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70「お別れの時間です」②




 ウルは続けて、両親とエリカに顔を向けた。


「お別れです、お父様、お母様。どうかお元気で」


 別れの言葉を告げられて、ジョナサンとグレイスは涙を止めることができないまま、それでも返事をする。


「その、ようだな。また寂しくなる。だが、こうして別れの挨拶ができることに感謝しよう。私はウルという娘に恵まれて幸せだった」

「わたくしもです。お転婆で破天荒な娘だったあなたが、サムを導き、立派に育てた。あなたの縁で、みんなが幸せになれた。感謝しています。ウルリーケ、あなたのことを心から誇りに思います」


 ジョナサンもグレイスも口にはしなかったが、家族を幸せにするきっかけをくれたウルが、こんなにも若くして亡くなってしまうことを納得できない。

 しかし、他ならぬウルが自らの死を受け入れてなお、幸せだと思っているのだ。余計なことを言って彼女の気持ちに水を差すことはしたくなかった。


「私も、幸せでした。お父様とお母様の娘に生まれたことを心から感謝します。ありがとうございました」


 ウルの心からの感謝の言葉に、両親は涙が止まらない。

 サムたちもジョナサンたちの姿を見て、胸にこみ上げるものを感じてしまう。

 誰よりも、ウルの死を望んでいなかったのが両親であるふたりであることを知っている。

 当たり前だ。子供が親よりも早く亡くなるなんて、こんな悲しいことはない。


「エリカ」

「――お姉様! 私!」


 エリカはウルにたくさん言いたいことがありすぎて、言葉がうまく出てこなかった。

 尊敬する魔法使いである、長女。妹として憧れ、そして姉の才能に嫉妬したこともあった。

 魔法使いとして将来的に姉に追いつきたい、いや追い越したいと夢見ているエリカに、ウルは時間があると訓練に付き合ってくれた。

 何度もダンジョンに挑み、姉と一緒に夜営をした。夢を語るエリカに、姉はいつも笑顔で応援してくれた。

 そんな姉が、出奔し、いつか帰ってくると思っていたのに亡くなってしまった。

 エリカにとって、どれほどショックだったか言葉にできない。

 もう自分を見てもらえない、いつか夢を叶えた姿を見せることができない。そんな絶望感から、一度はサムに冷たくしたこともある。当時のことは恥ずべきことだ。

 しかし、信じられないことに姉が生き返って帰ってきてくれた。しかし、時間は限定されていると言う。姉との再会に喜べばいいのか、また姉を失うことを悲しめばいいのかわからなかった。

 結局、その感情をまとめることができないまま今日を迎えてしまった。

 ウルとこの数日、たくさんの時間と思い出を作った。数年ぶりに稽古をつけてもらい、改めて姉の強さを実感した。そして、自分の実力が、姉に追いつけていないことへ肩を落とすこととなる。

 しかし、それでいいのだ。ウルリーケ・シャイト・ウォーカーは偉大な魔法使いだ。そう簡単に追いつけるものではない。

 今日、この日、姉は再びいなくなってしまうが、それでもウルの妹に恥ない魔法使いになりたい。


「エリカ、お前は立派になったな」

「――え?」


 必死に言葉を探していたエリカに、ウルは優しく微笑んだ。


「私はあまり人を褒めることをしないから、気の利いた言葉を言えなくて悪いが、お前の魔法への意欲は尊敬に値する。これからも精進し、私を超える魔法使いとなれ」

「――はい!」

「お前ならできるさ。私のかわいい妹なんだからな」

「お姉様!」


 エリカはたまらずウルに抱きついた。

 胸の中で嗚咽を溢す妹の髪をそっと撫でる。

 しかし、そのウルの手が、先ほどよりも薄く透けてしまっていることに、誰もが気づいた。

 ウルはエリカを抱きしめたまま、イグナーツ公爵夫妻に顔を向けた。


「おじさま、おばさま、あなたたちにもとてもお世話になりました」

「……ウルリーケ。かける言葉が見つからない。愚息が苦労をかけてばかりだったが、それでも付き合いを続けてくれたことに感謝する」


 そう言って、公爵夫婦が頭を下げた。

 ウルは一度だけ、ギュンターに視線を向けると、


「ま、最期だから言いますが、私にとってあの馬鹿も家族でした」


 幼なじみのことを初めて家族と言った。


「ありがとう。サミュエル殿をはじめウォーカー伯爵家のことは私が守ると約束しよう」

「よろしくお願いします」


 幼い頃から縁があった公爵家との別れも終えた。

 ウルは、湧き上がる思い出に浸る暇なく、デライトへ別れを告げようと顔を向けた。




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