67「結婚です」②
続いて、緊張気味に待っていたアリシアの前にサムが立った。
彼女は、姉のリーゼとお揃いの花柄のレースをあしらった、Aラインのウェディングドレスを身につけていた。上半身は体のラインをはっきりと表し、肩が露出した衣装は綺麗でありながら大胆でもある。きっと今日のために冒険したのだろう。
そんなアリシアは、すでに感極まっているようで、瞳に涙を浮かべている。せっかくの化粧が滲んでしまわないかと心配になり、サムがそっと指を伸ばした。
「サム様、わたくしが、こうして花嫁になれるなんて夢のようですわ」
「俺も、アリシアと結婚できるなんて夢のようです」
「ふふ、サム様にアリシアと呼ばれたのは初めてですわ。とても心地いいです」
出会った頃は、男性が苦手ということもあって距離があったものの、少しずつ親しくなっていた。
読書が趣味のアリシアと同じく読書が好きなサムは、次第に会話が弾むようになる。
控えめな性格のはずのアリシアが、子竜を目にしたとき瞳を輝かせて大はしゃぎしたのは今でも鮮明に覚えている。
「末長くよろしくお願い致します。精一杯サム様に尽くしますわ」
「尽くすなんて……みんなで一緒に楽しくて明るい家庭を築きましょう」
「――はい! 愛してしますわ、サム様!」
「俺も愛しています、アリシア」
見つめ合っていたふたりは、そっと唇を優しく重ねた。
祝福の拍手が陣内に響く。
リーゼの時と同様に、ジョナサンがこれでもかと手を叩きながら涙を流している。グレイスもウルも、そんな父の姿に苦笑気味だ。エリカも姉の祝福の拍手をしていた。
そして、並ぶ参加者の中にいるアリシアの元婚約者で幼なじみでもあるジム・ロバートも、笑顔で祝福してくれていた。彼の初恋こそ実らなかったが、惚れた女性が幸せになることを祝うことができる彼はいい男だった。
名残惜しく、唇を離すと、アリシアは気恥ずかしそうに、それでいて幸せそうな顔をしていた。
アリシアの次は、花蓮だ。
彼女は自慢の足を大胆に露出させたウェディングドレスを身に纏っていた。健康的な肉体がよく映える、スレンダーラインの素敵なドレスだった。
祖母の故郷のドレスという提案もあったのだが、同じ花嫁たちであり友人たちに合わせたいと花蓮が要望したのだ。
「どう?」
「とてもお綺麗ですよ」
「ムラムラする?」
「――えっと、はい、しちゃいます」
こんな時でも言葉少なくマイペースな花蓮ではあったが、彼女の健康的な頬にはうっすら赤みが差しているのがわかる。
この質問も、照れ隠しなのかもしれない、と思うが、本心で訪ねている可能性も彼女ならあり得た。
なんにせよ、結婚式でも花蓮らしい、と思わず笑みがこぼれてしまう。
「ならよし。愛してる、サム」
「俺も愛していますよ、花蓮」
「ん」
花蓮のほうから一歩近づき、ふたりは唇を重ねた。
拍手が響き渡る。
思い返せば、花蓮との出会いはお見合いだった。だが、両者とも望んだものではなかったのだが、一緒に生活するようになり、少しずつ花蓮のことを知っていった。
マイペースな花蓮だが、ウォーカー伯爵家に馴染み、リーゼたちとすぐに親しくなってくれた。
物事によく気づき、さりげないフォローをしてくれる、そんな花蓮がサムは好きだった。
きっと彼女となら、ずっと仲良くやっていけるだろう。そんな予感がする。
そして、待たしてしまったが、水樹の番となる。
サムは、彼女の前に立った。
「ちょっと緊張するね。まさかこんな幸せな気持ちになれるなんて思ってもいなかったよ」
そうはにかんだ水樹は、マーメイドラインのドレスに身を包んでした。
父の故郷日の国の花嫁衣装にするという提案もあったが、みんなに合わせてドレスを選択した。普段、袴姿の彼女のドレス姿は実に新鮮で、綺麗だった。
「幸せになりましょうね」
「うん。きっかけはあまり良縁とはいえないものだったけど、僕はサムのことを心から愛しているよ。末長く、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします。愛しています、水樹」
目を瞑った水樹の唇にサムは唇を重ねた。
祝福の拍手が響き渡る。
席に並ぶ水樹の父雨宮蔵人は涙を流していた。妹のことみも、今日は元気いっぱいに手を叩いている。
サムと水樹の出会いは、リーゼの剣の師匠である蔵人に婚約の報告をしたときだった。しかし、悪意ある人間のせいでサムと蔵人が戦うこととなった。サムが勝利したが、蔵人は片手を失い、剣聖の称号も失ってしまった。
それでも強さは健在である蔵人が短慮な真似をしないように、また蔵人を糾弾しようとする敵対貴族から守るために、クライド国王の判断で水樹はサムの人質という意味合いを兼ねて婚約者となった。
蔵人は水樹に負い目を抱いていると聞いている。そんな娘が、本当に幸せそうにしているのだ、父親として喜ばしいのだろう。
サムは、水樹と唇を離すと蔵人と目を合わせ、頷いた。心配しなくていい、幸せにすると言う意味を込めてだ。彼はサムの心の声が届いたのか、笑顔で頷いてくれた。
――こうして、サミュエル・シャイトは五人の花嫁を無事に迎えたのだった。




