39「ウルと愉快な友達です」②
「あらあら、変態なんて失礼ね。ウルリーケちゃんだって、今、王都で話題のサミュエル・シャイトくんに師匠という立場を利用してあれこれしていたそうじゃない」
「するか!」
「――え? していないの?」
ウルの怒ったような否定の声に、ガブリエルは心底信じられないとばかりに目を見開いた。
「しねーよ! お前ら変態と一緒にするな!」
魔王と戦うよりも、この変態たちを相手にする方が疲れる、と思いながらウルが再び怒声をあげる。
すると、ガブリエルもミヒャエルも鎮痛な表情を浮かべた。
「そうだったのね。ということは、リーゼちゃんにサミュエルくんの初物を喰われてしまったのね。かわいそうに」
「情けないわね。妹に初物を奪われるなんて。男の子の初物って一生の思い出なのよ。ウルリーケは大きな獲物を逃したわね」
「初物とか言うなよ! お前ら、数年前と変わらなすぎだろ! 少しはなんか変化とかないのかよ!」
変態が相変わらず変態だったことに頭痛を覚える。
ギュンターだけでもお腹いっぱいなのに、この国には変態が多すぎる。
「仕方がないわねー。私の行きつけのお店に連れて行ってあげる。男の子の踊り食いができるわよ!」
「だからしねーよ! ていうか、踊り食いってなんだよ! いや、やめろ、説明するな! もういい加減にしないと、魔法でぶっ飛ばすぞ!」
ティーカップを叩きつけ、立ち上がるウルに、「まあまあ」とガブリエルが諫めた。
ウルは渋々席に戻る。
なんというか、魔法一筋で生きてきたウルには、下ネタへの耐性がないのだ。
「そろそろ冗談はこのくらいにしておきましょう。ウルリーケちゃんとこうしてまた会えたことを嬉しく思っているのよ。あなたが亡くなったと聞いたときには、正直耳を疑ったもの」
「……今までの会話、本当に冗談だったのか? ま、いいや。そのことについては悪かったと思っているよ」
「ふぅん。ウルリーケが謝るなんて珍しいわね」
「当時は、本当に余裕がなかったんだ。我を失っていたといっても過言ではないさ。余命わずかだと告知され、目の前が真っ暗になった。信じてもいない神を罵倒さえしたよ。病をなんとかしたい、そんな手段がないとわかっていても、この国の外になら――そう短慮なことを考えて国を飛び出した。そして、サムに出会ったんだ」
病を宣告されたときの絶望は今でも忘れられない。
なんとかしようと医者や回復魔法使いに相談し、未知なる魔法にも手を出そうとした。
口にしたことはないが、ナジャリアの民が自分にしたように人外になることでの延命も考えなかったわけじゃない。
だが、ウルは人間でいたかった。人間であり続けたかった。
ゆえに、国の外で治療方法を探そうとした。無理なら、すべてを継承できる後継者を探そうと思った。
そして、サミュエルと出会ったのだ。
「運命の出会いね」
「茶化すな、ガブリエル。だけど、そうかもしれない。サムに出会い、私は正気に戻れたんだと思う。それからの日々は、あまりにも色鮮やかで充実したものだったよ。死ぬ時なんて後悔さえしなかった。しかし、まさか、またこうやって家族やお前たちに会えるとはな」
予想外な出来事がここ何日かで立て続けに起こったウルは、苦笑するしかない。
「本当ね。できればウルリーケちゃんが、このまま生き続けてくれることが望ましいのだけど」
「それは無理だ。だが、なにも怖くない。サムに、家族に、そして友人にこうしてまた会えだんだ。これ以上望んだら、罰が当たる」
「ウルリーケちゃんのそういう潔いところは好きよ。でもねぇ、ミヒャエルがなんとかできないのかしら?」
ガブリエルに尋ねられたミヒャエルが無理だと首を横に振った。
「私たちエルフはそもそも長命だから、寿命を長くしようってならないのよね。それに、人間の体を治療なんてできないし、そもそも今のウルリーケは半吸血鬼だし、お手上げよ」
「……そう」
「だから、私は気にしていないんだから、暗くなるなよ。普通は死んだら、それまでなんだ。こうしてお前たちとお茶を飲めるだけで私はラッキーなんだよ」
ウルの言葉に、「そうね」とガブリエルが頷く。
すると、この暗い雰囲気を吹き飛ばすように、がたんっ、とミヒャエルが立ち上がった。
「やめやめ! しんみりするのは私たちには合わないわ! ウルリーケに時間がないのなら、善は急げよ! 男の子の踊り食いに行くわよ!」
「この変態エルフ! まだ言うのかよ!」
「わたくしは遠慮しておくわ。夫一筋だもの」
「生き返ってなにが一番驚いたかって、ガブリエルが子供を七人も産んでいたことだよ! 熟女が無理してるんじゃねえよ!」
「熟女なんて呼ばないでちょうだい! わたくしは愛する夫の子をまだまだ産むわよ!」
「まだ産む気かよ! さっき、ちょっと見た旦那がげっそりしていたのはお前がしぼりとりすぎているからじゃねえの!?」
「――否定はしないわ」
「しないのかよ!」
くだらない話も戻ってしまったが、暗い雰囲気が吹き飛んだことにウルは内心ほっとした。
かつてのように、友人たちと何も考えず馬鹿みたいな会話ができることに、ウルは信じてもいない神に感謝したのだった。
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