の加護と祝福を与えましょう」
「いらない」
「……え?」
女神の瞳が大きく見開かれた。
「そういうのはいらないんだよ! 私が最終的に異世界に行くことを決めたのは、私が異世界でどこまで通用するのか知りたいだけなんだよ! そう言っただろう!」
転生を決めたら、今度は好奇心が湧き上がってきた。
今までとは違う世界で、自分がどれだけ通用するのかを試したい。
未知なる体験をしたい。
新しい魔法や、人たちと出会い、思い切り冒険をしてみたい。
病によって断たれた夢を、異世界にて叶えようとしていたのだ。
女神は苦笑する。
「そうでしたね。では、せめて、生前と変わらぬ魔力、魔法技術、そして記憶の継承をさせてください。また、大きすぎる魔力によって病んでしまった体を浄化し、二度と魔力に犯されることがないようにしましょう」
「おっと、それはありがたい。もらっておこう」
「しかし、転生するのですから最初から今の実力というわけではありません。あなたはとあるご家庭の子供として、一から人生を歩むことになります。今の力を取り戻すには、相応の努力が必要です」
「私が一番得意なことさ」
「では」
「ちょっと待て」
転生をさせようとする神に、ウルが待ったをかけた。
どんな理由で自分を転生させるのか定かではないが、なんでも神の思い通りになっているのが面白くないので、いくつか注文をつけることにした。
「意見を変えてすまないが、やはり願いをかなえてほしいな。聞けば、転生者っていうのは、神様直々に特典をもらえる場合があるらしいじゃないか。特に、こうやって神に会えたものは」
「はい。サミュエル・シャイトのように、私の介入とは別の思惑で転生した者には適応されませんが、はい、特典という祝福を与えることができます」
「だから、祝福はいらないって言っているだろう。そのかわりに、ひとつ頼みがある」
「聴きましょう」
ウルはにやり、と笑った。
「サムが、人生を終えて、命の終わりを迎えたら、私と同じ世界の同じ時代に転生させてくれ」
「――っ、それは」
満足して死を迎えたウルの唯一の心残りがあるとすれば、サムのことだ。
彼の幸せのために、師匠として家族として身をひいたが、本当なら彼と添い遂げたかった。もっと世界を一緒に見て回りたかった。
その舞台が異世界になっても構わない。
となりにサムがいて欲しい。
「いいだろう?」
「……確約はできませんが、交渉はしてみましょう」
「ま、それでいいさ」
「あなたは、よほどサミュエル・シャイトのことが好きなのですね」
「ああ、今度は誰にも渡さないさ。私だけのサムでいてもらうよ」
「……あなたのご要望が叶うように努力すると約束しましょう」
「ははは、悪いね。よろしく頼むよ」
カラカラと笑うウルに、女神は大きくため息を吐いた。
彼女も、まさかこんな願いを言われるなど想像していなかったようだ。
「本当です。いえ、しかし、あなたのこれからを考えれば安いかもしれませんね。これが、今すぐにサミュエル・シャイトを、でしたら不可能でしたが、天寿を全うした彼ならば、問題はないでしょう」
「それは朗報だ。ところで、ひとつ聴きたいことがあるんだが」
「構いません」
「サムが転生した理由は? 誰が転生させた?」
女神は、すぐに口を開かなかった。
少しだけ悩むそぶりをすると、ウルになら構わないだろうと、ゆっくり口を開く。
「―――――――――」
女神から告げられた言葉に、ウルは肩を竦めた。
「へぇ。あいつもずいぶん面倒な人生を送りそうだ」
「退屈しないのは間違いないでしょう」
「ま、サムなら全部解決するだろうさ。その辺の心配はしていない」
ウルは、サムの今後を心配しているわけではなかった。
愛弟子が苦労するのは間違いないが、全て跳ね除けて幸せになるだろう。
それだけの力があるし、才能もある。
なによりも、約束したのだ。幸せになると。必ず約束は守られると信じている。
「では、そろそろ時間です」
「わかった。それにしても、異世界か。楽しみだな。まさか私が転生を経験するなんて、死んだあとでもなにが起こるかわからないな」
「きっとあなたも満足してくれる世界だと思います。それでは、ウルリーケ・シャイト・ウォーカー……良い旅を」
神が指を鳴らすと、虚空から人ひとりようの小さな扉が現れる。
「じゃあ、また機会があれば。サムのことは頼んだよ」
ウルはそれだけ言うと、なんの躊躇いもなくその扉をくぐり抜けたのだ。
そして、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーは、新しい世界に転生した。
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