44「魔王との邂逅です」②
「あーら、私たちに気づくなんてやるじゃない。あんたが、レプシーを殺した人間ってわけね」
黒い日傘をくるくる回しながら、こちらに近づいてくる。
ただし、少女の顔には嗜虐的な感情が宿っていた。
(このままじゃ、まずいな。こんな街中で、しかも大勢の前で戦うなんてできない。いや、そもそも魔王がふたりもいるなんて知れたら大パニックに……なる可能性がある)
魔王と無縁のスカイ王国の住民が、果たして魔王の存在をどこまで理解しているのかわからない。
パニックになるのは望まないが、だからと言って「魔王ってなに?」なんて展開になり、魔王たちの怒りを買っても困る。
(いやー、まずいなぁ。どうしよっかなぁ)
サムが思考を回転させている間に、少女が目と鼻の先まで顔を近づけていた。
香水をつけているのか、柑橘系の甘い匂いがする。
それに、濃いメイクをしているが、こうやって至近距離で見るとやっぱり美少女だ。
「私たちの魔力もちゃんと感じとれてるし、少なくとも最低限の実力はあるのか? あまり強そうに見えねーんだけど。つーか、マジでレプシーはこいつに殺されたの?」
「油断するな。人間は時として恐ろしい力を発揮する。どんなものを代償にしようと、な。俺もお前も人間の怖さはよく知っているはずだ」
「――はっ! 私は人間を怖いなんて思ったことはねえんだよ!」
大男もサムに近づき、様子を伺うような視線を向けてくる。
さて、どうしよう、とサムは悩み、そして決めた。
「ご飯でもどう?」
「――はぁ!?」
「……ほう?」
少女が驚いた顔をして、大男がなにやら感心したように頷いた。
「ふたりのやりとりを見ていたけど、お金がなくてお腹が減っているみたいだし。なら、おごるよ?」
サムの結論は戦わない、ことだった。
魔王をふたり相手に勝てる――なんて傲慢な考えは持っていない。
サムが唯一知るレプシーだって、会話が可能だった。ならば、まずコミュニケーションを取ろうと考えたのだ。
最悪、戦うことになったら、そのときはそのときで考えるとする。
少なくとも、住民たちが集まるこの場で戦うよりマシだ。
「どうかな? ここからそう遠くない場所に、おすすめのレストランがあるんだ。顔もきくから個室にしてもらえるし、いろいろ話もできる。ちょうどいいだろう?」
サムは努めて笑顔を浮かべた。
こちらには敵意も戦意もないことを伝えるために、普段よりも五割ほど愛想笑いだ。
そんなサムを見て、少女は唖然とした顔をしていたが、大男は破顔した。
「おお、悪いな! 恥ずかしい話だが、金がなくて飯をまともに食ってないんだ。だが、いいのか? 俺たちがどんな存在かわかっているだろう? それでもか?」
「もちろんだ。なんなら酒も出してもらおう。そっちも俺に用があるようだし、とりあえず食事の間だけでも平和的にしてもらえると助かるんだけど」
「――っっ」
なぜか、黒髪のゴスロリ少女が絶句している。
「気さくな人間だ。いや、度胸があると言ってもいい。俺たちふたりの力を感じ取れるなら、かなわないことはわかるだろうに。だが、気に入った! ただし、最初に言っておこう。俺は飲むぞ?」
「酔っ払って暴れないと約束してくれるなら好きなだけ飲んでくれ」
「ははははははっ! いい度胸だ! レプシーを倒すだけはあるな。奴の最期を含めて、話を聞かせてほしいと思っていたのだ」
「じゃあ、飯でも食べながら彼の話をしよう。俺もあんたら魔王に聞きたいことは山のようにあるんだ」
サムがそう言うと、大男はにぃっと笑みを深めた。
強面の魔王の割には、言葉を交わしてみると気さくだ。
若干の安堵とともに、ふたりをレストランに案内しようとすると、サムの腕を少女が掴んだ。
「ちょっと待てよ」
「えっと」
化粧の上からわかるほど、はっきりと少女の頬は赤くなっていた。
調子でも悪いのか、と声をかけようとしたサムよりも、早く、少女が瞳をうるませて口を開いた。
「お前、私のこと好きだろ?」
「へ?」
「いいわ、特別に旦那様にしてやるよ。感謝しやがれ」
「――はい?」
突然の少女の言葉に、サムが硬直する。
なぜ彼女の思考が自分を旦那にすることに行き着いたのか不明だが、とてつもなく面倒なことになりそうな予感がした。
大男は少女の突然の言動に「あちゃー」みたいな顔をしていた。
(いや、あの、なにこの展開!?)




